Undergroundシリーズ

鴻上縞

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『Underground caT』

産声

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 ベランダの窓を開く小さな音に淀んだ思考が叩き起こされる。まるで軽い昼寝で夢を見ていたかの様な、朧気な夜だった。痛みを分かち合うかのようにキツく繋いだ手の温もりだけが鮮明に残る。
 望みは叶った。隆司さんは俺を抱いてくれた。初めて触れた隆司さんの熱を思い出すだけで霞んだ視界が涙で滲む。それは幸せに浸った涙なんかじゃない。途轍もない虚無を抱いた時の涙でもない。あまりにも辛い現実を突き付けられた、絶望にも似た悲しみからくる物だ。
 こんな筈じゃなかった。隆司さんに愛してもらえば、俺は本当の意味で幸せを感じて、愛される喜びを知る事が出来ると思っていた。結果はどうだ。隆司さんの言う通り。何一つ埋まる事なんかなかった。それどころか更に深みに嵌り、もう二度と這い上がる力すら失った。だけどそれ以上に、触れて知った隆司さんの想いが、ただただ辛かった。
 息も出来ない位苦しい。胸が押し潰されるように痛い。狂いたくなる程に、愛しい──。それは隆司さんがずっと優しい微笑みの裏側で抱えていた感情。お互いがお互いを想う。それだけで何でこんなに複雑な事になってしまうのだろう。もっと真っ直ぐに愛し合う事は出来なかったのだろうか。だがもうこうするより他に、俺達は進む道を失っていた。深く傷付ける事でお互いの想いを確かめ合う。俺の所為で歪み切ってしまった関係。初めて俺に見せた涙の訳も、もっと早くに気付いてあげられた筈だ。そんな後悔も今となっては後の祭りだ。今は何も考えたくない。

