19 / 42
18話 炎の救出劇
しおりを挟む
森を駆け抜けていると砂塵が舞い始め、加えて独特で強烈な臭いに気づいた。
「これはヘルフラワーの痺れ香か……!?」
臭いの原因に気づき、すぐに持っていたタオルで鼻と口を覆う。
ヘルフラワーはランクAの魔物で、この森の深部に生息する植物系の魔物だ。その特徴は長くて無数に生えた触手と、獲物を捉えるために撒き散らす痺れ粉。
基本的にこんな人里近いところには現れないはずなんだが、先日のブラックボアといい、何か森でおかしな事が起きているのではないかと不安がよぎる。
そのまま急いで爆音がした場所へと駆け抜けると、広い場所に出たらしい。
だが、辺りは砂塵と痺れ粉が舞っていて視界が悪く、状況をすぐには把握できない。ヘルフラワーも身を潜めているのだろうか。どこに居るのかわからないため、慎重に気配を探る。
「くそっ……!何が起きてるんだか、この視界じゃわかんないか!」
とっさに家を飛び出してしまったから装備はこの包丁だけだし、それに顔に巻いたタオルも痺れ粉を防ぐには心許ない。このままヘルフラワーの相手をするなら、早めの状況把握と対処が必要だが、この視界ではこちらの部が悪いか。
そう考えて一度引こうとした瞬間、俺の耳に小さく助けを求める声が聞こえてきた。それは痺れ粉で体の自由を奪われつつもなんとか振り絞って出した小さな声だった。
「だ……だれ……か……たす……け……」
か細くも必死さが伝わるその声は、正面の砂塵と痺れ粉が1番濃い場所から聞こえたようだ。よく見てみると、何かが蠢いている影が一瞬だけ窺えた。
おそらく、あの先にヘルフラワーがいて食事を邪魔されないために痺れ粉が大量に撒いているのだろう。このままだと、ヘルフラワーに捕まっているであろう誰かが確実に死ぬ。だが、このまま突っ込めば、俺も無事では済まない。
どうしたものかと考えているところに、ターがやって来た。彼女も自分と同じように布で口と鼻を覆っていて、手には小刀を構えている。
「何が起きているの?」
冷静な問いかけは、この状況を的確に説明しろと言わんばかりの言い方だったが、事は急を要するのでケンカをしている暇はなかった。
「あの先に魔物がいる。ヘルフラワーと言って植物系のAランクの魔物だ。砂埃と一緒に痺れ粉を撒き散らしているから、容易に近づくとこちらも食われる。」
「でも、誰かが捕えられているから引くわけにもいかない。そういう事ね。」
そこまでは伝えていないのに、どうしてわかったのだろうか。
だが、そこまで理解してくれているなら話は早い。
「俺が助けに向かうから、君は援護頼めるか?」
その問いかけに彼女がこくりとだけ頷いた事を確認すると、俺はすぐに駆け出していた。
具体的な打ち合わせもしないまま、会ってまもない相手を信じていいものかーーーまぁ一応は同棲してるけどーーーと疑問もよぎったが、なぜか信頼できる気がしたのだ。
もちろん、そこに根拠はない。ないんだが、反射的にそう感じて体が動いていたのだから、もはや振り返る事は叶わない。俺自身、このまますぐにヘルフラワーと対峙する事になるからだ。
後ろで詠唱を唱える気配がした。
何かしらの援護は来るようだ。
こんな状況なのになぜかそれに安心した俺は、砂塵と痺れ粉が舞う中へと飛び込んでいた。
・
中に入った瞬間、ヘルフラワーの一撃目が視界に飛び込んできた。
こちらの動きを読んでいたのか、ドンピシャのタイミングでの攻撃を俺は横へのステップでかわす。続けて飛んできた触手の横薙ぎに対して体を捻らせてかわし、そのまま相手との間合いを一気に詰めると、悪い視界の中に無数の触手をうねらせて威嚇しているヘルフラワーの姿が確認できる。
もちろん、そのうちの一本に足を取られて、吊し上げられている人の姿も。
(あれは……エルフ?気絶しているな。だが、早く片付けないとまずいか。)
ヘルフラワーの痺れ粉には毒がある。
もちろん、即効性はないのでいきなり死ぬことはないが、吸い続ければ命に関わる事は間違いない。
しかし、早く片付けると言っても、無数の触手をかわしつつあの触手まで辿り着き、あの人を助けて逃げるのは少々骨が折れそうだ。
ヘルフラワーもこちらの出方を待つ様に威嚇しているが、おそらく長期戦はこちらに不利だと理解しているからこそなのだろう。個体差はあるものの、ランクが高い魔物は知恵を持つものも少なくなく、厄介な事にこいつは比較的頭がいい部類に入る様だ。
(援護は……)
そう考えた瞬間、真後ろから俺の体を挟む様にして炎の壁が駆け抜けた。両側から感じられる熱量から、それが魔法であり、かなりの高温である事が理解できる。
その炎の壁は痺れ粉の胞子を燃やし尽くしながら、ヘルフラワーの下へと突進していった。
「ギュオォォォアァァァァァァァァァァ!!!」
大きな爆発と火柱に襲われて、ヘルフラワーが断末魔の様な叫びを上げて退いていく。その拍子に触手が緩み、捕まっていたエルフの体が下へと落ちる。それを見逃さずにしっかりと受け止めた俺は、ヘルフラワーとは別の方向へと駆け抜ける。
援護をお願いしたつもりだったが、撃退したのは彼女の魔法だった。しかも、まさかあんな強力な火属性の魔法を使えるなんて……本当に彼女は何者なんだろうか。
戻り際に浮かんだ疑問。
それを胸に秘めたまま、俺は気絶しているエルフと共にターが待つ場所へと戻るのであった。
「これはヘルフラワーの痺れ香か……!?」
臭いの原因に気づき、すぐに持っていたタオルで鼻と口を覆う。
ヘルフラワーはランクAの魔物で、この森の深部に生息する植物系の魔物だ。その特徴は長くて無数に生えた触手と、獲物を捉えるために撒き散らす痺れ粉。
基本的にこんな人里近いところには現れないはずなんだが、先日のブラックボアといい、何か森でおかしな事が起きているのではないかと不安がよぎる。
そのまま急いで爆音がした場所へと駆け抜けると、広い場所に出たらしい。
だが、辺りは砂塵と痺れ粉が舞っていて視界が悪く、状況をすぐには把握できない。ヘルフラワーも身を潜めているのだろうか。どこに居るのかわからないため、慎重に気配を探る。
「くそっ……!何が起きてるんだか、この視界じゃわかんないか!」
とっさに家を飛び出してしまったから装備はこの包丁だけだし、それに顔に巻いたタオルも痺れ粉を防ぐには心許ない。このままヘルフラワーの相手をするなら、早めの状況把握と対処が必要だが、この視界ではこちらの部が悪いか。
そう考えて一度引こうとした瞬間、俺の耳に小さく助けを求める声が聞こえてきた。それは痺れ粉で体の自由を奪われつつもなんとか振り絞って出した小さな声だった。
「だ……だれ……か……たす……け……」
か細くも必死さが伝わるその声は、正面の砂塵と痺れ粉が1番濃い場所から聞こえたようだ。よく見てみると、何かが蠢いている影が一瞬だけ窺えた。
おそらく、あの先にヘルフラワーがいて食事を邪魔されないために痺れ粉が大量に撒いているのだろう。このままだと、ヘルフラワーに捕まっているであろう誰かが確実に死ぬ。だが、このまま突っ込めば、俺も無事では済まない。
どうしたものかと考えているところに、ターがやって来た。彼女も自分と同じように布で口と鼻を覆っていて、手には小刀を構えている。
「何が起きているの?」
冷静な問いかけは、この状況を的確に説明しろと言わんばかりの言い方だったが、事は急を要するのでケンカをしている暇はなかった。
「あの先に魔物がいる。ヘルフラワーと言って植物系のAランクの魔物だ。砂埃と一緒に痺れ粉を撒き散らしているから、容易に近づくとこちらも食われる。」
「でも、誰かが捕えられているから引くわけにもいかない。そういう事ね。」
そこまでは伝えていないのに、どうしてわかったのだろうか。
だが、そこまで理解してくれているなら話は早い。
「俺が助けに向かうから、君は援護頼めるか?」
その問いかけに彼女がこくりとだけ頷いた事を確認すると、俺はすぐに駆け出していた。
具体的な打ち合わせもしないまま、会ってまもない相手を信じていいものかーーーまぁ一応は同棲してるけどーーーと疑問もよぎったが、なぜか信頼できる気がしたのだ。
もちろん、そこに根拠はない。ないんだが、反射的にそう感じて体が動いていたのだから、もはや振り返る事は叶わない。俺自身、このまますぐにヘルフラワーと対峙する事になるからだ。
後ろで詠唱を唱える気配がした。
何かしらの援護は来るようだ。
こんな状況なのになぜかそれに安心した俺は、砂塵と痺れ粉が舞う中へと飛び込んでいた。
・
中に入った瞬間、ヘルフラワーの一撃目が視界に飛び込んできた。
こちらの動きを読んでいたのか、ドンピシャのタイミングでの攻撃を俺は横へのステップでかわす。続けて飛んできた触手の横薙ぎに対して体を捻らせてかわし、そのまま相手との間合いを一気に詰めると、悪い視界の中に無数の触手をうねらせて威嚇しているヘルフラワーの姿が確認できる。
もちろん、そのうちの一本に足を取られて、吊し上げられている人の姿も。
(あれは……エルフ?気絶しているな。だが、早く片付けないとまずいか。)
ヘルフラワーの痺れ粉には毒がある。
もちろん、即効性はないのでいきなり死ぬことはないが、吸い続ければ命に関わる事は間違いない。
しかし、早く片付けると言っても、無数の触手をかわしつつあの触手まで辿り着き、あの人を助けて逃げるのは少々骨が折れそうだ。
ヘルフラワーもこちらの出方を待つ様に威嚇しているが、おそらく長期戦はこちらに不利だと理解しているからこそなのだろう。個体差はあるものの、ランクが高い魔物は知恵を持つものも少なくなく、厄介な事にこいつは比較的頭がいい部類に入る様だ。
(援護は……)
そう考えた瞬間、真後ろから俺の体を挟む様にして炎の壁が駆け抜けた。両側から感じられる熱量から、それが魔法であり、かなりの高温である事が理解できる。
その炎の壁は痺れ粉の胞子を燃やし尽くしながら、ヘルフラワーの下へと突進していった。
「ギュオォォォアァァァァァァァァァァ!!!」
大きな爆発と火柱に襲われて、ヘルフラワーが断末魔の様な叫びを上げて退いていく。その拍子に触手が緩み、捕まっていたエルフの体が下へと落ちる。それを見逃さずにしっかりと受け止めた俺は、ヘルフラワーとは別の方向へと駆け抜ける。
援護をお願いしたつもりだったが、撃退したのは彼女の魔法だった。しかも、まさかあんな強力な火属性の魔法を使えるなんて……本当に彼女は何者なんだろうか。
戻り際に浮かんだ疑問。
それを胸に秘めたまま、俺は気絶しているエルフと共にターが待つ場所へと戻るのであった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
6
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる