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第四章 全ての想いの行く末
1話 創血の牙 ロノス
しおりを挟む「ついに明日…ですね。」
「うん…。」
イスに座り、そう話しかけてきたイノチの言葉に、反対側に座るレンジは小さくつぶやいた。
いつも飄々とした態度のレンジだが、それは感傷に浸っているかのような控えめな返事だった。
「レンジさんでも、そんな顔するんですね。」
「ハハハハ…君は僕のことをなんだと思っているんだい?」
少し驚いたようにそう告げたイノチに、レンジは視線を向ける。
その顔は笑っていたが、イノチには彼の瞳の奥に冷たい炎が燃えているように見えた。
そんなレンジが口を開く。
「この反乱の成功は…打倒レオパルは国民の悲願だ。綺麗な街なのに…誠実な国民がいるのに…素晴らしい国なのに…国王一人のせいで、この国全体には死臭が漂っている。僕はそれを正したい。」
「その想いは僕らも同じですよ。理由と目的は違えど、この国の悪政を止めなければ、僕らジパンにも被害が及ぶ。それだけは何としても防がなくちゃ。」
「ありがとう、イノチくん…君たちには本当に感謝してるんだ。正直、僕らだけでは犬死していたかもしれない。だが、君たちが来てくれたおかげで、僕らの志に光明が見えたんだ。悲願を達成する可能性が上がったことで、仲間たちの士気も十分に高まっている。これなら、明日は…」
レンジはそこまで言うと、握りしめた自分の拳に目を向けた。
その拳は小さく震えていたが、隣にいるスタンがそっとレンジの拳を包み込んだ。
拳の震えが止まる。
レンジがスタンに視線を向ければ、彼女は静かに笑っていた。
レンジは感謝するように小さく笑い、再び口を開く。
「これなら明日は、奴の首を獲ることができるかもしれない。」
その言葉にイノチも笑顔で応えた。
「"かも"じゃない。必ず悪政を終わらせるんですよ。」
「ハハハ…その通りだね。弱気はいけないな。」
レンジはそう言って笑みを返すと、目の前のカップを手に取った。
気持ちを落ち着かせるように香りを楽しつと、一口だけ口に含む。
それを見ていたイノチも同じように紅茶を口に含んだ。
二人の間に少しの沈黙が訪れたが、イノチはカップを置くと、静かに口を開いた。
「ところで、作戦に移る前に確認したいことがあるんですが…」
「確認したいこと?…いいよ、聞こうじゃないか。」
レンジもカップを置いてイノチに向き直る。
「セイドの…内通者のおかげで相手の動きは筒抜けです。レオパルの行動、帝国軍と創血の牙の警備の範囲や配置など、重要なことはほぼ把握できてます。当日はかなり有利な状況で作戦を進められるはずです。でも、一つだけどうしてもわからないことがあるんです。」
「わからないこと?」
レンジはその言葉に疑問を浮かべた。
スタンも少し怪訝そうにイノチを見ている。
しかし、イノチはレンジを真っ直ぐ見据えて話を続けた。
「えぇ、クラン『創血の牙』の団長のことです。」
「……。」
レンジは無言のままだったが、イノチはなおも話を続ける。
「彼のことだけは全く情報がない。セイドに聞いても、団長のことはよくわからないし、調べても無駄としか返ってこない。彼が嘘をついてるわけではないと思うんですが…長く彼らと対抗してきたとレンジさんたちなら、何か知らないかと思って…」
イノチがそこまで告げると、レンジは難しそうな表情を浮かべていた。
何かを考えるようにしているその様子を、イノチは静かに見つめていた。
静かな時間が流れる中、ふと、レンジが小さく息を吐く。
「奴について知っていることがあるなら、それは"得体が知れない"ということかな…って、これじゃ答えにならないか。」
レンジは一人、苦笑いながら話を続ける。
「これまでも、何度か創血の牙とやり合ったことはあるんだ。だけど、奴とは直接対決したことはない。大抵のことは部下に任せていて、表にはほとんど出てこない。本当に得体の知れない奴なんだ。」
「そうですか…今回の作戦、不安要素があるとすれば彼なんです。どこに居るのか、どう動くのかもわからない。そういうイレギュラーな存在は厄介なんですよ。しかも、それが団長という一番強い存在ですから、なおのこと…」
「確かにそうだね…わかった。あまり時間はないけど、ギリギリまで奴のことを探ってみよう。スタン、頼んでいいかい?」
その言葉に、力強くうなずくスタン。
「イノチくん、改めて明日はよろしく頼むね。」
「こちらこそです。」
スタンが見守る中、二人は強く握手をするのであった。
・
「国王、そろそろお時間です。」
「うむ。」
宰相の言葉に、王冠を被り、立派な髭を伸ばした男はうなずいた。
座っていたイスから立ち上がると、目をつむってゆっくりと息を吸い込んでいく。
そして、めいいっぱいに吸い込んだ空気を、今度はゆっくりと吐き出して小さくつぶやいた。
「良い日だな。」
「はっ…生誕祭にふさわしき日かと。」
目をつむったまま、余韻に浸るように天を仰ぐ。
そのまま少しの間を置くと、静かに目を開け、男は周りに立ち並ぶ部下たちへと顔を向けた。
そして、その視線はある男で止まる。
顔まで真っ黒な鎧を身にまとった男。
クラン『創血の牙』の団長であるロノスであった。
その横には、真っ赤な鎧を着たアカニシの顔もある。
「ふむ…時にロノスよ。結局のところ、レジスタンスたちはどうなっとるのだ?」
「あぁ、なかなか小賢しい奴らでね。一度だけ、やつらの集会を襲撃できはしたんだが、そのあとはなかなか…」
「ふん…結局、お前の団はまったく使えなかったな。こういう時のために、貴様らには投資をしているというのに。」
「それに関しては申し訳なく思っているよ。」
飄々と何食わぬ態度で言葉を返すロノスに、宰相以下、周りの者たちも睨むように視線を向ける。
ロノスの横では、アカニシがレオパルの言葉に悔しそうに歯を鳴らしていたが、レオパルが言っていることは正しく、反論できなかった。
レオパルから依頼を受けたのは、紛れもなく副団長である自分なのだ。
そして、唯一のチャンスをものにできなかったのもまた、自分なのである。
依頼を受け、レジスタンスの動向を探り、奴らを壊滅すべく各都市で支部長たちが奮闘していた矢先、舞い込んだ敵の集会の情報。
歓喜し、アカニシ自ら襲撃に向かったが…
ご存知のとおり、イノチたちに阻まれて失敗に終わったのだ。
その後は、尻尾を掴むことすら叶わず、今日、この生誕祭を迎えてしまったのである。
それを思い出して、アカニシはさらにイラ立ちを募らせた。
そんなアカニシをよそに、宰相がレオパルに進言する。
「陛下。レジスタンスと言っても、たかだか民衆どもの集まりに過ぎません。恐るるに足らないかと…」
その言葉に、レオパルが不眉毛に眉をひそめた。
「たわけ。私は恐れてなどおらん。ただ、裏でコソコソしている者どもを放っておくのが気持ち悪いだけだ。」
「も…申し訳ございません。」
宰相は言葉を誤ったと感じて、すぐに頭を下げた。
レオパルはその態度に軽く鼻を鳴らす。
「まぁしかし、宰相の言葉は正しいな。レジスタンスと言っても所詮は烏合の衆。百戦錬磨を誇る我らリシア帝国軍を前に、なす術などないだろう。」
「そ…その通り、陛下のおっしゃる通りでございます!」
王の同意を得られて安心したのか、宰相はすぐに頭を上げて媚びへつらった。
しかし、当のレオパルはそんなことを気にすることなく、再びロノスへ視線を移す。
「ロノスよ。今日は我がリシア帝国の生誕祭である。さらに言えば、今日この日は、我らがこれから歩む覇道の記念すべき第一歩となる日…リシア帝国の歴史に刻まれる日であるのだ。失敗は許されない。そのことをしっかりと貴様の部下たちにも伝えておけ。」
「もちろんだ。しっかりと警備にあたらせてもらう。」
「期待しているぞ。では、参るとしよう。」
手を上げて返事をするロノスの態度に鼻を鳴らすと、レオパルはそう告げて歩き出した。
それを追いかけるように、宰相を含めた部下たちも後に続いていく。
アカニシはそれを悔しげに見つめていたが、ロノスは興味がないのか顔を動かすことなく、まっすぐ前を見つめて静かにその場に立っているのであった。
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