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2話 本日も晴天なり

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「う~ん、今日もいい天気だな!今日はいい事がありそうだ。」


 雲一つない空を見上げながら大きく背伸びを一つすれば、小鳥たちの囀りが聴こえてきた。何の会話をしているのかはわからないけど、それを聴いていると心が穏やかになる気がする。
 そして、吹き抜けていく優しい風が、今日の1日の始まりを告げるように木々の葉を擦る。

 本日も晴天。
 まさに日課の薬草採取日和じゃないかと顔が綻んだ。

 仕事の前にはまず準備。
 庭の井戸で顔を洗い、それが終わると朝ごはんの準備に移る。今日は卵の目玉焼きと腸の肉詰め、それにサラダとパン。シンプルだけど、毎日食べられる事に感謝を告げてしっかりと頂くとしよう。

 食器を洗い終えると、今度は洗濯だ。
 昨日は沼地の方まで行ったから服の汚れがすごかったけど、これくらいなら手揉みしなくても生活魔法で簡単に落とせるので楽チンだ。
 晴天の空の下、パンっと気持ちのいい音が響き渡った。

 洗濯を終え、掃除、薪割り、水汲みが終わる頃にはだいたい朝9時を回っているので、ちょっとした休憩をはさんで本格的に仕事の準備に取り掛かる。

 俺の仕事は薬草士。
 と言っても仰々しいのは名前だけで、別に専門家と言うわけではない。この森で採取した薬草を街で売る事で生計を立てているだけのしがない村人だ。


「鎌と小鋏……それと保存用の瓶に……」


 家の横に静かに佇む倉庫の中で必要な道具を揃え、最後に護身用の短剣を腰に装着して準備完了だ。

 この森には一応魔物が済んでいる。
 この辺は森の深部から浅い場所だからほとんどヤツらには襲われる心配はないけど、用心するに越したことはないのでいつも装備を忘れない。


「さてと……今日も仕事に精を出しますかねぇ。」


 準備も整ったし、いざ薬草採取へ……と、その前に今日の目的を確認しないといけないな。


「確か解毒用の月見草が足りないって薬屋の女将さんが言ってたから、今日はそれをメインに探索するんだったな。」


 森の地図を見ながら小さく独り言。
 この地図は自分で作った薬草採取のポイントをまとめたもので、俺の長年の努力の賜物でもある。

 月見草は岩場に群生している事が多い。
 月を見る草という名前の通り、太陽よりも月の光を養分として育つため、月の光を遮る木々が少ない場所に根をつける事が特徴的な薬草だからだ。

 この森で月見草がよく自生するのは、ここから北に約1キロほど進んだ場所にある崖隣りの岩場だな。この時期は昆虫型の魔物の動きが活発になるけど、あの辺は巣にする樹木も少ないから特に問題はないだろう。
 それに帰り道の近くには泉もあるから、帰りに回復薬や万能薬の原料となる薬草も採取できるしな。

 そこまで計画を立てた俺は、地図を丁寧に折りたたむと腰に回したベルト型の鞄にしまい込む。


「んじゃ、今日も日課をこなしますか!」


 そう心を踊らせながら踏み出した。





 目的の岩場に着くと、予想通り群生する月見草を発見した。硬い岩場に根を張る彼らを見ると、その力強さと儚さを感じてしまう。

 ここは彼らにとって生きるために必要な場所。
 だが、生きるために必要な養分を含む土が少なく、生きにくい場所でもあるからだ。
 
 感情に浸ると長くなるのは俺の悪い癖。
 そう反省しながらさっさと採取に取りかかるが、取り過ぎないように注意するのも大切だ。取り過ぎれば生態系を壊してしまう事だってあるわけで、自然と共にある事が薬草士の務めでもある。
 俺は必要な分だけ採取して、腰に掛けてある保存用の瓶に詰め込んでいく。


「ふう。月見草の採取はこれくらいかな。」


 一人でニンマリと笑いながら瓶を眺めていると、ふと崖の先に視線が向いた。その先には広大な森が広がっていて青々とした綺麗な自然が永遠と続いている。
 だが、この見た目に騙されてはいけない。この森の深部には凶悪な魔物が住んでいて、俺みたいな単なる村人は1秒と持たずに食い殺されてしまう恐ろしい森なのだ。


「まぁ、俺には関係ない話だけどな……」


 深部に行けるのは冒険者だけとギルドが定めている。
 それもSランク級の冒険者のみで、俺のような村人は入る事すら許されていない。でも、俺は薬草を採取して生計が立てられればそれでいい。
 だから俺には関係ないってわけ。

 俺が住んでいるこの辺りは、人の脅威になるような魔物は現れない安全区域に指定されているし、わざわざ危険な場所に足を運んで命をかけて生活費を稼ぐより、こうやって好きな薬草を採取しながら毎日を過ごす方が性に合っている。


「さて、余計な時間を食っちゃったな。さっさと次に行こう。」


 何を物思いに耽っているんだか……次の目的地である泉まではここから歩いて小一時間はかかるから、早めに出発しないとならんのに。

 そうため息をつき、次の目的地を目指そうと振り返った瞬間に俺は息を呑んだ。なぜなら、数メートル先に黒く巨大な塊が見えたからだ。


(あ……あれは……ブラック……ボア?何でこんなところに!!)


 その黒い猪型の魔物は、鼻息を荒くし完全にこちらを威嚇するように睨らんでいる。
 本来ならば、こいつはこの森の深部に棲息しているはずなのに、なんでこんな人里に近い場所に……!

 そう考えつつ、反射的に崖伝いに逃げようとした瞬間、ブラックボアが咆哮を上げた。
 まるで逃がさないと言っているようなその強烈な咆哮が体中をビリビリと駆け抜けるが、それでも冷静さを欠くことなく俺は走り出していた。
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