9 / 36
8
しおりを挟む
退室してすぐ、ヒルデバルドは近くの一室へと、私を誘導した。
ヒルデバルドが後ろ手で扉を閉めた途端、私はへなへなとその場に崩れ落ちた。気丈に振る舞っていたが、限界だった。涙が流れ、視界がにじむ。
聞いていた話と全然違う。歓迎どころか、身の危険すら感じた。
「大丈夫ですか」
そっとハンカチーフを差し出してくるヒルデバルドの手を拒絶した。
「大丈夫なんかじゃないわ!! 私はこんな目にあうために、ここに来たんじゃない」
泣きながら非難するが、ヒルデバルドは無言で聞いている。
嗚咽を漏らし泣きじゃくった。
「でも一つだけ、あの人は良いことを言った。私のことは興味がないって。好きにしていいということだわ。だったら簡単よ、私をオウルの森へ帰して!!」
あの場で一番の権力を持つディオリュクスが皆の前で言ったのだ。だったらもう私は不要だということだ。彼の気の変わらぬうちに、さっさと帰るに限る。
「残念ですが、それはできません」
だがヒルデバルドは大きく首を横にふる。
「どうして!?」
頭に血が上り、思わずつかみかかる。だが彼の胸を力いっぱい叩いても、日頃鍛えているのだろう、私の力ではびくともしない。
「今のディオリュクス王は、混乱しているのだと思います。今のリーン様同様に。それに周囲が許すはずがありません」
「じゃあ、私はここにきて、なにをする使命があるの? なんのために来たの? 教えてよ!!」
こらえていた想いを、ヒルデバルドにぶつける。
彼の胸を何度も叩く。彼は拒否することなく、受け止め続けた。
やがて私の方が力尽きた。髪を振り乱し、泣き疲れて目は痛いし最悪だ。
「授かった神託の細かい部分は、王だけが耳にしております。いつか、教えていただける日がくるでしょう」
なにを呑気に言うのか。そんなわけないでしょう。
肉体的にも精神的にも疲れてしまい、返事をするのも嫌になる。
ようやく大人しくなった私をヒルデバルドは一室に案内した。
「ここはリーン様のお部屋になります」
広い部屋に豪華な調度品が設置されている。だが、なんの感情も浮かんでこない。ヒルデバルドは私を部屋に案内すると、すぐにどこかへ消えた。
部屋のベッドに倒れ込む。柔らかなシーツの感触にせっけんの香りがした。
本当に疲れた……。
これから先、私はどうなってしまうのだろう。暗い気持ちになり、瞼を閉じた。
* * * * *
最悪なディオリュクスとの謁見から三日が過ぎた。私はまだ城に滞在している。
特になにをするでもなく、起きて食事をとり、そして寝るだけの日々。
いったい、なぜここにいるのだろう。
世話をしてくれるメイドたちも注意されているのか、私と必要以上に会話しようとする者はいなかった。ただ生かされているだけの生活。
豪華な部屋だが、どこか物足りない。壁に飾られている絵画に、数々の高そうな調度品。
ああ、花がないのだ、この部屋には。
森では常に自然に囲まれていたから、どうしても草花が懐かしく思える。
この城に来て以来、ずっと部屋にいるので、嫌でも考えてしまう。
きっと、周囲も私の扱いに困っているのだろう。本来ならディオリュクスの保護を受ける存在が、彼が私のことを拒否したのだから。
だったら、もう一度ディオリュクスに頼み込んでみようか。
私を帰してくださいって。
……だけど、それは現実的じゃない。
彼の冷たい視線を思い出すと、身震いがする。そもそも彼と接する機会がないし、会いたいとも思わない。この部屋に籠って三日が過ぎ、毎日やることがなさすぎて精神的にも限界がくる。
窓辺に立ち、外を見る。
天気が良いのに、私の心はちっとも晴れない。もしや、このままこの部屋で飼い殺しなのだろうか。
深くため息をついた。
ダメだ、このままでは気持ちが落ち込んでしまってよくない。大きく首を振った。
まずはこの部屋から出て、行動範囲を広げてみよう。
誰かから咎められたって、知るもんか。それぐらいの自由はあってもいいはずだ。
部屋の扉を開けそっと顔を出すと護衛が一人、脇に立っていた。私の行動を見張っているのだろう。
だが、首を上下に揺らしていた。しかも器用なことに、立ったまま眠っていることに気づいた。私が外に出ることはないと、思い込んでいるのかもしれない。
これはチャンスだわ。
私は無言で部屋から一歩、外へ出た。音をたてないように慎重に扉を閉める。
まさか私がみずから部屋から出るとは、想像していなかったのかもしれない。だから安心して気が緩んでいるのだろう。
このまま私の好きにさせてもらうわ。
そのままゆっくりと廊下を歩き始めた。背後の護衛など、気にしていられない。
廊下の角を曲がり、こっそり顔を出して部屋の前を見ると、まだ護衛は気づいていない。安堵して胸をなでおろした。
広い城、いくつもある部屋数、自分がどこを歩いているのか見当もつかない。そもそも私はどこへ向かっているの? あてもなく城内をさまよう。
重厚な造りの豪華な城なのだが、冷たさを感じる。
そうしてどこをどう歩いたのか、ホール状になった広い空間にたどりついた。壁紙はワイン色でアンティーク調の燭台が並ぶ。そして高い天上から吊るされたシャンデリア、壁一面には肖像画が飾られている。
肖像画の前に立ち、一枚ずつ確認する。どうやらかなり昔の作品もあるみたいだ。だが色あせることなくこの状態を保っているのを見ると、保存方法がいいのだろう。
こうやって見ると王族は美形が多いことがわかる。あと金髪。そして一枚の肖像画の前で足が止まる。
そこに描かれていたのは、長い金の髪を巻いて高く結い上げている女性。大きな瞳はまるで宝石のように輝き、白い肌に赤く色づいた頬。目の覚めるような青いドレスを身にまとい、ソファに持たれかかっている。こちらに向かってにっこりと微笑む姿は、この世の美をすべて凝縮したような美しさだ。
だが、ふと気づく。先日会った、ディオリュクスに似ていると――。
思い出したくもない人物が脳裏に浮かぶ。
だが、肖像画の中の女性の美しさから目が離せない。その魅力に惹きつけられる。
だから、気づかなかった。人が近づいてきたことに。
「誰の許可を得て、ここに入っている」
背後から声が聞こえて、ビクッと肩を揺らす。心臓がドクドクと脈を打ち、息を呑む。
この声はまさか――。
背中を嫌な汗が流れ始めた。振り返りたくても、怖くて動けない。私の耳に絨毯を踏みしめる音が響く。いよいよ近づいてきた足音に、観念して顔を向けた。
真正面から対峙して、息を呑む。
今一番、会いたくない人物、ディオリュクス本人だった。
ヒルデバルドが後ろ手で扉を閉めた途端、私はへなへなとその場に崩れ落ちた。気丈に振る舞っていたが、限界だった。涙が流れ、視界がにじむ。
聞いていた話と全然違う。歓迎どころか、身の危険すら感じた。
「大丈夫ですか」
そっとハンカチーフを差し出してくるヒルデバルドの手を拒絶した。
「大丈夫なんかじゃないわ!! 私はこんな目にあうために、ここに来たんじゃない」
泣きながら非難するが、ヒルデバルドは無言で聞いている。
嗚咽を漏らし泣きじゃくった。
「でも一つだけ、あの人は良いことを言った。私のことは興味がないって。好きにしていいということだわ。だったら簡単よ、私をオウルの森へ帰して!!」
あの場で一番の権力を持つディオリュクスが皆の前で言ったのだ。だったらもう私は不要だということだ。彼の気の変わらぬうちに、さっさと帰るに限る。
「残念ですが、それはできません」
だがヒルデバルドは大きく首を横にふる。
「どうして!?」
頭に血が上り、思わずつかみかかる。だが彼の胸を力いっぱい叩いても、日頃鍛えているのだろう、私の力ではびくともしない。
「今のディオリュクス王は、混乱しているのだと思います。今のリーン様同様に。それに周囲が許すはずがありません」
「じゃあ、私はここにきて、なにをする使命があるの? なんのために来たの? 教えてよ!!」
こらえていた想いを、ヒルデバルドにぶつける。
彼の胸を何度も叩く。彼は拒否することなく、受け止め続けた。
やがて私の方が力尽きた。髪を振り乱し、泣き疲れて目は痛いし最悪だ。
「授かった神託の細かい部分は、王だけが耳にしております。いつか、教えていただける日がくるでしょう」
なにを呑気に言うのか。そんなわけないでしょう。
肉体的にも精神的にも疲れてしまい、返事をするのも嫌になる。
ようやく大人しくなった私をヒルデバルドは一室に案内した。
「ここはリーン様のお部屋になります」
広い部屋に豪華な調度品が設置されている。だが、なんの感情も浮かんでこない。ヒルデバルドは私を部屋に案内すると、すぐにどこかへ消えた。
部屋のベッドに倒れ込む。柔らかなシーツの感触にせっけんの香りがした。
本当に疲れた……。
これから先、私はどうなってしまうのだろう。暗い気持ちになり、瞼を閉じた。
* * * * *
最悪なディオリュクスとの謁見から三日が過ぎた。私はまだ城に滞在している。
特になにをするでもなく、起きて食事をとり、そして寝るだけの日々。
いったい、なぜここにいるのだろう。
世話をしてくれるメイドたちも注意されているのか、私と必要以上に会話しようとする者はいなかった。ただ生かされているだけの生活。
豪華な部屋だが、どこか物足りない。壁に飾られている絵画に、数々の高そうな調度品。
ああ、花がないのだ、この部屋には。
森では常に自然に囲まれていたから、どうしても草花が懐かしく思える。
この城に来て以来、ずっと部屋にいるので、嫌でも考えてしまう。
きっと、周囲も私の扱いに困っているのだろう。本来ならディオリュクスの保護を受ける存在が、彼が私のことを拒否したのだから。
だったら、もう一度ディオリュクスに頼み込んでみようか。
私を帰してくださいって。
……だけど、それは現実的じゃない。
彼の冷たい視線を思い出すと、身震いがする。そもそも彼と接する機会がないし、会いたいとも思わない。この部屋に籠って三日が過ぎ、毎日やることがなさすぎて精神的にも限界がくる。
窓辺に立ち、外を見る。
天気が良いのに、私の心はちっとも晴れない。もしや、このままこの部屋で飼い殺しなのだろうか。
深くため息をついた。
ダメだ、このままでは気持ちが落ち込んでしまってよくない。大きく首を振った。
まずはこの部屋から出て、行動範囲を広げてみよう。
誰かから咎められたって、知るもんか。それぐらいの自由はあってもいいはずだ。
部屋の扉を開けそっと顔を出すと護衛が一人、脇に立っていた。私の行動を見張っているのだろう。
だが、首を上下に揺らしていた。しかも器用なことに、立ったまま眠っていることに気づいた。私が外に出ることはないと、思い込んでいるのかもしれない。
これはチャンスだわ。
私は無言で部屋から一歩、外へ出た。音をたてないように慎重に扉を閉める。
まさか私がみずから部屋から出るとは、想像していなかったのかもしれない。だから安心して気が緩んでいるのだろう。
このまま私の好きにさせてもらうわ。
そのままゆっくりと廊下を歩き始めた。背後の護衛など、気にしていられない。
廊下の角を曲がり、こっそり顔を出して部屋の前を見ると、まだ護衛は気づいていない。安堵して胸をなでおろした。
広い城、いくつもある部屋数、自分がどこを歩いているのか見当もつかない。そもそも私はどこへ向かっているの? あてもなく城内をさまよう。
重厚な造りの豪華な城なのだが、冷たさを感じる。
そうしてどこをどう歩いたのか、ホール状になった広い空間にたどりついた。壁紙はワイン色でアンティーク調の燭台が並ぶ。そして高い天上から吊るされたシャンデリア、壁一面には肖像画が飾られている。
肖像画の前に立ち、一枚ずつ確認する。どうやらかなり昔の作品もあるみたいだ。だが色あせることなくこの状態を保っているのを見ると、保存方法がいいのだろう。
こうやって見ると王族は美形が多いことがわかる。あと金髪。そして一枚の肖像画の前で足が止まる。
そこに描かれていたのは、長い金の髪を巻いて高く結い上げている女性。大きな瞳はまるで宝石のように輝き、白い肌に赤く色づいた頬。目の覚めるような青いドレスを身にまとい、ソファに持たれかかっている。こちらに向かってにっこりと微笑む姿は、この世の美をすべて凝縮したような美しさだ。
だが、ふと気づく。先日会った、ディオリュクスに似ていると――。
思い出したくもない人物が脳裏に浮かぶ。
だが、肖像画の中の女性の美しさから目が離せない。その魅力に惹きつけられる。
だから、気づかなかった。人が近づいてきたことに。
「誰の許可を得て、ここに入っている」
背後から声が聞こえて、ビクッと肩を揺らす。心臓がドクドクと脈を打ち、息を呑む。
この声はまさか――。
背中を嫌な汗が流れ始めた。振り返りたくても、怖くて動けない。私の耳に絨毯を踏みしめる音が響く。いよいよ近づいてきた足音に、観念して顔を向けた。
真正面から対峙して、息を呑む。
今一番、会いたくない人物、ディオリュクス本人だった。
56
あなたにおすすめの小説
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。
待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる