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29話 露天風呂の悲劇

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 ディネルースの提案により、まずはお風呂に入る事になった俺たちは大浴場へとやって来た。


「ここからは別行動だな。それじゃ、また後で。」


 ターとディネルースにそう告げた俺は男と書かれている暖簾をくぐり、脱衣所へと向かう。この時間帯は思ったよりも空いている様で、俺以外のお客は誰もいなかった。
 服を脱いでタオル一枚で浴場へと向かい、洗い場で腰を下ろす。頭と体を洗い流し、まずは内風呂でゆっくりと過ごした。


「あぁ~まじで気持ちいいな。」


 程よい熱さの湯加減があまりにも気持ち良くて、ついつい腹の奥底から声が出てしまう。
 湯気の漂う広い浴場に1人きりなんて、まるで貸し切りみたいじゃないか。そんな特別感に満足しながらゆっくりと浴場内を見渡していくと、目に入ったのは4種類もあるサウナだった。
 よくあるドライサウナに湿式のミストサウナ、備え付けの塩を体に塗って入る塩サウナに、薪を燃やしてロウリュを行うスモークサウナ。定番からサウナの王様まで豪華にも揃えられたラインナップを見れば、全てを試さずにはいられない。
 だが俺は、サウナへの逸る気持ちをグッと抑え込む。その理由はここの露天風呂にあるからだ。旅館イン・ポルカマレはこの街の高い丘の上に建っており、どの部屋からでも絶景が拝める造りとなっている。ここを設計した建築家が1番こだわった部分であるそうで、それはこの大浴場も然りという訳だ。
 皆が言うには、この大浴場から繋がる露天風呂から見る夜景は、まるで宝石を散りばめた様に美しく幻想的であるという。そんな綺麗な夜景ならば、一目でも見てみたいと思うのが人の心というものだろう。

 俺は内風呂の湯船から上がると、腰にタオルを巻いて露天風呂を目指した。

 ドアを開けて外に出ると、気持ちの良い夜風が熱った体を撫でていく。その心地良さに満足しつつ、目の前に広がる露天風呂へと足を踏み入れる。内風呂とは違い、外気に触れたお湯の温度は少し低めだが、これはこれで心地良い。そのまま、1番景色が良さげな場所を見つけると、ゆっくりと歩いていき、静かに腰を下ろして眼下に広がる夜景に感嘆を漏らす。


「たまにはこういうのもありだよなぁ。」

「そうですわね。」


 毎日、街のみんなの為に仕事をしているんだし、たまにはこういうご褒美があってもいいんじゃないだろうか。そんな肯定感を頭に浮かべながら、満足げにお湯を掬って顔を洗ったところで違和感に気づいた俺は、すぐに声がした方へと振り返った。


「ディ……ディネルース!?おま……お前なんでここに!?」


 口をパクパクさせながら、なんとか今の気持ちを声に出してみたが、目の前で気持ち良さそうに湯船に浸かる女はすました顔を浮かべたままだ。


「ここここ……ここは男湯だろ!!早く出ていけって!」

「嫌ですわ。わたくしはユウリ様と入りたいのですから。」


 こちらの気持ちなどまったく意に介さずそう告げるディネルース。そんな彼女を見ていると、嫌な予感しかしないのは俺だけだろうか。

ーーーこの流れはまずい……いつものあれだ……!

 あれだけ釘を刺したから大丈夫だと高を括っていた。旅行だし、周りに人目があるからそんな大それた事はしないだろうと考えていた自分が甘かった。


「ディネルース……わかってんだろうな。こんなところで、お前……」

「わかっております、ユウリ様。わたくしはユウリ様とお風呂を共にしたいだけなのです。」


 そうニコリと笑った彼女の表情を見て確信する。
 こいつはここでも必ずやる……確実に何かしらの毒撃を俺にぶち込んでくるつもりなのだ。わかっていると言ったのはそういう事なのだ、と。
 他の客がいないのは不幸中の幸いか。さすがに一般客まで巻き込むと大問題に成りかねないし……だが、このままディネルースが毒を放って湯船を毒まみれにするのもまずい。絶景が見える露天風呂があの世が垣間見れる地獄風呂となってしまっては、旅館の評判を落としかねないからだ。

 やはり、ここはいつもの様に彼女が毒を使う前に峰打ちするしかない。そうしないと、本当に大変な事になる。
 そう考えた俺は、すぐに立ち上がってディネルースとの距離を詰めたが、ここで思わぬハプニングが発生してしまう。
 この立ち上がった一瞬のうちに、男の嗜みとして腰に巻いていたタオルの縛り方が甘かったのか、それがはらりと落ちかけたのだ。


(や……やべっ!)


 そう思ってとっさに緩んだタオルを手で押さえた瞬間、ディネルースがニンマリと笑い、ここぞとばかりに口から小さな毒矢を飛ばしてきた。
 だが、俺としては広範囲に渡る毒撃ではなかった事にホッとしていた。この程度なら露天風呂にも影響はないだろう。そう考えながら、飛んでくる毒矢を2本の指で軽々と挟んで止め、そのままディネルースへお仕置きを兼ねた一撃を見舞おうと一歩踏み込んだその時だった。
 押さえていたタオルがお湯の重さによってずり落ちてしまい、その状態でディネルースと相対する状態となってしまう。


「あぁぁぁぁ!!!ユウリさまの……あれを……あれを見てしまいましたわぁ!!」


 赤らめた頬を両手で押さえ興奮するディネルース。
 そんな彼女に対して、恥ずかしさで冷静さを失った俺は大声を上げた。


「ディネルーーーーーース!!!!!!!」


 綺麗な夜景に怒りの咆哮と愉悦の混じった断末魔が響き渡った。
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