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第二章 秋人の場合
絶望編 1-10 殺意
しおりを挟む「殺してやる。」
そう告げて、まっすぐと殺気に満ちた目を向けてくる秋人に、テトラは笑みをこぼす。
「フフフ。いいですねぇ、その目。怒り、憎悪、怨嗟、怨恨、そして…悲しみ。いろんな感情が、ぐちゃぐちゃに混ざり合って、とても綺麗な深淵に染まっていますね。」
ニッコリと笑みを向けるテトラに、秋人は苛立った様子を見せるが、頭をボリボリと掻いているだけだ。
(挑発に乗ってこないか。意外に冷静なのね。)
テトラは再び秋人へと声をかける。
「まさか、あなたが魔氣をコントロールできるようになるなんて、予想していませんでした。どうでしょう?今までのことは水に流して、今後は協力していくというのは。」
その言葉を聞いた秋人は、頭をピクリとさせた。
「…協力…?」
「そうです。協力です。」
「…水に…流せ…と?」
「今までのことはお詫びしますよ。これからは対等な立場で。」
沈黙する秋人を、テトラはじっと見据える。
予想していなかった幸運だ。まさか、魔氣をコントロールできる異世界人を、手に入れることができるとは…。
純血だ。
純粋なる異世界人。
絶対に手に入れなければ。
計画のためには、こいつが絶対に必要だ。
「…お前、本音が顔から漏れてるぞ。」
秋人の指摘に、テトラは口元に手を当てる。無意識に笑みが溢れてしまったようだ。秋人を懐柔して、楽に事を進めるつもりだったのに。
「私ったら、いけないですね…」
そう言って口元から手を下ろし、やれやれと両手を上げる。
「私のものになってくれないかしら…気持ちいいことも追加してあげますよ?」
そう秋人へ声をかけるが、秋人は黙ったままテトラを見据えているだけだ。冷やりとした風が、両者のあいだを駆け抜けていく。
少しの沈黙の後、テトラは口を開いた。
「交渉決裂ですか…はぁ、仕方ないですね。」
そう告げた瞬間、秋人の後ろから二つの影が飛び出した。
秋人向かって襲いかかる二つの魔物。
一つは、熊のようなワニのような獣の顔に、建物の柱ほどもある太い腕。体の筋肉は、はち切れそうなくらい大きく盛り上がっており、避けた服の破片が、その様を物語っている。
もう一つは、両手に鎌があり、細くひ弱に見える体には、しなやかな筋肉が備わっており、蟷螂のような顔をしている。
両者は秋人の死角に隠れ、テトラからの合図を待っていたのだろう。気付かれぬよう音すら立てずに飛びかかり、秋人の無力化を目指す。
が、2体の魔物が、秋人に接触するかと思われた瞬間、
ボシュッ
生々しい音を立てて、2体の魔物は血飛沫だけ残して消え去ってしまった。
テトラは、その光景に目を見開いた。
取り残された血飛沫が、撒かれた水のように地面へと落ちる。
(なんだ!?何が起こったのだ!)
それは、テトラにすら理解できなかった。
2人の従者が、一瞬にして消し殺された。両方とも、実力は折り紙付であるはずだ。蟷螂、いや、執事のスチュワートは、弟のクロスに圧倒されてはいたが、あれはクロスが規格外なだけ。
しかもだ。
秋人は2人を見ることすらしなかった。飛びかかる2人に、対応する素振りすらなく、消し去ったのだ。
カラクリがわからない。こんな能力見たことも聞いたこともない。クラージュなどの四賢聖の奴らでも、こんな力を使うことはなかったはずだ。
テトラは、背中に冷たいものが落ちていくのを感じていた。
(異世界人…とんでもないものを目覚めさせてしまったか…)
それと同時に、笑いが込み上げてくる。
未知の力だ。手に入れれば、計画の執行はもとより、世界を手にできるほどの力。
それが目の前にあるのだ。
テトラは冷静になり、秋人へと声をかける。
「秋人。やはり、手を組みましょう。私にはあなたが必要なことが、よく分かりました。」
その言葉に、秋人は反応しない。
「その力。使いこなせるように、私が知識を授けます。それができれば、あなたはこの世界で、四賢聖すらをも超える、唯一無二の存在になれるはず。」
「…四賢聖?」
「そうです。いるのですよ、この世界には。理不尽な暴力を手に、弱者を痛めつける痴れ者が。」
秋人はテトラの言葉に、少し考えた素振りを見せる。
「賢聖というのならば、英雄的な存在なではないのか?」
「…皆、勘違いをしているのです。歴史では、四賢聖は大戦を収め、世界に安寧をもたらしたと言われていますが、それは奴らとそうすることが都合の良い者たちの虚言なのです。」
「…」
「私の家族も、その大戦で死にました。奴らは、大戦を収めるために多くの罪のない者たちを手にかけたのです。」
テトラは、秋人を見つめたまま、涙を流す。家族を思い出し、殺された悔しさを吐き出し、賢聖たちへの恨みを綴っていく。
無言でそれを聞いている秋人は、テトラの言っていることが理解できなかった。
あれだけのことを自分にしておいて、仲間になろうなどと、どの口が言うのだろう。
人は皆そうだ。
都合の良いことを並べて、近づいてきて、利用して、いざ都合が悪くなると手のひらを返したように、切り離す。そして、影で指をさして、人の事を笑うのだ。
この世界の人間も、元の世界の奴らと一緒なんだ。こいつはもとより、誰1人として信用できない。
お前の家族が死んだことなど、今は関係のないことだ。というか嘘であろう。
四賢聖とかもどうでもいい。
自分が感じた心の痛み、絶望感、それら全てをテトラに味合わせてやりたい。
秋人の頭には、それしかない。真っ黒な憎悪が、心を埋め尽くし、頭の中にこびりついたように離れない。
「…ですから秋人。私とともに参りましょう。」
そう言って手を差し出すテトラに対し、秋人は一言だけ告げる。
「言いたいことはそれだけか?」
それを聞くと、テトラは秋人を少しの間だけ見つめ、面倒くさそうに舌打ちをした。
「はぁ~、やはり無理があったなぁ。持ったこともない家族の死など、語るものではないな。秋人、もう色々言うのはやめにします。ここからは、ただ単純に純粋にあなたを求め、手に入れることに徹しますね。」
そう言って、着ていたドレスの後ろに備わっていたフードを被る。鼻元まで隠れて、もはや口元しか見えなくたったテトラは、その口元を歪ませた。
(能力がわからない以上、一気に畳みかけるしかないな。)
ゆらりと横に倒れるような仕草をすると、テトラの姿が見えなくなった。
しかし…
秋人は、ゆっくりと視線を右に動かして、右手を大きく振りかぶる。今まで格闘技などしたことがない秋人にとって、ど素人丸出しの一撃だった。
にも関わらず、バキッという音がして、テトラの頬に、再び秋人の右ストレートが直撃する。
「なっ…なぜだ?」
数メートル吹き飛ばされ、受け身を取りながら、テトラは驚きを隠せずにいた。
自分は虚をついたつもりだった。なのに、秋人の動作に、合わせるような形で、右ストレートに引き込まれていったのだ。
「どうして?って顔だな。ハハハ。」
そんなテトラを、秋人はニヤリと笑う。
「なんかさ、あんたの動きは全部手に取るようにわかるんだよね。この辺に来るなぁ、とか。」
打った右拳を開いて、その場でプラプラと手を振りながら、秋人は話を続ける。
「あとさ、すごい遅いよ、あんた。近づいてきたら、全部わかるよ。まるで亀みたいだね。」
(…動きを読まれているのか。しかし、スピードは…わからん。なぜ奴に捕捉されるのだ。)
「しっかしさ、人なんて殴ったことないから、右手が痛くて仕方ないな。」
そう言って秋人は、再び右手を握りしめる。そして、テトラへゆっくりと視線を向ける。
「まぁ、そんなことはどうでもいいよ。それよりさ、俺は一つだけ、決めてることがあるんだよね。」
光の消えた瞳で、テトラを見据え、秋人は低い声で呟いた。テトラは、憎悪に満ちた視線に、唾を飲み込む。
風が2人の間を駆け抜ける。
気づくと、足が後ろ一歩下がっている。テトラが、自分の無意識の動作に驚くのと同時に、秋人がテトラに向かって言い放った。
「お前は、苦しませて、俺が殺す。」
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