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第一章 イクシードの女の子
閑話 ラルの悩み
しおりを挟む俺の名前はラル。
肉屋のサムの息子、ラルだ。
ソフィアと同い年で幼馴染みでもあり、そして、最近ソフィアの事で悩んでいる。
あいつの家は街の外れにあるから、俺の店からは遠い。だけど、小さい頃からアルとジーナに連れられて街に来ていたソフィアと、よく一緒に遊んでいた事もあって、あいつの事はよく知っているつもりだ。
ソフィアはとてもお淑やかな気の弱い女の子だった。
虫や動物なんか全然ダメで、触ることさえできない。だから、いつも俺が守ってやっていたんだ。
イクシードの兄妹の中で一番弱虫なソフィア。ジーナだって女だけど、けっこうやんちゃな性格をしているのに。あのジルおじさんの娘とは到底思えないほど、泣き虫で弱虫なのに。
だけど、あの事件があってから、あいつはどこか変わっちゃったんだ。そう…豊穣祭のベスボル大会で、頭にボールを受けてから。
無事だったと聞いてホッとしたけど、今までのお淑やかさはどこへやら…まるで男にでもなったみたいに性格が変わっちゃった。
今まで触れなかった虫や動物をホイホイと掴み上げるし、大人といる時以外は言葉遣いも少し男っぽい。
もっと言えば、ベスボルをしたいとわがままを言ってジルおじさんによく怒られている。それでも諦め切れないのか、最近はよく街のグランドに来て、他の子供たちがベスボルをやっているのを楽しげに眺めている。
いったい、ソフィアに何があったんだろう。
元気に過ごしてるからそれはそれでいいんだけど、なんだか別人みたいに思えて不安になる。
父さんに聞いてみても「元気があっていいじゃないか。」って笑ってるだけだし…母さんも特に気にしてはいないみたい。
だから、あいつがうちに買い物に来た時に、直接聞いてやったんだ。
「ソフィア!お前は誰だ!」
俺の言葉に、目の前の幼馴染みは首を傾げている。
そして、何かに気づいたように笑いかけてきた。
「ラル…今、自分で言ったじゃない。ソフィアはソフィアだよ。」
「そ…そうじゃなくて…」
その笑顔に見惚れて動揺した俺に、ソフィアは再び笑いかけると、ニーナと帰っていってしまった。
結局はぐらかされた。でも、やっぱり諦められない。あいつは本当にソフィアなのか?俺が守ってやっていた幼馴染みなのか?ソフィアはソフィアだけど、本当にあれは俺が知るソフィアなのか?
よくわからなくなってきたから、それを解決する為に別の作戦を考えることにした。
数日後、俺はソフィアの家を訪れた。
「あら、ラル。どうしたの?そんな荷物背負って…」
「ニーナおばさん、こんにちは!ソフィアはいますか?」
聞けば、家の手伝いで近くの川へ水汲みに行っているそうだ。ニーナおばさんに礼を告げ、俺は川へと駆け出した。
少し行くと、木組みの容器に水を汲むソフィアの姿が見えて、つい口元が緩んで笑みが溢れた。
「あれ…?ラルじゃん。どうしたの?その荷物…なに?」
俺に気づいて、少し驚いた様にこちらを見るソフィアに、乱れた息を整えながらこう告げる。
「ハァハァ…ソフィア…俺と…ベスボルで勝負しろ!」
「え…?」
ソフィアは驚いていた。
だが、そうでなくては意味がない。驚いてもらわなくちゃ…。人間、思いもよらない出来事が起きた時に本音や本性が出ると、前にアルから聞いた事があるからな。
さぁ、なんて答えるんだ?ソフィア!
だけど、俺の目論みは失敗に終わる。ソフィアはすぐに笑みを浮かべ、目を輝かせて俺に駆け寄ってきたからだ。
「いいよ!やろうやろう!ベスボルで勝負!楽しそう!」
作戦の失敗を悟って呆然としていると、彼女は遠慮なく顔を近づけてきた。
なんなんだ、こいつ!やっぱりおかしい!こんなのソフィアじゃない!
「どうするどうする?"私"さ、一回しか打席に立った事ないんだよね!ラルが投げてくれる?それとも、私が投げた方がいいかな?ねぇねぇ!!」
「ち……近ぇよ!あぁ、もう!なんなんだお前は!」
ソフィアの勢いに我慢できず、俺は彼女を払い除ける様に距離を取ったが、ソフィアはそんな事は特に気にしておらず、目を輝かせて俺の言葉を待っている。
その様子に俺は小さく舌打ちをした。
「はぁ…そんな事言われなくても、今からやるよ!交互に投げ合って打つ。場所はあそこの広場だ。」
俺が指差してそう告げると、ソフィアはさらに目を輝かせて頷いた。
広場に移動すると、俺は持っていた袋から道具を出す。
ベスボル用のバットにボール、それとSゾーン簡易構築具。誕生日に、俺が父さんから買ってもらった子供専用ベスボル道具一式だ。
道具を見て目を輝かせるソフィアをよそに、俺はボールを手に取ると、それをソフィアに手渡した。
「まずはお前が投手な…そんで俺が打つ。終わったら交代だ。相手を抑えるか、ヒット級の打球を打てば1ポイント。2ポイントの差がついたら勝負アリだ。いいな!」
ソフィアは受け取ったボールを眺めて、さらに目を輝かせてた。
「何これ…穴があるね!一年前にも見て疑問だったんだぁ!」
こう言うの…なんて言うんだっけ?水を得た…魚?…ったく、喜び過ぎだ。こいつの頭、本当にどうなってんだよ。
そう呆れ返りもしたが、そもそもここに来たのは、ただソフィアと勝負しに来たわけじゃない。ちゃんと計画を立ててここに来たんだ。
「ソフィア、一つ約束しろ!」
さすがのソフィアも、俺の様子が変わった事に気づいたようだ。ボールを見ていた目をこちらに向ける。
「俺が勝ったら、俺の質問に正直に答えるって!」
ソフィアは少し考えるように視線だけを斜め上に向け、すぐに俺を見て面白そうに笑った。
「いいよ!でも、私が勝ったら?ラルは何をしてくれるの?」
「…えっ!?何って…それは……その…」
ソフィアは腕を組んで俺を見ている。
しまった…考えてなかった。
そもそも、負けるなんて考えてなかったし……
…って、そうだ!負けるはずなんてないんだ!俺がソフィアに…女に絶対に負けるはずなんてない!
「へっ!俺は絶対に負けないもんね!負けたらお前の言う事をなんでも聞いてやる!」
それを聞いたソフィアは、ニマァッと笑って「約束ね。」と告げた。
ソフィアはマウンドに立っている。
何やら地面を蹴って窪みを作っているようだが、俺にはあいつが何をしているのか理解できなかった。
…と、勝負の前にSゾーンを準備しないとな。
そう考えて手に持っていた構築具を起動すると、魔力で構築された長方形の枠が姿を現し、それは自動で自分の位置を調節し、程よい位置で動きを止めた。
「ソフィア!こっちはいつでもいいぞ!お前のタイミングで投げて来い!」
ソフィアは未だに地面を蹴りながら、その言葉に手を挙げて返事をする。
あいつ、さっきから何をしてんだ…訳わからん。だけど、なんだかさっきまでと雰囲気が違うのは気のせいだろうか。なんだか殺気立ってる…?あのソフィアが…?
疑問に思いつつ、手に持つバットで何度か素振りをしていると、ソフィアから準備ができたと声がかかる。
俺はSゾーンの前に立ち、バットを構えて大きく叫ぶ。
「どっからでもかかってきやがれ!」
ソフィアはそれを聞いて、興奮隠さずに目を輝かせ鼻息を荒くした。
「ラル!勝負だねぇ!!」
ソフィアはボールを持ったまま、両手を大きく振りかぶる。そして、右足を前に出し、左膝を腰の位置まで上げると同時に、胸の位置に両手を下ろした。
一瞬、ソフィアの瞳が2色に輝いた気がしたが、その堂々とした姿にすぐに目を奪われてしまった。
ソフィアはそのまま腰を前方に少しずらし、ゆっくりと重心を移動する。そして、右足を大地を力強く握りしめるように蹴り出し、左足を大きく前に踏み出しながらこう笑った。
「いっけぇぇぇぇぇ!!!!」
その瞬間、ソフィアの手元からまるで砲撃を放ったかのような剛速球が投げられ、俺の目の前を一瞬で通過していったのだ。ボールは轟音と共に俺の後ろの大木にぶつかり、枝葉を揺らす。
Sゾーンはストライクの判定を示しているが、理解が追いついていない俺の耳に、その知らせは届かない。
は………?な……なんだ今のは…?
声にならず、驚く俺にソフィアはこう笑った。
「バァーン!スッッットラァァァイク!」
嬉しそうに飛び跳ねて喜んでいるソフィア。
その姿を見て、俺は思った。
こいつは…本当にソフィアじゃないんじゃないか、と。
そして、こうも誓った。
約束を…絶対守らせてやる、と。
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