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7話 その理由が知りたいんだ!
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目の前に横たわっているのは昨日俺の前で突然死したブラックボアの死骸で間違いなく、その状態は思ったより良い事に内心でほっとした。
腐敗し始めていたり獣に食い荒らされていた場合、その部位を先に切り取って土に埋めたりと解体作業の手間が増えてしまう事が多い。
だが、こいつはAランクの魔物ブラックボアだ。死骸が食い荒らされていないのは、野生の獣たちが恐れて近づかなかったという事だろう。腐敗があまり進んでいない理由についてはよくわからんが、なんにせよ解体はスムーズにできそうだ。
持ってきたリュックから解体用のナイフなど、道具を一式取り出して地面に並べていく。その様子を彼女は少し離れた位置で眺めているようだった。
やっぱり、さすがにこれは引くだろうな。仕事を手伝うとか言ってたけど、彼女も女性である事に変わりはないようだ。こんな汚れ仕事したがるはずもないだろうし、まぁ俺としては自分のペースで仕事ができるから何の問題もないんだけど。
まずはナイフを手に取って、目の前の魔物の解体を開始した。
・
・
・
作業は思ったよりも順調に進んだ。
ブラックボアは肉質が他の魔物より硬い事で有名だが、この個体は比較的柔らかくてナイフが通りやすい。まずは内臓を取り出し、牙などの重要な素材を切り取った後、皮を剝いでいく。
作業の途中で女性の様子をちらりと伺ってみると、なにやら一本の太い樹木を観察しているようだった。目を凝らしてよく見るとその木には1つの傷がついていて、彼女はそれをいろんな角度から眺めている。
一体何をしているのか不思議に思ったが、作業を終わらせる事が先決だと考えて俺は黙々とナイフを走らせた。
・
・
「それ、あなたが倒したの?」
「うわっ!び……びっくりした。」
作業に集中し過ぎていたのか。
いつの間にか近くに来ていた女性から質問を受けて驚いてしまったが、とっさに振り向いてみるとどこか真剣な眼差しが視界に入る。
「……いや、こいつは俺が倒したんじゃないよ。追いかけられている途中で突然死んだんだ。」
再び作業を進めながらその質問に答えると、彼女は興味があるのかないのかよくわからない表情を浮かべたまま、さらに問いかけてくる。
「突然死んだの?そんな事あるのかしら……」
「さぁね。この辺は冒険者たちもよく来る場所だからな。誰かが仕掛けてそのままになってた罠が発動したのかもしれないし、本当のところは俺にはよくわからないよ。」
「……ふ~ん。でも、もしそうだとしたら死んでいたのはあなたの方だったかもしれないわね。」
「あぁ、確かに。そうなってたら笑えないジョークだよな。」
俺はそう言って冗談混じりに鼻を鳴らして笑うが、彼女はどこか信じられないといったように訝し気な顔で俺を見ている。
だが、俺はその事には触れずに作業を進めていった。
そうして作業が一通り終わった頃、そばでずっと眺めていた彼女が物珍しそうに口を開く。
「……これで終わり?」
「ん……?あぁ、そうだな。あとはギルドへ報告に行くだけだ。」
「ギルドに……ね。この部位はどうするの?」
「持っていけるものは持って行くけど、大きいものなんかはここに置いて後でギルドに回収してもらうんだ。」
ギルドに報告する分と後で回収してもらう部位を綺麗に分けながらそう説明すると、彼女はなるほどと頷いた。
あまりこういう事には慣れていないみたいなので、ちょっとした優越感に浸りながら俺は道具の片付けを進めていく。
「これでよしっと。じゃあ、俺はこのまま街に向かうから、君はそろそろ自分のうちに帰ったら?」
「え?言っている意味が理解できないわ。わたしの家はあなたの家なんだから、このまま街へ行ってそれから一緒に帰るわ。」
「あ……そう……」
ちっ……さすがに無理があるとは思っていたが……
しかしこの人、本当に俺の家に住む気なのかな。マジで勘弁してほしいんだけど……でも、せめて理由くらい聞き出せないと踏み込んだ説得ができないんだよなぁ。
「ねぇ……君はなんで俺の家に住みたいの?」
「"住みたい"ではなく"住む"のです。そこのところ、お間違いなく。」
「いやだから……そういう事じゃなくて、なんでなのか理由を聞いてんだって。」
「理由……ですか?」
「そう。理由だよ、理由。」
そう尋ねられた彼女は顎に手を置くと、何やらぶつぶつと呟き始めた。だが、声は小さ過ぎるし、めちゃくちゃ早口だから何を言ってるのか全くわからない。
なんとか聞き耳を立てようとしてみたが、彼女はすぐに結論に辿り着いたらしく、呟きの内容を把握する事は叶わなかった。
「理由……ですね。」
「う……うん。理由……。」
真剣な眼差しでこちらを見据える瞳を見て、俺はなぜだかごくりと喉を鳴らしてしまう。
だが……
「そうすると私が決めたのです。それが理由です。」
完全に拍子が抜けた。
その上で溜まっていた鬱憤が一気に吐き出される。
「だぁぁぁかぁぁぁらぁぁぁ!!!俺はそう決めた理由を聞いてんだって!あんたの脳みそが!その思考がそう結論づけるに至った原因!要因!それを俺は、き!い!て!ん!の!!!」
そうついつい叫んでしまったが、対する彼女は全く意に介していない。ジィッと俺を見つめたまま何も喋らないので、逆に俺の方が空気を読めないバカみたいになっている。
くそっ……こいつ、マジで何なんだ。
自分勝手に何でもかんでも全部決めやがって。
そう苛立って悩んでみても、彼女を追い返す為の良い案など全く浮かんでこなくて大きくため息をつく。