 出口の無い思考を振り切るように重い身体を起こすと、思わず眉を顰める程身体が痛んだ。当然だ。隆司さんは男を抱いた事なんかない。そう言う男を相手にする時はちゃんと主導権は握っとかなきゃ壊れてしまう。そう言う事に関しては長年ギリギリのラインで自己防衛はして来た。
 それでも昨晩の俺はあの人になら壊されても良いと無意識に思っていたのだろう。あの人の想いを、真っ直ぐに受け止めなきゃいけないと、分かっていたんだ。
 バーで男に付けられた赤い痣を上書きする様に、隆司さんが付けた証をそっと撫でる。俺はどこ迄人を狂わせるんだろう。優しくて、愛情深い男の内に潜む狂気を呼び起こしてしまった事が堪らなかった。
 ふとベランダに視線を向けると昇り始めたばかりの太陽が、遠くを見詰め煙草を咥える横顔を照らしていた。広い背中には、浮世絵をそのまま描いたような、美しい羽衣を纏った女の姿があった。刺青ってこんなにも綺麗に彫れる物なのだろうか。長年共に暮らして来て初めて目にするそれに触れてみたくて、静かにベランダの扉を開く。
「……天女?」
「ん?ああ……見るの初めてか。そう、天女だな」
 そう言いながら煙草を揉み消して部屋に戻ると、隆司さんはまるで隠すように床に転がるシャツを羽織った。
「嫌なの?」
「いや、別に嫌じゃねえよ。こんな物人様に見せるもんでもないってだけだ」
 珍しく早口に捲し立てる様は、身体に残る紛いも無い裏社会の住人である烙印を見せたく無いと言っているようなものだ。ボタンを留める手を制して、せっかく留めたそれを外そうとする俺を隆司さんは慌てて止めた。
「……雪、何だよ」
「見たい」
「見たいじゃねえよ。良いんだよこんなもの見なくて」
 軽く手を払われても引かない俺と、どうしても脱がされまいと抵抗する隆司さんの無意味な押し問答が続く。
 何でこんなに必死なのか自分でも分からない。けれど少しでも隆司さんの心を知りたかった。それが、重い蓋をした傷だったとしても。二度と、あんな涙を見たくない。背中に彫られた美しい天女は、まるでこの男の背負う罪のように感じたから。
「分かった分かった!もう良いから!」
 終いには面倒臭くなった隆司さんが俺を抱き締めていよいよ身動きすら取れなくなってしまった。響く鼓動が気持ち早く感じる。大切な人が生きてる事を知らせる愛しい音。
 背中に回した腕を乱れたシャツの中に滑り込ませ、触れる事の叶わなかった素肌を味わうようにゆっくりと撫でる。
「隆司さん……ごめんね」
 温もりに包まれ、自然と口を吐いたものは、長年直接言えなかった言葉だった。このまま生きていて、俺はこの人に謝らなくて良くなる日が来るんだろうか。一生謝り続けるのかもしれない。一生、こうして傷付けてしまうのかもしれない。そんな事を考えてつい俯いた俺の頭を大きな手が撫で上げた。
「座りな」
 そう言ってベットの端に俺を座らせると、隆司さんは床に膝を付いて覗き込む。黒い瞳の中に映る自分の顔に、涙が溢れた。武骨な指先が頬を濡らす涙を掬う。
「何をまた泣いてんだ。どうした?」
 こんなにも愛情を感じるのに、人間て物は欲深く、幸せに関しては酷く臆病だ。言葉が欲しくて、けれど言葉にしてもらったとして信じられる保証もない。それでも聞きたくなるのは、そんな人間の性なのかもしれない。
「何で、言ってくれないの?」
 一瞬何の事かと思考を巡らせた後、質問の意図を理解したのか、隆司さんは呆れたように溜息を吐いた。
「何言ってんだ。良い年こいて俺がお前に愛してるなんて面と向かって言ったって寒いだけだろ」
 ……そんな理由?
「寒くない」
「いや、寒い。気持ち悪い」
「寒くないって!気持ち悪くもないし!」
「分かった!分かったから!……本当、ガキじゃねえんだからよ」
 俺はガキだよ。欲しい物は欲しいと言わずにはいられない。手に入らなきゃ駄々もこねる。そんな俺を一番近くで見てきたのは、あんただよ?
 そっと手を取って、涙を拭った指先が唇をゆっくりと撫でて行く。俺は促されるまま瞼を閉じた。そんな様子に小さく笑った隆司さんが、唇にそっと触れる。
「愛してるよ、雪。だからお前の心が治る迄二度と抱かない。……分かってくれるか?」
 その言葉に何度も何度も頷く。涙が溢れて、言葉に詰まって、それでも伝えたい事がある。伝えなきゃいけない事もある。
「病院、行きたい……隆司さんとしたい……!」
「違うだろうが、この大馬鹿野郎」
 隆司さんは呆れた様に笑った。それは久しぶりに見た、穏やかな安堵の微笑みだった。

 隆司さんの取った行動は、謂わば荒療治。決してしてはいけない事だったのかもしれない。けれど腐り切った俺にはそれ位しないと分からなかったんだ。
 お互い深く傷付いた。人間の無力さに打ち拉がれた。それでも、俺達の間に芽生えた愛情は、人間の内にはどんな苦難の道に立っていても前を向くしぶとさがある事を教えてくれた。
 愛のないセックスは虚しい物だと昔誰かが言ったんだ。そう思わない事が、なによりも虚しい事だと今なら分かる。

 茹だるような夏が終わる。鋭い太陽から逃れ日陰に入れば、涼しい風が秋を教えてくれた。
「雪、そろそろ行くよ」
 ぼんやり朝のニュースを見ていたら、洗い物が終わった隆司さんがカウンターの向こうから俺を呼んだ。慌てて用意しておいた出勤グッズを手に取る。煙草に携帯、財布に腕時計。隆司さんは鞄を持たないから、最近こうして俺が準備して持って行くようになった。
 別に俺がやらなきゃ何でも自分でやるけど、これは最早俺の趣味。無趣味代表の俺が見付けたこんな小さな喜びを汲んでくれて、最近じゃ隆司さんもこうして甘えてくれる。全部確認し終わって靴を履く背中を見詰める時間が、俺の至福の時だ。
 靴を履き終わった隆司さんはいつものように優しい笑顔で俺の手から荷物を受け取ってくれた。
「はい、ありがとう」
 律儀なこの男は、挨拶とかこう言う小さな感謝の言葉を欠かさない。酒飲みだけど浮気もしないし、真面目に働くし、こんな旦那持った女は幸せだろうな。それでも世間じゃヤクザ者で犯罪者。十三年も塀の中にいた凶悪犯のレッテルを貼られてしまう。それはとても悲しい事だけど、俺だけが知っていれば良い。それに俺だけじゃない。隆司さんの良さを知っている人間はこの街にいっぱいいる。けれど愛する人が皆に好かれるのはちょっと妬ける。
 小さな嫉妬を忘れたくて首に手を回すと、答えるように腰に腕が回る。
「いってらっしゃい」
「行ってきます」
 そんな何時もの儀式も済んで玄関の扉に手を掛けた所で、隆司さんは思い出したように振り向いた。
「ああ、実咲ちゃんの事頼むな」
「うん。慎太郎がタクシー会社の電話番号腐る程教えてくれたし。ヤバかったら一一九ね」
「ヤバかったらって……」
 得意気に携帯を見せる俺に、呆れた様に溜息が漏れる。
「じゃあくれぐれも取り乱すなよ?」
「分かってるって」
 俺の答えに漸く満足したのか、再び背中を向けた隆司さんの腕を慌てて掴む。
「隆司さん……!」
 訝し気な視線が見下ろす。何も言わず黙って見詰め返す俺の望みを、この人は分かっている。
「はいはい」
 少し面倒臭そうに呟いて、隆司さんは触れるだけの小さなキスをくれた。
「……満足か?」
「うん」
 完全に顔が緩んだ俺の頭をガシガシと揉むと、隆司さんはそのまま足早に仕事に向かった。俺は案外照れてる時の隆司さんが好きだ。
 バレないように玄関をそっと開きその姿が見えなくなる迄見送って、俺も出掛ける準備を始めた。

 今日から俺にも仕事が出来た。実咲の出産も間も無くで、入院迄の一週間、幼い夢の面倒や急に産気づいたら心配だって事で派遣される事になったのだ。
 隆司さんの前では偉そうに言ったけど、俺は内心ビクビクしている。ちゃんと直ぐに電話出来るようにタクシー会社の電話番号は電話帳に何社も入れた。一一九を素早く打てる練習もした。それでもその時が来たら酷く取り乱してしまう気がしてならない。まあ、ないとは思うけれど。
 そんな事を考えながら実咲の家に向かう。家に上がると、慎太郎の産気づいた時の為のメモが至る所に張ってあって笑ってしまった。こんな風に愛されて実咲は幸せだろうな。
「雪君ごめんね!もう本当パパ心配性でさあ」
 そう言いながらお茶を出してくれた実咲は、二人目だからか随分落ち着いて見えた。産まれそうもない事に安堵しつつ、嫌でも目に付く場所を遠慮もなく見詰める。小さくて細い実咲のお腹だけがポッコリと言うレベルじゃなく張り出していて、何だか不恰好だ。この中にもう一つの命があるんだ。そう考えると不思議。
「触っても良い?」
 不躾な俺の発言にも実咲は優しく微笑んでくれた。
「良いよ」
 良いと言われても多少戸惑う俺の手は優しく引かれ、張り出したお腹にそっと触れる。初めて触れた母親のお腹は、あまりにもあったかくて、思わず涙が溢れそうになった。
「ここにね、雪君もいたの。早く会いたいなってお母さんは毎日話し掛けるんだよ。出産ってね、不思議な物。命を半分こにした気分。だから母親はね、どんな事があっても子供を守りたいって思うんだよ。命を賭けても良いって思えるの」
 まるでお腹の中の赤ん坊に語り掛ける様に、実咲は固まった俺の手に視線を落としながら言葉を紡いだ。何て優しい表情なんだろう。これが母親なのだろうか。
 羨ましい程に幸せに満ちたその顔を見ながら、記憶の中の母の顔を引き摺り出す。あれだけ拗れて、親子の絆さえ粉々に割れてしまったのに、頭に浮かぶのはどれも大好きだった母さんの優しい笑顔だった。
 今は、幸せに暮らしているだろうか。男に泣かされていないだろうか。罪の意識を引き摺って生きてはいないだろうか。そんな事ばかり考える自分に笑えた。自嘲でもなく、愛しさ故の笑い。すれ違い、傷付け合った過去さえ乗り越え、二度と会う事の出来ない母の幸せを願う事は、やはり愛なんだと思う。
 また一つ、俺は隆司さんを好きになる。そんな事を考えていたら何だか無性に会いたくて堪らなくなった。
 呆然とお腹に手を置いていたら、実咲は思い出したように手を叩いた。
「そうだ。雪君、明日から病院でしょう?一緒に行こうか?」
「え?良いよ別に」
 実咲に言われる迄忘れていたが、俺の病院通いも明日から。アメリカでは施設なんかにぶち込まれるらしいんだけど、日本ではまだまだ認知されていない。それに俺みたいに本当にまずい所迄堕ちても、病気だと知らない奴も多い。それに治療は保険適用外。性依存症は長期治療が必要だ。長い間治療しようにも金がいる。病気のお陰で仕事も失くし、友人も家族をも失う人間は多い。思うように治療出来ないのが悲しい事に現実だ。
 そう考えると恐ろしい病気だな。こんな所で身体売って稼いだ莫大な金の使い道が見つかるなんて皮肉だけど、俺は幸せ者だ。こんな風について来てくれる人もいるし、こんな俺を愛してくれる人もいる。俺は初めて斜めから物を見ず、その全てに素直に感謝したいと思えた。
「実咲、ありがとう」
 照れ臭いけれど、どうしても言いたくなった。
「ちょ……何その顔!殺人的!鼻血出るから!ああもう、隆司さんが羨ましいっ!」
 バカげた発言をする実咲に呆れつつ、俺はしばしそんな優しい時間に酔い痴れた。

 そんな中、事件が起きたのは、俺が夢を保育園に迎えに行っている間だった。今時親以外が迎えに行く場合、事前に写真を渡しておくらしい。例に漏れず俺も保育士に写真と見比べられ若干嫌な気分になったものの、無事夢を受け取る事が出来た。
 まだたどたどしい言葉で変な歌を歌いながら歩く小さな背中をぼんやりと見ていると、くるりと振り向いた夢が思い出した様に口を開いた。
「ねえ、ゆきはりゅうじのおよめさんってほんと?」
「はあ?」
「だってママが言ってたもん」
 実咲は一体何を言ってんだ。
「違うよ。隆司さんが俺のお嫁さんなの」
 俺の答えに夢は大袈裟に驚いて見せた。
「えー!?だってりゅうじはおとこだよ?」
「俺だってどっからどう見ても男だろ」
「ゆきはかわいいからだいじょうぶ!でもね、りゅうじはゆめのだんなさんになるんだからだめだよ?」
 このクソガキ。リンゴみたいに赤い頬を膨らませた所で全然可愛くねえんだよ。
「俺はな、毎日隆司さんにちゅーしてもらってんの。お前した事ねえだろ」
 勝ち誇ってこれでもかって位に見下すと、夢はその上を行く生意気な面で小馬鹿にした様に笑ってきた。
「ゆめだってしたことあるもん。おふろもたまにねえ、いっしょにはいるよ?」
「……お風呂だと?」
 負けた。完敗だ。完全に項垂れる俺を更に畳み掛けようと、幼女は攻撃の手を緩めなかった。
「そうだ!りゅうじのせなかにおんなのひとのらくがきがあるの!ゆきしってる?」
「知ってるよバーカ!」
「あー!バカっていったほうがバカなんだよ!」
「うるせえマセガキ!」
 ハタから見たら大人気なさすぎるだろう。思い返すと顔から火が出そうだ。だけど俺はこんな小さな少女にさえ負けたくはなかった。
 そんな不毛なやり取りをしつつようやく家に辿り着き揃って玄関に上がる。靴を脱ぎながら夢がママ、ママと呼んでも、実咲は出迎えに来なければ、返事すらしなかった。嫌な予感が一気に背筋を走り抜ける。
 まさかとは思いつつポケットから携帯を取り出しリビングに足を進め、一気に血の気が引いた。そこには額に汗を滲ませ苦しそうに蹲る実咲の姿があった。
「みっ実咲!」
「ママー!」
 続いてリビングに来た夢の泣き声が余計に俺の動揺を煽る。
「産まれる!?産まれるのか!?タクシー!?一一九!?どっち!?」
「ちょっと……落ち着いて……!タクシー、タクシー、呼んで!」
 そう言う実咲はあまりにも尋常じゃない感じで、俺の中では完全に一一九だった。
「で、でも……!」
 オロオロと足踏みを繰り返す俺にキレた実咲が、見た事もない鬼のような形相で睨みつける。
「良いから、タクシー!これ、普通だから!普通に陣痛だから!」
「は、はいっ!」
 その気迫に押され、結局タクシーを呼んで俺達は三人で病院に向かった。

 陣痛は波があるらしく、病院に向かう途中で実咲は一時的に落ち着いた。直ぐに慎太郎にも連絡したけれど、こっちも二人目で慣れているのか慌てふためく俺を小馬鹿にしながら仕事終わったら行くとだけ言って切られた。病院で診察を受けた結果、この感じだと深夜には産まれるんじゃないかと言う事だ。
 段々と短くなる陣痛の間隔。苦しそうに呻く実咲を目の前に、俺の方が参ってしまいそうだった。終いには看護師に追い出され、夢と二人長椅子でぼんやりと慎太郎の到着を待つ事となってしまった。
 十九時を回り、慎太郎と隆司さんがようやく病院に到着した。代わりにと言ってはなんだけど、夢は実咲の母親が連れて帰った。
 まだ産まれないからと言う事で、俺達は三人で近くの定食屋に向かった。こんな時なのに慎太郎も隆司さんもどうでも良い話に花を咲かせていたけれど、陣痛に苦しむ姿を目の前で見た俺はどうにもそんな気持ちになれなかった。
「何を難しい顔してんだ。ほら食っとけよ」
「うん……」
 隆司さんに促され箸を進めようにも、やっぱり食欲は起きなかった。
 面会時間が終了する迄俺達は病院にいて、慎太郎を残して一時帰宅した。家に着いても心臓がバクバクして、高揚感にも似た緊張がずっと続いている。
「どうした?」
「実咲が心配で……でもそれだけじゃなくて、変なんだ!」
 必死で自分でも訳の分からない感情を説明しようとする俺を見て、隆司さんは懐かしむように笑った。
「俺も、そうだったな。落ち着かなきゃいけないのにいても立ってもいられなくてな。病室から追い出されて、ずっと廊下でウロウロして。婦長にしこたま説教されてよ」
 その画が簡単に想像出来て、思わず笑ってしまった。
「その胸騒ぎはな、雪が桐島家の一員だからだよ」
「……俺が?」
 小さく頷いた隆司さんが嬉しそうで、俺も自然と嬉しくなった。
 血の繋がらない、へんてこな家族。血の繋がったどんな家族よりもお互いを知らない癖に、どんな家族よりもお互いを想い合う、優しい家族。長い間足踏みをしていた泥濘の道から漸く一歩踏み出したその先には、あまりにも幸せに満ちた景色が広がっていた。

 朝方鳴った電話で一緒に飛び起きて、俺達は珍しくタクシーで病院に向かった。出産を終えた実咲は本当に命を半分分け与えてしまったかの様に真っ白で、それでもこの世の誰よりも幸せそうな微笑みを浮かべていた。
 二人の愛の結晶は、まん丸の月が優しく見下ろし、少し肌寒い秋の風が優しく窓を叩く深夜三時十二分。元気な産声を上げた。2855gの、元気な男の子だった。
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