23 / 69
平穏な朝
しおりを挟む
昨夜、凄惨な写真を見てから帰宅した久我晴人の内面は張り詰めていたが、久我家の朝食風景は、その不安とは裏腹に、穏やかな光に満ちていた。ダイニングにはトーストと味噌汁の匂いが混じり合い、ごく普通の日本の家庭の空気が流れている。
父、健太は既に家を出ており、母、由美子が台所で洗い物をしていた。
「晴人、今日の昼は生協のパンじゃなくて、おにぎり持って行きなさい。ちゃんと具材入れたから」
由美子は、昨夜の息子が抱えていた影など知らぬげに、日常的な優しさを見せる。
「うん、ありがとう、母さん」
午前7時45分。
莉緒が制服の上に鮮やかなオレンジのパーカーを羽織って、ダイニングに入ってきた。
「お兄ちゃん、今日は元気?昨日みたいな幽霊みたいな顔してたら、友達も心配するって」
莉緒は、カバンを肩にかけながら、悪戯っぽい笑顔を見せる。
「…うるさいよ」晴人はかろうじて笑って返す。
「はーい、行ってきまーす!」
莉緒は元気よく声を上げ、由美子に軽く手を振った。由美子は「気をつけてね」と返す。
莉緒は玄関へと進み、何の躊躇もなく、重い玄関のドアを開けた。
外は、雲一つない青空。通学路の光が、玄関に差し込む。
ドアの真前、わずか一歩の距離に、篠崎亮介が立っていた。
彼は、夜の闇ではなく、朝の光の中にいた。濃紺のスーツは、周囲の住宅街の風景の中で、異様なほど静かで、冷徹な空気を纏っている。
莉緒は、一瞬立ち止まった。見慣れない男の存在に、ほんの少しの「誰だろう?」という疑問を抱いた。
「あの、すみませーん。うちの前に、何か御用ですか?」
莉緒は、いつものように明るく、世渡り上手な態度で尋ねた。
篠崎は、その言葉に答えない。
次の瞬間、篠崎の右手が動いた。
挨拶も、威嚇も、殺意を示す言葉も、何もなかった。
光を鈍く反射する刃物が、彼の袖口から滑り出し、真っ直ぐに、速やかに、莉緒の脇腹へ向けて突き出された。
ザシュ、という、湿った鈍い音が響く。
「……え」
莉緒の口から漏れたのは、疑問符だった。痛みよりも先に、何が起きたのか理解できないという純粋な困惑が彼女の顔に浮かんだ。その無邪気な表情が、残酷な現実と強烈に対比する。
篠崎は、刃物を即座に引き抜いた。
鮮やかなオレンジのパーカーに、濃い赤の染みが、見る間に広がっていく。
莉緒の身体は、まるで糸が切れたかのように、玄関のタイルに崩れ落ちた。通学バッグが倒れ、文房具が散乱する。その一つ一つに、血がにじんでいく。
「莉緒!」
リビングから駆けつけた晴人の、破滅的な叫びが、久我家の静寂を切り裂いた。
父、健太は既に家を出ており、母、由美子が台所で洗い物をしていた。
「晴人、今日の昼は生協のパンじゃなくて、おにぎり持って行きなさい。ちゃんと具材入れたから」
由美子は、昨夜の息子が抱えていた影など知らぬげに、日常的な優しさを見せる。
「うん、ありがとう、母さん」
午前7時45分。
莉緒が制服の上に鮮やかなオレンジのパーカーを羽織って、ダイニングに入ってきた。
「お兄ちゃん、今日は元気?昨日みたいな幽霊みたいな顔してたら、友達も心配するって」
莉緒は、カバンを肩にかけながら、悪戯っぽい笑顔を見せる。
「…うるさいよ」晴人はかろうじて笑って返す。
「はーい、行ってきまーす!」
莉緒は元気よく声を上げ、由美子に軽く手を振った。由美子は「気をつけてね」と返す。
莉緒は玄関へと進み、何の躊躇もなく、重い玄関のドアを開けた。
外は、雲一つない青空。通学路の光が、玄関に差し込む。
ドアの真前、わずか一歩の距離に、篠崎亮介が立っていた。
彼は、夜の闇ではなく、朝の光の中にいた。濃紺のスーツは、周囲の住宅街の風景の中で、異様なほど静かで、冷徹な空気を纏っている。
莉緒は、一瞬立ち止まった。見慣れない男の存在に、ほんの少しの「誰だろう?」という疑問を抱いた。
「あの、すみませーん。うちの前に、何か御用ですか?」
莉緒は、いつものように明るく、世渡り上手な態度で尋ねた。
篠崎は、その言葉に答えない。
次の瞬間、篠崎の右手が動いた。
挨拶も、威嚇も、殺意を示す言葉も、何もなかった。
光を鈍く反射する刃物が、彼の袖口から滑り出し、真っ直ぐに、速やかに、莉緒の脇腹へ向けて突き出された。
ザシュ、という、湿った鈍い音が響く。
「……え」
莉緒の口から漏れたのは、疑問符だった。痛みよりも先に、何が起きたのか理解できないという純粋な困惑が彼女の顔に浮かんだ。その無邪気な表情が、残酷な現実と強烈に対比する。
篠崎は、刃物を即座に引き抜いた。
鮮やかなオレンジのパーカーに、濃い赤の染みが、見る間に広がっていく。
莉緒の身体は、まるで糸が切れたかのように、玄関のタイルに崩れ落ちた。通学バッグが倒れ、文房具が散乱する。その一つ一つに、血がにじんでいく。
「莉緒!」
リビングから駆けつけた晴人の、破滅的な叫びが、久我家の静寂を切り裂いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる