この救いようのない世界で俺は快楽に溺れる

ぷぁぷぁ

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第3話 生誕!

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 その日は大雨の降る日だった。

 —エワンゲリウム聖王国 

「急いで、早く」

 乱雑に開けられた扉の中に入る祭服をまとった人々。彼らに連れられたのは身重の女だった。

「聖女様、ご安心を。神域に着きましたぞ」
「う、うぅ」
「早く準備をしろ、産まれてしまう」

 分娩台に乗せられた女は辛そうに息を吐き力む。

 幾ばくかの時間が流れた。

 かなりの難産だったが、後に女は玉のような男の子を授かった。

「おお、見えましたぞ」
「なんと! 神々しい」

 —おぎゃあ、おぎゃあ

 神官の一人が子を取り上げると、それをを見ていた一人の老いた男の神官《ドルイド》が驚いたような声を上げる。

「なっ、なんと。これは」

 恐ろしいものを見るような表情は周りの者達を不安にさせた。

「いかにした、トリア司祭」
「いや、しかし、こんなことがありうるのか?」
「トリア司祭!」
「はっ」

 自分のしていたことに気が付いたのであろう。トリアは自分が何を見たかを話し始めた。

「皆、よく聞け。私の力は知っておろう。私は見たのだ。この子の色を」

 息をのむ神官《ドルイド》達。その中トリアは話を続ける。

「恐ろしいほどの黒。それも闇を彷彿させるほどのな」
「なんだと!」
「それは…。しかし、なぜ…」

「うむ、私にも理由は分からない。だが、聖女様からこのような子が生まれることはあってはならん」

「隠さねば、それも遠くに」

 ♦

 目が覚めた時、初めに見たものは天井に描かれた絵だった。
 荘厳で慄然するその絵は、一人の血濡れた凄艶な女性が剣を地に突き刺し足を崩して座っていた。女性の背後には闇が広り渦巻いていてとても不気味だった。

 絵に目を奪われどれだけの時間がたっただろう、自分の違和感に気が付いた。

(体が動かない? 手や足は動くけど、た、立てない。)

 どれだけ踏ん張りを聞かせ揺らしても立ち上がることのできない体。

(ん? 手?)

 恐る恐る自分の手を持ち上げ顔の前まで持ってくると、そこにはかわいいかわいい小さなぷにぷにのお手てがあった。

 ――まさか

 そう思い自分にできることはすべてやった。足を曲げ口にくわえる、自分がいるベッドらしきものをバンバンたたく、そして発声。

「あ、あぁ、あ~、う~」

 完全にそうだった。

 俺は今赤子だ。

 現在の自分の状況を判断すると、次に自分がいま何処にいるのかというのが気になった。辺りを見回すと天井には先ほどの凄惨で美しい女の絵と大きなシャンデリア。それ以外は自分をかこっている柵であまり見えず、豪華な家具が見えたが科学文明的な電子機器の類は見られなかった。

(んん~、なんだ? なんでテレビもエアコンもない?)

 う~んとうなり、考え続け思い出す。
 暖かさと冷たさを兼ね備えた肝が縮むほど美しい女の言っていたことを。

(そういえば、異世界、テルグムだったか。剣と魔法の世界って言ってたから電子機器がないのもうなずけるか。もしかしたらここにはないだけかもしれないし)

 そう思うと、安心できた。生まれてから21年間エアコンとともに生活をしてきた淳日本人にとってエアコンがない生活はとても耐えられるものではない。エアコンを探してみようと決意したその時、扉の開く音がした。

 何者かが近づいてくる。
 自然と身構えてしまった。
 赤子の体は未防備で何かをされたら抵抗することはできないのだから仕方ないだろう。

 近づいてきたのは、女だった。
 茶色の髪を肩までおろし、整った顔立ちに薄く紅を引いた唇。クラシックなメイド服を身に纏い、俺を覗きこんできた。

 近づいたきれいな顔に頬が赤くなり、照れ隠しに笑うと茶髪の女は微笑んでくれた。

 手を伸ばし俺を持ち上げる。そして抱き上げると背中をポンポンとたたき始めた。初めは何をしているのかわからなかったが考える暇もなく眠りに落ちてしまった。

 日にちがたって何個かわかってきたことがある。

 俺はリストという名前で男だった。そして、俺を抱き上げた茶髪の女はシルというらしい。シルは俺に様々なことをしてくれた。お話、本の読み聞かせ、食事とおやつ、オムツの交換など。オムツの交換なんかは恥ずか死ぬところだった。そんなわけで初めのうちはシルが母親だと思っていたがどうやら違うらしかった。そしてひとつの謎。

 気が付いたのは、部屋にあった鏡を見た時.......

「リスト様、綺麗な銀髪ですね。それに紅い目もキリッとしてて。将来は女の子にモテモテですね、流石はあのお方の御子です」
「あ~う~」

 シルに抱かれ化粧台の鏡を見た俺は自分の容姿に目を見開いた。確かに顔立ちは整っている。しかし、それ以上にとある場所。自分の右腕に目がいった。鏡越しに映る右腕には黒い不思議な模様が描かれていて刺青にも思えた。しかし、鏡から目を離し、自分の目で見てみても腕には何も無く、シルに右腕を左手でバンバン叩いてアピールしても、不思議そうに首を傾げるだけだった。

(あれはなんだったんだ?)

 今見てもなにも異変はない。何度か他のメイドさんに試してみた。それでも、鏡越しで見ることが出来るのは俺だけのようだった。

 そして、最近、とうとう舌っ足らずながらも言葉が話せるようになった。それにともない気がついたことがひとつあった。
 それは、この異世界テルグムの言葉を何故か普通に理解出来ることだった。少し前に、シルに話しかけられた時、シルの口の動きをよく確認した。すると、日本語とは異なった発音形態をしている事がわかった。しかし、何故俺がテルグムの言葉がわかるのか。それはきっとあの肝が冷えるほど美しい女仕業だろうと適当に決めつけた。

(それは感謝だな、ありがたやー)

 全く心の篭っていない祈りを捧げ、ベビーベッドの中で転がる。やっと寝返りを打てるようになったのだ。

(んー、暇)

 赤子の体で出来ることは思った以上に少ない。それは赤子歴半年? の俺には辛いことだった。

(毎日毎日、寝て起きて、ご飯食べて、シルとお話して。何日もこうしていると流石に飽きるなぁ)

 贅沢な悩みではあるがこれは死活問題だった。俺は暇死という新たな死因を作り出すのを阻止するべく、新たなすることを考え始めた。

(発音練習はしてるし、体もよく解してる。あとはー)

 テルグムに来てから見たものや肝が縮むほど美しい女やシルとの会話を思い出し、出来ることを探す。

(異世界、虫、勇者、虫、いや虫は違くて)

 虫に会いたい、家の虫はどうなった? とどうしても脱線してしまう。
 
(転生、剣と魔法、魔物、魔王。シルによっでもらった本には魔法使いの話と.......、ん? 魔法! それだ!)

 やることが見つかり、喜ぶ。だが、魔法はテルグムに来てから1度も見ていない。魔法の発見で定番の電気を付けるのは何かの石で魔法のようには見えなかった。

 しかし、そこからの俺の行動は早かった。自分の頬を手で叩き自然と涙が出る。そして俺は泣き出した。

 ドタバタと急いでこちらへと来るシルの足音が聞こえ計画通りとニヤッとする。

 シルは俺を抱き上げ背中を擦ってくれる。

「どうしましたか? リスト様」

 ゆっさゆっさ揺らされて泣き止む俺。情けないが仕方ない。本題に入った。

「しう、まーほ。しう、まーほは?」

 かなりの発音の良さにシルは驚くが、考えた後に俺に言った。

「リスト様、魔法ですか? それは御伽の話で私には使えないんですよ」
「―――」

 愕然とした。驚きすぎて声も出ないほどに。

 これは俺が秘匿されていた魔法使いの存在を世の中に知らしめるそんな物語。
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