結局、俺はこの女性とともに街を目指す事にした。
腐敗し始めていたり獣に食い荒らされていた場合、その部位を先に切り取って土に埋めたりと解体作業の手間が増えてしまう事が多い。
だが、こいつはAランクの魔物ブラックボアだ。死骸が食い荒らされていないのは、野生の獣たちが恐れて近づかなかったという事だろう。腐敗があまり進んでいない理由についてはよくわからんが、なんにせよ解体はスムーズにできそうだ。
持ってきたリュックから解体用のナイフなど、道具を一式取り出して地面に並べていく。その様子を彼女は少し離れた位置で眺めているようだった。
やっぱり、さすがにこれは引くだろうな。仕事を手伝うとか言ってたけど、彼女も女性である事に変わりはないようだ。こんな汚れ仕事したがるはずもないだろうし、まぁ俺としては自分のペースで仕事ができるから何の問題もないんだけど。
まずはナイフを手に取って、目の前の魔物の解体を開始した。
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作業は思ったよりも順調に進んだ。
ブラックボアは肉質が他の魔物より硬い事で有名だが、この個体は比較的柔らかくてナイフが通りやすい。まずは内臓を取り出し、牙などの重要な素材を切り取った後、皮を剝いでいく。
作業の途中で女性の様子をちらりと伺ってみると、なにやら一本の太い樹木を観察しているようだった。目を凝らしてよく見るとその木には1つの傷がついていて、彼女はそれをいろんな角度から眺めている。
一体何をしているのか不思議に思ったが、作業を終わらせる事が先決だと考えて俺は黙々とナイフを走らせた。
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「それ、あなたが倒したの?」
「うわっ!び……びっくりした。」
作業に集中し過ぎていたのか。
いつの間にか近くに来ていた女性から質問を受けて驚いてしまったが、とっさに振り向いてみるとどこか真剣な眼差しが視界に入る。
「……いや、こいつは俺が倒したんじゃないよ。追いかけられている途中で突然死んだんだ。」
再び作業を進めながらその質問に答えると、彼女は興味があるのかないのかよくわからない表情を浮かべたまま、さらに問いかけてくる。
「突然死んだの?そんな事あるのかしら……」
「さぁね。この辺は冒険者たちもよく来る場所だからな。誰かが仕掛けてそのままになってた罠が発動したのかもしれないし、本当のところは俺にはよくわからないよ。」
「……ふ~ん。でも、もしそうだとしたら死んでいたのはあなたの方だったかもしれないわね。」
「あぁ、確かに。そうなってたら笑えないジョークだよな。」
俺はそう言って冗談混じりに鼻を鳴らして笑うが、彼女はどこか信じられないといったように訝し気な顔で俺を見ている。
だが、俺はその事には触れずに作業を進めていった。
そうして作業が一通り終わった頃、そばでずっと眺めていた彼女が物珍しそうに口を開く。
「……これで終わり?」
「ん……?あぁ、そうだな。あとはギルドへ報告に行くだけだ。」
「ギルドに……ね。この部位はどうするの?」
「持っていけるものは持って行くけど、大きいものなんかはここに置いて後でギルドに回収してもらうんだ。」
ギルドに報告する分と後で回収してもらう部位を綺麗に分けながらそう説明すると、彼女はなるほどと頷いた。
あまりこういう事には慣れていないみたいなので、ちょっとした優越感に浸りながら俺は道具の片付けを進めていく。
「これでよしっと。じゃあ、俺はこのまま街に向かうから、君はそろそろ自分のうちに帰ったら?」
「え?言っている意味が理解できないわ。わたしの家はあなたの家なんだから、このまま街へ行ってそれから一緒に帰るわ。」
「あ……そう……」
ちっ……さすがに無理があるとは思っていたが……
しかしこの人、本当に俺の家に住む気なのかな。マジで勘弁してほしいんだけど……でも、せめて理由くらい聞き出せないと踏み込んだ説得ができないんだよなぁ。
「ねぇ……君はなんで俺の家に住みたいの?」
「"住みたい"ではなく"住む"のです。そこのところ、お間違いなく。」
「いやだから……そういう事じゃなくて、なんでなのか理由を聞いてんだって。」
「理由……ですか?」
「そう。理由だよ、理由。」
そう尋ねられた彼女は顎に手を置くと、何やらぶつぶつと呟き始めた。だが、声は小さ過ぎるし、めちゃくちゃ早口だから何を言ってるのか全くわからない。
なんとか聞き耳を立てようとしてみたが、彼女はすぐに結論に辿り着いたらしく、呟きの内容を把握する事は叶わなかった。
「理由……ですね。」
「う……うん。理由……。」
真剣な眼差しでこちらを見据える瞳を見て、俺はなぜだかごくりと喉を鳴らしてしまう。
だが……
「そうすると私が決めたのです。それが理由です。」
完全に拍子が抜けた。
その上で溜まっていた鬱憤が一気に吐き出される。
「だぁぁぁかぁぁぁらぁぁぁ!!!俺はそう決めた理由を聞いてんだって!あんたの脳みそが!その思考がそう結論づけるに至った原因!要因!それを俺は、き!い!て!ん!の!!!」
そうついつい叫んでしまったが、対する彼女は全く意に介していない。ジィッと俺を見つめたまま何も喋らないので、逆に俺の方が空気を読めないバカみたいになっている。
くそっ……こいつ、マジで何なんだ。
自分勝手に何でもかんでも全部決めやがって。
そう苛立って悩んでみても、彼女を追い返す為の良い案など全く浮かんでこなくて大きくため息をつく。
結局、俺はこの女性とともに街を目指す事にした。
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