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11.リオンの秘密

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「ああぁ、ごめんアオト!不安にさせる気は――…って、不安にならない方がおかしいよね」
「いえ、だいじょぶ…です」

 弱々しく返した。
 涙はなんとかこらえられたが、声が情けないほど揺れていたと思う。

 見かねたのか、リオンが会話を代わってくれた。

「考えるのは俺たちが帰ったあとにしてくれ。医者失格だぞ」
「いや、ほんとその通り…。検査結果はどうあれ、現状アオトの体調は良好だからこのまま様子を見るしかないだろうね」
「そうか。なにか俺ができることは?病人用の食事は作ったことがない」
「はは、普段どおりで大丈夫だよ。でも、いつ体調が変化するか分からないから、そうだな…ひとまずは薬を処方しとくよ。100パーセント薬草で作ったやつだし、拒絶反応が出ることはないはず」

 リオンにはいくつか薬瓶が手渡された。
 そして、もしこの先体調が急変した場合は、すぐにジュディが診に来てくれることになった。
 なんでも呼び出しの魔法陣とやらがあるそうで、それを使えば瞬間移動のようなことができるらしい。

「ま~あんま気にしすぎんな!このちょーぜつ名医のジュディちゃんが、ちゃんと治してあげるからね~」

 なんか医者にあるまじきノリの軽さで励まされた。

 リオンと一緒に馬に乗って、ジュディに見送られ診療所をあとにする。
「…信用ならないだろうが、名医というのは間違ってない」と、リオンが弁解するように口に出した。
 少々物言いはキツかったが、なんだかんだ親友ってかんじだ。

「騎士団の連中も、よくあそこを利用する。医者としての実力は部下たち全員が知っている」
「へえぇ。…のわりには、診療所がずいぶん小さかったような?」
「まぁ…あの性格だから、大きな肩書ポストは性にあわないんだろう」
「フーン」

 よく分からんが、ジュディにもイロイロあるんだろうな。

 ふたりでパッカパッカ馬にゆられて帰宅。
 あっという間に昼どきの時間だ。

 リオンがキッチンへと向かったが、今日は俺が調理当番を申し出た。
 といっても、目玉焼きくらいしかできんけどね。

「卵焼いただけだけど…」

 恐る恐る皿を出す。申し訳程度に丸いパンみたいなやつも焼いた。
 昨日に比べて泣きたくなるほどショボイ食卓だ。

 しかし、リオンは心なしか嬉しそうだった。

「カップラーメンとかいうのは作らないのか?」
「ありゃ出来合いのやつなんだよ…。こっちの世界にはないの」
「料理はニガテなのかと思ってたが、なかなかよくできてるじゃないか。とても美味しい」
「た、卵焼いただけだっつの…。はじめて作ったからカタチが変だし…」
「ならカップラーメンともうひとつ、作れる料理が増えたわけか」
「…」

 口をパクパク動かしたが、結局言葉は出てこなかった。

 俺が何か言ってもリオンはすべてポジティブに言い換えてくれるんだろう。
 本当に表情に見合わず、底抜けに優しいやつだ。

 美味しそうにスプーンを口に運ぶリオンを見ていると何故だか顔が熱くなってきて、俺もさっさと席についた。

「食べたら出勤する」
「え」

 いきなり言われた。
 なんだ、デジャブか?昨日もそう言って見回り行ったよな。

「また俺、留守番かい…」
「午後から書類整理が入っているんだ。見回りは当分ない…夕方には帰ってくる」
「べっ、別にそんな早く帰ってこなくても、今夜は出てったりしねえよ」
「当然だ。何度も助けちゃこっちの身がもたない」

 信用ねえな!

 ふてくされて睨みつけるも、リオンはまったく気づいていない。
 そりゃひとりぼっちで寝たいわけじゃないけどさ…。

(…あ、そういや、ベッド問題が保留のままだったよな?)

