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「Sei nel mio cuore」の言葉は伝えない

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例えばこの身に流れる血を抜き去ったとして。

この地に立つ足を切り取ったとして。

果たして私にどれだけのものが残るのだろうか。


【00、きっとそれだけが私たちの答えだと思うのです。】


イタリアンマフィアの幹部であるアレッサンドロと私、グレータ・ロッシの関係を説明するなら『都合のいい関係』なのだと思う。

そこそこ大きい組織であるロッシファミリーの次期ボスの従姉妹として産まれた私は、幼少期から次期ボスと育った関係で今ではそれなりの重要ポストに着いている。とはいえ、戦闘面ではそれほど役には立たないので主に交渉や、運営管理などを担当している。
次期ボス、レオナルドもそろそろ引き継ぎが終わり、正式なボスとなる日も近づいてきたこともあり、こちらはやれ継承パーティーの打ち合わせだ、招待状だ、で大忙しだ。

「お前こっち戻ってきてたのか。」
Ciaoチャオ、アレックス。うん、つい昨日。レオンに次の式典のスケジュールを確認しにね。」

と、ピラピラと資料の紙を振って見せれば、アレッサンドロは無言でそれを取り、確認し出す。

「は?パートナー必須?」
「ああ、それね。向こうのお偉いさんたちの希望。パートナーが明らかに身内っぽければフリーだってわかるでしょ?レオンなり、君たち側近なり婚姻で縁結びたいやつらは山ほどいるからね。」

うげぇ、と顔一面で「最悪だ」と訴えるアレッサンドロに思わず苦笑を漏らす。
実は最近、レオナルドは恋人にプロポーズをしており、すでにパートナーがいる。
その他の側近もそれぞれパートナーがいるので、特に破局がなければ彼女たちを連れてくるだろう。

となれば、相手がいないアレッサンドロは

「めんどくせぇな……おい、グレータ。今回も頼む。」
「はいはい。」

大体私を頼る。こういった場面ではほとんどそうだ。
下手に女を引っ掛ければ面倒なことになるし、バイトを雇ったって素性がわからなければ危険。かと言って身内を連れていけばお見合いの話ばかり。

それに比べて私は次期ボスの従姉妹にあたり、現ボスとも仲がいい。挙句、運営管理に携わっているのもあり、下手に落としめれば、現ボス、次期ボス双方からの不興を買うこととなる。

血筋と地位から言って、素性も確かで他が下手に動けない立場にいる人間が私という訳だ。

私も私でパートナーが居ればやれうちの息子は~などといった薦めも無くなるので楽だ。見事なまでの利害の一致。

最近じゃパートナー必須も増えたのでアレッサンドロといることも多い。
それをレオナルドとかはニコニコしながら嬉しそうに見てくるが、ごめん、付き合ってはないんですわ。

いわば協力者のような存在。まあ、お互いがお互い都合よく利用し合う関係。

それが、私達だろう。


「……いや、流石にこれは予想外。」

確かに24にもなれば、男女の関係のあれやそれはそこそこに耳に入るし何も初めてじゃない。

だが、何故私は今そこそこいいホテルでアレッサンドロと朝チュンを迎えるなんて誰か予想出来ただろうか。

(……えぇー……男女間の都合いい関係は気づいてなかったはずなんだけどぉ……?)

いわばビジネスライクに近かったはず。
それなのに、昨夜その一線を超えてしまったことに、思わず頭を抱えた。
確かにお互い酒が入っていたさ。入っていたけど、だからといって何故こうなってしまったのか。

うんうん唸ってれば、隣で寝入っているアレッサンドロが身動ぎした。
そして、薄らと目を開け、その視界に私を確認した瞬間、ガバッと起き上がった。

「襲われた!?」
「反応が逆だろうが普通!!!」

寝起き早々失礼な話だ。


****


アレッサンドロは昨晩の記憶がだいぶ曖昧なようだが、欲が溜まっていた自覚があったらしく、酒で箍が外れたと、最終的には謝罪された。

「えぇ……でもアレッサンドロなんて正直女に困んないでしょ……」
「……女が他のマフィア関係者だったり、下手に工作されて親権問題が起きればレオナルド様にご迷惑がかかんだろーが。」

と、心底嫌そうに吐き出された言葉に、思わず納得する。

「あぁ……君今のところ実務に関してはレオンに1番近いところにいる幹部だもんね……」

次期ボスの側近であり、幹部でもあるアレッサンドロ以外にも幹部や側近は何人かいる。
ただ、バカと脳筋が多すぎて、書類などの事務作業ができない幹部が、「俺は書類を読みたくなーーーい!!」と、必要書類を投げ出し敵対マフィアに八つ当たりに行くという事態が発生し、今や、アレッサンドロが主な実務を行っている。

次第に不憫枠になっていくアレッサンドロの胃が心配である。

とはいえ、一線を超えてしまったのは事実であるし、アレッサンドロも付き合う云々をすぐに切り出さないあたり私が好きで抱いたというより、言う通り欲を吐き出すのに近くにいたのが私だった、というだけなのだろう。

