ショートショート集:SF

ねこありすと

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仮想現実

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 バーチャルリアリティー。
 今まで生きてきた中で、とんと縁の無い、知識としてしか知らなかった単語だ。
とういのも、ありもしない偽物で自分の感覚を誤魔化して満足するなど、
低俗なつまらないものだと思っていたのだ。

 しかし、街をフラフラと歩いていると、バーチャルリアリティー技術により仮想現実の体験サービスを提供している店を頻繁に目にし、
仮想現実が世の中にここまで受け入れられていることを知った。
 技術の発展とは目覚しいものだ。

 それから興味を持って、よくよく調べてみると、バーチャルリアリティー技術の進歩は素晴らしく、今では現実と寸分たがわないレベルの仮想現実体験ができると言うのだ。
 今や世間では、実際に旅行する様に、仮想現実の世界に旅をすることが当たり前に行われている様だ。
 仮想現実であれば、実際の海外旅行では予算が足りなくて味わえないような、
それはそれは豪華な体験も可能であるのに、とても安価に楽しむことができるのだ。

 折角なので、この沈んだ気持ちを明るくするために、
仮想現実を楽しんでみても良いかもしれない。
 思い立ったら吉日だ。
手近なお店に入ってみるとしよう。

「やあ、やってるかい?」

「ええ、まあ」

 入店し店員に気さくに声をかけてやるも、実に辛気臭い返事が帰ってくる。
 受付をしている店員だが、顔に少し皺が見えることから、ある程度の歳を重ねている事が伺えるが、こんな接客しか出来ないから良い歳してアルバイトみたいな仕事をすることになるのだ。
 仮想現実という娯楽を提供する立場、つまりは夢を与える立場の人間がこれではいけないというのに。

「おいおい、辛気臭いな、君は。
 接客業なのにこれはじゃあダメだ。
 もっと笑いたまえよ」

「すみません」

 店員の顔は暗いままだ。
 こんな辛気臭い雰囲気では私まで楽しめないじゃないか。
 少し励ましてやるか。

「どうしてそんなに気を落としているんだ。
 君はこの仕事が好きじゃないのか?
 人に夢をプレゼントする仕事なんて素敵な仕事じゃないか」

「……」

「おいおい、黙るなよ」

「確かにこの仕事のことは大好きで、誇りに思っていました。
 お客様が仰る様に、人に夢をプレゼントできる素敵な仕事だと、遣り甲斐も感じていました。
 でも、何度ものめり込むお客様を見ている内に、これは正しい事なのかも分からなくなってしまいました。
 いつの間にか、現実と仮想現実の区別がつかなくなる姿は見ていて辛いですよ」

 どうやら、初めはやる気に満ちた若者だった様だが、
色んなお客と接する内に心が擦れてしまったらしい。
 仮想現実は楽しい世界らしいので、のめり込んでダメになるお客が何人もいたのだろう。
 心の弱いやつも居たものだ。

「まあ、あんたにもいろいろと思うところが在るんだな。
 でも、俺のことは笑顔で送り出してくれよ」

 悩みが有るのはわかるが、俺の初めての仮想現実体験は辛気臭いものにしないで欲しい。

「では、どんな世界に行かれますか?」

「そうだなあ……」

みんな、自分に都合のよい仮想世界に赴き、好き勝手に楽しんでいるのだろうが、
都合のよい世界でちやほやされて満足するほど俺は低俗ではない。

「じゃあ、この世界とほぼ同じ世界で、ソコソコの企業の社長ってことにしてくれよ。
 他の奴等みたいに、ご都合主義な設定は止めてくれよ?
 どうしてか分かるかい?」

「……与えられるだけの幸福を享受するだけでは虚しい。
 上手くいかない時もあるから、それを実力で突破したとき嬉しい。ですよね」

「お、流石じゃないか。伊達にこの仕事についていないな。
 客のことを良く分かっているじゃあないか」

「いえ、単純に経験です。
 お客様の要望を何度も受けておりますから」

 接客経験が豊富だとしても、すんなり私の思いを汲み取ってくるとは、流石だと言いたい。
 これならば、口に出さ無いような、私の細かい要望まで汲み取って、上手いこと仮想現実の設定に反映してくれそうだ。

「じゃあ、私を仮想現実に送ってくれ。
 もしかして、ご都合主義な設定が無くちゃ社長が勤まるか心配かね?
 言っておくが、俺はこう見えても元社長でね、あのつまらないミスを一つしたせいで 足下をすくわれなければ、今もスーパー経営者だったやり手だ。
 多分、あんたもテレビで私を見たことが必ずあるはずだ」

「よく存じております」

「なんだ、知っていたのか。
 なら分かるだろうが、ご都合主義な設定なんかに頼る必要はこれっぽっちもないのさ。
 見事に経営する姿を見ていたまえ」

「……分かりました」

 俺の話を最後まで聞くと、店員は何かを手元の端末に入力していく。
 恐らく、私の要望通りの設定をしているのだろう。
 その端末操作には慣れが感じられるほど達者で、この店員の熟練を感じさせられる。

「設定が完了致しました。
 会計は体験後になります。
 あちらに見えます部屋に仮想現実へ行く機器が御座いますので、そこでスタッフの指示に従って下さい」

「おう、有り難うな」

 礼を述べると、私は指示された部屋へと歩みを進める。
 あの取るに足らないミスを犯さなかった世界はどんなに楽しく充実した世界が続いていたのだろうか。
 私は期待に後押しされ足早に部屋に吸い込まれて行った。


 受付の店員に非常に良く似た男が仮想現実の制御端末を操作しながら天を仰いだ。

「お客様、あなたは仮想現実の中での仮想現実、何重に繰り返すのでしょうか?」
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