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第四章 全ての想いの行く末
41話 儘ならない
しおりを挟むミコトは目の前の光景が信じられなかった。
ゴホゴホと咳をするイノチは、吐血を繰り返しながら弱々しく震えている。
「イノチくん!」
ウォタを抑えていた手を離し、ボロボロの体でイノチに駆け寄った。
「イノチくん!今すぐポーションを…!!」
焦り、そう声を上げるミコトは、後ろにウォタがいることを忘れていた。携帯端末を操作してアイテムボックスを開いた瞬間に、襲いかかったウォタの尻尾に撃ち抜かれ、数メートルほど吹き飛ばされる。
しかし、すぐに受け身を取って体勢を整えたミコトは、ウォタへと飛びかかった。
「ウォタさん!邪魔しないで!イノチくんが…イノチくんが死んじゃうんだよ!」
先ほどまでのダメージなど、彼女の頭からは吹き飛んでいた。大きく泣き叫びながら、ミコトはウォタへと拳を向ける。
だが、蓄積したダメージと疲労が無くなったわけではない。
動きの鈍った拳は簡単にウォタに受け止められ、そのまま腹部に蹴りを撃ち込まれたミコトは遠くへ吹き飛ばされてしまった。
「ぐ…ウォ…タ…」
ミコトの行先を見ていたウォタの視線が、イノチの言葉に反応する。芋虫のようにずりずりと這い寄る主人を、ウォタは暗い瞳で見つめていた。
そして、イノチのそばにゆっくりと近づくと、膝をつき、右拳にオーラを纏わせる。
「あれは…まずいです!」
メイがその意味に気づいて駆け出そうとしたが、アキンドがその肩を掴んで止めた。振り返るメイに、アキンドが意味ありげな表情で首を横に振る。
その本心を測りかねたまま、メイはイノチとウォタに視線を向けた。
「ウォタ…目を…覚ませよ…」
イノチは口から溢れ出る大量の血を何度も吐き出しながら、ウォタへと悲痛な声を上げるが、彼に届いているかはわからない。
イノチの瞳とウォタの瞳が交差する。
イノチがウォタへと震えている手を伸ばす。
そして…
ウォタの拳が振り下ろされ、鈍い音が響き渡った。
ゆっくりと立ち上がるウォタの顔は、なんの表情も浮かんでいない。
ただ、目的を終えたかのようにその場で立ち竦んでいるだけ…
「むぅ…間に合わなんだか…」
突然、どこからか怒気と悲しみが少しだけ混じった声が聞こえた。そして、茂みの中から丈の短い白いローブを纏った巨躯が姿を現す。
ローブの丈が短いのか、彼が大きすぎるのかわからないが、フードの中からは立派な白いひげが見えている。
男はウォタを警戒することもなく、ゆっくりとイノチの下へと歩み寄っていくが、対するウォタはそれに気づいていないのか、警戒する素振りすらしない。
よく見れば、それはアキンドもメイも一緒だった。二人とも瞬きすらしていないのである。
まるで、その場の時が止まってしまったかのように…
「アヌビスの奴め…酷いことをするわい。しかし、これは些か脳天にくるのぅ。」
男はそうつぶやいて、イノチの背中に大きな手を当てた。
真っ赤に染まったイノチのローブ越しには、まだ体温が感じられる。殺されたばかりだ…それも当たり前だろう。
だが…
(ん…?これは…)
男がそう感じた瞬間、ケタケタと笑い声を上げる銀髪の男が姿を現した。その横にはアヌビスの姿もある。
「アハハハハ!どうだい…ゼウス?お前が贔屓にしてるプレイヤーが殺られた感想は!」
「やはりか…。まぁ、このような胸糞悪いことをするのは、貴方しかおるまいな。」
「つれないなぁ…久方振りの再会だよ?父に会えて嬉しいだろ?」
ゼウスは無言のまま、笑うクロノスを見据えている。
「その無言は…否定と捉えるべきかな?」
ゼウスの態度に鼻を鳴らし、肩を竦めるクロノス。そんな彼にゼウスは小さく問いかけた。
「…目的は…なんじゃ?」
その問いかけに一瞬キョトンとした表情を浮かべるクロノスだったが、すぐに笑みを戻すと、わざとらしく考える素振りをして見せた。
「目的…目的かい?う~ん…そうだなぁ。お前への嫌がらせ…かなぁ?」
「では…悪ふざけもこれで終いということで良いかな?」
「いやぁ~実際のところ、どうしようかと悩んでいるんだよね。お前のおもちゃはこの通り、壊しちゃったし…あとお前にできる嫌がらせがあるとしたら、この世界を壊すことくらいかなぁ…」
クロノスがそう告げた瞬間、ゼウスからはっきりとした殺意が放たれる。アヌビスは少し驚いて後ずさるが、クロノスは平然と笑みを浮かべたまま、ゼウスに向けてこう告げた。
「お~お~怖い奴だなぁ。ったく…まぁ安心しなよ。この世界はまだ壊さないから…。僕はただ、後々障害になりそうな君のコマをさっさと殺しておきたかっただけさ。そしたら、ちょうどアヌビスくんの話を聞いてね~。協力してもらったというわけ…」
そう言って、笑いながら自分の背中をポンポンと叩くクロノスの手を受け止めて、アヌビスはゼウスを睨みつける。
「お前たちは僕をバカにし過ぎだ…これは当然の報いなんだよ。」
「だからと言って、命を司る神であるお主が、こうも魂を弄んで良いものかのぉ…」
「うるさい。この世界はお前だけの物じゃないんだ。なんでも自分の都合よく物事が動くと思うなよ…ゼウス。」
ゼウスはアヌビスを見つめている。その視線にイラ立ったようにアヌビスは言葉を続けた。
「そもそも、この世界は僕ら神々の暇潰しのために作った物だろ?ここでは皆、好きなように戯れていいはずだ。」
「そうかもしれんが…それでは好き勝手やりたい放題になるからと、皆で決め事を作ったんじゃなかったか?」
「確かにそうだな。だが、それはお前たちが勝手に決めたことだ。僕が受け取った運営会議議事には、そんなこと書かれていなかったんだから…」
ゼウスはその言葉にひげをさする。
「ふむ…またその話か。あの決め事は皆から意見を聞き、決を取って平等に決めたこと。じゃから、それを見ていないと駄々をこねられても困る。この世界にアクセスする神々はたくさんおるが、皆その決め事のことは理解しておるぞな。」
「それは僕がお前たちに嵌められたからだ。」
「はて…何のことを言っとるのかわからんが…まぁ何にせよ、神である我々こそ決めたことを守らねば、世界を管理することなどできまいよ…」
その言葉にアヌビスは怪訝な顔を浮かべた。
神は決まりを遵守する…いや、遵守しなければならないのは世の理だからだ。
正論を突きつけられたアヌビスは、さらに怒りを沸騰させる。しかし、それを諌めるようにクロノスが口を開いた。
「まぁまぁ…アヌビスくん、少し落ち着こうか。まったくゼウスは頭固い子ちゃんだよねぇ…本当面倒臭い。でも、安心してよ!これからはこの世界は僕らが運営するんだから!」
「何を突然…この世界の運営は誰の手にもよらないはずじゃが…」
「はっ!運営の責任者に、自分の側近を置いている奴がよく言うよ!実質的に、お前が運営権を握っているようなものじゃないか。」
皮肉を浮かべてそう告げるクロノスに対して、ゼウスは表情一つ変えずに答える。
「世界のシステムを構築できるものは、"あやつ"くらいしかおらんのだから仕方なかろう。」
「何とでも言えるよなぁ…だがな、先のアヌビスの言葉を忘れるな。何もかもがお前の思い通りにはならないぞ、ゼウス。」
その瞬間、クロノスが指を鳴らすと、茂みの影からある者が姿を現した。そして、それが誰か理解したゼウスは小さくこぼす。
「お主は…ヘルメス…」
驚いた表情を浮かべるゼウスに対して、ヘルメスは無表情のまま小さく告げた。
「ゼウスさま、申し訳ございません。私はクロノスさまにつきます。」
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