元アサシンは前世の愛に飢える

noah太郎

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3話 猪突猛死…ん?

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「ブォォォォォォォォォ!!!」


 真後ろから度々聞こえてくる咆哮にちらりと振り返れば、木々を薙ぎ倒しながら追いかけてくる猪型の大型の魔物ブラックボアの姿が見える。


「いったい全体何が起きてるんだ?Aランクのブラックボアがこんなところにいるなんて……」


 と、考えてみても答えなど出るわけがないし、それよりも今は逃げる事が先決だ。答えがわかったところでどうすることもできないし、ブラックボアに追いかけられている事実は変わらない。
 そう考えながら、森の中を逃げ続ける。

 しっかし、何が「今日はいい事あるかも」なんだか……数刻前に自分がした発言を呪いたい。別に誰にも聞かれていないからいいんだけど、独り言なだけにある意味ちょっとした自己嫌悪に陥りかける。


「ブォォブォォォォォォ!!」


 まるで「待ちやがれ!」と言わんばかりの咆哮が聞こえた。

 さて……どうしたものか。


 俺がここまで冷静さを失わないのには訳がある。
 とか、カッコよく言ってみたけど、単純に逃げ足だけは昔から早くて、特にこんな風に障害物の多い森などではその才能が開花する。この森も長年過ごした庭みたいなものだし、そんな経験も相まってかここで俺を捕まえるのは冒険者でも困難だと思う。

 とはいえ、この方向に逃げるのはまずいな。
 このまま進めば俺の家に辿り着いてしまうし、そこからは街が近いから、ブラックボアの意識がそちらに向く事だけは避けたいんだが……かと言って逆に森の深部の方へ誘い込んでも今度は別の魔物に見つかる恐れがある。
 確かに、上手くいけばブラックボアをその魔物にぶつける事ができるかもしれないが、成功する確率は五分五分くらい。失敗すれば、俺は2体以上の魔物に追われる事になってしまう。


(とはいえ、このまま街の方に逃げるのは良くないし……う~ん……そうだ!例の泉に向かえばはネムリダケが生えているはず!)

 
 ネムリダケ。
 名前の通り、生き物を眠らせる成分を含んでいる菌類の一種で、水辺に群生する事が多い。そのまま食べると、人間なら一生目を覚まさなくなる事もあるけっこう危険な植物だが、魔物なら一時的に眠らせるのにはもってこいの代物だ。

 そうと決まれば迷っている暇はない。
 目的の泉はここから西に少し行けば辿り着ける。だが、肝心のブラックボアがついて来ないと意味はないから、まずは奴の注意を引きつけないといけない。
 そう考え、俺は振り向いて立ち止まる。それを見たブラックボアはやっと観念したかとでも思ったのか、唸り声をさらに大きくした。
 あの巨体で突っ込まれればひとたまりもないが、所詮は猪である。馬鹿正直にまっすぐと突っ込んでくるスタイルには確かに漢気を感じる部分もある。しかし、避ける方からすればなんともありがたい話なのだ。

 俺はブラックボアの動きに合わせ、タイミング良く左側に飛び退けた。
 突然、目の前の獲物がいなくなった事で驚いたブラックボアが急ブレーキをかける。奴は大きな巨躯で木々を薙ぎ倒しながら止まると、キョロキョロと周りを伺い始めた。

 どうやら俺を見失ったらしい。一途な獣らしい挙動に俺は少しだけ安堵する。

ーーーこのまま逃げる事もできるんだが……

 そんな考えが一瞬過ったが、こんなところでこいつをほったらかしにはできないと考え直す。
 さっきも言った通り、ここは街から近い場所に位置している。魔物は普通の獣よりも鼻がいい。その理由はわからないが、もしブラックボアが人の匂いを嗅ぎつけて街を襲えば必ず被害が出てしまう。

 そして、そんな事は絶対に許容できるはずもない。
 だって、俺が生計を立てる場所がなくなってしまうじゃないか!薬草士なんてマイナーな職業、ここみたいな大自然に囲まれた田舎じゃなきゃ生きていけないんだ。都会に出ても物流は潤沢で、俺みたいな個人事業主が入り込む余地なんて皆無。もしあの街がなくなれば、俺は路頭に迷う事になりかねない。

 足元にちょうどいい石を見つけ、それを拾い上げる。そして、奴の胴体を狙って俺は思いっきり投げつけた。


「ブ……フゴッ……」


 石を当てられたブラックボアがこちらに気づいた。
 バカにされたとでも思ったのだろう。いっそうと鼻息を荒くし、威嚇するように右の前足で何度も地面を掻いている。


(よし!あとは泉の方へ逃げるだけ……)


 そう思って体ごと振り返った瞬間だった。
 まるで膝の力が抜けたかのように、俺は無意識にその場にしゃがみ込んだ……と同時に、一瞬だけだが鋭く風を切る音が聞こえたように感じた。
 そして、その音にタイミングを合わせるように、後ろでズシンッという音と僅かな地面の揺れを感じる。

 恐る恐る振り返ると、視線の先には横たわるブラックボアの死骸。
 さっきまであんなにいきがっていたブラックボアは誰がどう見ても息絶えている。血が滲んだ奴の額と瞳孔の開き切った双眸がそれを物語っている。
 だが、俺に焦りはない。


「はぁ~まじで危なかったなぁ。でも、なんか知らんが助かった。」


 俺はそう胸を撫で下ろすと、目の前で横たわるブラックボアの位置を地図に記して何事もなかったようにその場を後にした。
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