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第四章 非公認のカップル

14話 偽物の吊り橋

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 ハヤトは広いホールで数人の魔法使いと共に奮闘していた。なぜか、ショーで見た数よりも魔物は増えている気がしてならない。

「くっ……おかしいな?キリがない」

 逃げ遅れた一般の人々を庇いながら戦っているため、なかなか魔物との距離を詰められない。魔法で蹴散らす事は出来るものの、一定の距離まで近づかなければ大きなダメージを与えることが出来ない。また、外に出ようとする人と衝突してしまい、かえって身動きが取りづらくなっている。客席との距離が近すぎて、ホウキに乗るスペースも無い。

(オリビアは……ちゃんと逃げてくれたみたいだな)

「自分も残って戦う」などと言い出すかと思っていたオリビアの姿が見えない事に安堵しつつも、心配が尽きる事は無かった。一刻も早く事態を収束させて、彼女と合流したい。

 普段のように、街に出没したために退治しに行くのとは違い、ショーで見世物にされるために連れてこられたゴブリンたちに攻撃するのは気が引けるが、こうなってしまった以上は仕方ない。ハヤトは客席を飛び越え、怯える観客たちを取り囲む魔物目がけて魔法弾を放った。

「大丈夫ですか?さぁ、向こうへ」

「きゃーっ!!誰か!!」

 助けた人を出口へと促し、避難させている時、後ろから若い女の声が聞こえてきた。さっと振り向き、座席と座席の間で頭を抱えた女の視線の先に杖を構える。が、何も見当たらない。

(?何もいないじゃないか。あれ?彼女は……)

 その時、ハヤトに気付いた女が、嬉しそうに顔を向けた。

「ハヤト君!助けに来てくれたのね!」

 長い髪を丁寧に巻き、スタイルの良い体にへその見える白シャツとショートパンツを合わせているその人は、ハヤトと同じ特別進学科の、学年でも有名な美女だった。

「ヴィランヌ…大丈夫かい?君も早く逃げた方が……」

「嫌よ、怖い!ハヤト君と一緒にいる」

 ヴィランヌは重量感のある厚底のスポーティーなサンダルをゴツゴツと鳴らしながらハヤトに近付き、腕を絡めて頭を摺り寄せた。ハヤトは突然の接触に眉間に皺を寄せたが、彼女も気が動転しているのだろうとこらえた。

「怖いよね。でも逃げた方が安全だよ」

「ハヤト君強いんだもん、守って」

 会話をしている間にも、どこかから魔物は飛び掛かってくる。それらに的確に魔法弾をぶつけていくと、後ろに隠れていたヴィランヌはうっとりとした表情でハヤトを見つめ、背中にそっと手を当てた。

「凄い……かっこいい。ハヤト君一人でかなりの数倒してる」

「ごめん、ちょっと離れてくれないかな。すぐそこに出口あるから」

「きゃあっ!!また来たぁ!!」

 ヴィランヌがまとわりつくせいで、動きづらい。ハヤトは苦笑いで距離を取ろうとした。しかし、彼女は簡単にねじ伏せられそうな小さな魔物にさえやや過剰に怖がるため、守らざるを得ない。叫び声をあげてしがみついてくるヴィランヌの前に仕方なく腕を出し、魔法を繰り出す。そうして彼女は結局、ハヤトたちが魔物を全て倒しきるまで、その場から動かなかった。

 ***

 後は、ショーの主催者が場を収めるだろう。ハヤトは敵が残っていないか確認を終えると、未だに離れようとしないヴィランヌと共にホールを後にした。

「あー怖かった!でもハヤト君の戦い、本当に素敵だったわぁ。私を守ってくれてありがとう」

 すでに誰もいなくなったホール前の広場で、ヴィランヌは手を広げて伸びをした後、笑顔でハヤトの腕を触った。

「ああ、どうも。ケガは無いよね?それじゃ、気を付けて」

 ハヤトはオリビアの事で頭がいっぱいであった。どこに避難してるだろうか。ドラゴンや大きな魔物が外まで彼女たちを追い回していたいたりしないだろうか。そう思いヴィランヌに挨拶をして、杖を振る。どこからともなく現れたホウキを手にした時、腕をぐいっと引かれた。

「ねぇ、お礼ぐらいさせてよ。この間も一緒に踊った仲なんだしさぁ、いいでしょ?せっかくだし、暑いからアイスなんてどう?一緒に食べよ」

 屋台の方へ連れて行こうとされるが、足が前に出ないように力を入れる。穏便に済ませようと、出来る限りの穏やかな表情を作ってみせた。

「気持ちだけ受け取っておくよ。今から彼女探すんだ。君も知ってるだろう、オリビアだよ」

 手短に断り、ホウキにまたがる。ハヤトは、ヴィランヌの事が少し苦手だった。彼女の言う踊ったというのも、無理やりだった。ダンスパーティーで断っているにも関わらずしつこく誘い、最終的には先生に言いつけ、騒ぎ立てて問題を大きくした。歴史ある式典の学校代表生徒としての振舞いを注意され、ハヤトはオリビアを一人にさせてまで彼女の相手をする羽目になったのだった。そのせいでオリビアには誤解され、初めてぶつかる事となった。さらに一部始終を見ていたらしい、彼女に好意を寄せてると言うワルフにも殴られ、散々な目に遭った。無事に解決したとはいえ、ヴィランヌと関わる事は出来る限り避けたかった。

「オリビア……ね。知ってるわよ。パーティーの最後は、みんなに見せつけるようにあの子と踊ってたもんね」

「そうだよ。今日初めて一緒に遊んでるんだ」

「へぇ、意外だね。学校でもあんなにイチャついていたのに…あれ?でもあの子、さっき見かけたよ?男の人と一緒に、逃げてた」

「えっ…?オリビアが?どんな人?」

 ハヤトの頭の中が、急速に冷えていく。

「そこまでは見えなかった。もしかしてこの混乱に乗じて、浮気なんかしちゃってたりして」

 ヴィランヌがふざけてハヤトの腕を突く。眉を吊り上げて、にやりと笑った。

「やめてくれよ。たまたま近くにいた人と逃げただけだろう」

 ハヤトは首を振って顔を背けた。

「でも手を繋いでたけど」

(手……!?)

「まさか。見間違いだろ。デートの最中に浮気なんて……」

 そう言いつつも、冷や汗が流れ出す。そんな事は無いと思いたいのに、突然心臓をつかまれたような気持ち悪さに襲われる。

「私ね、オリビアと話した事があるのよ。あなたに魔法の力や成績が届かないのが、辛くて仕方ないって。だからいつも、勉強ばかりだって。さっきのハプニングで我先に戦いに出るあなたを見て、きっと痛感したのよ。自分との差を。もうこれ以上、自分以上に活躍し続けるあなたを隣で見てる事に、うんざりしたんじゃない?一緒に逃げてくれる優しい人と、遊びたくなったのよ」

「そんなはずは…………」

 そこまで口にし、ハヤトは言い淀んだ。そんなはずは無いと、どうして言い切れるだろうか。ヴィランヌの妙に説得力のある推察に、心が揺さぶられる。オリビアがなぜ彼女と話した事があるのかという疑問が頭をもたげるが、今は重要ではなかった。

───オリビアはいつも僕の成績に嫉妬している。付き合う前から変わらず、ずっと。そんな彼女を置いて飛び出した事は、間違っていたのか?守りたいと思った事は、オリビアを傷つけたのか?

 晴れた日も雪の日も図書館にこもってひたすらに勉強を重ねる彼女の姿が目に浮かぶ。自分のように魔法が使いこなせないとなげくオリビア。今日までデートさえしてくれなかったオリビア。先生にゴブリン退治を頼まれた時、見送ってくれる彼女の瞳はいつも悲しげだった。

「いくら悔しいからって、必死で戦ってくれてる彼氏を置いて浮気なんてありえないわよね。女の子は、強い人に守ってもらいたいものじゃないの?」

「オリビアは僕が守ろうとすると、いじけるんだ……難しい人だよ。だけど、彼女は乗り越えようとしている」

 オリビアのふくれっ面が脳裏をよぎる。

「でも、あなたの力に嫉妬ばっかりして、デートすら今までしてくれなかったような子のどこがいいの?ハヤト君、いろいろと相当我慢させられておかしくなってるんじゃない?」

「心配してくれなくても僕には僕の考え方があるんだよ。もう行くね」

そう言うが、ヴィランヌは逃がすまいと腕にしがみつき続ける。

「ううん、我慢してるように見える。かわいそう」

「だから僕は困ってないんだって」

(前もそうだったな……どうしたらいいかな)

早くオリビアを見つけて、彼女の勘違いだったと安心したい。それなのに引かないヴィランヌに、ハヤトは頭を巡らせた。

「嫌よ。私なら、あなたに染まれる。ハヤト君に合わせられるわ。ね、私と一緒に行きましょうよ」

「僕に合わせる?」

 眉がぴくりと動く。だからお願い、と腕を揺さぶるヴィランヌの目をまじまじと見た。

「もちろん。堅くてつまらないオリビアがしてくれない事、何でもしてあげる。たくさん楽しい事しましょ」

 ついには腕に柔らかい膨らみを当て始めたヴィランヌに、ハヤトは少し考えてから、思いついたように言った。

「へぇ、本当に?じゃ、分かった」

 ヴィランヌに笑いかける。ホウキをしまって、彼女の手をとった。



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