封印された獅子

プリオネ

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第十三話 ”普通”な男の選択

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 星垣さんは後ずさりした。頭を掻きむしり、わずかに呻く。そしてーー

「……ミツル」

 眉を寄せ、苦しそうな顔で、藻沼に向かって告げた。

「お前が選んでくれたサバの味噌煮定食、美味かったよ」

 藻沼の口はマスクで見えないはずなのに、ニヤリと笑ったのがはっきりと分かった。

「いつだってお前は、俺に最高の道しるべを示してくれていた。お前の話、ちゃんと聞かなくて……ごめんな。目が覚めたよ」

「星垣っ!!やっぱりあんたって、本当に情けない男ねっ!!」

 私はあらんかぎりの声を張り上げて、星垣を怒鳴りつけた。

「え……しずくさん……?」

「どうせ藻沼を選ぶと思った!関わるんじゃなかった。そうよ、こいつの言う通りよ。あんたみたいな地味でダサくてつまらない男、一瞬だって好きにならなかったっ!!やっぱりあんたたちは、湿った沼底に仲良くへばりついていたらいいのよ!」

 歯を食いしばって、顔を伏せた。その頭を、誰かの手に撫でられる。星垣さん?藻沼?どうして撫でるんだろう。でも、確認する気力は無い。

 しばらくして、星垣さんは口を開いた。

「ああ……そうだ。カフェに支払いを待ってもらっているんだ。行かないと……あの、ミツル」

「ええ、いいですよ。後は任せてください」

「しずくさん……本当に僕のこと、なんとも思ってなかったんですね」

「……」

「ミツル……お前がいてくれて良かったよ」
 
 私は顔を上げなかった。最後まで何の役にも立たなかった星垣さんは、逃げ出すように出て行った。その丸まった背中が、誰かに似ている。

***

 再び二人きりになったオフィス。いつの間にか、星垣さんのパソコンは更新を終えて静かになっていた。藻沼が、淡々と私の拘束を解いた。私はその場にへたりと座り込み、目の前に立った藻沼の革靴を眺めた。

「……どうして嘘をついたの」

「嘘には嘘を、です。星垣さんは物的証拠に弱いですから」

 藻沼は言いながら、デスク下にデスク下で倒れていた角ばった大容量のペン立てを拾った。

 星垣祥。簡単な男だと思っていたのに、あいつは結局最後まで藻沼を優先した。こんなにじめじめとした陰湿な男を。

「星垣さんは、あんたのせいで一生独り身ね。陰気臭い友達がいて気の毒な男」

 少しでも傷つけばいい。そう狙って言ったのに、藻沼はすかさず切り返した。

「あなたにはその友達さえいないのではないですか?」

「……いるもん。姫香とか……」

 声が小さくなっていく。そういえば私、姫香以外に友達と言える人、思い出せない。それに姫香にさえ、二人でおしゃれなランチに行く以外の楽しみを見いだせない。話していても底の浅いマウント話ばかりで疲れるし、大げさなモテ自慢にも辟易している。

 藻沼が星垣さんとの奇妙な絆で、自分たちの脆い友情に斬りかかってくる。何か言い返したいのに、視線を合わせることができない。そんな私のことなど目に入らないかのように、彼は散らばっていたペンやホチキスや消しゴムをペン立てに迷いなく収納していく。星垣さんこだわりの配置を、全て覚えているかのようだ。

 藻沼は片付けを終えたペン立てを星垣さんのデスクに置き直し、私を見下ろした。私の尻すぼみな反論の裏側を全て見透かし、決定的な言葉を投げかけた。

「そうやって他人を見下している限り、他人があなたを心から愛することはないでしょうね」

 その一言は、ずっと閉じ込めていた記憶を呼び起こした。


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