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深淵の砦 ②
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アオサの顔は再び元通りに戻り、彼女は不気味に微笑んだ。
彼女の顔面は、ぐにゃぐにゃに歪みせせら笑っている。
「じゃあ、この顔面は、見覚えある?」
顔面が元通りになったかと思えば、飴細工のようにぐにゃぐにゃ歪んでいった。
そして、それは時雨そっくりの顔面になった。
黒須の胸の動悸は、昂った。
かつて、共に仕事をしてきた大事な仲間の顔だ。
黒須は、怒りの感情が湯気のように吹き出しそうになった。
ー駄目だ、抑えるんだ…コイツは、思念体の集まりなんだ…落ち着け…
黒須は、怒りを堪えながらも首を横に振り深呼吸をするとアオサと向き合った。
すると、アオサの口から、留めの意味深な一言が出た。
「人は、誰しもこういうものだよ。」
黒須は、怒りで呼吸が荒くなった。
だが、その声に違和感をも覚えた。
それは、老若男女様々な複数の声が混じりあった奇妙な声なのだ。
黒須は、警戒しながら三歩下がった。
ー落ち着け、落ち着くんだ…コイツらは、死霊の塊なんだ。
すると、それは次第に泥粘土のような塊になる。
「お母さん、熱いよー熱いよー」
「貴様、コノヤロー」
「タスケテー」
無数の苦悩した声が迸り、辺りは阿鼻叫喚の渦に包まれた。
走馬灯を長そうにも、魂の数は多く手間がかかるー。
「クソ…ラプラスの奴め…」
黒須は、歯軋りをした。
ふと、彼が言っていたことを思い出した。
未成仏の魂は、自分が死んだことを受け入れることが出来ないでいる。
それは、前世に未練があるからだ。
大切な人との約束や、学校のテスト、思い出などだ。仕事でやり残したこともあるかも知れない。
彼等は、生前は感情のある人間だったのだ。魔王に触発され、色相が濁ってしまう。
自分は、今まで幾千物魂を狩りとってきた。
情に流されまいと、冷淡に鎌を振るってきた。
自分のやり方は、間違っていたのだろうかー?
アオイやサトコなら、きっと寄り添う筈だ。
その寄り添い方が、自分には難しい以前に理解に苦しんだ。
自分がこういう冷淡な人間になった理由は、自分でもよく分かっているつもりだ。
生前人間だった頃の幼少期の頃、農村が焼かれ、黒須は孤児となった。
物心つく前だったから、悲しい気持ちが湧かなかった。
黒須は、親戚の家の元暮らすことになった。
親戚の家は金持ちであり、複数の土地を保有していた。
黒須は、生活に不自由無く過ごすようになった。
だが、周りの者が黒須の不遇な生い立ちを根掘り葉掘り聞こうとし、必要以上に同情し、段々彼女はそれがうっとおしくなっていった。
テリトリーに侵害されているような気がして不愉快だった。
それから、黒須は誰にも隙を見せまいと感情を押し殺して生きるようになった。
そんな中、唯一、心を許せる友人がいた。彼女は、近所に住んでおり6つ上で姉のような存在だった。才色兼備でとても親身になってくれた。一緒に遊びに行ったり、勉強も教えてもらった。
だが、黒須が13の頃、友人は真夜中に放火にあい家族ごと亡くなった。
黒須は、犯人を知っていた。殺された彼女に想いを寄せていた男だ。縁談を断られ、フラれたのだ。彼はずる賢しこく表面は良かった。しかも、金持ちだという理由もあり、無罪放免となった。
深い悲しみと怒りの感情に襲われた。
だが、子供で非力な自分には為す術がなかった。犯人は、上辺だけは良い顔するし、良い大学出てるだけあり頭はかなり良い。大柄でガタイが良く格闘経験もあるから、力でも到底敵わないことだろう。
幾ら周りを説得しても、皆彼に絆され聞く耳を持たなかった。
彼女は怖い思いをして死んだのに、彼はのうのうと生き続けている。
この世は、あまりに理不尽だと思った。
あらゆる強い負の感情が、黒須の脳内を支配した。
黒須は、感情さえなければいいと、思うようになっていった。
非力な自分を呪った。
彼女の気持ちを考えると苦しくなった。
自分の感情にも人の感情にも向き合うことが、怖くなった。
そうしていくうちに、物事に対して感情が出なくなってしまい、自分の感情というものがよく分からなくなってしまった。
思考は出来るが、感情は出てこない。
16になった頃、縁談の話が持ち出された。
黒須は、それに拒絶反応を起こした。
結婚するということは、自分のテリトリーに人を入れ、苦楽を共にすること、感情を共有するということだ…
増してや、自分には感情というものがよく分からないー。
養父母に対しては恩義はあったが、あの放火事件以来、黒須は彼等に対する情はとっくに薄れてしまった。
そこで、養父母に離縁を突き付け、黒須は館を出て遊郭で働くことになった。
そこで、アオイと出逢い自分は次第に心を取り戻し変化するようになっていったが、今でも人の情というものがよく分からない。理解出来ない。
アオイは、『 このままでいい。』と言っていたが、果たしてそれが正しいことなのか、分からない。
自分が、アオイやサトコに惹かれる理由は、彼女達が自分にない、人の気持ちを深く洞察し感情に寄り添える能力が高いからかもしれないー。
死神に情は必要ない、仕事に情は必要ないと思いながら今までやってきた。自分は情に流されず死者の魂を狩りとってきた。だが、今になって初めて自分にはそれだけでは足りないような気がした。
『 熱いよー痛いよー』
『 怖いよー』
『 コノヤロー、ぶっ殺してやる!』
あらゆる負の感情が、空間内に反響し怒涛の如く渦巻く。
黒須は、顔を上げ耳を塞がず顔色ひとつも変えずにじっと前を見据えた。
彼女の顔面は、ぐにゃぐにゃに歪みせせら笑っている。
「じゃあ、この顔面は、見覚えある?」
顔面が元通りになったかと思えば、飴細工のようにぐにゃぐにゃ歪んでいった。
そして、それは時雨そっくりの顔面になった。
黒須の胸の動悸は、昂った。
かつて、共に仕事をしてきた大事な仲間の顔だ。
黒須は、怒りの感情が湯気のように吹き出しそうになった。
ー駄目だ、抑えるんだ…コイツは、思念体の集まりなんだ…落ち着け…
黒須は、怒りを堪えながらも首を横に振り深呼吸をするとアオサと向き合った。
すると、アオサの口から、留めの意味深な一言が出た。
「人は、誰しもこういうものだよ。」
黒須は、怒りで呼吸が荒くなった。
だが、その声に違和感をも覚えた。
それは、老若男女様々な複数の声が混じりあった奇妙な声なのだ。
黒須は、警戒しながら三歩下がった。
ー落ち着け、落ち着くんだ…コイツらは、死霊の塊なんだ。
すると、それは次第に泥粘土のような塊になる。
「お母さん、熱いよー熱いよー」
「貴様、コノヤロー」
「タスケテー」
無数の苦悩した声が迸り、辺りは阿鼻叫喚の渦に包まれた。
走馬灯を長そうにも、魂の数は多く手間がかかるー。
「クソ…ラプラスの奴め…」
黒須は、歯軋りをした。
ふと、彼が言っていたことを思い出した。
未成仏の魂は、自分が死んだことを受け入れることが出来ないでいる。
それは、前世に未練があるからだ。
大切な人との約束や、学校のテスト、思い出などだ。仕事でやり残したこともあるかも知れない。
彼等は、生前は感情のある人間だったのだ。魔王に触発され、色相が濁ってしまう。
自分は、今まで幾千物魂を狩りとってきた。
情に流されまいと、冷淡に鎌を振るってきた。
自分のやり方は、間違っていたのだろうかー?
アオイやサトコなら、きっと寄り添う筈だ。
その寄り添い方が、自分には難しい以前に理解に苦しんだ。
自分がこういう冷淡な人間になった理由は、自分でもよく分かっているつもりだ。
生前人間だった頃の幼少期の頃、農村が焼かれ、黒須は孤児となった。
物心つく前だったから、悲しい気持ちが湧かなかった。
黒須は、親戚の家の元暮らすことになった。
親戚の家は金持ちであり、複数の土地を保有していた。
黒須は、生活に不自由無く過ごすようになった。
だが、周りの者が黒須の不遇な生い立ちを根掘り葉掘り聞こうとし、必要以上に同情し、段々彼女はそれがうっとおしくなっていった。
テリトリーに侵害されているような気がして不愉快だった。
それから、黒須は誰にも隙を見せまいと感情を押し殺して生きるようになった。
そんな中、唯一、心を許せる友人がいた。彼女は、近所に住んでおり6つ上で姉のような存在だった。才色兼備でとても親身になってくれた。一緒に遊びに行ったり、勉強も教えてもらった。
だが、黒須が13の頃、友人は真夜中に放火にあい家族ごと亡くなった。
黒須は、犯人を知っていた。殺された彼女に想いを寄せていた男だ。縁談を断られ、フラれたのだ。彼はずる賢しこく表面は良かった。しかも、金持ちだという理由もあり、無罪放免となった。
深い悲しみと怒りの感情に襲われた。
だが、子供で非力な自分には為す術がなかった。犯人は、上辺だけは良い顔するし、良い大学出てるだけあり頭はかなり良い。大柄でガタイが良く格闘経験もあるから、力でも到底敵わないことだろう。
幾ら周りを説得しても、皆彼に絆され聞く耳を持たなかった。
彼女は怖い思いをして死んだのに、彼はのうのうと生き続けている。
この世は、あまりに理不尽だと思った。
あらゆる強い負の感情が、黒須の脳内を支配した。
黒須は、感情さえなければいいと、思うようになっていった。
非力な自分を呪った。
彼女の気持ちを考えると苦しくなった。
自分の感情にも人の感情にも向き合うことが、怖くなった。
そうしていくうちに、物事に対して感情が出なくなってしまい、自分の感情というものがよく分からなくなってしまった。
思考は出来るが、感情は出てこない。
16になった頃、縁談の話が持ち出された。
黒須は、それに拒絶反応を起こした。
結婚するということは、自分のテリトリーに人を入れ、苦楽を共にすること、感情を共有するということだ…
増してや、自分には感情というものがよく分からないー。
養父母に対しては恩義はあったが、あの放火事件以来、黒須は彼等に対する情はとっくに薄れてしまった。
そこで、養父母に離縁を突き付け、黒須は館を出て遊郭で働くことになった。
そこで、アオイと出逢い自分は次第に心を取り戻し変化するようになっていったが、今でも人の情というものがよく分からない。理解出来ない。
アオイは、『 このままでいい。』と言っていたが、果たしてそれが正しいことなのか、分からない。
自分が、アオイやサトコに惹かれる理由は、彼女達が自分にない、人の気持ちを深く洞察し感情に寄り添える能力が高いからかもしれないー。
死神に情は必要ない、仕事に情は必要ないと思いながら今までやってきた。自分は情に流されず死者の魂を狩りとってきた。だが、今になって初めて自分にはそれだけでは足りないような気がした。
『 熱いよー痛いよー』
『 怖いよー』
『 コノヤロー、ぶっ殺してやる!』
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