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第一章 アクセルオンライン
39話 黒い陰り
しおりを挟むイノチは着替えもせずに、自室のベッドに仰向けで倒れ込んだ。
部屋にひとつだけある窓は開いていて、心地よい風が、静かにカーテンを揺らしている。
おそらく、メイが開けておいてくれたのだろう。
窓からは群青色の空が見え、目を覚ました星たちが互いにあいさつし合っている。
イノチはため息をついて横向きに寝返りをうつと、タケルの話を思い出した。
三人の犠牲者を出したリュカオーンとの初戦。正体不明のシールドに苦しみ、タケルたちは泣く泣く逃げ帰ったらしい。
ジプト法国から来たというプレイヤーも、結局リュカオーン討伐はあきらめて帰って行ったという。
彼からの情報の信憑性は確認できぬまま…タケルたちは仲間が本当に死んだのかさえわからずに、悶々とした日々を送っていた。
しかし、リュカオーンに対する恨みは忘れることなかった。奴の弱点を探るべく定期的に観察を続けていたところに、偶然イノチたちが現れたというわけだ。
タケルはリュカオーン討伐について、改めて感謝の意を述べ、代わりに生き延びるための様々な情報をイノチに教えてくれた。
まずは、プレイヤーレベルのアドバンテージ。
プレイヤーランクが20になると、キャラクターに最初のスキルが付与される。これがかなり強力らしい。
リュカオーン戦でガージュが使っていた敵視スキルや、攻撃を受けたはずのサリーが、何事もなかったかのように別の場所から現れるスキルなど、キャラの特性に合わせてひとつだけスキルが付与されるのだ。
ランク20以降は10上がるごとにスキルが付与されるらしいので、タケルからはどんどん上げるように推奨された。
次に、別プレイヤーの存在とランクマッチについて。
タケルがリーダーを務めるクランメンバー以外にも、各地には野良のプレイヤーがいるし、別クランも存在するらしい。
プレイヤー自体を直接見分けることは難しいが、大抵は仲間のキャラがそばにいるので、なんとなくこの人かな…というのはわかるのだとタケルは言う。
ランクマッチは、そういったプレイヤー同士の力比べのようなものらしく、申請し、相手がそれを受けるとマッチ開始となるのだ。
ランクマッチのメリットは、勝ち星の数により黄金石など報酬がもらえることらしいのだが、このランクマッチでも、死ねば生き返らないだろうとタケルは言い切った。
イノチの心のどこかで、少しだけ何かが引っかかった…
それ以外の情報としては、タケルのプレイヤーランク、ジパン国にある主要都市、イベントの種類、アイテムの種類、ダンジョンの攻略法などについて知ることができた。
タケルのランクが「41」ということにイノチは驚いたが、クラン『孤高の旅団』にはタケルより上位ランクの者が他に二人いるらしい。
タケルは苦笑いしながら、本題はここからとクランの説明をし始めた。
「イノチくん…僕らのクランに入らないか?」
そう切り出したタケルは、クランのメリットを説明してくれた。
その中で特に大きなメリットは、野良のプレイヤーから狙われにくくなることだった。
ソロだと狙われやすいのは世の常か…タケルのクランはそこそこ強いらしく、野良プレイヤーへの牽制になるようだ。
他にもアイテムやゴールドなどを譲渡しあえるなど、メリットは多かったのだが…
「僕らが苦戦したリュカオーンの防御を、いとも簡単に突破するプレイヤーに対して、勧誘しない奴はいないでしょ。」
本音で誘ってくれたタケルに対して、イノチはいろいろと悩んだが、最終的にそれを保留したのだった。
タケルは少し残念そうだったが、フレンド登録を申し出てくれて、何かあったらいつでもチャットに連絡していいとまで言ってくれた。
最後に、よくわからないプレイヤーには絶対に注意するよう念を押されて、タケルとは別れたのだった。
イノチは窓から目を逸らして、再び寝返りをうち、静かに目を閉じる。
タケルの話を聞いてから、得体の知れない黒い感覚が、心の中で小さく膨らみ始めている。
この世界は現実で…ゲームじゃない…
死への恐怖…死んだら死ぬ…
俺はこれまでに何度死にかけたんだ…
イノチは思い出して身震いした。
ビッグベアの時も、ゴブリンの時も、虫の時も…全てが現実で、下手をすれば死んでいたかもしれないのだ。
生き返れない…
そう思うと震えが止まらなかった。
得体の知れないヘッドセットなど、安易につけなければ…短絡的すぎる自分に…そのバカさ加減に腹が立ち、気づかぬうちに涙がこぼれ落ちた。
イノチの心に小さく広がった真っ黒な陰りが、その大きさを少しずつ増していく。
タケルの話に出てきた、一部にいる過激なプレイヤーのことが頭から離れない。
そいつらは、巷でよく聞く『PK』行為…要はプレイヤーキルを好き好んでやっているらしい。
彼らは狙いを定めると、目標を執拗に追い回し、ランクマッチを申し込んでくる。受けるかどうかは相手次第だが、受けさせるためにさまざまな嫌がらせをしてくるそうだ。
そしていったん受けると、ありとあらゆる手段で相手を殺し、アイテムを略奪していくらしい。
相手が降参すれば勝敗はつくので、わざわざ殺す必要はないはずだ。プレイヤーが本当に死ぬことを彼らが知っているのか、知らずにやっているのか…
どちらにせよ、タチが悪いことには変わりないし、もし前者だとしたら…
その瞬間、イノチの頭に嫌な顔が思い出される。高校で自分をいじめていた奴らだ。
その顔がPKプレイヤーに重なっていく。
あいつらも同じだ…
いじめを好き好んでやっていやがった…
彼らは学校内で標的を定めると、授業中だろうが休み時間だろうが関係なく執拗に追い回し、さまざまな嫌がらせをしてくるのだ。
そして、当時はそれにイノチが選ばれた。
ありとあらゆる方法で、彼らはイノチの心を殺していき、その全てを奪っていった。
彼らはそれで人が死ぬことを知ってやっていたとイノチは確信している。
真っ黒な陰りが、イノチの心を飲み込んでいく。
憎い…
自分から何もかも奪ったあいつらが…
殺してやりたいほど…今でもだ…
どうして自分なのだろう…
悪いことなどしてないはずなのに…
なんで自分がこんな目に遭うのだ…
学校でも…社会に出ても不幸な奴は不幸なままなのか…
あいつらが…自分をいじめていたあいつらがここに来て、PKされればいい…
なんなら自分が…
イノチの心の黒い陰りから、ゴボゴボッと何かが湧き始める。
つむっている目から涙は止まることなく、イノチは静かに眠りについた。
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