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偽りの救済者
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都心から少し外れた雑居ビルの地下に、バー「Nocturne(ノクターン)」は静かに存在していた。店内は深い藍色と琥珀色の照明に支配され、世間の喧騒とは隔絶された密室のような静寂に包まれている。
岸本隆臣は、いつものようにカウンターの奥でグラスを磨いていた。彼の動作は淀みなく、その沈黙自体が店の持つ秩序となっていた。
今夜、カウンター席に座るのは二人。美咲と、新しい獲物である神崎悠馬だ。
神崎は、美咲の隣で機嫌良くバーボンを傾けていた。彼の高級なクロノグラフが、微かに照明を反射する。
「水城さん。君は本当に面白い。整った顔でありながら、こうして俺みたいな男と二人で酒を飲んでいる」神崎は笑う。
美咲はうつむき加減で、静かにカクテルを啜った。
「神崎さん……ありがとうございます。あなただけです。私のことを、一人の人間として見てくれるのは」
彼女の声は震え、瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。この涙が、神崎の持つ最大の弱点――「自分こそが特別な存在だ」という虚栄心を、これ以上ないほどに刺激する。
神崎はグラスを置き、美咲の細い手首に触れた。「君には俺がいる。俺は君の恐怖から、すべて守ってあげる。」
美咲はゆっくりと顔を上げ、彼の目を見つめた。その眼差しは、彼の魂を溶かし切るかのように熱い。
「守って……くれる……?」
「ああ。君の抱えるストレス、不安、全てからだ。」
彼女は、カウンターに置かれた小さな白い錠剤の入ったビニール袋を、そっと指で押した。東雲司のシステムが用意した、第三段階「禁断の体験」への招待状だ。
「これ……」美咲はためらいがちに囁いた。「これは、私だけの『秘密』でした。現実から逃れて、一瞬だけ世界をリセットできる、私にとって唯一の……救い」
「救いか」神崎の口角が上がる。
「君だけの秘密……それを俺と共有するというのか?」
神崎は、テーブルに置かれていた、純粋な好奇心と征服欲の象徴である錠剤に手を伸ばす。彼の指先が、冷たいビニールに触れる。この瞬間、彼の心の中で、長年の努力で築き上げた社会的地位と、美咲という危険な「特別」な報酬が、完全に置き換わった。
「最高のリターンだ。水城さん。俺と君で、この退屈な世界を⋯」
その時、重厚なバーのドアが、空気を切り裂く大きな音を立てて開いた。
神崎の手がぴたりと止まる。店内に流れていた静かなジャズの旋律が途切れ、張り詰めた沈黙が支配した。
冷たい外の空気を纏い、店内に現れたのは、場違いなパーカー姿の男だった。その男、高槻圭吾の目は、神崎ではなく、一直線に美咲の顔だけを射抜いていた。
彼は息を切らし、長い前髪の奥の粘つく視線で美咲に問いかける。
「美咲……誰だ、その男は?」
岸本隆臣は、いつものようにカウンターの奥でグラスを磨いていた。彼の動作は淀みなく、その沈黙自体が店の持つ秩序となっていた。
今夜、カウンター席に座るのは二人。美咲と、新しい獲物である神崎悠馬だ。
神崎は、美咲の隣で機嫌良くバーボンを傾けていた。彼の高級なクロノグラフが、微かに照明を反射する。
「水城さん。君は本当に面白い。整った顔でありながら、こうして俺みたいな男と二人で酒を飲んでいる」神崎は笑う。
美咲はうつむき加減で、静かにカクテルを啜った。
「神崎さん……ありがとうございます。あなただけです。私のことを、一人の人間として見てくれるのは」
彼女の声は震え、瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。この涙が、神崎の持つ最大の弱点――「自分こそが特別な存在だ」という虚栄心を、これ以上ないほどに刺激する。
神崎はグラスを置き、美咲の細い手首に触れた。「君には俺がいる。俺は君の恐怖から、すべて守ってあげる。」
美咲はゆっくりと顔を上げ、彼の目を見つめた。その眼差しは、彼の魂を溶かし切るかのように熱い。
「守って……くれる……?」
「ああ。君の抱えるストレス、不安、全てからだ。」
彼女は、カウンターに置かれた小さな白い錠剤の入ったビニール袋を、そっと指で押した。東雲司のシステムが用意した、第三段階「禁断の体験」への招待状だ。
「これ……」美咲はためらいがちに囁いた。「これは、私だけの『秘密』でした。現実から逃れて、一瞬だけ世界をリセットできる、私にとって唯一の……救い」
「救いか」神崎の口角が上がる。
「君だけの秘密……それを俺と共有するというのか?」
神崎は、テーブルに置かれていた、純粋な好奇心と征服欲の象徴である錠剤に手を伸ばす。彼の指先が、冷たいビニールに触れる。この瞬間、彼の心の中で、長年の努力で築き上げた社会的地位と、美咲という危険な「特別」な報酬が、完全に置き換わった。
「最高のリターンだ。水城さん。俺と君で、この退屈な世界を⋯」
その時、重厚なバーのドアが、空気を切り裂く大きな音を立てて開いた。
神崎の手がぴたりと止まる。店内に流れていた静かなジャズの旋律が途切れ、張り詰めた沈黙が支配した。
冷たい外の空気を纏い、店内に現れたのは、場違いなパーカー姿の男だった。その男、高槻圭吾の目は、神崎ではなく、一直線に美咲の顔だけを射抜いていた。
彼は息を切らし、長い前髪の奥の粘つく視線で美咲に問いかける。
「美咲……誰だ、その男は?」
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