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第25話 サマンサの来訪4

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 階段を下りながら、思う。サマンサさんはローレンスのことを、身を挺して庇おうとして、一方の俺はというとその場に突っ立っているだけで何もできなかった。
 なんか……負けた、って感じ。
 俺は一階の広間に下りた。薄暗い中で、一人黙ってソファーに座った。どのくらいそうしていたか分からない。やがてローレンスも下りてきて、俺ははっとした。

「ローレンス……サマンサさんは?」
「また眠った。それにしても、あいつの無鉄砲ぶりには参るな」
「……それだけ、ローレンスのことを大切に思っているんだよ」

 そうじゃなきゃ、馬車に轢かれる覚悟で、庇おうと飛び出したりなんかしない。
 それはローレンスも重々承知していることなんだろう。「まぁ、気持ちだけはありがたく思うよ」と返して、ローレンスは俺の隣に腰を下ろした。

「あと一週間くらいは滞在を延期させた方がよさそうだな。リアムには迷惑をかける」
「迷惑なんかじゃないよ。それに……ローレンスもサマンサさんも無事で本当によかった。二人が馬車に轢かれるんじゃないかって思った時、心臓が止まりそうになったよ」
「心配をかけてしまってすまない。だが、この通り、俺は元気だから。サマンサも」
「うん……」

 互いに互いを庇い庇おうとした、幼馴染の二人。本来ならきっと、俺とローレンスがするべきことだったんだよな。夫夫として。
 それができなかった自分が情けなくて、そして苦しい。
 俺はそっと視線を絨毯に落とした。

「……あのさ、ローレンス。俺たち、離縁しようか」

 ぽつりとこぼした言葉に、ローレンスは驚いた様子で俺を見た。

「急にどうしたんだ。もしかして、サマンサから何か言われていたか?」
「………」

 ローレンスに嘘はつきたくなくて、押し黙る他なかった。だけど、沈黙こそが是だとローレンスは受け取ったようだ。

「ずっと気付かずにいてすまない。手紙で納得してもらえたと思っていたが……落ち着いたらサマンサには俺から話すから」
「別にサマンサさんに言われたからじゃないよ……俺はただ、自分で自分がローレンスにはふさわしくないなって思って」
「何故」
「だって……俺、ローレンスが馬車に轢かれそうだったのに、何もできなかった。サマンサのように身を挺して庇おうと動けなかった……」
「……それは俺のことを信じてくれていたから」
「違う。俺は我が身可愛さに動けなかっただけだ…っ……」

 そんな俺が、ローレンスにふさわしいわけがない。ローレンスには、きっと他にもっとふさわしい伴侶がいるはずだ。

「何ヶ月も待たせているのに、ローレンスのことを好きにもなれないしさ。もう、別れた方がいいんだよ、俺たち」
「俺はいつまでも待てる。俺はあなたが好きなんだ。それにまだたった数ヶ月じゃないか。まだ一年も経っていない。夫夫として再出発すると一緒に決めただろう。そんな悲しいことを言わないでくれ」
「………」
「疲れているんだ。だから、そんなことを考える。リアムも今日はもう休んだ方がいい」
「……うん」

 決してローレンスの言葉に説得されたわけじゃなかった。だけど、俺はそれ以上食い下がらずに、おとなしく二階の自室に上がった。
 いずれ、サマンサさんから、俺はローレンスにふさわしくないと判断が下る。それを俺にも教えてくれるだろうから、その時は。
 俺は寝台に丸くなって、ぎゅっと目を瞑った。
 ――俺は……ローレンスから身を引こう。




「私、帰ります」

 翌日の昼のことだ。サマンサさんは俺の自室へやってきてそう言った。
 帰るにしてももっと先のことだと思っていただけに、俺は驚いてしまった。

「一週間ほど滞在を延期されるんじゃなかったんですか? まだ安静にされていた方が……それに、ローレンス様に挨拶しなくていいんですか」

 ローレンスは今朝いつも通りに出勤した。今から帰ったら、ローレンスに別れの挨拶はできない。最後に顔を見なくてもいいんだろうか。

「ローレンスにはよろしく伝えておいて下さい。それに私はもう平気ですから。……それと、あなたを見極めると宣言した件ですが」
「……分かっています。ローレンス様から身を引きますよ」

 ローレンスに家族との縁を切らせるわけにはいかない。サマンサさんが今から帰るっていうのなら、俺もこれから荷物をまとめてこの家を出て行く。
 サマンサさんは怪訝な顔をした。

「どうしてです。――あなたは人として十分及第点です」
「え?」
「ここ一週間ほど滞在して、オリビアさんたちからあなたの話を色々と聞きました。そうしたら、みんなあなたのことを気さくでお優しいとべた褒め。働きやすくなった、娘が熱で寝込んだ時に早く帰ってあげてほしいと帰してくれた、お土産を買ってきてくれた、食料の買い出しをする際は荷物持ちをしてくれる、などなど」
「そんなの、別に……」
「それでも家の中なら、いくらでも猫を被れると思いました。でも、あなたはわざわざ学童保育所にボランティアをしに行って……その様子をこっそり見に行きました。そうしたら、子供たちから慕われていて、子供たちを見るあなたの目も優しかった。だから、ああそうか、これがあなたの素なんだと察しました」
「………」
「リアム・アーノルドといったら、わがままで傲慢な公爵令息と聞き及んでいましたが、あなたは本当に変わられたのですね。ローレンスが好きになるのも分かります。ですから、人として十分及第点だと申し上げました。旦那様にはご報告しますが、もうあなたたちの関係にとやかく口を挟みません」

 ではお世話になりました、と部屋を出て行こうとするサマンサさんを、俺は咄嗟に呼び止めていた。

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