 昨日は宿に泊まったけど今夜はどうすればいいんだろう。
 リオンは新しいのを買うとか床で寝るとか言って聞かないけど、さすがに申し訳ない。かといって、俺が床で寝るのはコイツがダメっていうし。

「なあ、やっぱベッドは一緒に使っていいんじゃね?」

 何の気なしにそう言うと、なぜかリオンは盛大にむせた。

「……な、んで、そうなる。お前ひとりで使えって言っただろ…」
「いや、やっぱ居候させてもらってるのに悪いよ。狭くはなるけど、ふたりで使えないほどじゃないだろ?」
「分け合う必要がないだろうが。ベッドくらい新しいのを用意する」
「いやいや、買ったあとに帰る方法が分かったらもったいないじゃん。大丈夫だよ、俺寝相良いから、多分」
「そういう問題じゃない。分かんねえのか」
「なにが?ハッキリ言われなきゃ分からん」
「………」

 黙りこんじまった。

 何をまごついてんのかさっぱりだ。
 思えば出会った当初からそう。
 馬上で振り返れば距離を取られ、俺との同居もすげえ嫌がって、でも俺にスゲー優しくしてくれる。

 ジュディの言葉が思い浮かんだ。

 ――アオト、あいつのパーソナルスペースにどんどこ入って、心のトビラこじ開けてくれない?

 いいだろうとも。
 少なくとも、コイツに嫌われてるわけじゃないってことはハッキリしてる。

 ダチを作るのは得意なんだよ。

「一緒に寝るくらいなんだ。何を怖がってんだ、リオン」

 勢いに任せて言ってやった。

 リオンの身体がビクリとこわばった。

「俺はお前と仲良くなりたい。邪険にすんのか?」
「お、まえ…」完全に呆れている。

「お前の世界じゃ…それが普通なのか?別にそんなこだわることじゃねえだろうが」
「こだわってんのはそっちだ!リオンだって、騎士団の連中と川の字になって寝ることとかあるだろ?野営訓練かなんかでさ」
「部下たちはやるが俺はしない。お――…れは…」
「…?」

 …そこまで言って、リオンはうつむいてしまった。

 影で表情がよく見えん。

「…俺は、あいつらとは…ちがうから――…」
「ちがう?」
「…そうだ」

 くちびるが震えていた。

(…もしかして……)

 …ここまできて、ようやっと俺はコイツが何を言わんとしているか理解しはじめていた。
 コイツの今までの行動の意味も。
 キスする前に見せた表情もすべて。

「っ――…」

 リオンは腹をくくったように口を開いた。

「俺は……男しか、好きになることができない。万が一にも誰かと親しくなるような行動をするわけにはいかないんだ。アオト、お前とも…」
「――…」

 …。

 痛いくらいの静寂が場に満ちた。

 途中から薄々気づき始めてはいた。

 腹が立つくらいのイケメンで、女っ気のない清廉潔白な騎士団長。
 生活感のない家。他人とのかかわりが一切見えない内装。

 あれだけ街の人に慕われているのに、必ず礼儀で線引きして誰とも深く付き合わないようにしている。

 ジュディが言っていたっけ。
 「誰かと親しくならないように気を付けている」というのには、こういう理由があったのだ。

(この世界じゃ…同性愛は悪なんだっけか…)

 同性愛を「不気味」だと言ったラブホのおばちゃんの顔が目に浮かぶ。

 この世界では、同性を好きになってはいけないから。恋愛感情を抱くことは犯罪だから。
 人とのかかわりを避け、コイツは粛々と秘密を守り続けてきたのだ。

 昨日、俺が現れるまで――…。

「……そういうことだ」

 沈黙を破ってリオンは小さく言った。

 食べ終わった皿を重ねて立ち上がる。

「だから、お前とベッドを使うことはできない。今夜は騎士団の執務室に泊まることにする…」

 キッチンへと去る背中。
 俺は口を開く…。

「――こんの…金髪ビビりイケメンめが!」
「………は?」
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