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第32話 公太子来訪12

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     ◆◆◆


「おお、アレックス。どうした」

 ルエニア大公は、愛息子の姿に顔を綻ばせる。
 今、アレックスはルカを連れて、ゼフィリア王城の客室を訪れたところだ。

「父上。お話があるんです。お時間よろしいでしょうか」
「もちろん、構わんよ。さっ、入ってきなさい」

 失礼します、と口にしてから、客室に足を踏み入れる。ゼフィリア王城の客室は、赤薔薇宮の客室と比べても遜色ない。広く立派な部屋だ。
 椅子に腰かけているルエニア大公の傍まで行き、アレックスはすぐに用件を切り出した。

「父上。僕がセオ陛下の下へ婿入りし、ルエニア公国を無くす件ですが、考え直してはもらえないでしょうか」

 ルエニア大公は、怪訝な顔になる。

「どうしたんだ、急に。お前には言い聞かせただろう、それしか道はないと」
「いいえ、他に道はあります。ライリー殿下と一緒に考えました。それなら、ルエニア公国を消滅させずに済むんです」
「ふむ……それはどのような」
「カシェート帝国を内部から瓦解させるんです。新たな反戦派の皇帝を即位させれば、すべてを回避できます」

 ルエニア大公は沈黙した。顎に蓄えた髭を撫でる。
 しばし、静寂が下りた。

「……アレックス。お前にしてはよく思いついた。――だが、無理だ」

 きっぱりと、ルエニア大公は言い切った。
 アレックスは、眉尻を上げる。

「なぜですか」
「我が国にそんな大掛かりなことをできる人材がいるとでも?」
「ゼフィリアの、セオ陛下のお力をお借りすれば……」
「では、『反戦派』の新たな皇帝になりうる人物をどうやって見つける。誰でもいいというわけでもない。それも、それらを春までに終わらせるなんて、セオ陛下のお力をもってしても、できるはずがないだろう」

 冷静に、理路整然と言い返されて、アレックスはたじろいだ。

「そ、それは……」
「アレックス」

 ルエニア大公の目が、じっとアレックスを覗き見た。その目には、申し訳なさそうな色がある。

「ルエニア公国を無くすのが嫌だと言うのは分かる。お前とて大公になりたかっただろう。だが、現実を受け入れなさい」

 ぽんと肩を叩かれて、アレックスはつい「……はい」と言ってしまいそうになった。自分さえ諦めたらそれでいいのだと。
 けれど。

『やれるだけのことはやりませんと。そうでないと、後悔しか残りません』

 ライリーに言われた言葉がふと脳裏によみがえる。
 気付いたら、アレックスは声を絞り出していた。

「い、やだ……」
「アレックス。だから」
「嫌だ! 僕はもうこれ以上、抗いもせずに何も諦めたくない!」

 これまでの人生、公太子だからと色々なものを諦めてきた。『友達』も『初恋』も『趣味』も『大公になる未来』をも。
 だが、一人のルエニア公国民として、『国の存続』だけは諦めたくない。

「お願いします! 父上も諦めないで下さい! 我が国の歴史を、ここで終わらせてしまって本当にいいんですか!」
「しかし……」
「セオ陛下にお話だけでもしてみましょう! それで無理だと言われたら、僕も諦めます!」

 駄々をこねているようなものなのは分かっている。それでも譲れない思いはある。
 ルエニア大公は、そっと息をついた。

「……分かった。そこまで言うのなら、セオ陛下にご相談してみよう」

 無理だと思うがな、と続けたが、アレックスはぱぁっと顔を明るくした。

「ありがとうございます!」
「では、セオ陛下の下へ……」

 ルエニア大公が言いながら、椅子から立ち上がった時だ。

「――その必要はない」

 客室の扉が開いた。顔を出したのは、側近二人を連れたセオだ。
 アレックスもルエニア大公も、急な登場に驚いたものの、慌てて一礼した。無論、ルカも。

「すまない。立ち聞きするつもりはなかったのだが、廊下まで話が聞こえてきてな。貴国が私に提案したいことは理解した」

 セオはつかつかと部屋に入ってきて、「顔を上げてくれ」とアレックスたちに命ずる。アレックスがそっと顔を上げると、セオの優しげな瞳と目が合った。

「貴殿の愛国心には感服した」
「い……いえ」

 一体、どんな返答が返ってくるのだろう。
 内心はらはらしながら、セオの言葉を待つほかない。

「元より我が国も、同じ考えを持って裏で動いていた。ただ、ルエニア大公の言う通り、新たな皇帝となりうる人物の捜索に難航している。春までに見つけられなければ、カシェート帝国の侵攻を止めることはできないだろう」

 ――あ、とっくにこの考えは思いついていたのか。
 それもそうだよな、と思う。アレックスは特に賢いわけでもないのだ。むしろ、頭脳労働は苦手だ。そのアレックスが気付いたことなど、他の誰かが思いつくだろう。
 セオの瞳が真っ直ぐアレックスを見つめる。

「アレックス殿下。貴殿がルエニア公国を消滅させたくないというのなら、選択肢は一つだけだ。私の下へ婿入りするのをやめ、余命短いというルエニア大公の後を継ぐこと。私たちの画策が成功すれば、なんの被害も受けないだろうが……もし、上手くいかなかったらゼフィリアと共同戦線を張ってカシェート帝国を打ち負かすしか貴国が生き残る方法はない。――そのすべての責任を背負う覚悟はあるか」

 アレックスはごくりと生唾を飲み込んだ。

「……我が国の民を戦わせ、死なせるかもしれない覚悟、ということですか」
「それもあるが。最悪の覚悟もしてもらわなければならない」

 最悪の覚悟。
 それはきっと――敗北した時、ルエニア大公として処刑される覚悟のこと、だろう。

「ルエニア大公にはすでに許可をもらっているが、実のところ貴殿が私の下へ婿入りしたとしても、ルエニア公国の民だけ戦わせないということはできかねる。元々のゼフィリアの民が納得しないだろうからな。だから、貴殿が私の下へ婿入りしようとしまいと、その点の差異はない。大きく変わるのは、貴殿の立ち位置だ」

 なんの責任も負わず、セオの王婿として安穏とした場所で戦を見守るか。
 すべての責任を負って、ルエニア大公として最悪の覚悟を持ちながら戦を指揮するか。

「好きな道を選べ。貴殿の人生だ」
「ぼ、くは……」

 民の命。これほど重いものはない。
 それでも。
 アレックスはぐっと顔を上げ、迷いのない瞳でセオを見つめ返した。

「ルエニア公国に関するすべての責任を僕が負います。――ルエニア大公となって」

 そのために、アレックスは公太子として生まれ育ったのだから。

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