そうなれば、あっさりとこの場を終わらせてしまった方が後々が気まずくならなくて済みそうだ。

「……まあ、その、ほかの女で失敗する前に程々に発散しときなよ?」

なんて声をかけ、そのままシャワーを浴びに行く。

だが、この後「やっぱまだ足りねぇ。」なんて言いながらシャワー室に乱入してもう1回戦開幕したのは流石に許さないぞ。


****


元々お互いを利用し合う都合のいい関係に、男女のそれが足されても、特にどうこう変わる訳でもなく、私たちの関係は続いていった。

ただ、唯一変わったことを上げるとするなら、私が煙草を吸い始めたことくらいだろう。

元々、お互い忙しい身だ。会えない時は何ヶ月も会えないし、同じ国に居ないこともよくある事だ。
特に私は同盟マフィアとのロッシファミリーの仲介役も兼ねているので、常に拠点であるイタリアとその他のヨーロッパ諸国を行き来している状態だ。

そんな中、たまにアレッサンドロの煙草の味を思い出して口寂しく感じてしまう時がある。
我ながら女々しくて笑ってしまうが、それを紛らわすかのようにアレッサンドロと同じ煙草を吸い始めた。
普通に不味い。

「は?お前煙草吸ってんのかよ。不健康だな。」
「君子供の時から吸ってるよね?ブーメランって知ってっか?」

久々に会っての開口一言目がそれかよ、と思わず苦笑いが零れる。
「ボスの前で吸うなよ。健康に悪いからな。」なんて相変わらずの盲信さを見せつつ、当然のように自分も煙草の箱を取り出し1本咥えた。
かと思えば「ん。」なんて言って火のついてない煙草を差し出してくるのだから、なんとなくそのままライターで点けてやるのが癪で、ライターではなく私の煙草の火種を押し付けてやった。

「……下手くそ。」
「そっちこそ上手く吸ってよ。」

しかし、初めてのシガーキスはお互い火種が消えて終わってしまった。意外に上手く火がつかないものなんだな、なんて思いながら仕舞ったばかりのライターを取り出す。

「結局ライターじゃねーか。」
「消えちゃったんだからしょうがないでしょ。」

なんて、お互い笑いながら火をつけ直した。

ちなみにこんな恋人みたいなやり取りしているが、私達は付き合っていないし、なんなら後ろは抗争中である。
早く終わんないかな。


****


アレッサンドロにとって、グレータ・ロッシという女は都合いいビジネスパートナーであり、近くにいても不快にならない女であった。

そもそも、アレッサンドロは女にさして興味が無いし、キャーキャー騒ぐだけの女など面倒で仕方がなかった。

自分にとっての1番はボスである、レオナルド・ロッシに他ならない。
だからこそ、女を大事にする自分なんて想像もつかなかったし、試しに付き合ってみた女には「私よりボスの方が大事なの!?」と言われ、ビンタを食らう始末。何を当たり前だ事を、とこの時アレッサンドロは舌を打ち、そしてそのまま破局となった。

仲間の幹部には「もったいね~!」なんて絡まれたが、アレッサンドロには勿体ないどころか清々した気分だった。だからこそ、自分が女とどうこうなるなんて想像できなかった。

ただ、悲しいことに本能は勝手に欲を貯めはじめるので、適当な女を捕まえて火遊びしようと思ったこともある。しかし、下手にマフィア関係者だったり、暗殺者だったりする可能性を考えればその辺の女を引っ掛けてホテルに、なんてことは危険で出来ない。
何かあれば困るのは自分ではなく、ボスなのだから。

なんて、恐らく1番男としての欲求が溜まっているであろう20代前半をそんなふうに抑え込んで生きていたら、

(やっちまった……!)

酔った勢いで、グレータを抱いてしまっていた。

隣に女の白い肌が見えた瞬間、心臓の底が一気に冷え込んだが、相手がグレータだとわかった瞬間、ホッとする。グレータに他の女のような嫌悪感は湧かなかった。

だが、全く気にしてませんと言わんばかりの態度と、「ほかの女で失敗する前に」なんて他の誰かを抱く前提な台詞を吐かれたことに、腹が立ってシャワー室へと消えたグレータを思わず追いかけてしまったのは自分でもどうかと思った。

まあ、そこからズルズルと体の関係も持つようになったのは俺も予想していなかったが。

元々お互い都合のいい、程よい距離感の関係だったと思う。
そこに体の繋がりが増えたくらいで、特に何かが変わるわけでもなく、ただ騒がしい日々が過ぎていった。

時折ふと口寂しくなって煙草の紫煙を吐き出して、隣にあるその唇を啄む。
喉の奥で煙草の苦さとこいつの飲んでいたエスプレッソの苦さが混じり合えば、それが合図かのように、その肌に手を添わせた。

それが何年か続いた頃。

「だーっ!!バカてめぇ!この書類はイタリア語で書けって言っただろーが!!」
「ありゃ?こっちがイタリア語じゃなかったっけ?」
「こっちが英語だアホ!!」
「あはは。やっちまった~。」

