元アサシンは前世の愛に飢える

noah太郎

文字の大きさ
17 / 42

16話 ディスティニーは突然に

しおりを挟む
「きゃっ……!」


 小さな悲鳴とともに目の前で彼女が転びかけたその瞬間、俺はとっさにその体を抱き抱えていた。

 先ほどまであれだけいがみ合っていたというのに……
 こんな面倒くさい女性には、やっぱり出て行ってもらおうとすら考えていたのに……
 
 そんな気持ちとは裏腹に俺の体は無意識に動き、彼女の体を支えていたのだ。

 一瞬、時が止まった様に思えた。
 彼女の背に手を回した状態で踏み止まっているので、自然と彼女の顔が目の前に、しかもけっこう近い距離に来ている。
 さらさらと艶のある髪の毛とまつ毛の長さを初めて知る。彼女の透き通った瞳は吸い込まれそうになる程に綺麗で、艶のある唇はとても柔らかそうだった。


「あ……ご……ごめん!」


 見惚れていた俺は、すぐに我に返って彼女を腕から下ろした。
 自分の思いがけない行動に動揺しつつも謝罪をしてみたが、彼女はすぐにそっぽを向いてしまったのでその表情はわからない。それを見て、怒らせたかもしれないという不安がさらに焦りを募らせていく。
 だが、その反面では自分の中に湧き上がってくるこれまで感じた事のない感覚に戸惑いが隠せなかった。

 どうしてだか頬が熱い……
 ただ単純に抱き止めただけなのに、胸の鼓動が少しずつ早まるのを感じる。
 こんなの初めてだ。別に女性と触れ合う事はこれが初めてじゃないのに……もちろん変な意味じゃない事は先に断っておくけど。


「わたし、もう寝ます。」

「あ……」


 小さく言い残してその場を立ち去ろうとする彼女に対して、何とか声を絞り出して引き止めようとしたが、どうやらそのタイミングは逸していたらしい。
 彼女はそれをくぐり抜けるように上への階段を駆け上がって行く。
 
 俺はといえば、その場に立ち尽くしたままその背中を見守ることしかできなかった。





 勢いよく開けたドアを素早く閉じて、私はその場に背を預けた。高鳴る鼓動に息が弾み、顔が熱くなるのを感じて動揺が隠せない。


(いったい……なんでなんで……)


 意思に反して湧き上がる感情。
 お風呂場では全く気にならなかったというのに、転びそうになったところを受け止められただけでこんな気持ちになるなんて……
 明らかに自分の感情がおかしくなっている事に混乱している事は理解できた。

 ふと、先ほどのシーンがフラッシュバックする。
 突然抱き止められ、見上げた先に映ったものはこちらを見下ろす純粋に輝く瞳。
 それに、全てを見透かす様なその瞳を見て全身に走った衝撃と、突如として頭の中に流れ込んできたあの映像はいったい何だったのか。

 目の前で静かに佇む男性の後ろ姿。
 ほんの数秒だけ脳内に映し出されただけなのに、その見知らぬ彼の後ろ姿がユウリと重なった瞬間から理解不能な感情が湧き上がってきたのだ。


(私ったら……いったいどうしたのよ……)


 そう頭を抱えてため息をつく。

 これは恋……とは違うと思う。
 自分も年頃の女性であり、そういう感情についてはある程度の理解と知識は持っているつもりだ。だけど、この感覚はそんな世俗的なものとは違うと言いきれる。
 もっとこう……わかりやすい言葉で表すなら……


「……運命」


 無意識に呟いていた言葉に気づき、我に返って頭を何度も横に振る。


(違う違う違う違う違う違う違う!!何を言ってるのよ、私は!!)


 更なる動揺が押し寄せて胸を締め付ける。
 どうかしているんだと自分の感情を否定する事で、必死に冷静さを取り戻そうとしても、心の奥底で何かがそれを許さないとでも主張する様に胸が熱くなっていく。

 私はしばらくの間、この感情との戦いを余儀なくされた。







 部屋にこもってから少しの時間が過ぎた頃、私はその場を立ち上がって視線を上げた。
 いつの間にか、部屋にある窓から月明かりが差し込んでいて、時間がどの程度経過しているのかを認識する。

 あれから彼が私の部屋を訪れてくる事はなく、その理由を想像してみて何故だか胸の奥がチクリとしたが、その理由は今の私には必要がなかった。

ーーー思った以上に手強く厄介な相手なのかもしれない。

 改めてそう感じさせられた。
 無駄に連発する幸運力と今回推測される力の件を考えれば、その答えにたどり着くの妥当なところだろう。
 街ではエルダというギルド長の娘を筆頭に多くの娘たちが彼に声をかけ、その表情を緩めていた。その事から私が導き出した答えは、彼はチャーム( 魅了 )の力を持っているという事だ。意識的なのか無意識なのかはわからないが、彼はその力を使って今回は私を惑わせた。
 でなければ、私があんな感情を対象に抱くはずがない。運命などという馬鹿げた幻想を抱くのは、幸せな家庭に生まれ、箱に入れられて育ったお嬢様くらいだろうから。
 私の様な者が抱くには……

 窓の外に顔を出す。
 暗闇に佇む樹々は静かに眠り、それを見守る様に星々が煌めいている。

 梟は……まだ来ない。
 私の首はまだ繋がっている様だ。組織はミッション失敗との判断はしていないらしい。

 だが、うかうかともしていられないのも事実である。
 いつボスが痺れを切らして別の刺客を送り込んでくるかはわからないからだ。

 それに……

 空を見上げていた視線を足下に落とした。
 自身の目的の達成のためには、こんなところで足踏みはしていられない。早くこのミッションを終わらせて次へ進まねばならない。

 私は顔を上げ、未来を見据える様に真っ直ぐと目の前を見つめていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

どうぞお好きになさってください

みおな
恋愛
学園に入学して一ヶ月。 婚約者の第一王子殿下は言った。 「学園にいる間くらい自由にさせてくれないか。君が王太子妃になることは決定事項だ。だから、せめて学園に通う二年間は、僕は恋がしたい」 公爵令嬢はその綺麗な顔に冷酷な笑みを浮かべる。 「好きになさればよろしいわ」

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

処理中です...