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第2章
第16話 悪魔ムルムル2
しおりを挟む村人に話を聞かれない距離まで歩いたところで、二人は立ち止まる。
「なぁ、どういうこと? 話についていけなかったんだけど」
困惑した顔をするルツに、アイムは呆れた顔をした。
「会話を聞いていたでしょ? 要約すると、ダニエルって人が悪魔の力を使って死者を蘇生させてるってことだよ。多額の献金と引き換えにね」
「死者を蘇生って……そんなことできるのか?」
「できるから、この村には蘇生した人々がたくさんいるわけだ」
「たくさん? なんで分かんの?」
話を聞いたのは、まだ村人一人。たくさんいるかどうかなんて分からないはずだろう。
アイムは山村を見回した。その表情は険しい。
「実はこの村、悪魔の気配だらけなんだ」
「え?」
「さっきの悪魔の気配が濃すぎるっていうのはそういう意味。悪魔の気配の数がありすぎて、大本の悪魔の気配が特定できないんだよ」
「ええと……蘇生された人は悪魔だってこと?」
「正確には使い魔、だけど。そう、蘇生された人の肉体は人間のものじゃない。故人の姿をした使い魔として蘇生されているんだと思う」
死者の蘇生。使い魔という形でも、にわかには信じられない話だった。
「でも、記憶がないって言ってたよな」
「故人じゃない不特定多数の魂を使って蘇生させているからでしょ」
「肉体は使い魔のもので、魂も別人のものって、それって死者を蘇生させてるって言えるか? 全然本人じゃないじゃん」
「その通りだけど、何も知らない一般人からしたら、死者が蘇ったってことになるんだよ」
そうか。ダニエルたち以外で真実を知っているのは、今はルツとアイムだけだ。一般人が、蘇生した死者の肉体は使い魔だとか、魂も別人だとか、そんなことが分かるはずがない。
アイムはそっと目を伏せた。
「仮に真実を知ったところで……故人そっくりの姿をしていたら、故人が生き返ったって思いたくなるものじゃないかな」
「……まぁ、そうだな」
ルツだって、亡き家族そっくりの使い魔が現れたら、動揺しない自信はない。
ともかく、悪魔の力と、魔の契約を結んだ人間の名前は分かった。
「ってことは、ダニエルって奴を探せばいいわけか。多額の献金が必要ってことは、ダニエルって奴は金ほしさにひとの心の傷につけこんで、力を悪用してるってことかよ。許せねえな」
「悪用してるっていうのは否定できないけど。多額のお金がほしい理由が何かあるのかもしれないよ。人それぞれ事情があることを、君は学んだはずでしょ」
ルツは言葉に詰まる。確かにそうだ。漁村の一件で、現実は複雑なものだとルツは知った。
それでも。
「……どんな理由があろうと、摂理を曲げる行為は許しちゃダメなんだ。そうだろ」
死者蘇生なんて、摂理に反する能力もいいところだ。
「そう、だね。そういう意味じゃ、今回の悪魔の能力は最悪だ。C級悪魔でも、ジェフサが担当するのも分かる気がするよ」
「ああ。とっととダニエルって奴を探そう」
ダニエルの居場所はすぐに分かった。村人に聞いたら、あっさりと教えてくれたのだ。
山村の最奥にある、豪奢な屋敷に家族三人で住んでいるのだという。早速、足を運んでみると、屋敷の前に並ぶ行列を目にしてルツはぎょっとした。
「う、うわ……この人たち、みんな蘇生希望者なのか?」
「故人とお話したいっていう人の方が多いんじゃない? 蘇生には多額の献金が必要っていう話だったし。そう簡単に用意できないでしょ」
「あ、そっか。でも、この様子じゃ相当、荒稼ぎしてるんだろうな……」
一刻も早く悪魔を祓魔するべきなのだろうが、この行列を無視して屋敷に入るというのも気が引ける。それに受付係がいるので、行くとしたら強行突破するしかない。
律儀に行列に並んで入ろうかと一瞬迷ったが、
(って、今も死者蘇生が行われてるかもしれないんだ。強行突破するしかないだろ、俺)
腹をくくって、ルツは屋敷に向かって駆け出した。
アイムが例によって剣に宿る。お前はこの距離を走るのも嫌なのかよと内心呆れながらも、受付係の「と、止まれ!」という制止の声を無視して横を走り過ぎる。
開いている玄関の扉をくぐり、ダニエルの姿を探した。
「アイム。悪魔の気配は特定できそうか?」
《うーん……多分、この先の奥の部屋にいると思う》
「よし。案内しろ」
広い廊下を駆け、アイムの誘導の下、ルツはその部屋に行きついた。閉じられた扉に手を当て、バァン! と勢いよく押し開く。
部屋の中を見回すと、高級そうな椅子に三十路の男性が座っており、その傍らに青年が立っていた。二人の前には若い夫婦が床に両膝をついている。四人とも突然現れたルツに驚いた顔をしていた。
――悪魔は、青年だ。
眼前にすれば、ルツもすぐに分かった。となると、高級そうな椅子に座っているのが、契約者のダニエルだろう。
ダニエルと悪魔もまた、ルツたちの正体に気付いたようだった。ダニエルは悪事がバレたという顔をし、悪魔は恐怖に顔を引き攣らせていた。
「……名乗る必要はないみたいだな。祓魔しにきたぞ、悪魔」
剣を抜いたルツを見て、若い夫婦が「ひっ」と悲鳴を上げて、部屋から逃げていく。こじんまりとした空間の中に、三人――厳密には四人だが――が残された。
「ま、待ってくれ!」
声を上げたのはダニエルだ。ルツはダニエルに視線を向けた。
「なんだよ」
「あと三日……いや、一日だけでいいから! ムルムルを祓うのは待ってほしい!」
「はぁ? 往生際が悪いな」
「も、もう少しで必要なお金が貯まりそうなんだ!」
必要なお金。
聞く耳を持ってはいけない。聞けば、きっと祓魔に躊躇してしまう。そう思うが、ルツは聞き返していた。
「……金が何かに必要なのか」
「む、息子の病の治療費だ! 異国じゃないと治せないと言われていて……異国へ渡る費用や治療費がどうしても必要なんだ…っ……」
だから頼む、とダニエルは椅子から下りて床に膝をつき、懇願した。
ルツは心底後悔した。――やっぱり、聞くんじゃなかった。
アイムが言っていた通りだ。多額のお金が必要な理由がきちんとあった。ただ、豪遊したいだけだった、という契約者ならどれだけよかったことか。
本音を言ってしまえば、一日くらいなら目をつぶってもいいんじゃないか。そう思う。けれど、ルツは誓ったのだ。もう同じ過ちは繰り返さない、と。
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