いつもと同じように仕事を捌いていたなんの変哲もない日だ。
何年経ってもまともに書類仕事ができないやつらばかりでまた眉間の皺が深くなる。

この前グレータに「うわ眉間の皺やば。」なんて笑われたばかりだ。ふいにそれを思い出し、なんとなく眉間を指の関節で解す。

今日は抗争もなく、殴り込む案件がある訳でもなく、

「クソガキ!サボんじゃねぇ!」
「や、やだなぁアレッサンドロさん。休憩ですよ。」
「5分前にも休憩してただろてめぇ!!」

本当にただ、平和な1日だった。

ボスが、いつものような朗らかな笑みではなく、酷く冷めた顔で

「幹部を緊急招集しろ。今から弔い合戦だ。」

なんて声を投げるまでは。


****

死んだのは、いや、殺されたのはグレータだった。
マフィアなんてもんやってりゃ殺し殺されなんて日常茶飯事だ。

それなのに、その話を聞いた瞬間足元が崩れたような、そんな感覚がした。

空間から1人切り離されたかのように、詳細を説明するボスの声も、他の幹部の声もどこか遠くて、何を言っているのか全く分からない。

「……ロ。……ンドロ。……アレッサンドロ!」

肩をいきなり掴まれ、ようやく空間に引き戻されたような気がした。

「……大丈夫……な訳ねぇよな……」

そう手を離した脳筋バカに「……問題ねぇよ。」とぶっきらぼうに返す。
グレータが死んだくらいで動揺している自分が情けない。

「アレッサンドロ。その、もしあれなら……」
「いえ、レオナルド様。俺も行かせてください。」

別に俺はあいつと恋人だった訳でも、想いあっていた訳でもない。
ただの都合がいい関係だった、それだけだ。

だからこれは、ただ仲間をやられて悔しいだけだ。


「……お疲れ様、アレッサンドロ。」
「レオナルド様!いえ、レオナルド様こそお疲れ様です!」

弔い合戦は呆気なく終わった。ロッシファミリーの人間に手出しした報いは見せしめにもなったし、他の反勢力の抑止力にもなるだろう。
最近小競り合いが増えたマフィア界も、暫くは静かになるだろう。

ある意味いいタイミングだった。
そう、まるで図ったかのような、タイミングと、人選だった。

ただの下っ端ではなく、次期ボスの親戚で、重役で、外交を担う要人物。
次期ボスが直々に動いても何もおかしくない構図が出来ている。
けれども幹部や側近のような欠けたら困る存在ではなく、替えようと思えば替えのきく、そんな人間。

「アレッサンドロはさ、その、グレータと恋人だったんだよね……」
「あ、いえ。恋人ではないです。」
「……えっ!?ええっ!?嘘でしょ!?」
「俺がボスに嘘つくわけ無いじゃないですか!」

そう言えば「えぇ……あれで付き合ってなかったんだ……」とボスはなんだか複雑そうな顔をされた。

「アレッサンドロって女の子と一緒にいるの好きじゃないでしょ?それなのにグレータとは良く一緒にいたからてっきり付き合ってるんだと思ってたよ……」

なんて頬を掻くボスに、確かにあいつ以外の女とはあまり一緒にいた覚えがない。

「……別に、あいつはレオナルド様の仲の良かった従姉妹ですから。ボスの御家族を無碍にするなんて出来ないですし、あいつの立場的に仕事上の付き合いは必然だったので。」

それだけですよ、と言えば、ボスは「……そっか。」と静かに言葉を零し、そして1枚の手紙を取り出した。

「グレータからの、アレッサンドロ宛の手紙だよ。」

そう言って俺の手にその手紙を握らせたボスは、「僕はさ、2人にあったものはきっとそれだけじゃなかったと思うよ。」と仰って「じゃあお休み。」と部屋を後になされた。

何となく今はこの手紙を読む気がしなくて、適当に胸ポケットに押し込んだ。

そのまま適当な書類を片付けて、帰路に着く。
まだ、手紙は開く気になれなかった。


****


「っても、いい加減見ねぇとな……」

仮に仕事の引き継ぎ云々の話があれば困るのはこっちだ。
流石にグレータの葬儀も終わった以上、見ない訳にはいかないだろう。

拝啓、アレッサンドロ様。

そんな硬っ苦しい書き出しに「ハッ。らしくねーの。」なんて鼻で笑う。

そこには予想通り、自分が殺されることがわかった上でとある場所に向かうこと。そしてそれの目的など、大体俺の想像通りのことが書いてあった。
重要な外交は俺に任せるなんて言う丸投げも甚だしい文章があり、「ふざけんなよ。」と指先に力が籠った。俺だって忙しーんだよ。

そして、『ここからは、独り言です。』なんていう到底独り言とは思えない文字がそこに鎮座していた。


例えば、私に流れるボスの血を全て抜き去ったとして。

例えば、私がこの地位に立つ足を切り落としたとして。

果たしてその時、貴方の中に『私』はどれほど残るのでしょうか。


「……ハッ、バーカ。」


【きっとそれだけが私たちの答えだと思うのです。完】
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