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第四章 全ての想いの行く末
56話 一つお手合わせ願います
しおりを挟むミコトはその光景に愕然としていた。
先ほどまで自分がいた場所と、その後ろの森の多くが消し飛ばされ、まっさらな大地へと変わり果ててしまったからだ。
その元凶である眼帯の男は、平然とした表情でこちらを見つめている。その視線に、ミコトは一瞬だけ身震いしてしまった。
「何…あの人は…」
『……』
ミコトは目は逸らさずにそう呟いたが、期待していた回答はゼンから返ってはこなかった。
それよりも、繋がっている彼の心から恐怖心が伝わってくる方が心配だった。
ミコトは再びゼンに声をかける。
「ゼンちゃん…大丈夫…?」
『あ…あぁ…だが…ミコト、急いで逃げるぞ…。メイにもそう伝えろ。』
ゼンの思いもよらない言葉に驚いたミコトは、目の前の男へ改めて視線を向けた。
確かにこの威圧感には、違和感を感じる。ヴィリやヴェーたちとは全く違う異質さが、この男からは感じられるのだ。
一言で言えば、"怖い"…そう本能的に思わさせられるほど、その視線は悍ましいものだった。
だが…
「ダメだよ…逃げるなんて…」
『なっ…』
ミコトの言葉を聞いて、ゼンは言葉を失う。
これだけの殺気を浴びせられているのにも関わらず、ミコトの心は折れていないようだ。
だが、ゼンは説得するように、ミコトに告げる。
『気合いでどうにかなる相手ではないんだぞ!あれは主神だ!ウォタの奴を殺した神と同等の力を持つな!』
「あの強さ…なるほど。そうもしれないけど…けど、私は逃げないよ。」
『しかしだな…!殺されては…』
だが、ミコトは男を睨みつけたまま、黙ってしまった。そんな彼女に唖然とするゼンとは対照的に、男は口元で笑みをこぼすと小さく「ほう…」とつぶやいた。
男の視線からは依然として鋭さを感じ、重圧がのし掛かったかのように体が重い。だが、ミコトは気合いを入れ直すと、負けじと男へと飛びかかった。
「はぁぁぁぁぁぁ!!!」
オーラを乗せた右拳を、自分の顔めがけて振り抜くミコトに対し、男は無表情のままその拳を見つめていたが、当たる直前になって、とっさに首を右へ傾けてそれをかわした。
「…なんだ?なぜお前の拳は私に届く…?」
かわした拳に視線だけ寄せたまま、男は訝しげにミコトに告げるが、ミコトは構うことなく、今度は左足で蹴りを放つ。
だが、それは簡単に受け止められてしまった。
「お前…ランクシステムの縛りはどうした…?それに…絶対防御システムはなぜ働かない…」
少しだけ驚いてそうこぼす男に対し、ミコトは何度もパンチと蹴りを繰り出した。しかし、平然とした顔で男はその全てをいなすと、ミコトのみぞおちへ掌打を放つ。
「ぐっ…!!」
予想はしていたが、想像以上の衝撃に思わず声をこぼすミコトは、なんとかうまく受身をとって男との距離を取った。
感じる痛みに腹部をさすりつつ、ミコトは相変わらず強い視線を男へと向ける。
「あなたは…いったい誰なの!?」
そう問いかけるミコトに対し、男は何かを考えるように斜め上に視線を寄せる。そして、静かにこうこぼした。
「人間に名乗る名はないが…まぁ、ここまで乗り込んだ勇気に免じて、"お前たち"教えてもいいな。」
独り言なのか…
いまいち掴みどころのない言動に、ミコトは眉を顰める。
だが、次の瞬間…
「私は北欧を統べる者…オーディンと言う…」
いつの間にかミコトの目の前に現れた男は、彼女の耳元に顔を寄せてそうつぶやくと同時に、右手で首を掴み上げたのだ。
「なっ…!?がぁ…!!」
苦しさに足をバタつかせるミコトだが、その手は離してくれる気配はない。苦し紛れに右脚で男の頭へ蹴りを打つも、左腕で簡単に防がれてしまう。
「威勢は良い…ゼウスも面白いことを考えるものだな。確かに暇つぶしにはちょうどいいか…」
オーディンと名乗った男は、そうつぶやいて口元で笑った。
ミコトはジタバタと足を振るが、オーディンは首を掴んだ手を緩めることはなく、逆にその握力を強めていく。
「ウグッ…ガ…」
『ミコト!大丈夫か!?』
苦しそうに顔を歪めるミコトへ、ゼンが焦りの混じった声をかけた。それに気づいたオーディンは、少し驚いてミコトの目を覗く。
「ハハハ…竜種と混じってるのか…」
乾いたように笑うオーディンを、ミコトは苦しさに歪めた瞳で睨みつけた。だが、呼吸が全くできず、意識が飛びそうになるのを必死に堪えていることしかできなかった。
「まぁ…こんなもんか…」
オーディンはそう言うと、まるで興味が失せたかのようにミコトの体を軽々と宙へ放り投げる。
浮遊感の中に感じた自由…ミコトは反撃に出ようと試みたが、なぜか体が動かなかった。手も足も、体の何もかもが動かせず、ただただ宙を舞うしかできないのだ。
焦るミコトを見たオーディンは、鼻を鳴らして笑うと、先ほどと同じように右手をミコトへと向けた。
(ま…まずい…!さっきのが…また来る…このままじゃ、死ぬ…)
唯一、動かすことができた視線をオーディンへ向け、自分の今置かれている状況を理解したミコトは、自身の死を覚悟する。すでにオーディンの右手には、真っ黒なオーラが収束しており、今にもそれが放たれようとしている。
絶体絶命…
その言葉が相応しいほどに絶望的な状況の中、ミコトは少し離れたところから聞こえてきたある声に気づく。
そして、声が聞こえた方へと視線を向けた瞬間、自分とオーディンの間に現れた男の姿に目を見開いた。
「御方よ!女子には優しくせねばなりませんな!」
青く長い髪と揺らめく尻尾…
「ウォタさん!」
ミコトが叫んだ瞬間、ウォタが横顔だけで笑顔を向けた。だが、オーディンは構うことなく右手のオーラを撃ち放つ。
ゴウッという音とともに、漆黒のオーラがウォタとミコトへと襲いかかった。
しかし…
「かぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ウォタがそう叫んだ瞬間、彼の周りに発現した青いオーラがミコトまでをも包み込み、向かってくる黒いオーラの衝撃から二人を守ったのだ。
黒いオーラは空を駆け抜け、大気を吹き飛ばす勢いで遠くへと消えていく。
それを見ていたオーディンは表情こそ変えないが、訝しげな瞳をウォタへと向けた。
「こいつも竜種か。しかし…アクアドラゴン?死んでアヌビスが傀儡にしたと聞いたが…」
その疑問に、ヴェーとヴィリにチラリと視線を向けたが、二人は一瞬ビクついて知らないと何ども首を横に振った。
オーディンはそれを確認すると、再びウォタへと視線を戻す。ウォタはと言うと、抱き上げたミコトをゆっくりと地面に下ろしているところだ。
「お前…本当にあのアマテラスの僕か?」
「疑う余地などないのでは?」
不敵に笑っているウォタに、オーディンは小さくため息をついた。
確かにあれはアマテラスの"おもちゃ"のはずだ。アクアドラゴンで間違いはない。
だが、あれから感じられる力には、どこか違和感があることも、また事実だ。
本当にこのバシレイアと言うシステムの中の存在なのか…
そう思わせるほどに、目の前の男は生き生きとしているように感じられた。
ふと、ウォタが口を開いた。
「北欧の主神、オーディン様と見受けられますが…お間違いないか?」
「いかにも…なかなか博識な男だな。」
「ハハハ!アマテラス様にいろいろと教わっておりますからな。」
それを聞いたオーディンは、「余計なことを…」とつぶやいた。それを見ていたウォタは、小さく笑みをこぼす。
「ところで…御方の皆さまがこうも揃って世界に降り立つとは…何かあるのですかな?」
シンプルで画策のない質問に、オーディンもフッと笑みをこぼす。
「ククク…シンプルな奴だな。まぁ…何かあるかと問われれば…何もないが、答えだな。」
「ふむ…謎解きですか。」
「それもまた…面白いかもな。」
その瞬間、オーディンは不規則な動きでウォタとの間合いを詰めると、死角から拳を撃ち抜いた。
しかし、ウォタはそれを軽々とかわす。
その動きに驚くオーディンに対し、ウォタはニヤリと笑って構えると、こう告げた。
「オーディン様!一つお手合わせ願います!!」
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