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ナタは絡んできた酔っ払い、基カルロの家をさっそく占領した。家と言っても今にも崩れそうな廃材のボロ屋だが。
勝手に『診療所』と札を立て、勝手に家の中を改装し、勝手に物を断捨離した。カルロは泣いていい。
カルロの家はスラム街でも端の方で、首都の人間に目を付けられたくないナタからすればなかなかいい条件だった。
カルロは自分の家の中で好き勝手やるナタをただ呆然と見やる。何か言って下手に怒らせたら今度こそ魔法で殺されるかもしれない。スラムでは強い奴に逆らわないのが長生きのコツなのだ。
ただなけなしの金で買った酒だけは捨てないでほしい。カルロは外に放り棄てられた酒瓶をいそいそと拾い上げた。
魔法なんだろうか。いつの間にか置かれていたベッドやら椅子やらを見ながらカルロはぼうっと「なんでこんなすげぇ魔法使いがこんなスラムにいるんだろ」とアルコールの残る頭で考える。
このスラムは特に冒険者崩れの多い、ノルド国随一の治安の悪いスラムなのだ。
冒険者としてギルドに所属していたものの、魔物討伐で大けがをし引退を余儀なくされ、働き口もなく、貧困の末に流れ着く冒険者の墓場。
魔物によって手足の欠損した者。内臓に後遺症が残った者。弱り病気になった者。そんな者たちが地面に転がるのがこのスラムなのだ。
だが、目の前で好き勝手やる魔法使いにはそのどれも当てはまらない。
カルロは何だか全てがどうでもよくなり、拾い上げた酒瓶を徐に煽った。
「よし、とりあえずこれでいっか。」
と、幾分かして納得したのか、ナタは手の埃をはたき落としながらボロ屋から出てきた。
そして地面に座り込んで酒瓶を口につけているカルロに、ナタは一つの小瓶を差し出した。
「あ?んだよこれ。」
怪訝そうに眉を歪めたカルロに
「君が記念すべき患者1人目だろ?その右足、麻痺が残っているじゃないか。」
と、小首を傾げながらあっさりと言ったナタにカルロはその目を見開く。
カルロもまた、かつてはギルドで活躍した素晴らしい冒険者だった。
しかし、大型の魔物討伐の際、死ぬほどの大怪我を負った。すぐに神殿で治療を受けられたこと。その神殿に上級ポーションがあったことが幸いし、かろうじて一命は取り留めたものの、右足は常にしびれ上手く動かせなくなってしまった。
常に引きずるようにして歩くその様では魔物討伐などできるはずもなく、結局冒険者を引退し、スラムに流れ着いたのが今のカルロだ。
カルロはナタの差し出す小瓶へと視線を下す。
キラキラと光りを反射するその小瓶の中には、見たこともないくらいに澄んだ青をしたポーションが入っている。カルロには知識がないのでそれが何のポーションかはわからない。けれども生半可な下級ポーションではないことくらいわかる。
「……治る、のか……俺の、俺の足はまた動かせるようになるのか……?」
そう問うたカルロの声は情けないほど頼りない、細い声だ。
でも
「治す。そのための診療所だから。」
ナタははっきりとそう言葉にした。カルロの震える声とは違い、しっかりと芯の通った、強い声だった。
そりゃそう。こいつ治験にしか興味ないし、実験体見つけるためにこのスラムに来たので。
声がぶれるような半端なメンタルはしていない。
「傷は何年前?最近の物じゃないよね?」
と、襤褸切れのようなズボンから覗く、既に茶色く沈殿する傷跡を見やってから、「これはひとまず状態異常回復ポーションなんだけど、中級で様子見しよう。」と手に持っている小瓶の中身を説明する。
それを恐る恐る受け取ったカルロは
「あ、ああ。もう8年になるか……スラムに来てからは正確な日が分からないが多分その位だ。」
と、答える。
そんなカルロの言葉にナタは顎に手を添えると、
「既に治療済みの傷に関してはこれ以上治しようがないから状態異常回復ポーションで『麻痺』の状態異常を外せるのかどうかだな。時間が経っている古傷っていうのもあるし、一回で取れるか、一時的なもので異常が復活するのか……後者なら継続摂取が必要になるのか、もしくは可能なのか。そのあたりの確認も必要かな。思えばゲームではガバガバ飲めたけど実際ここの住人には許容量みたいなのはあるんだろうか。副反応的な物とか……そのあたりも確認しつつ、既存のポーションの効果を調べて新ポーションレシピの開発かな。楽しみー!」
と止まらぬお口フルスロットル。カルロは半分以上何言ってるかわかんねーな、と遠くを見た。
しかし、スラムで腐り朽ちていくだけの未来しかないのなら、カルロは目の前のこの少年に賭けたいと、この瞬間に覚悟を決めた。ちょっと、いや大分やばい奴っぽいけれど。
グイッと一気に瓶の中身を飲み干したカルロに「あ、待ってカルテ作りたい!」と騒いだナタの何もない手から、ひらりと一枚の紙が生みだされた瞬間、カルロは喉を通っている最中のポーションを吹き出しそうになった。
貴重なポーションを意地でも吹き出すまいと耐えるが、一部変なところに入ってしまい、ゲホゲホと盛大に咽るカルロ。
それに「嚥下機能落ちているのかな?スラムのせい?それとも年?」とケロリとした顔でほざくナタにカルロは「誰のせいだと!」と声を荒げようとするが、咽る勢いが収まらず結局まともな言葉にならなかった。
なんとか咳が治まった所で、カルロは慌ててナタの腕をひっつかみ、中身だけマシになったボロ屋に引っ張り込んだ。
「お前まさかと思うがこのベッドやら椅子やらも手で出したのか!?」
と、先ほどの改装でいつの間にか置かれた家具たちを指さし、声を荒げたカルロに、ナタはきょとんとした表情のまま「そうだけど?」と首を傾げる。
ゲームプレイヤーであったナタからすればアイテムボックスのシステムに何の疑問を持っていないが、ここを現実世界として生きているカルロ達からすればアイテムボックスなんていう概念が存在しない。
そのためカルロもまた、ネプト達と同様、その手から、無から有を生成したのだと勘違いしていた。
しかもそれを隠す素振りもなく、当然のように肯定したナタの、力に対して常識を知らないその歪さに得体のしれない恐ろしさを感じたカルロは「……こいつ、本当に人間なのか……?」と無意識に唾を飲み込んだ。
勿論ナタはそんなこと気づいていないので「それより足の確認したいんですケド。」と観察を邪魔されたことに口を尖らせる。
「あ、そういえ……ば……」
と、自分の足の事を思い出したカルロはそこで不自然に言葉を詰まらせた。
「え、もしかして変化ない?中級じゃダメだったかな?それとも体質?それとも時間がたちすぎたのか?」
そう言葉を募らせたナタに、カルロは呆然とした顔をゆるりと振る。
「ない。ないんだ、しびれが。右足に、ずっとあった痺れが、一切。」
ずっと死ぬまで消えないと思っていたその痺れが欠片も残っていないことに、まだ夢を見ているようで、どこか現実味がない。まさか本当に、とカルロの湧き上がる感傷が
「あ、なんだ。ちゃんと効果あったなら言ってよ。じゃあ後は経過観察で根治なのか一時的な改善なのか確認しよ。あ、治るまでの時間計れなかった。」
一気に引っ込んだ。
そうだよな、お前はそういうやつだよな。
あまりのも淡々としすぎてカルロの出かけた涙も引っ込んだ。
**後書き**
今年最後の更新となります。
我が家は最後の最後で兄がコ□ナにかかりました……(笑)
年始の更新は予定通り1月2日金曜日16時を予定しております!
皆さまもお体にお気をつけて、よいお年をお過ごしください!
勝手に『診療所』と札を立て、勝手に家の中を改装し、勝手に物を断捨離した。カルロは泣いていい。
カルロの家はスラム街でも端の方で、首都の人間に目を付けられたくないナタからすればなかなかいい条件だった。
カルロは自分の家の中で好き勝手やるナタをただ呆然と見やる。何か言って下手に怒らせたら今度こそ魔法で殺されるかもしれない。スラムでは強い奴に逆らわないのが長生きのコツなのだ。
ただなけなしの金で買った酒だけは捨てないでほしい。カルロは外に放り棄てられた酒瓶をいそいそと拾い上げた。
魔法なんだろうか。いつの間にか置かれていたベッドやら椅子やらを見ながらカルロはぼうっと「なんでこんなすげぇ魔法使いがこんなスラムにいるんだろ」とアルコールの残る頭で考える。
このスラムは特に冒険者崩れの多い、ノルド国随一の治安の悪いスラムなのだ。
冒険者としてギルドに所属していたものの、魔物討伐で大けがをし引退を余儀なくされ、働き口もなく、貧困の末に流れ着く冒険者の墓場。
魔物によって手足の欠損した者。内臓に後遺症が残った者。弱り病気になった者。そんな者たちが地面に転がるのがこのスラムなのだ。
だが、目の前で好き勝手やる魔法使いにはそのどれも当てはまらない。
カルロは何だか全てがどうでもよくなり、拾い上げた酒瓶を徐に煽った。
「よし、とりあえずこれでいっか。」
と、幾分かして納得したのか、ナタは手の埃をはたき落としながらボロ屋から出てきた。
そして地面に座り込んで酒瓶を口につけているカルロに、ナタは一つの小瓶を差し出した。
「あ?んだよこれ。」
怪訝そうに眉を歪めたカルロに
「君が記念すべき患者1人目だろ?その右足、麻痺が残っているじゃないか。」
と、小首を傾げながらあっさりと言ったナタにカルロはその目を見開く。
カルロもまた、かつてはギルドで活躍した素晴らしい冒険者だった。
しかし、大型の魔物討伐の際、死ぬほどの大怪我を負った。すぐに神殿で治療を受けられたこと。その神殿に上級ポーションがあったことが幸いし、かろうじて一命は取り留めたものの、右足は常にしびれ上手く動かせなくなってしまった。
常に引きずるようにして歩くその様では魔物討伐などできるはずもなく、結局冒険者を引退し、スラムに流れ着いたのが今のカルロだ。
カルロはナタの差し出す小瓶へと視線を下す。
キラキラと光りを反射するその小瓶の中には、見たこともないくらいに澄んだ青をしたポーションが入っている。カルロには知識がないのでそれが何のポーションかはわからない。けれども生半可な下級ポーションではないことくらいわかる。
「……治る、のか……俺の、俺の足はまた動かせるようになるのか……?」
そう問うたカルロの声は情けないほど頼りない、細い声だ。
でも
「治す。そのための診療所だから。」
ナタははっきりとそう言葉にした。カルロの震える声とは違い、しっかりと芯の通った、強い声だった。
そりゃそう。こいつ治験にしか興味ないし、実験体見つけるためにこのスラムに来たので。
声がぶれるような半端なメンタルはしていない。
「傷は何年前?最近の物じゃないよね?」
と、襤褸切れのようなズボンから覗く、既に茶色く沈殿する傷跡を見やってから、「これはひとまず状態異常回復ポーションなんだけど、中級で様子見しよう。」と手に持っている小瓶の中身を説明する。
それを恐る恐る受け取ったカルロは
「あ、ああ。もう8年になるか……スラムに来てからは正確な日が分からないが多分その位だ。」
と、答える。
そんなカルロの言葉にナタは顎に手を添えると、
「既に治療済みの傷に関してはこれ以上治しようがないから状態異常回復ポーションで『麻痺』の状態異常を外せるのかどうかだな。時間が経っている古傷っていうのもあるし、一回で取れるか、一時的なもので異常が復活するのか……後者なら継続摂取が必要になるのか、もしくは可能なのか。そのあたりの確認も必要かな。思えばゲームではガバガバ飲めたけど実際ここの住人には許容量みたいなのはあるんだろうか。副反応的な物とか……そのあたりも確認しつつ、既存のポーションの効果を調べて新ポーションレシピの開発かな。楽しみー!」
と止まらぬお口フルスロットル。カルロは半分以上何言ってるかわかんねーな、と遠くを見た。
しかし、スラムで腐り朽ちていくだけの未来しかないのなら、カルロは目の前のこの少年に賭けたいと、この瞬間に覚悟を決めた。ちょっと、いや大分やばい奴っぽいけれど。
グイッと一気に瓶の中身を飲み干したカルロに「あ、待ってカルテ作りたい!」と騒いだナタの何もない手から、ひらりと一枚の紙が生みだされた瞬間、カルロは喉を通っている最中のポーションを吹き出しそうになった。
貴重なポーションを意地でも吹き出すまいと耐えるが、一部変なところに入ってしまい、ゲホゲホと盛大に咽るカルロ。
それに「嚥下機能落ちているのかな?スラムのせい?それとも年?」とケロリとした顔でほざくナタにカルロは「誰のせいだと!」と声を荒げようとするが、咽る勢いが収まらず結局まともな言葉にならなかった。
なんとか咳が治まった所で、カルロは慌ててナタの腕をひっつかみ、中身だけマシになったボロ屋に引っ張り込んだ。
「お前まさかと思うがこのベッドやら椅子やらも手で出したのか!?」
と、先ほどの改装でいつの間にか置かれた家具たちを指さし、声を荒げたカルロに、ナタはきょとんとした表情のまま「そうだけど?」と首を傾げる。
ゲームプレイヤーであったナタからすればアイテムボックスのシステムに何の疑問を持っていないが、ここを現実世界として生きているカルロ達からすればアイテムボックスなんていう概念が存在しない。
そのためカルロもまた、ネプト達と同様、その手から、無から有を生成したのだと勘違いしていた。
しかもそれを隠す素振りもなく、当然のように肯定したナタの、力に対して常識を知らないその歪さに得体のしれない恐ろしさを感じたカルロは「……こいつ、本当に人間なのか……?」と無意識に唾を飲み込んだ。
勿論ナタはそんなこと気づいていないので「それより足の確認したいんですケド。」と観察を邪魔されたことに口を尖らせる。
「あ、そういえ……ば……」
と、自分の足の事を思い出したカルロはそこで不自然に言葉を詰まらせた。
「え、もしかして変化ない?中級じゃダメだったかな?それとも体質?それとも時間がたちすぎたのか?」
そう言葉を募らせたナタに、カルロは呆然とした顔をゆるりと振る。
「ない。ないんだ、しびれが。右足に、ずっとあった痺れが、一切。」
ずっと死ぬまで消えないと思っていたその痺れが欠片も残っていないことに、まだ夢を見ているようで、どこか現実味がない。まさか本当に、とカルロの湧き上がる感傷が
「あ、なんだ。ちゃんと効果あったなら言ってよ。じゃあ後は経過観察で根治なのか一時的な改善なのか確認しよ。あ、治るまでの時間計れなかった。」
一気に引っ込んだ。
そうだよな、お前はそういうやつだよな。
あまりのも淡々としすぎてカルロの出かけた涙も引っ込んだ。
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