15 / 42
14話 湯気と美女と自制心
しおりを挟む
視界を白く染める湯気。
その湯気に乗ってふわりと香る石鹸の香り。
静かに息を吸い込めば暖かな空気が肺に広がっていくが、そこにいつもの安らぎはない。
なんでかって?
だって今俺、お風呂場で銀髪の美女に背中を流されているんだもん。こんなシチュエーションありえますか?ありえませんよね!
彼女の性格や言動、そして、こうなった経緯は周知の事実だから割愛するけど、ターと名乗ったこの女性。一般的に考えれば美人の領域に入ると思う。
そんな美人にお風呂で背中を流してもらっているこの状況で、平然としていられる男など絶対にこの世にはいないはずだ。
俺はそう断言するぞ。
少し曇った鏡越しに彼女の顔が映る。
長い髪をまとめ上げ、袖を肩まで捲る事で露わになった頸と二の腕。その色っぽさにドキッとしてしまう。
さらに肌を滴る水が合わされば、その効果は絶大だ。色香とはよく言ったものだが、本当に彼女の色気が香ってくるかの様な感覚にくらくらする。
そんなものを感じたのはこれが初めてかもしれない。
そして……
「どう?かゆいところはない?」
優しくも程よい強さで、シャコシャコと背中を擦る音とともに響く彼女の声が、耳を包み込むように撫でていく。それに体を洗う布越しに感じる彼女の存在感には、俺の息子さんもやばい事になっている訳で……
これは絶対にバレるわけにはいかない。
「な……ないよ!」
焦り、動揺、そして、その中にある小さな喜び。
―――本当にこれはいったい何の冗談なのだろうか。
タオル一枚腰に巻き、銀髪の美女に風呂場で背中を流してもらっているこの状況が、やはり俺には理解できなかった。
「よし。背中はいいわね。前はどうする?」
「は……!?じ……自分でやる!自分で!!」
突然、何を言い出すのかと彼女の言葉を疑い、彼女から布を奪い取ると俺は自分で体を洗い始める。
前はダメだろ!前は!絶対にダメだろうが!
そう焦りを隠す様にゴシゴシと体を擦っていると、彼女は後ろで何かを悩んでいる様だ。
「そう。じゃあ、どうしようかな。……あ、それなら、今度は頭を洗ってあげましょう。」
「い……いや、頭も自分でやるって!」
「いいじゃない。体を洗っている間に頭もマッサージしてあげるから。」
半ば強引に頭に石鹸をつけ始める彼女。
体を洗っていた俺は抵抗する事ができず、そのまま言われる通りに頭を洗われ始めた。
しばしの沈黙。
彼女がわしゃわしゃと俺の頭を洗う音だけが浴室の中で響いている。
そんな中、俺は彼女へ問いかける。
「なぁ……何でここに住みたかったんだ?」
やっぱりこの疑問だけは解消しておきたい。どんな理由でもいい。嘘でもいいからここに住むと決めた理由を聞いておかないと、俺が前に進めそうにない。美人と一つ屋根の下なんて、理由もわからないまま実践できる事じゃないと感じたのだ。
だが、その問いかけに答えご返って来る事はなく、俺は小さくため息をついた。
こんな特別な状況なんだ。ある意味、少しは心を許してくれていると思ったっていいじゃないか。だから、話してくれるのでは……そうどこかで期待していた分、落胆は大きかった。
頭を洗う手が自然と止まって、俺は介錯された罪人の様に大きく首を垂れる。
とその瞬間……
「ひゃっ……」
叫びとまではいかないが、何かに驚いた様な声と同時に、どこからともなく吹いてきた風が頭の上を通り抜けた気がした。そして、遅れてやってきた石鹸の香りと彼女の香りが同時に鼻を撫でる。
「ん……?どうかした?」
「い……いえ……何でもないわ。」
頭を洗ってもらっていた手前、目は瞑ったまま振り返って尋ねると、彼女は冷静を装う様にそう言葉を濁す。
