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追放
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莉緒が刺されてから一時間後、病院の緊急治療室の前で、久我晴人は現実という名の冷たい壁に押し潰されていた。
「残念ながら、ご臨終です」
医師の言葉は、まるでノイズのように遠く聞こえた。莉緒の笑顔、オレンジのパーカー、玄関に広がった血の匂い――すべてが、晴人の心に焼き付いた。
隣で座り込んでいた母、由美子から、声は出なかった。代わりに、彼女の目は虚ろになり、無表情のまま、ただ一点を見つめ続けた。彼女の精神は、娘の死というあまりに重い現実に耐えきれず、その場に置き去りにされた。
家族からの追放
それから一週間。
莉緒の葬儀が行われた。由美子は、娘の遺影を見ても反応を示さず、時折、何もない空間に向かって楽しそうに話しかけるようになった。すぐに医師の判断が下され、彼女は都心の静かな精神病院に入院することになった。
そして、晴人には、父、健太との対峙が待っていた。
久我家のリビング――かつて穏やかな光が満ちていた場所は、今や冷たい影と、拭いきれない血の記憶に包まれていた。健太は、公務員としての真面目な顔の奥に、極度の恐怖と自己防衛本能を隠していた。
「晴人…お前のせいだ」
健太の声は震えていたが、その瞳は決然としていた。
「お前が変なことに深入りし、お前のせいで、莉緒は死んだ。由美子まであんなことになった」
晴人は、一切反論できなかった。彼は、自分が裏社会に足を踏み入れた軽率さを心底呪った。
「す、すみません…」
「謝罪などいらん! お前は、この家から出て行け」
健太は、分厚い封筒をテーブルに叩きつけた。中には、僅かな現金と、通帳が入っていた。
「絶縁だ。お前の存在が、すべてを汚したんだ。もう二度と、我々の前に現れるな」
健太は、恐怖から、息子を悪魔の使いのように追い払った。久我晴人は、妹を失い、母を壊し、そして父に『存在そのもの』を否定され、たった一人、家を後にした。
家を追われた晴人は、どこへ行く当てもなく、ただ夜の街を彷徨った。心は完全に麻痺し、歩く屍同然だった。
そんな彼の前に現れたのが、藤堂玲奈だった。
彼女は、晴人が追放された翌日の夕方、彼が大学近くの公園のベンチでうずくまっているのを見つけた。彼女の表情は、心から心配している恋人のそれであり、その目に宿る独占的な光は、絶望に沈む晴人には見えなかった。
「晴人くん……やっぱりここにいた」
玲奈は、優しく、しかし有無を言わせない力強さで晴人の手を握った。
「私がいるよ。もう一人じゃない。誰もあなたを責めないし、誰もあなたから離れたりしない。だって、私は全部、見てたから」
玲奈は、晴人の顔を覗き込み、かすかに微笑んだ。その笑顔は、優しさと狂気が混じり合っていた。
「あの朝、私が警察に通報できたのはね、たまたまじゃなかったんだよ。だって私、知ってるもん。晴人くんがいつも何時頃に起きて、どの道を通って、誰と会って、どこで息をしてるか。」
玲奈の告白は、ストーキングという行為を、『あなたを誰よりも深く愛している証明』として提示した。妹の死で判断能力を失っている晴人にとって、その病的な愛は、唯一の救いの手に見えた。
「さあ、私の家に行こう。誰も知らない、二人だけの、安全な場所だよ」
その日から、久我晴人は藤堂玲奈が暮らす都心のワンルームマンションで、奇妙な同棲生活を始めた。
玲奈の部屋は、晴人の写真やメモなどで満たされており、まるで彼の人生の分析室のようだった。玲奈は、晴人を外へ出させず、食事から着替えまで、すべて世話を焼いた。
晴人は、外の世界に出ることを恐れていた。篠崎の追撃、父の言葉、そして何よりも莉緒を死なせてしまった自分の罪から逃げたかった。
「残念ながら、ご臨終です」
医師の言葉は、まるでノイズのように遠く聞こえた。莉緒の笑顔、オレンジのパーカー、玄関に広がった血の匂い――すべてが、晴人の心に焼き付いた。
隣で座り込んでいた母、由美子から、声は出なかった。代わりに、彼女の目は虚ろになり、無表情のまま、ただ一点を見つめ続けた。彼女の精神は、娘の死というあまりに重い現実に耐えきれず、その場に置き去りにされた。
家族からの追放
それから一週間。
莉緒の葬儀が行われた。由美子は、娘の遺影を見ても反応を示さず、時折、何もない空間に向かって楽しそうに話しかけるようになった。すぐに医師の判断が下され、彼女は都心の静かな精神病院に入院することになった。
そして、晴人には、父、健太との対峙が待っていた。
久我家のリビング――かつて穏やかな光が満ちていた場所は、今や冷たい影と、拭いきれない血の記憶に包まれていた。健太は、公務員としての真面目な顔の奥に、極度の恐怖と自己防衛本能を隠していた。
「晴人…お前のせいだ」
健太の声は震えていたが、その瞳は決然としていた。
「お前が変なことに深入りし、お前のせいで、莉緒は死んだ。由美子まであんなことになった」
晴人は、一切反論できなかった。彼は、自分が裏社会に足を踏み入れた軽率さを心底呪った。
「す、すみません…」
「謝罪などいらん! お前は、この家から出て行け」
健太は、分厚い封筒をテーブルに叩きつけた。中には、僅かな現金と、通帳が入っていた。
「絶縁だ。お前の存在が、すべてを汚したんだ。もう二度と、我々の前に現れるな」
健太は、恐怖から、息子を悪魔の使いのように追い払った。久我晴人は、妹を失い、母を壊し、そして父に『存在そのもの』を否定され、たった一人、家を後にした。
家を追われた晴人は、どこへ行く当てもなく、ただ夜の街を彷徨った。心は完全に麻痺し、歩く屍同然だった。
そんな彼の前に現れたのが、藤堂玲奈だった。
彼女は、晴人が追放された翌日の夕方、彼が大学近くの公園のベンチでうずくまっているのを見つけた。彼女の表情は、心から心配している恋人のそれであり、その目に宿る独占的な光は、絶望に沈む晴人には見えなかった。
「晴人くん……やっぱりここにいた」
玲奈は、優しく、しかし有無を言わせない力強さで晴人の手を握った。
「私がいるよ。もう一人じゃない。誰もあなたを責めないし、誰もあなたから離れたりしない。だって、私は全部、見てたから」
玲奈は、晴人の顔を覗き込み、かすかに微笑んだ。その笑顔は、優しさと狂気が混じり合っていた。
「あの朝、私が警察に通報できたのはね、たまたまじゃなかったんだよ。だって私、知ってるもん。晴人くんがいつも何時頃に起きて、どの道を通って、誰と会って、どこで息をしてるか。」
玲奈の告白は、ストーキングという行為を、『あなたを誰よりも深く愛している証明』として提示した。妹の死で判断能力を失っている晴人にとって、その病的な愛は、唯一の救いの手に見えた。
「さあ、私の家に行こう。誰も知らない、二人だけの、安全な場所だよ」
その日から、久我晴人は藤堂玲奈が暮らす都心のワンルームマンションで、奇妙な同棲生活を始めた。
玲奈の部屋は、晴人の写真やメモなどで満たされており、まるで彼の人生の分析室のようだった。玲奈は、晴人を外へ出させず、食事から着替えまで、すべて世話を焼いた。
晴人は、外の世界に出ることを恐れていた。篠崎の追撃、父の言葉、そして何よりも莉緒を死なせてしまった自分の罪から逃げたかった。
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