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第三章 近づく距離
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そこから二日間、イザークは帰宅しなかった。魔物の討伐が長引いているのだろう。ケガをしないといいのだけど。
少し心配しつつ、ウォルクの街の食堂へ出向き、それなりに忙しく過ごした。
そして夜、イザークが不在のまま夕食を取る。
部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、ロゼールと出くわした。
「シャルロット様」
「ロゼール、あなた、これからどこへ行くの?」
ロゼールは防具をつけ、剣を片手に持っていた。
「体がなまってはいけないので、少し体を動かそうと思い、訓練に行きます」
「まあ、これから?」
「はい。訓練所は夜でも開放されておりますので。イザーク様も野営で魔物を追い込むと聞いております。自分だけがぬくぬくと甘えてはいられませんので」
彼は体力があるのだろう。やはり、日頃魔物を相手にしているだけある。危険と隣り合わせなのだ。
「そう、頑張ってね。無理はしないでね」
「はい。シャルロット様こそ、疲れた顔をしています。ゆっくりお休みください」
「ええ、ありがとう」
ここ最近は食堂のことで動き回っていたから、疲れがたまっているのかもしれない。
挨拶をして別れようとした時、ロゼールがふと思い出したように口を開く。
「そういえば、シャルロット様、この屋敷には源泉があるのはご存知でしょうか?」
「源泉? いいえ、知らないわ」
首を傾げるとロゼールは説明してくれた。
「屋敷の一角に源泉の湧き出る場所がありまして、すごく疲れの取れるお湯が出るそうです。普段はイザーク様専用ですが、今日は野営でいらっしゃらないので、ご利用になってみてはいかがでしょうか?」
「そんな場所があるの?」
「はい。岩に囲まれて外からは見えないですし、一般人は立ち入りませんので、安心して入浴できると思います」
ロゼールに聞いて、がぜん興味が出てきた。
「そうなのね。教えてくれてありがとう」
ロゼールに場所を聞いて別れた。
「ねえ、源泉なんて、初めて聞いたわ。南部にもあったのかしら?」
早速ドリーに聞いてみる。
「南部ではあまり聞いたことがありませんね。あったのかもしれませんが」
「ちょっと興味が出て来たわ」
ドリーと話しているうちに、気分はすっかり源泉に行く気になっていた。
「それに、イザークが不在の今がチャンスじゃない?」
「まあ、そうですね」
「そうと決まれば行きましょう」
ウキウキ気分で部屋に戻ると、入浴に必要な着替えなどの一式を手にして、源泉の場所へ向かう。
そこは屋敷の奥まった場所の一角にあった。
レンガ造りの道を歩くと外と繋がり、ごつごつとした岩が集まっているのが見えた。湯気が出ており、岩で囲まれた空間に絶え間なくお湯が注がれている。
周囲は高い塀、その奥には木々が立ち並び、目隠しの役目を果たしている。
「すごいわ、見て、ドリー」
白濁のお湯に手を入れてかき回す。
「お湯だわ。少し熱めだけど」
いつも私が入浴しているよりもちょっぴり熱いお湯だった。
「それに見て」
私は空を見上げる。そこには満天の星空が広がっている。
「ここからは空が見えるのね。素敵だわ」
ほおっと吐き出した息が白い。気温が下がってきているせいか。
「さっ、ドリーも一緒に入りましょうよ」
「いえ、私は結構です。なにかあった場合、対処できないと困りますから」
ドリーは真面目なところがあるので、そんなことだろうと思った。
「じゃあ、今度は一緒に入りましょうね」
ドリーに着替えを手伝ってもらい、ドレスを脱ぎ捨てた。
「万が一があると悪いので、こちらで肌を隠して入浴してください」
やわらかい布を体にグルグルと巻かれた。
そして岩に足をかけ、恐る恐る足先から湯につかる。最初は足先がピリッとした。だがゆっくりと全身を湯につける。
「ふぅ……」
自然と声が漏れ出た。
岩に身を預けてもたれかかり、空を見上げる。
キラキラと輝く星空は南部にいる時よりも、綺麗に見えるのは気のせいではないだろう。澄んだ空気だから、そう感じるのだろうか。
とっても綺麗だな……。
ロゼールの言った通り、本当にすごく疲れが取れる気がする。今夜はぐっすりと眠ることができそうだ。
「シャルロット様、いかがですか?」
離れた所で見守っているドリーが声をかけてきた。
「ええ。とっても素敵だわ」
お湯の中で手を滑らせた。
「それになんだかいつもより肌がツルツルしているように感じるわ」
すべすべになった気がする。
「シャルロット様、申し訳ありません。私、湯上りの果実水を持ってくるのを忘れてしまいました」
果実水とはいつも入浴後に水分補給の為に飲んでいる、ほのかに果実の甘みがついた水だ。
「あら、いいわよ。部屋に戻ったら飲むから」
「ですが、湯あたりして倒れると悪いので、今すぐ持ってきます」
「気にしなくていいのに」
声をかけたがすでにドリーは走って行った。
「そんなに急いじゃ危ないわ。滑ってしまうわよ」
だが、その声はすでに聞こえなかっただろう。
「せっかちなんだから」
ドリーの行動にクスリと微笑んだ。
静かなこの時間、星の輝きを眺めながら、ゆったりと過ごす、なんて贅沢な時間だ。
岩に寄りかかり、ふうっ、と息をもらす。