どうやら驚いた事は間違いない様だけど、早く石鹸を流さないと状況が把握できないので、俺は桶に汲まれたお湯で一気に頭を洗い流した。
「大丈夫か?」
頭に被ったお湯を払いながら改めて尋ねると、彼女はある場所を指差してこう告げる。
「小鳥が……窓から迷い込んできたの。」
見れば、風呂場に一つだけ備え付けられた窓が開いていた。彼女が言うには、湯気を挟んで星空が窺えるその小さな窓から、鳥が迷い込んで来たので驚いてしまった……という事らしい。
「珍しい事もあるんだな。一人の時はそんな事一度もなかったよ。」
「そ……そう。」
彼女はどこか挙動不審で、俺と目を合わせることはない。そんなに驚く事かと疑問に思いつつ、一通り洗い終えたので彼女にはさっさと退散してもらう事にした。
「ほら!もう終わったからありがとう!あとは一人にさせてくれ!」
「あ……で……でも……」
どこか心残りがある様な……やり残した事がある様な彼女の態度にも配慮する事はなく、俺は彼女を無理矢理押し出してドアを閉めた。
「ふぅ……まじで冗談きついな。」
確かに夢みたいな時間だったけど、普通に考えたらあり得ない。大きくため息をついた後、湯船から桶でお湯を掬い改めて体を流すと、湯船へと全身を預ける様に倒れ込んだ。
結局、また理由が聞けなかった。
でも、やっぱりそれははっきりさせておきたい……いや、そうするべきなのだ。
なぜここに住みたいのか、彼女の口から言わせなければ。
ドア越しに脱衣所内の気配を窺うが、すでに彼女はいない様だ。ちゃんと諦めてリビングへと戻ったのだろう。
「風呂から出たらちゃんと理由を聞こう。言わないのなら、やっぱり出ていってもらう。」
俺はそう決意を固めると、ぶくぶくとお湯の中に頭を沈めていった。
その湯気に乗ってふわりと香る石鹸の香り。
静かに息を吸い込めば暖かな空気が肺に広がっていくが、そこにいつもの安らぎはない。
なんでかって?
だって今俺、お風呂場で銀髪の美女に背中を流されているんだもん。こんなシチュエーションありえますか?ありえませんよね!
彼女の性格や言動、そして、こうなった経緯は周知の事実だから割愛するけど、ターと名乗ったこの女性。一般的に考えれば美人の領域に入ると思う。
そんな美人にお風呂で背中を流してもらっているこの状況で、平然としていられる男など絶対にこの世にはいないはずだ。
俺はそう断言するぞ。
少し曇った鏡越しに彼女の顔が映る。
長い髪をまとめ上げ、袖を肩まで捲る事で露わになった頸と二の腕。その色っぽさにドキッとしてしまう。
さらに肌を滴る水が合わされば、その効果は絶大だ。色香とはよく言ったものだが、本当に彼女の色気が香ってくるかの様な感覚にくらくらする。
そんなものを感じたのはこれが初めてかもしれない。
そして……
「どう?かゆいところはない?」
優しくも程よい強さで、シャコシャコと背中を擦る音とともに響く彼女の声が、耳を包み込むように撫でていく。それに体を洗う布越しに感じる彼女の存在感には、俺の息子さんもやばい事になっている訳で……
これは絶対にバレるわけにはいかない。
「な……ないよ!」
焦り、動揺、そして、その中にある小さな喜び。
―――本当にこれはいったい何の冗談なのだろうか。
タオル一枚腰に巻き、銀髪の美女に風呂場で背中を流してもらっているこの状況が、やはり俺には理解できなかった。
「よし。背中はいいわね。前はどうする?」
「は……!?じ……自分でやる!自分で!!」
突然、何を言い出すのかと彼女の言葉を疑い、彼女から布を奪い取ると俺は自分で体を洗い始める。
前はダメだろ!前は!絶対にダメだろうが!
そう焦りを隠す様にゴシゴシと体を擦っていると、彼女は後ろで何かを悩んでいる様だ。
「そう。じゃあ、どうしようかな。……あ、それなら、今度は頭を洗ってあげましょう。」
「い……いや、頭も自分でやるって!」
「いいじゃない。体を洗っている間に頭もマッサージしてあげるから。」
半ば強引に頭に石鹸をつけ始める彼女。
体を洗っていた俺は抵抗する事ができず、そのまま言われる通りに頭を洗われ始めた。
しばしの沈黙。
彼女がわしゃわしゃと俺の頭を洗う音だけが浴室の中で響いている。
そんな中、俺は彼女へ問いかける。
「なぁ……何でここに住みたかったんだ?」
やっぱりこの疑問だけは解消しておきたい。どんな理由でもいい。嘘でもいいからここに住むと決めた理由を聞いておかないと、俺が前に進めそうにない。美人と一つ屋根の下なんて、理由もわからないまま実践できる事じゃないと感じたのだ。
だが、その問いかけに答えご返って来る事はなく、俺は小さくため息をついた。
こんな特別な状況なんだ。ある意味、少しは心を許してくれていると思ったっていいじゃないか。だから、話してくれるのでは……そうどこかで期待していた分、落胆は大きかった。
頭を洗う手が自然と止まって、俺は介錯された罪人の様に大きく首を垂れる。
とその瞬間……
「ひゃっ……」
叫びとまではいかないが、何かに驚いた様な声と同時に、どこからともなく吹いてきた風が頭の上を通り抜けた気がした。そして、遅れてやってきた石鹸の香りと彼女の香りが同時に鼻を撫でる。
「ん……?どうかした?」
「い……いえ……何でもないわ。」
頭を洗ってもらっていた手前、目は瞑ったまま振り返って尋ねると、彼女は冷静を装う様にそう言葉を濁す。
どうやら驚いた事は間違いない様だけど、早く石鹸を流さないと状況が把握できないので、俺は桶に汲まれたお湯で一気に頭を洗い流した。
「大丈夫か?」
頭に被ったお湯を払いながら改めて尋ねると、彼女はある場所を指差してこう告げる。
「小鳥が……窓から迷い込んできたの。」
見れば、風呂場に一つだけ備え付けられた窓が開いていた。彼女が言うには、湯気を挟んで星空が窺えるその小さな窓から、鳥が迷い込んで来たので驚いてしまった……という事らしい。
「珍しい事もあるんだな。一人の時はそんな事一度もなかったよ。」
「そ……そう。」
彼女はどこか挙動不審で、俺と目を合わせることはない。そんなに驚く事かと疑問に思いつつ、一通り洗い終えたので彼女にはさっさと退散してもらう事にした。
「ほら!もう終わったからありがとう!あとは一人にさせてくれ!」
「あ……で……でも……」
どこか心残りがある様な……やり残した事がある様な彼女の態度にも配慮する事はなく、俺は彼女を無理矢理押し出してドアを閉めた。
「ふぅ……まじで冗談きついな。」
確かに夢みたいな時間だったけど、普通に考えたらあり得ない。大きくため息をついた後、湯船から桶でお湯を掬い改めて体を流すと、湯船へと全身を預ける様に倒れ込んだ。
結局、また理由が聞けなかった。
でも、やっぱりそれははっきりさせておきたい……いや、そうするべきなのだ。
なぜここに住みたいのか、彼女の口から言わせなければ。
ドア越しに脱衣所内の気配を窺うが、すでに彼女はいない様だ。ちゃんと諦めてリビングへと戻ったのだろう。
「風呂から出たらちゃんと理由を聞こう。言わないのなら、やっぱり出ていってもらう。」
俺はそう決意を固めると、ぶくぶくとお湯の中に頭を沈めていった。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ
Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。
理由は決まって『従妹ライラ様との用事』
誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。
「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」
二人の想いは、重なり合えるのだろうか ……
※他のサイトにも公開しています。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
どうぞお好きになさってください
みおな
恋愛
学園に入学して一ヶ月。
婚約者の第一王子殿下は言った。
「学園にいる間くらい自由にさせてくれないか。君が王太子妃になることは決定事項だ。だから、せめて学園に通う二年間は、僕は恋がしたい」
公爵令嬢はその綺麗な顔に冷酷な笑みを浮かべる。
「好きになさればよろしいわ」
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる