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第三章 ランク戦開催
19話 疑心
しおりを挟む「…チくん!…てよ!」
誰かの声が聞こえる。
その声は泣いていて、自分に対して必死に声をかけているようだ。
「イノチくん!目を覚まして!!」
ーーーうるさいなぁ…もうほっといてくれ。
「死なないでよ!お願いだから!」
ーーー死ぬ?いったいなんのこ…
その瞬間、イノチの頭の中にこれまでのことがフラッシュバックしてきた。
その最後に見えたのは、赤西の醜悪な笑み。
それに驚いて、目を覚ましたイノチが体を起こすと、目の前にはメガネをかけた女の子がいた。
膝をついて顔を覗き込み、目には涙を浮かべている。
「よかった…気づいたんだね。」
そうつぶやいて、彼女は涙を拭いながらホッとした表情を浮かべた。
一瞬、彼女が誰かはわからなかったが、すぐに思い出した。
彼女はクラスの地味女子グループの一人、河合虹美である。
なぜ彼女がここにいて泣いているのか。
イノチにはわからなかったが、虹美は小さく息をつくと口を開く。
「負けないで…今の君なら大丈夫だよ。」
「え…?それはどういう…」
そこまで言うと、今度はどこからかスタンの声が聞こえてきた。
『イノチさん!大丈夫ですか!?イノチさん!!』
「スタン…さん?あれ…俺は今…」
『起きて…起きてください!気を確かに!!』
気づけば虹美の姿はどこにもない。
あるのは真っ白な空間だけ。
スタンの呼ぶ声が響き渡っている。
「…あれ?…虹美?どこに……って、そうだ、俺は!」
自分が何をしていたのか気づいた途端、イノチの意識は現実に引き戻された。
薄れる視界には、自分の顔を覗き込んでいるスタンの顔が見える。
「う…うぅ、俺は…気を失って…」
「よかった…!気づいて!何があったのかわかりませんが、そのようです。皆の移送が早く終わったので急いで戻ってみれば、あなたが倒れていて…」
「…そうですか。ありがとうございます。」
視界もだいぶ落ち着いてきた。
イノチは体をゆっくり起こして、スタンにお礼を言う。
原因はわかっている…あいつの声を聞いたからだ。
あの事件以来、奴とは会ってはいない。
だが、自分の心の奥には奴に傷つけられたトラウマが残っているのだと、イノチは実感した。
しかし、別の感覚もあり、赤西への恐怖は不思議と少し薄れているようだ。
ーーー虹美さん、こんな時まで…ありがとう。
ひどい仕打ちを仕掛けてくる人の心に触れた。
イノチの心は、それらに攻撃され、痛めつけられ、大きな傷を負った。
それでも周りには、自分を助けてくれた優しい心がたくさんあったことを、イノチはここにきて思い出したのだ。
虹美だけではなく、両親、病院の先生、カウンセラーの先生、会社の仲間たち。
そして、この世界に来て出逢った多くの仲間たちもそうだ。
みんな、自分を助けてくれる。
その恩に報いなければ…
「…スタンさん、みんなはもう大丈夫なんですね?」
ゆっくりと立ち上がり、問いかけるイノチ。
「…はい。レンジさんも来てくれて、総出で怪我人の手当てをしています。イノチさんからいただいた薬の効能もとても素晴らしかった…あれはいったい…」
「あぁ…あれは知り合いから分けてもらったんです。」
イノチは、あくまでも自分がプレイヤーだと思われないように行動する。
「素晴らしい知り合いですね。」と納得しているスタンを一瞥すると、イノチは前を向いた。
「スタンさんのおかげで、いろいろと思い出せました。あなたはここにいて、俺たちの帰りを待っていてください。」
「……。わかりました、お気をつけて。」
イノチの表情を見て、スタンも何かを感じたのだろう。
それ以上は何も言わずに、頭を下げる。
イノチは勇気を出して、力強くその一歩を踏み出した。
・
少し進めば、広間に出る。
辺りには血飛沫や壊れた武器が飛び散り、その周りには気を失っている者、うめき声を上げる者など、何人もの武装した男たちが倒れていた。
まるで戦場のような光景に顔をしかめつつ、イノチの視線はエレナたちの背中を捉える。
エレナは、片膝をつく赤黒のツートンカラーの髪をした男と対峙していて、そこから少し離れたところにフレデリカとアレックスが見守るように立っている。
何かを話しているようだが、少し遠くて聞こえない。
イノチは切れていた通信をオンにした。
『まだやるの?』
『…うるせぇ。ハァハァ…』
『大した根性ね。口だけじゃないことはほめてあげる。でも、引き際を見定められないようじゃ、まだまだね。』
『…ちっ…ガッ…ガハッ…』
その声を聞いているど、突然吐き気が込み上げてきた。
心の傷は相当深いのだろう。
必死にその吐き気を抑えながら、イノチは聞こえてくる会話に耳を傾ける。
『もう一度聞くわ。まだやるの?』
『っるせ!…ハァハァ…創血の牙に撤退の文字はねぇ!』
『創血の牙』
おそらくはクランの名前だろうと、イノチは推測する、
好戦的なクランであることが容易に想像できるその名に、イノチは苦笑いをこぼした。
『あんた、副団長とか呼ばれてたわよね?せっかくだから、名前くらい聞いてあげるわ。ちなみにあたしはエレナね。エレナ=ランドールよ。』
『だっ…誰がてめぇなんかに…ハァハァ…名乗るかよ!』
『あっそう…別に知りたいわけじゃないから、どうでもいいんだけど。』
『……』
『名前も名乗れないようじゃ、小物からは脱却できないわね!』
吐き捨てるエレナに、イノチは再び苦笑い。
(どこまでも容赦ないな…エレナは。)
そう考えながら、イノチはゆっくりとエレナたちに近づいていった。
男が視界に入るたび、込み上げてくるものをなんとか抑えて、ゆっくりと歩いていくイノチ。
「あっ♪BOSSだ♪遅かったね♪」
アレックスが気づいて、こちらに手を振る。
フレデリカやエレナも振り返って、こちらを見ている。
エレナとフレデリカは、服も体もボロボロのようだ。
それだけ激しく戦ったのだろう。
そして…
男と視線が合う。
一瞬、男の瞳に疑心の色が浮かんだのがわかった。
吐き気を必死に抑え込み、イノチはエレナたちへと声をかける。
「…そいつが今回の主犯格?」
「そうよ。他の仲間はみんなボコってる…見ての通りだけどね。」
エレナは肩をすくめて言う。
イノチは大きく深呼吸して気持ちを整えると、アカニシに顔を向けた。
「お前たちの目的は?なんで今日、ここで集会が行われると知った?」
「…はぁ?そんなこと、知らねぇよ!…ゴハッ!!」
アカニシがそう吐き捨てた瞬間、エレナが右手で頬をはたく。
「聞かれたことにだけ答えなさいよ。あんたの命は、あたしたちが握ってんのよ。わかってないわね。」
「…ハァハァ…知らねぇって言ってんだろ?俺はただここに行けと言われて来ただけだ!」
「だから、それを言った奴が誰だか聞いてんのよ。」
「エレナ…!待って…!」
よほどイラついているのか、再びアカニシを殴ろうとしたエレナを制止するイノチ。
エレナは振り上げた腕を、不満げにゆっくりと下ろした。
「お前たちはリシア帝国の者か?少し俺と話をしよう。」
そう告げるイノチを強く睨みつけるアカニシだったが、その瞳には、疑心と、そして興味の色が浮かんでいる。
「…話だと?いいぜ…だが、その前に…ハァハァ…てめぇに聞きたいことがある。」
「……なんだ?」
アカニシは、荒い呼吸を整えるように大きく息を吐くと、再びイノチを見て言い放った。
「お前…勝屋か?」
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