ふと足音が聞こえた。せっかちなドリー、もう戻ってきたのね。
ちょっと驚かせてやろうと思い、岩の影に身を隠した。
少し心配しつつ、ウォルクの街の食堂へ出向き、それなりに忙しく過ごした。
そして夜、イザークが不在のまま夕食を取る。
部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、ロゼールと出くわした。
「シャルロット様」
「ロゼール、あなた、これからどこへ行くの?」
ロゼールは防具をつけ、剣を片手に持っていた。
「体がなまってはいけないので、少し体を動かそうと思い、訓練に行きます」
「まあ、これから?」
「はい。訓練所は夜でも開放されておりますので。イザーク様も野営で魔物を追い込むと聞いております。自分だけがぬくぬくと甘えてはいられませんので」
彼は体力があるのだろう。やはり、日頃魔物を相手にしているだけある。危険と隣り合わせなのだ。
「そう、頑張ってね。無理はしないでね」
「はい。シャルロット様こそ、疲れた顔をしています。ゆっくりお休みください」
「ええ、ありがとう」
ここ最近は食堂のことで動き回っていたから、疲れがたまっているのかもしれない。
挨拶をして別れようとした時、ロゼールがふと思い出したように口を開く。
「そういえば、シャルロット様、この屋敷には源泉があるのはご存知でしょうか?」
「源泉? いいえ、知らないわ」
首を傾げるとロゼールは説明してくれた。
「屋敷の一角に源泉の湧き出る場所がありまして、すごく疲れの取れるお湯が出るそうです。普段はイザーク様専用ですが、今日は野営でいらっしゃらないので、ご利用になってみてはいかがでしょうか?」
「そんな場所があるの?」
「はい。岩に囲まれて外からは見えないですし、一般人は立ち入りませんので、安心して入浴できると思います」
ロゼールに聞いて、がぜん興味が出てきた。
「そうなのね。教えてくれてありがとう」
ロゼールに場所を聞いて別れた。
「ねえ、源泉なんて、初めて聞いたわ。南部にもあったのかしら?」
早速ドリーに聞いてみる。
「南部ではあまり聞いたことがありませんね。あったのかもしれませんが」
「ちょっと興味が出て来たわ」
ドリーと話しているうちに、気分はすっかり源泉に行く気になっていた。
「それに、イザークが不在の今がチャンスじゃない?」
「まあ、そうですね」
「そうと決まれば行きましょう」
ウキウキ気分で部屋に戻ると、入浴に必要な着替えなどの一式を手にして、源泉の場所へ向かう。
そこは屋敷の奥まった場所の一角にあった。
レンガ造りの道を歩くと外と繋がり、ごつごつとした岩が集まっているのが見えた。湯気が出ており、岩で囲まれた空間に絶え間なくお湯が注がれている。
周囲は高い塀、その奥には木々が立ち並び、目隠しの役目を果たしている。
「すごいわ、見て、ドリー」
白濁のお湯に手を入れてかき回す。
「お湯だわ。少し熱めだけど」
いつも私が入浴しているよりもちょっぴり熱いお湯だった。
「それに見て」
私は空を見上げる。そこには満天の星空が広がっている。
「ここからは空が見えるのね。素敵だわ」
ほおっと吐き出した息が白い。気温が下がってきているせいか。
「さっ、ドリーも一緒に入りましょうよ」
「いえ、私は結構です。なにかあった場合、対処できないと困りますから」
ドリーは真面目なところがあるので、そんなことだろうと思った。
「じゃあ、今度は一緒に入りましょうね」
ドリーに着替えを手伝ってもらい、ドレスを脱ぎ捨てた。
「万が一があると悪いので、こちらで肌を隠して入浴してください」
やわらかい布を体にグルグルと巻かれた。
そして岩に足をかけ、恐る恐る足先から湯につかる。最初は足先がピリッとした。だがゆっくりと全身を湯につける。
「ふぅ……」
自然と声が漏れ出た。
岩に身を預けてもたれかかり、空を見上げる。
キラキラと輝く星空は南部にいる時よりも、綺麗に見えるのは気のせいではないだろう。澄んだ空気だから、そう感じるのだろうか。
とっても綺麗だな……。
ロゼールの言った通り、本当にすごく疲れが取れる気がする。今夜はぐっすりと眠ることができそうだ。
「シャルロット様、いかがですか?」
離れた所で見守っているドリーが声をかけてきた。
「ええ。とっても素敵だわ」
お湯の中で手を滑らせた。
「それになんだかいつもより肌がツルツルしているように感じるわ」
すべすべになった気がする。
「シャルロット様、申し訳ありません。私、湯上りの果実水を持ってくるのを忘れてしまいました」
果実水とはいつも入浴後に水分補給の為に飲んでいる、ほのかに果実の甘みがついた水だ。
「あら、いいわよ。部屋に戻ったら飲むから」
「ですが、湯あたりして倒れると悪いので、今すぐ持ってきます」
「気にしなくていいのに」
声をかけたがすでにドリーは走って行った。
「そんなに急いじゃ危ないわ。滑ってしまうわよ」
だが、その声はすでに聞こえなかっただろう。
「せっかちなんだから」
ドリーの行動にクスリと微笑んだ。
静かなこの時間、星の輝きを眺めながら、ゆったりと過ごす、なんて贅沢な時間だ。
岩に寄りかかり、ふうっ、と息をもらす。
ふと足音が聞こえた。せっかちなドリー、もう戻ってきたのね。
ちょっと驚かせてやろうと思い、岩の影に身を隠した。
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