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第二章 秋人の場合
絶望編 1-9 覚醒
しおりを挟む真っ白な空間。
まるで、白紙に落ちた黒いインクのように、秋人はポツンと1人で座っている。
(ここは…どこだろう)
一瞬だけ、そんなことを考えたが、それもすぐにどうでもよくなった。
(寒い…)
(苦しい…)
ため息をつく。
白い息が目の前で広がり、霧散していく。心が何かにギュゥッと握られていて、今にも潰されてしまいそうだ。
(死にたい…)
そう思って膝を抱えて、頭をうずめる。この苦しさが何から来るのか、秋人は忘れかけている。
全てがどうでもいい。
死んで楽になりたい。
そう心が叫んでいるのがわかる。自分の力ではどうにもできない。弱い自分は、この虚無から逃れる術はなく、ただ、消えていくだけだと。
しかし、そんな秋人の中に、ひとつだけ疑問が残っていた。
ーーーなぜこうなったのか
ーーー誰のせいでこうなったのか
その想いだけは、秋人の奥底で燻り続けていた。それだけは、どうでもいいとは思えずに、心の奥に引っかかっている。
そして、その疑問が少しずつ秋人の心を支配していった。
(なんでこうなった…)
(自分のせいか?)
(いや、違う。では、誰…)
(…思い出せない)
(何が原因で…)
(それもわからない…)
(なんでわからないんだ…)
考えれば考えるほど、疑問が心を支配していく。
(自分は悪くない…)
(何が…誰が原因だ…)
(誰だ誰だ誰だ誰だ…)
頭の中に、誰かの顔が映る。
しかし、はっきりとせず、誰かはわからない。
(誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ…)
ーーー暗い森
ーーーきつねのような魔物
ーーー助けてくれた門番
ーーー湯気の立つ紅茶
少しずつ記憶が蘇りつつあるが、確信に至るものはなく、秋人は少しずつ苛立ち始める。
(誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ…)
頭を掻きむしり、足を両手で叩いて、必死に記憶を辿っていく。
ーーー広いベッド
ーーー温かい食事
ーーー禿げた男と老婆…
(誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ…)
ーーー地下室
ーーー鎖
ーーーメス
そして、秋人の頭の中に、少女の笑う口元が映る。
(こいつだ…)
(こいつのせいだ…)
(こいつが原因で…俺は…)
しかし、顔は全て映し出されておらず、鼻から上には、靄のようなものがかかっている。
(くそっ!くそくそくそくそ!)
秋人は拳で地面を殴る。
(思い出せ!思い出せ!思い出せ!)
そう思考を回転させながら、地面を何度も何度も殴る。その内、拳からは血が滲み始めるが、秋人は構わず地面を殴っていく。
(…だめだ、どうしても…思い出せない)
そのとき、苛立ちの渦に飲み込まれ、自我を失くしかけていた秋人の頭に、突如としてその名前が浮かんだ。
ーーーテトラ・バース
(そうだ…テトラだ)
(テトラ・バースだ…)
その瞬間、ぼやけていた少女の顔がはっきりと映し出された。
狂気に歪んだその顔に、秋人は恐怖と憎悪を思い出す。
(こいつを許さない…)
(こいつは敵だ…)
(このままだと…殺される)
(殺される前に…)
(殺す…)
秋人の心に同調する様に、座っている秋人の周りから、真っ黒な液体のようなものが、音を立てて溢れ出してくる。
(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…)
ゴボゴボと音を立てて、その量と範囲を増やしながら、真っ黒な液体が秋人を飲み込んでいく。
(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…)
辺り一面が、真っ黒な液体で覆い尽くされると、今度は秋人を中心に、それらは収束し始める。
そのまま秋人を包み込み、球体の形となって宙に浮かぶと、黒い球体はパァァァンと弾け飛んで、秋人が姿を現す。
一見、どこも変わったようなところはないが、俯いていた顔を前は向けると、漆黒の目の中に、紅い双眸が光っていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
秋人は、天を仰ぎ、憎悪に満ちた咆哮をあげる。永く響き渡る咆哮に、秋人がいる空間が歪み始め、辺りに亀裂が広がっていく。
そして、秋人が咆哮に力を込めると同時に、空間の亀裂は、一瞬にして粉々に砕け散った。
後には、先程の白い世界とは真逆の、真っ黒い深淵の世界が広がっている。地平線すら見えない世界。
叫び終え、秋人は下を俯いている。
ピクリと指が動いて、ゆっくりと顔を上げる秋人の顔には、狂気に歪んだ笑みが浮かんでいた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
クロスを見送ったテトラは、地下室へと急いでいた。途中で楽しみを邪魔されて、少し苛立ちを覚えているテトラは、早く秋人に会いたくて仕方なかった。
長い廊下を急ぎ歩く。
今度はどんな風に絶望を与えながら、体を調べようかと、おぞましいことを考えて、つい顔が歪みそうになりそうになるのを抑えて、廊下の角を曲がり、いくつかの部屋を通り過ぎて、広間に出る。
地下室への入り口は、広間を通って反対側の塔の下に隠されている。テトラが広間の半分に達した時、それは起きた。
ドォォォォォンッ
爆発音が響き渡る。衝撃波で窓や壁、建物全体が揺れている。離れたところで、建物が瓦解していく音が聞こえてくるのと同時に、バトラがテトラの元にやってきた。
「テッ、テトラ様!申し訳ございません!地下室がある塔が、急に崩れ出しまして!」
それを聞いた瞬間、テトラは塔の方角へと駆け出した。広間を抜けると、薄暗い廊下の先に、明るい光が差し込んでいるのが見える。
崩れた建物と、外との境に到達すると、地下室があった塔の方へと目を向ける。
もはや、塔など跡形もなく崩れ落ち、地下室があった場所から、半径数十メートルに渡り、地面をくり抜いたような窪みがあった。
その窪みの中心に、俯いた秋人の姿を確認する。
(…無事だったようね。しかし、何でしょう。なにか…)
テトラは違和感を感じつつ、歓喜の声を上げて、その異世界人に近づいていく。
「秋人、無事で何よりです!怪我などありませんか?あるならすぐに治します。」
そういいながら、斜面を下り、秋人へ歩み寄るが、秋人は全く反応せず、俯いたままだ。
「…秋人?」
そう声をかけた瞬間、秋人がテトラに顔を向けて、ニヤリと笑った。
テトラは今まで感じたことのない、死神に首を掴まれるような殺気を感じ取った。
冷静沈着なテトラには珍しく、額から一筋の汗が流れ落ちる。
無意識に後ろに後退しつつ、臨戦態勢に入ると、秋人が笑いながら、自分めがけて駆け出してきた。テトラはその行動を冷静に分析する。
(勝てないことは分かっているはず…なぜ、単なる突進?いや、様子を見るか。)
そう思い、殴りかかってくる秋人を軽々とかわせるタイミングで、後ろにステップをとった瞬間、
ドゴッ
秋人のストレートが、テトラの右頬にクリーンヒットする。
(なん…だと?)
テトラはそのまま数メートルほど、後ろに飛ばされるが、混乱しながらもすぐに受け身をとった。
そして、先ほどから感じていた違和感の正体に気づく。
(魔氣をコントロールしているのか…今までの違和感は、殺気ではなく、これだったか。)
そう考えているテトラに対して、秋人がゆっくりと体制を戻しながら、視線を向けて一言告げる。
「お前ら、殺してやるよ。」
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