152 / 290
第三章 ランク戦開催
25話 トヌスのカウンセリング
しおりを挟む「ほら、食えよ。」
トヌスは目の前に置かれた料理をヘスネビに差し出した。
今、二人がいるのは『ガムルの沈黙亭』。
まだまだ朝は深く、街は眠りについているが、トヌスはヘスネビを連れてこの店を訪れた。
この時間帯なら人気もないし、ガムルは仕込みで起きているはずと思ったからだ。
そして、ガムルは事情を話すと、二人を快く受け入れてくれたのだ。
「食えよ。腹減ってんだろ?」
「…」
ヘスネビはうつむいたまま、何も話さない。
その様子を見たトヌスは大きくため息をつく。
「ガムルの旦那が作った飯だぞ。食わねぇと…わかってんだろ!?」
ヘスネビはハッとして、小刻みに震え始めた。
チラリとカウンターに目を向ければ、ガムルが仕込みを終えたのか、腕を組んでこちらを睨んでいるように見える。
「ひっ!わっ…わかった!食べる!食べます!!」
焦ったように手を動かし始めたヘスネビは、目の前の料理を片っ端から口に詰め込んでいった。
トヌスがカウンターの方へ目を向ければ、ガムルが腕を組んだまま親指を立てている。
クスッと笑うとトヌスは改めてヘスネビに声をかけた。
「それ食ったら、今度はスネク商会へ行くぞ。」
「ふわぁ…!?うっ…ブハェヘッ!!…ゴホッゴホッ!」
思いもよらない言葉に、ヘスネビは口の中身を吹き出してしまう。
咳き込みながらチラリとガムルを見ると、吹き出したことに怒っているように見える。
「てっ…てめぇ!何言い出すかと思えば!!おかげで飯を吹き出しちまったじゃねぇか!!」
「おぉ…悪りぃ。そんなに驚くとは思っていなかったからな。」
イスにもたれかかり、小さく笑みをこぼすトヌスに、ヘスネビは声を荒げる。
「なんで商会に行かなくちゃなんねぇんだ!!俺は縁切られて追い出された身なんだぞ!?」
「だからだよ。」
そう告げるトヌスの表情は真剣そのものだった。
ヘスネビは言葉にできず、なんとも言えない表情を浮かべたまま黙り込む。
「お前にとって、スネク商会ってその程度のものだったのか?」
「…うっ」
「お前は本当にこれでいいんだな?」
「そっ…そんな…そんなこと…」
真剣な眼差しでそう語りかけてくるトヌスの言葉に、ヘスネビは悔しげな表情を浮かべ始める。
「このままだと、"最低な野郎"というレッテルを貼られたままだぜ?スネク商会の中では、ヘスネビっていう最低な野郎がいた。その事実しか残らねぇぜ?」
「わかってる…そんなこと…わかってんだ…」
「確かに悪いことはしたのかもしれねぇし、縁切られても仕方はねぇ。だけどよ、そう思ってんならなんであそこにいた?なんでもっと遠くの街に行かなかった?」
「そっ…それは…」
トヌスは小さく息を吐くと、体を前のめりにヘスネビの顔を覗き込んだ。
「答えは簡単だ。お前は迷ってんだよ。きっぱりあきらめるか、それとももう一度商会に戻るのか、心がどちらに進んでいいかわからずに迷ってんだ。」
「…うぅ…ちくしょう。あぁ、そうだよ!俺は迷ってんだ!今の会長…ボア会長には恩がある!だが、こんなことしちまって、もう合わせる顔がねぇ!!どうしたら…くそっ…なんで奴の口車になんか…」
ヘスネビの目からは大きな涙の粒が、これでもかというくらい湧き出してきた。
彼は、それを何度も何度もぬぐいながら想いを綴っていく。
「…俺は商会で幹部になったことで、少し調子に乗り過ぎてたんだ。商会を大きくして会長を喜ばせたい、その一心でやってたつもりが、店からとったみかじめを自分の懐に入れるようになっちまった。そして、それをオオクラに知られちまった。」
「…」
「奴に脅され、口車に乗せられた。会長にバラされたくなかったら言われた通りにやれと…言うことを聞いていれば、商会は大きくなって会長を喜ばせられるぞ、とな。」
トヌスは無言で耳を傾けている。
「それからはでっかいみかじめ料を設定して、いろんな店からできる限り奪い取った。周りから何と言われようが、それは会長のためだと信じて。何も知らない会長は、俺の働きをよく褒めてくれたよ。それでまた、調子に乗っちまったんだろうな。」
「なんで会長はお前の悪事に気づかなかったんだ?いきなりみかじめが上がりゃ、おかしく思うだろ?普通は気づきそうなもんだが…」
ヘスネビは少し落ち着いたのか、涙を拭うと赤く腫れた目をトヌスに向けた。
「会長には、国からの施策だと伝えていたんだ。財務庁から…正確にはオオクラから受け取った嘘の文書を渡して…国のためだと聞いた会長はたいそう喜んでくれたよ。」
「なるほどな…」
うなずくトヌスに対して、ヘスネビは吹っ切れたような表情を浮かべていた。
「ふぅ…全部話したらなんかスッキリしたな。こんな話、会長の前じゃ言い訳にしかなんねぇから、ずっと言えずに苦しかったんだ。お前に言えて、気持ちの整理ができたのかもしれねぇ…」
「…そうか。それはよかったぜ。」
コップを手に取り、トヌスは水を飲み干した。
それを見ていたヘスネビは、トヌスに頭を下げる。
「あんたには本当に申し訳ないことをしたと思ってる。本来なら死んで詫びねぇといけねぇようなことをしたんだ。なのに、飯を食わせてもらった挙句、話まで聞いてもらっちまって…なんて言ったらいいのかわかんねぇけど、本当にすまなかった。」
「気にすんな。俺は生きてる。こうしてな…」
「そう言ってもらえると少しは気が楽だ。」
ヘスネビはゆっくりと立ち上がった。
「決めたぜ。俺はこの街を出る。トウトを出て別の街でやり直す。そして、いつか会長に再び詫びに来る…」
「そう…か。あ~っと…それについてなんだが…」
想いにふけり、ヘスネビはうつむいていたが、歯切れ悪く何か言いたげにしているトヌスの言葉に顔を上げた。
「なんだ?どうしたんだ…はっきり言ってくれよ。」
訝しげな表情のヘスネビを見て、トヌスはため息をつく。
「いやぁな…せっかく決心をつけたとこ悪いんだけどよ。お前には、スネク商会に一緒に行ってもらわなくちゃなんねぇ。」
「なっ…!?なんでだ!今の俺の話を聞いてただろ?追い出された身だってのに、行けるわけねぇだろ!!」
驚き、声を荒げて問いかけてくるヘスネビに対して、トヌスは淡々と話を続けていく。
「今この国には、他国の奴らが入り込んできてやがんだ。そして、国を乗っ取ろうと画策してやがる。お前はある意味、その被害者でもあるんだよ。」
「他国の奴ら…?国を乗っ取るだぁ…?!」
「あぁ、そうだ。お前、フードを被った男か女かわからない奴を知ってるか?」
「フード…男…女…あぁ、キンシャ殿のことだな?会ったことはある。オオクラの側近だったからな。しかし、あの方が何なのだ?それに俺が被害者だというのはいったい…」
「あいつは、ジプト法国の差金だぜ。」
その瞬間、ヘスネビの顔に驚きの表情が浮かんだ。
「なっ…なんだと?ジプト法国の!?いったいどう言うことだ!」
「簡単なことだ。キンシャって野郎はオオクラやお前を利用して、この国を混乱に陥れようとしていたというわけだ。その先は推測だが、あのまま奴の思惑とおりにことが進んでたら、今頃この国はジプトのもんだったかもしれないな。」
「…なるほど。俺が"ある意味で被害者"と言うのはそういうことか。しかしなぜ、この国を乗っ取ろうとするんだ?目的はいったいなんなのだ。」
「さぁな、この国は地理的に優位な位置にあるらしいぜ。それと国同士の戦争…それくらいしか俺には浮ばねぇよ。」
トヌスは肩をすくめて鼻を鳴らす。
「ただな、そいつらからこの国を守るためには、みんなで協力しなくちゃなんねぇ。そして、それにはお前が必要だと俺は思ってるわけだ。」
「みんなで協力か…しかし、今の俺には何の力もない。知っての通り、商会だって追い出された身だ。何もできないと思うが…」
力なく告げるヘスネビに向かって、トヌスは笑みをこぼしながら告げた。
「別に何かして欲しいわけじゃねぇ。お前はついてくるだけでいいんだよ。」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最強スライムはぺットであって従魔ではない。ご主人様に仇なす奴は万死に値する。
棚から現ナマ
ファンタジー
スーはペットとして飼われているレベル2のスライムだ。この世界のスライムはレベル2までしか存在しない。それなのにスーは偶然にもワイバーンを食べてレベルアップをしてしまう。スーはこの世界で唯一のレベル2を超えた存在となり、スライムではあり得ない能力を身に付けてしまう。体力や攻撃力は勿論、知能も高くなった。だから自我やプライドも出てきたのだが、自分がペットだということを嫌がるどころか誇りとしている。なんならご主人様LOVEが加速してしまった。そんなスーを飼っているティナは、ひょんなことから王立魔法学園に入学することになってしまう。『違いますっ。私は学園に入学するために来たんじゃありません。下働きとして働くために来たんです!』『はぁ? 俺が従魔だってぇ、馬鹿にするなっ! 俺はご主人様に愛されているペットなんだっ。そこいらの野良と一緒にするんじゃねぇ!』最高レベルのテイマーだと勘違いされてしまうティナと、自分の持てる全ての能力をもって、大好きなご主人様のために頑張る最強スライムスーの物語。他サイトにも投稿しています。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
転生したみたいなので異世界生活を楽しみます
さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。
内容がどんどんかけ離れていくので…
沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。
誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。
感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ありきたりな転生ものの予定です。
主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。
一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。
まっ、なんとかなるっしょ。
【状態異常無効】の俺、呪われた秘境に捨てられたけど、毒沼はただの温泉だし、呪いの果実は極上の美味でした
夏見ナイ
ファンタジー
支援術師ルインは【状態異常無効】という地味なスキルしか持たないことから、パーティを追放され、生きては帰れない『魔瘴の森』に捨てられてしまう。
しかし、彼にとってそこは楽園だった!致死性の毒沼は極上の温泉に、呪いの果実は栄養満点の美味に。唯一無二のスキルで死の土地を快適な拠点に変え、自由気ままなスローライフを満喫する。
やがて呪いで石化したエルフの少女を救い、もふもふの神獣を仲間に加え、彼の楽園はさらに賑やかになっていく。
一方、ルインを捨てた元パーティは崩壊寸前で……。
これは、追放された青年が、意図せず世界を救う拠点を作り上げてしまう、勘違い無自覚スローライフ・ファンタジー!
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる