孤高の王は異世界からの落ち人に愛を乞う

夏目みや

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 予想した通り、ディオリュクスが気だるげにその場にたたずんでいた。
 私はゴクリと唾を飲むと、頭を下げた。

「素晴らしい花々、ありがとうございます」

 花が欲しいと希望したけれど、まさか中庭を埋め尽くすほどだと想像しておらず、驚いた。それと同時に、彼の巨大な権力を嫌でも見せつけられる。

 彼にとって、こんな事はただ命令すればいい簡単なことなのかもしれない。これぞ、絶対的王者の証。
 まざまざと見せつけられ、変な気分だ。私とは規模が違うのだと感じる。
 ディオリュクスのことは正直、苦手なのは変わっていない。
 だが、目の前に広がる光景に罪はない。綺麗な景色に素直に感動する。

 朝露に光る花々を見て、朝から清々しい気持ちになり、自然と微笑んだ。

「お前はこんなものでいいのか」
「ええ。とても素敵です」

 鼻で笑い、どこか呆れを含むディオリュクスの態度も気にはならない。

「こんな花より、なんでも叶えると言うのなら、俺なら迷いなく外に出せと言うがな」

 えっ……!?

 聞こえてきた言葉に耳を疑う。

 勢いよく顔を向けた。

 その可能性は考えてもいなかった。もし、花ではなく私がそれを望んだのなら、叶えてくれたというの?

「え、では――」

 私もチャンスがあれば出られるのですか?
 焦りから声が震える。

 今後、またなにかでディオリュクスに貸しを作ることがあって、報酬を聞かれたら、その時こそ、私は森へ帰ることを希望しよう。

 そしたら私の願いを叶えてくれるの? 
 王の名に懸けて誓ってくれるのだろうか。

 消えかけていた希望の光が見えてきた気がする。興奮を隠し切れず、頬が赤くなる。

「いつかはここから出れることが――」

 あるのですか?

 期待を込めた目で見つめ、続く言葉を投げかけようとする。

「出さないがな」
「えっ……」

 だがさえぎられた言葉に絶句する。出してもいいようなこと、言っていたじゃない。ただのあなたの気まぐれで、ここに閉じ込められているだけでしょう?

「でも、あなたは私のことなど、どうでもいいと……」
 
 最初にそう言ったじゃない。私は覚えている。心臓がドクドクと脈を打ち、言葉がうまくまとまらない。

「気が変わった」

 はっきりと私の目を見て、ディオリュクスは宣言した。

「――出さない」

 希望が出たように見せかけて、この仕打ち。頭に血が登り、首からカーッと熱くなる。遠慮せず彼をにらむ私に、相手は不敵に微笑む。

「俺は自分の所持品が、誰かにどうこうされるのも、指示されるのも嫌いな性質(タチ)だ。どうしても出して欲しければ、納得させろ。周囲の人間もそうだが……」

 そこでグイッと顎を掴まれ、突然だったので痛みに顔をしかめた。

「一番には俺を納得させてみろ」

 身長差のせいか、体勢がきつい。だがひるまずに彼と対峙する。
 どこで私に対する感情が変わったの?

「側にいろ、俺の」
「側……?」

 ぼんやりと聞き返す。するとディオリュクスは喉の奥からクッと笑う。

「お前を離さないと決めた」

 言われた瞬間、目を見開いた。

 彼は私を真っすぐに見据えている。瞳の奥には、私に対する興味の色が浮かんでいることを察した。直視できなくて、反射的にサッと逸らす。

「どうした?」

 ディオリュクスは口端をわずかに上げて笑う。
 静かに指が伸びてきた。そして彼から噛まれた唇の傷を、そっと指でなぞった。優しく往復するので、触れられた箇所が熱くなる。

 ディオリュクスの端正な顔だち、私を射抜くように見つめる蒼い瞳。絡められ、視線が逸らせない。やがてゆっくりと近づいてきた端正な顔は、静かに口づけを落とした。

 いきなりだったので、驚いて腰を引いた。だがいつの間にか腕が回され、強い力で抱きしめられた。
 口内に侵入してくるディオリュクスに抗おうとしても、容赦ない。手に力を込め、ディオリュクスの胸を叩いて抗議すると、ようやっと力が緩んだ。

 私を見つめる視線から欲情の色を感じ取り、頬が赤くなった。

「な、なにを急に……!!」

 私の意見を無視する、一方的な行為は非難するべきだ。それに私を離さないって、どうして急に変わったの?

 ディオリュクスは私の腰に回した腕に、ギュッと力を込めた。

「異世界からの落ち人、お前を正式に聖女として任命しよう」

 耳元でささやかれた言葉。吐息が耳にかかりくすぐったい。
 フワッと鼻についた深みのある高貴な香りを官能的に感じ、首まで赤くなった。
 恥ずかしくて身をよじるが、私を抱きかかえる力は強く、動くことができない。

「リンネ」

 急に名前を呼ばれて、驚きで目を見開いた。

 私の名前は発音が難しいらしく、この世界にきてから一度も呼ばれたことがなかった。誰も呼ぶことはできないだろうと、リーンで通していた。

 だがただ一度だけ、初めて謁見した際、名乗っていたことを思い出す。

 そもそも私の名前を覚えていたの?

 驚愕しておずおずと顔を上げると、私を見下ろす蒼い瞳と視線がかち合った。

「俺がお前を手にかけることなどない。――聖女となったお前に誓う。王の名に懸けて」

 それは私の命は守られるということ? どこか命の危険を感じながらいつも彼と対峙していた私。まるで心を見透かされているみたいな気持ちになる。

 静かに手を取られる。なにをする気かと見ていると、ディオリュクスは美麗な顔に笑みを浮かべた。

 そして指先に冷たい口づけを受けた。 
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