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15話 決意、殺意、予想外
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「はぁ……」
湯船に身を委ねたまま、私は小さく息をついた。
右腕をゆっくりと上げれば、お湯が腕を滴り落ちて水面を揺らし、そうしていくつも拡がる波紋が水面に映る自分の顔をかき消していく。
今はこの浴室に一人だけ。
さっきまで一緒にいた彼は私を追い出すや否やすぐにお風呂を終え、出てきたと思えば今度は私に入る様に促してきた。
その様子はどこかよそよそしくて他人行儀。まるで別人ではないかと思うほど、私への接し方が逆転していた。
もしかしてバレたのか?
否、それはないはずだ。確かにし損ねたが、あの暗器はお湯に溶ける優れもので凶器の痕跡が残ることはまずないし、もしバレているなら今の様にお風呂を勧める意味はない。
一瞬浮かんだ懸念も、温かな湯気の中に霧散していく感覚に湯船にゆっくりと体を預け、先ほどの状況を振り返ってみる。
(だけど、確実に殺れるタイミングだった……そのはずなのに……)
彼の理解不能な行動が、再び自分の前に立ちはだかった。あのタイミングで対象が俯く事など、いったい誰が予想できようか。
しかし、彼の会話に対して自分が応えていれば、結果は変わっていたかもしれないという自責の念がない訳ではない。
(……コミュニケーションか。)
今後の課題はここにあるのかもしれない。
短期で終わらせるミッションだったはずだが、思っているよりも時間がかかりそうな予感がする。そうなれば、今までの様に無視したり怪訝な態度を取るよりも、好意的に近づいた方が効率的か。
今回も含めて避けられたのはたまたま……だとは思っている。しかし、2度も……いや、正確には3度もし損ねた事は消せない事実でもある。
(計画の練り直しが必要ね……念の為に組織へ連絡はした方がいいか。)
そう考え直すと、私は湯船から立ち上がって浴室を後にした。
◆
リビングに戻ると、彼の姿はなかった。
どこへ行ったのかと部屋の中を見回してみると、倉庫から漏れる明かりが窓に映っている事に気づく。別にこのまま一人でいても良かったのだが、なぜか無意識に裏口へ向かっていた。
ドアを開けて外に出ると、気持ちの良い夜風が静かに吹き抜ける。それらを頬で感じながら、ほんの少しだけ開いた倉庫のドアを開け、中へと足を踏み入れた。
「……明日使うのはこれとこれか。」
中ではしゃがみ込んで棚に頭を突っ込み、ゴソゴソと動いている彼の背中が確認できた。それを見て、一瞬これはチャンスではないかと思う反面、先ほどの失敗が頭をよぎって踏み止まる。
そのまま少しばかり彼の様子を眺めていると、彼は満足そうに棚から顔を出した。
「よし、これで明日の準備はオッケーかな……って、あれ?」
見ても用途が分からない道具を目の前に並べて満足そうに頷く彼は、私の気配に気づいて振り向いた。
「なんだ。もう風呂は終わったのか?もっとゆっくり入ると思ってたよ。」
その笑顔に特に変わったところは感じない。
やはりバレてはいない様だと内心で安心しつつ、確信がある訳ではないので油断せずに言葉を選ぶ。
「えぇ、そのつもりだったのだけれど……でも、良い湯だったわ。ありがとう。」
課題はコミュニケーションで、だからこそ選択肢は御礼の言葉。しかし、彼の顔に浮かんだのは呆気にとられた表情だった。
状況を飲み込めず、驚きを隠せないといった彼の表情に私は内心で失礼な態度だと訝しむが、ここは大人の対応が求められると思い、表情は崩さない。
コミュニケーションとは我慢の連続だ。
相手に合わせ、相手が気を良くする事を第一に考えて言葉を選び、笑顔と柔らかい口調で包み込む。それが最善の選択肢だろう。
だが、彼から出た言葉は耳を疑うものだった。
「……頭でも打ったのか?」
「は……?」
その発言は、はっきり言って理解不能だった。
こちらは御礼を伝えたのだ。それ相応の……とって然るべき態度というものがあるだろう。
こちらが下手に出ればつけ上がる。なんとも許し難い行為に怒りが込み上げる。
「あなた……私が御礼を伝えたのにその言い草はないんじゃない?」
怒りを押し殺して静かに冷静に想いを伝えるが、彼からは「ごめん」の一言だけ。
その態度が私の怒りに更なる油を注ぐ。
「ごめん、じゃないのよ。御礼を言われたら"どういたしまして"と返すのが人としての礼儀じゃないの?あなた、コミュニケーションって言葉、知ってる?」
私は捲し立てるように一気にそう言い放つが、今度は彼の表情がみるみると怪訝なものに変わって言った。
「コミュニケーションって……君がそれを言うのか?突然ここに住むって言い出した挙句、その理由も教えない!!それに声をかければ無視はするし、皮肉は言う。そんなんで、どの口がコミュニケーションとか言ってんだよ!」
「皮肉ですって?そんなもの言った覚えはないわ!」
「覚えてないとか、余計にタチが悪いわ!」
「なによ!」
「なんだよ!」
募った苛立ちから彼を睨みつけるが、相手も負けてはおらず互いの視線が火花を散らす。
そうして少しの間だけ睨み合いを続けると、互いにそっぽを向いて鼻を鳴らし合った。
いったいどう育てばこんな失礼な男に育つのかと疑問が浮かんでくる。コミュニケーションの何たるかを全く理解していないこんな野暮な男なんて、さっさと殺した方がいいかもしれない。
幸運だってそう何度も起こる事はないだろうし……そうだ。やっぱりさっさと仕事を終わらせてしまおう。殺す相手にコミュニケーションなど求めるからこんな事になる。そもそも悩む必要なんてない。幸運が続いた事で疑心暗鬼になり過ぎていたのかもしれない。
私はそう考えを改めた。
やはり計画の変更など必要はない。今ここで殺してしまえば仕事は終わる。何も難しいことはない。そっぽを向いている彼の首筋に暗器を差し込むだけ……
そうだ、一瞬で終わる。
そう考えた瞬間、懐にしまっている小型のナイフに手をかけて素早く振り返った矢先、なぜか床に落ちていた空瓶に足を取られてしまう。
「きゃ……!?」
自分が漏らした小さな悲鳴と視界に映る天井。
だが、背中に受けた衝撃は予想とはかけ離れた感触だった。
湯船に身を委ねたまま、私は小さく息をついた。
右腕をゆっくりと上げれば、お湯が腕を滴り落ちて水面を揺らし、そうしていくつも拡がる波紋が水面に映る自分の顔をかき消していく。
今はこの浴室に一人だけ。
さっきまで一緒にいた彼は私を追い出すや否やすぐにお風呂を終え、出てきたと思えば今度は私に入る様に促してきた。
その様子はどこかよそよそしくて他人行儀。まるで別人ではないかと思うほど、私への接し方が逆転していた。
もしかしてバレたのか?
否、それはないはずだ。確かにし損ねたが、あの暗器はお湯に溶ける優れもので凶器の痕跡が残ることはまずないし、もしバレているなら今の様にお風呂を勧める意味はない。
一瞬浮かんだ懸念も、温かな湯気の中に霧散していく感覚に湯船にゆっくりと体を預け、先ほどの状況を振り返ってみる。
(だけど、確実に殺れるタイミングだった……そのはずなのに……)
彼の理解不能な行動が、再び自分の前に立ちはだかった。あのタイミングで対象が俯く事など、いったい誰が予想できようか。
しかし、彼の会話に対して自分が応えていれば、結果は変わっていたかもしれないという自責の念がない訳ではない。
(……コミュニケーションか。)
今後の課題はここにあるのかもしれない。
短期で終わらせるミッションだったはずだが、思っているよりも時間がかかりそうな予感がする。そうなれば、今までの様に無視したり怪訝な態度を取るよりも、好意的に近づいた方が効率的か。
今回も含めて避けられたのはたまたま……だとは思っている。しかし、2度も……いや、正確には3度もし損ねた事は消せない事実でもある。
(計画の練り直しが必要ね……念の為に組織へ連絡はした方がいいか。)
そう考え直すと、私は湯船から立ち上がって浴室を後にした。
◆
リビングに戻ると、彼の姿はなかった。
どこへ行ったのかと部屋の中を見回してみると、倉庫から漏れる明かりが窓に映っている事に気づく。別にこのまま一人でいても良かったのだが、なぜか無意識に裏口へ向かっていた。
ドアを開けて外に出ると、気持ちの良い夜風が静かに吹き抜ける。それらを頬で感じながら、ほんの少しだけ開いた倉庫のドアを開け、中へと足を踏み入れた。
「……明日使うのはこれとこれか。」
中ではしゃがみ込んで棚に頭を突っ込み、ゴソゴソと動いている彼の背中が確認できた。それを見て、一瞬これはチャンスではないかと思う反面、先ほどの失敗が頭をよぎって踏み止まる。
そのまま少しばかり彼の様子を眺めていると、彼は満足そうに棚から顔を出した。
「よし、これで明日の準備はオッケーかな……って、あれ?」
見ても用途が分からない道具を目の前に並べて満足そうに頷く彼は、私の気配に気づいて振り向いた。
「なんだ。もう風呂は終わったのか?もっとゆっくり入ると思ってたよ。」
その笑顔に特に変わったところは感じない。
やはりバレてはいない様だと内心で安心しつつ、確信がある訳ではないので油断せずに言葉を選ぶ。
「えぇ、そのつもりだったのだけれど……でも、良い湯だったわ。ありがとう。」
課題はコミュニケーションで、だからこそ選択肢は御礼の言葉。しかし、彼の顔に浮かんだのは呆気にとられた表情だった。
状況を飲み込めず、驚きを隠せないといった彼の表情に私は内心で失礼な態度だと訝しむが、ここは大人の対応が求められると思い、表情は崩さない。
コミュニケーションとは我慢の連続だ。
相手に合わせ、相手が気を良くする事を第一に考えて言葉を選び、笑顔と柔らかい口調で包み込む。それが最善の選択肢だろう。
だが、彼から出た言葉は耳を疑うものだった。
「……頭でも打ったのか?」
「は……?」
その発言は、はっきり言って理解不能だった。
こちらは御礼を伝えたのだ。それ相応の……とって然るべき態度というものがあるだろう。
こちらが下手に出ればつけ上がる。なんとも許し難い行為に怒りが込み上げる。
「あなた……私が御礼を伝えたのにその言い草はないんじゃない?」
怒りを押し殺して静かに冷静に想いを伝えるが、彼からは「ごめん」の一言だけ。
その態度が私の怒りに更なる油を注ぐ。
「ごめん、じゃないのよ。御礼を言われたら"どういたしまして"と返すのが人としての礼儀じゃないの?あなた、コミュニケーションって言葉、知ってる?」
私は捲し立てるように一気にそう言い放つが、今度は彼の表情がみるみると怪訝なものに変わって言った。
「コミュニケーションって……君がそれを言うのか?突然ここに住むって言い出した挙句、その理由も教えない!!それに声をかければ無視はするし、皮肉は言う。そんなんで、どの口がコミュニケーションとか言ってんだよ!」
「皮肉ですって?そんなもの言った覚えはないわ!」
「覚えてないとか、余計にタチが悪いわ!」
「なによ!」
「なんだよ!」
募った苛立ちから彼を睨みつけるが、相手も負けてはおらず互いの視線が火花を散らす。
そうして少しの間だけ睨み合いを続けると、互いにそっぽを向いて鼻を鳴らし合った。
いったいどう育てばこんな失礼な男に育つのかと疑問が浮かんでくる。コミュニケーションの何たるかを全く理解していないこんな野暮な男なんて、さっさと殺した方がいいかもしれない。
幸運だってそう何度も起こる事はないだろうし……そうだ。やっぱりさっさと仕事を終わらせてしまおう。殺す相手にコミュニケーションなど求めるからこんな事になる。そもそも悩む必要なんてない。幸運が続いた事で疑心暗鬼になり過ぎていたのかもしれない。
私はそう考えを改めた。
やはり計画の変更など必要はない。今ここで殺してしまえば仕事は終わる。何も難しいことはない。そっぽを向いている彼の首筋に暗器を差し込むだけ……
そうだ、一瞬で終わる。
そう考えた瞬間、懐にしまっている小型のナイフに手をかけて素早く振り返った矢先、なぜか床に落ちていた空瓶に足を取られてしまう。
「きゃ……!?」
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だが、背中に受けた衝撃は予想とはかけ離れた感触だった。
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