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プロローグ 私が貴方なんて冗談じゃない!
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冷たいなって思った瞬間、水の流れていく音がすぐ近くに聞こえ始めた。
川、近い? 服、……張り付いて気持ち悪い……。私、どうしたんだっけ?
指先に力を入れると砂利を掴む音がした。途端、体中に痛覚が一斉に戻ってくる。
手が痛い。足が痛い。背中が痛い。特に脇腹、凄く痛い!
「――っう」
カーテンを開かたかのように、急に視界が戻って体を起こす。
暗い……。夜だ……。
冷えた手で痛むわき腹を抑えると、生暖かい血の感触がする。
血……? どうして? これは怪我?
酷く頭がぼんやりとする。下半身を攫おうとする川の音を聞きながら記憶を辿る。
懐かしい場所。裏切りの言葉。風を割く弓の音。腕をとられて……。
そう……だった。私は、彼と一緒に川に落ちた。それで、流されてここに辿り着いた。
少しずつ戻ってきた記憶の一つに、私ははっと息を飲む。
彼は? 彼こそ酷い怪我をしていた筈だ。
慌てて彼を探して周囲を見渡す。西へと傾きだした月。遠くの木々。後ろを流れる川。そして、倒れた私。んっん……私?!
「はぁああああ?!」
あり得ない光景に私は叫ぶ。なんだか驚き過ぎて、低い雄たけびになってしまった。でも、そんな事は今はどうでもいい。
目の前の光景を私は凝視する。水に濡れた長い紺青の髪。所々が破れた罪人が着る黒いドレス。瞼を閉じた苦し気に歪んだ顔。間違いなく目の前にいるのは私、リーリア・ディルーカだ。
ここは河原で、鏡なんてない。私がまるで一人の別人のように、私のすぐ側に倒れている。
川辺で浅い水の中に座り込んだまま、私は口を開く。
「な、なんで? なんで、私が私の隣――」
呟いた声を途中でとめる。耳慣れない声だった。体の中から確かに聞こえる私の声なのに、私の声とは思えない程低い。
恐る恐る血の付いた手で喉に触れる。私が自分と理解するものよりずっと太い。ごくりと唾をのむと、無い筈の喉仏が上下した。
「あ、あれ? あれれ? 私、変? なんで……それに、私がそこに倒れてて……。そう倒れた私!」
もう頭が混乱しすぎて、何から対処していいか分からない。
自分に起きた事を放り出して、倒れた私に手を伸ばす。ところが、今度は伸ばした手の大きさと、纏う服の白い袖を見て、更に深い混乱に陥る。
結果、右手は倒れている私を揺さぶり、左手は動いている私自身の顔をまさぐるおかしな事態になってしまった。
「私……! そっちの私、大丈夫! こっちの私、どうなってるの?!」
倒れている私が、揺すられて短いうめき声をあげる。
「うぅ……」
「あぁ、そっちの私! しっかりして!」
言葉と同時に左手の下で、ちょっと違和感のある私の唇が動く。
「ぎゃああああああ!! こっちの私、やっぱり変?!」
忙しなく二つの自分の間で右往左往を繰り返す。
ダメだ……。私、落ち着け。二度三度深呼吸を繰り返して、私はぎゅっと目を閉じる。
ごめん私! 大きな二つの手で自分の頬を思いっきり叩くと、目の覚めるような音と共に両頬に痛みが走る。凄く痛いけど、これで喝は入った。
まずは、倒れている私に顔を近づける。
眉を寄せて不快そうではあるけど、規則正しい呼吸が聞こえた。揺すっても起きないけれど、僅かに反応はある。意識を失っているよりも、深く眠っているのだろう。
次に怪我がないか、体に触れる。頭には出血はない。見える範囲の腕や足も、かすり傷はあるけど大丈夫そうだ。体……と濡れた胸元に手を伸ばして、目に映った大きな手を慌てて引っ込める。
これ以上、この大きな手で触れる事には抵抗があった。
安堵の息を漏らして、川の方へ向き直ると水面を覗き込む。
今度は、こっちの私の番だ。私に一体、何が起きたのだろう?
でも、月明かりでは暗くて、流れる川には歪んだ影しか映らない。
仕方ないので、べっとりと血がついた脇腹の傷を川の水で洗い流す。真っ直ぐな切り傷からは、まだ少し血が流れているけれど致命傷という訳ではなさそうだ。
命に関わらないと分かると、少しだけ気持ちに余裕が出てくる。
そのまま、視界の端に映っていた胸に触れる。筋肉のついた逞しい胸板には、多少はあった女性らしい膨らみはない。
銀の縁取りの上着の飾り紐を軽く引く。この服は、見た事がある。
それから自由に動く手を見つめる。大きいのに節の少ない長くて白い指。この手も私は、よく知ってる。
私が自由にするこの体が、私のものではない確信がある。誰れかという予感も、私にはもうはある。
「でも、こんな事あるわけがない。きっと悪い夢……」
それでも、容易に受け容れる事ができず、自分に夢だと言い聞かせて目を閉じる。何も見なければ、これ以上真実を突きつけられる事はない。
小さな砂利の音に、束の間の逃亡が破られる。倒れた私が起きたのではと期待して慌てて目を開けたけど、体をよじっただけでまだ目は覚ましていなかった。
そっちの私は誰なのだろう? やっぱり貴方なのだろうか? 起きたら貴方はどうするの?
長い足を引き寄せて膝を抱えると、私は倒れた自分を見下ろす。
「うんんっ……」
倒れた私が、寒そうに一層体を小さくする。暖かくなったとはいえ、濡れた体で過ごす夜は寒い。このままだと、体の熱が奪われて危険かもしれない。
それに、……。落ちた前の状況を思い出して舌打ちする。
あの時、私と彼を襲った者は、今何をしているのだろうか?
これが悪い夢だとしても、私は決断しなくては駄目なのかもしれない。
腰に下がった剣を鞘から抜くと、刀身が月の光を反射して柔らかく光る。まっすぐに横に掲げて、そこに映る姿を、目を逸らさずに見つめる。
白い刃に浮かぶ、秀麗な顔。冬の月みたいな銀に近い薄い金の髪。冷たく深い知性的な紫の瞳。自分自信に今の姿をはっきりと突き付けて、漸く私は自分がどうなったのかを受け容れる。
今の私は本当の私である伯爵令嬢リーリア・ディルーカではなく、この国の第一王子レナート・セラフィン。
……冗談じゃない! こんなの嘘! やっぱり……受け入れたくない!
「よりにもよって、なんでレナート王子なの?!」
薄々は予感してたけど、これは最悪だ。
レナート・セラフィンは、この国の王太子で私の婚約者だった人だ。
「私を棄てた人。私を陥れた人。今一番、側に居たくない人じゃない!」
私は唇を噛み締めて、罪人が着る黒いドレスに身を包んで倒れた私を見つめる。
『だった』の言葉通り、レナート王子はもう私の婚約者ではない。私達の関係が変わってしまったのは数日前。婚約破棄はのやり方は余りに酷かった。
舞踏会で最も注目が集まる瞬間、皆の前で言いたい放題に言われ、隣には新しい婚約者である『聖女』をちゃっかり連れてだ。
混乱、屈辱、消沈、怒り、悲しみ。あの時の気持ちは一言では表せない。
そんな私を更なる不幸が襲う。なんと、私は婚約破棄の腹いせに聖女を襲った『悪女』として捕らえられてしまったのだ。
もちろん身に覚えなんてない。でも、私の主張は受け入れられる事なく、4日後に処刑を待つ罪人の身になった。
「私が貴方なんて、冗談じゃない」
婚約破棄から始まった悪夢のような出来事。穏便な婚約破棄を取らなかった事を責めた時、レナート王子は一連の出来事への関りを仄めかした。
複雑な気分で倒れた私を見下ろす、小刻みに震える唇は寒さに少し色を失い始めている。その頬にそっと手を当てると、震えが一瞬止まる。
ここに倒れているのは、間違いなく私だ。でも、この中には私はいない。中にいるのは私以外の誰か。
消去法でいくなら一人の人物しかいないのだろう。
「貴方が私なのも、冗談じゃない」
棄てられて陥れられた私と、棄てて陥れたレナート王子。これから、私達はどうなるのだろう?
城に戻れば、処刑の日には私の体は死ぬ事になる。
なら、死ぬのはどちらか? 元の体に戻った私か? それとも私の体に留まるレナートか?
城にもどらない。一瞬頭を掠めた選択肢に首を振る。一国の王太子が関わって、逃げ続けられる訳がないだろう。
「レナートを助けるのは御免。レナートに助けられるなんて御免。でも、私が私を見棄てる訳にはいかない」
倒れた私の背中と膝の間に手を差し入れる。ぐっと膝に力をこめると、わき腹が痛む。
「痛いけどーーー、今の私は男の子!」
勢いよく立ち上がると、案外簡単に私の体は持ち上がった。
私が私を持ち上げるなんて変な感じだけど、端から見ればレナートが私を抱き上げているだけでしかない。
「なんだか変なの……」
ため息交じりにぼやくと、腕の中の私が暖を求めて胸に体を預ける。安らいだ顔に、何だか無性に泣きたくなる。
「貴方の為なんかじゃない! 全ては、私の為! 私……レナート王子である事を徹底的に利用してやるから!」
誰かが聞いてくれている訳じゃないけど、大きな声で私はそう宣言する。
くよくよと落ち込んだり、立ち止るのは嫌いだ。どんな時だって、楽しみながら出来る事を精一杯する。それが私の取り柄。
遠くに見えるお城の灯りの方角に、私は一歩足を踏み出す。
これから、私はレナート王子としてお城に戻る。そこで、私に着せられた汚名を晴らし、処刑を止めてみせる。
レナート王子にはたくさん迷惑が掛かかる事になるだろうけど、それは婚約破棄の代償として我慢してもらうしかない。
川、近い? 服、……張り付いて気持ち悪い……。私、どうしたんだっけ?
指先に力を入れると砂利を掴む音がした。途端、体中に痛覚が一斉に戻ってくる。
手が痛い。足が痛い。背中が痛い。特に脇腹、凄く痛い!
「――っう」
カーテンを開かたかのように、急に視界が戻って体を起こす。
暗い……。夜だ……。
冷えた手で痛むわき腹を抑えると、生暖かい血の感触がする。
血……? どうして? これは怪我?
酷く頭がぼんやりとする。下半身を攫おうとする川の音を聞きながら記憶を辿る。
懐かしい場所。裏切りの言葉。風を割く弓の音。腕をとられて……。
そう……だった。私は、彼と一緒に川に落ちた。それで、流されてここに辿り着いた。
少しずつ戻ってきた記憶の一つに、私ははっと息を飲む。
彼は? 彼こそ酷い怪我をしていた筈だ。
慌てて彼を探して周囲を見渡す。西へと傾きだした月。遠くの木々。後ろを流れる川。そして、倒れた私。んっん……私?!
「はぁああああ?!」
あり得ない光景に私は叫ぶ。なんだか驚き過ぎて、低い雄たけびになってしまった。でも、そんな事は今はどうでもいい。
目の前の光景を私は凝視する。水に濡れた長い紺青の髪。所々が破れた罪人が着る黒いドレス。瞼を閉じた苦し気に歪んだ顔。間違いなく目の前にいるのは私、リーリア・ディルーカだ。
ここは河原で、鏡なんてない。私がまるで一人の別人のように、私のすぐ側に倒れている。
川辺で浅い水の中に座り込んだまま、私は口を開く。
「な、なんで? なんで、私が私の隣――」
呟いた声を途中でとめる。耳慣れない声だった。体の中から確かに聞こえる私の声なのに、私の声とは思えない程低い。
恐る恐る血の付いた手で喉に触れる。私が自分と理解するものよりずっと太い。ごくりと唾をのむと、無い筈の喉仏が上下した。
「あ、あれ? あれれ? 私、変? なんで……それに、私がそこに倒れてて……。そう倒れた私!」
もう頭が混乱しすぎて、何から対処していいか分からない。
自分に起きた事を放り出して、倒れた私に手を伸ばす。ところが、今度は伸ばした手の大きさと、纏う服の白い袖を見て、更に深い混乱に陥る。
結果、右手は倒れている私を揺さぶり、左手は動いている私自身の顔をまさぐるおかしな事態になってしまった。
「私……! そっちの私、大丈夫! こっちの私、どうなってるの?!」
倒れている私が、揺すられて短いうめき声をあげる。
「うぅ……」
「あぁ、そっちの私! しっかりして!」
言葉と同時に左手の下で、ちょっと違和感のある私の唇が動く。
「ぎゃああああああ!! こっちの私、やっぱり変?!」
忙しなく二つの自分の間で右往左往を繰り返す。
ダメだ……。私、落ち着け。二度三度深呼吸を繰り返して、私はぎゅっと目を閉じる。
ごめん私! 大きな二つの手で自分の頬を思いっきり叩くと、目の覚めるような音と共に両頬に痛みが走る。凄く痛いけど、これで喝は入った。
まずは、倒れている私に顔を近づける。
眉を寄せて不快そうではあるけど、規則正しい呼吸が聞こえた。揺すっても起きないけれど、僅かに反応はある。意識を失っているよりも、深く眠っているのだろう。
次に怪我がないか、体に触れる。頭には出血はない。見える範囲の腕や足も、かすり傷はあるけど大丈夫そうだ。体……と濡れた胸元に手を伸ばして、目に映った大きな手を慌てて引っ込める。
これ以上、この大きな手で触れる事には抵抗があった。
安堵の息を漏らして、川の方へ向き直ると水面を覗き込む。
今度は、こっちの私の番だ。私に一体、何が起きたのだろう?
でも、月明かりでは暗くて、流れる川には歪んだ影しか映らない。
仕方ないので、べっとりと血がついた脇腹の傷を川の水で洗い流す。真っ直ぐな切り傷からは、まだ少し血が流れているけれど致命傷という訳ではなさそうだ。
命に関わらないと分かると、少しだけ気持ちに余裕が出てくる。
そのまま、視界の端に映っていた胸に触れる。筋肉のついた逞しい胸板には、多少はあった女性らしい膨らみはない。
銀の縁取りの上着の飾り紐を軽く引く。この服は、見た事がある。
それから自由に動く手を見つめる。大きいのに節の少ない長くて白い指。この手も私は、よく知ってる。
私が自由にするこの体が、私のものではない確信がある。誰れかという予感も、私にはもうはある。
「でも、こんな事あるわけがない。きっと悪い夢……」
それでも、容易に受け容れる事ができず、自分に夢だと言い聞かせて目を閉じる。何も見なければ、これ以上真実を突きつけられる事はない。
小さな砂利の音に、束の間の逃亡が破られる。倒れた私が起きたのではと期待して慌てて目を開けたけど、体をよじっただけでまだ目は覚ましていなかった。
そっちの私は誰なのだろう? やっぱり貴方なのだろうか? 起きたら貴方はどうするの?
長い足を引き寄せて膝を抱えると、私は倒れた自分を見下ろす。
「うんんっ……」
倒れた私が、寒そうに一層体を小さくする。暖かくなったとはいえ、濡れた体で過ごす夜は寒い。このままだと、体の熱が奪われて危険かもしれない。
それに、……。落ちた前の状況を思い出して舌打ちする。
あの時、私と彼を襲った者は、今何をしているのだろうか?
これが悪い夢だとしても、私は決断しなくては駄目なのかもしれない。
腰に下がった剣を鞘から抜くと、刀身が月の光を反射して柔らかく光る。まっすぐに横に掲げて、そこに映る姿を、目を逸らさずに見つめる。
白い刃に浮かぶ、秀麗な顔。冬の月みたいな銀に近い薄い金の髪。冷たく深い知性的な紫の瞳。自分自信に今の姿をはっきりと突き付けて、漸く私は自分がどうなったのかを受け容れる。
今の私は本当の私である伯爵令嬢リーリア・ディルーカではなく、この国の第一王子レナート・セラフィン。
……冗談じゃない! こんなの嘘! やっぱり……受け入れたくない!
「よりにもよって、なんでレナート王子なの?!」
薄々は予感してたけど、これは最悪だ。
レナート・セラフィンは、この国の王太子で私の婚約者だった人だ。
「私を棄てた人。私を陥れた人。今一番、側に居たくない人じゃない!」
私は唇を噛み締めて、罪人が着る黒いドレスに身を包んで倒れた私を見つめる。
『だった』の言葉通り、レナート王子はもう私の婚約者ではない。私達の関係が変わってしまったのは数日前。婚約破棄はのやり方は余りに酷かった。
舞踏会で最も注目が集まる瞬間、皆の前で言いたい放題に言われ、隣には新しい婚約者である『聖女』をちゃっかり連れてだ。
混乱、屈辱、消沈、怒り、悲しみ。あの時の気持ちは一言では表せない。
そんな私を更なる不幸が襲う。なんと、私は婚約破棄の腹いせに聖女を襲った『悪女』として捕らえられてしまったのだ。
もちろん身に覚えなんてない。でも、私の主張は受け入れられる事なく、4日後に処刑を待つ罪人の身になった。
「私が貴方なんて、冗談じゃない」
婚約破棄から始まった悪夢のような出来事。穏便な婚約破棄を取らなかった事を責めた時、レナート王子は一連の出来事への関りを仄めかした。
複雑な気分で倒れた私を見下ろす、小刻みに震える唇は寒さに少し色を失い始めている。その頬にそっと手を当てると、震えが一瞬止まる。
ここに倒れているのは、間違いなく私だ。でも、この中には私はいない。中にいるのは私以外の誰か。
消去法でいくなら一人の人物しかいないのだろう。
「貴方が私なのも、冗談じゃない」
棄てられて陥れられた私と、棄てて陥れたレナート王子。これから、私達はどうなるのだろう?
城に戻れば、処刑の日には私の体は死ぬ事になる。
なら、死ぬのはどちらか? 元の体に戻った私か? それとも私の体に留まるレナートか?
城にもどらない。一瞬頭を掠めた選択肢に首を振る。一国の王太子が関わって、逃げ続けられる訳がないだろう。
「レナートを助けるのは御免。レナートに助けられるなんて御免。でも、私が私を見棄てる訳にはいかない」
倒れた私の背中と膝の間に手を差し入れる。ぐっと膝に力をこめると、わき腹が痛む。
「痛いけどーーー、今の私は男の子!」
勢いよく立ち上がると、案外簡単に私の体は持ち上がった。
私が私を持ち上げるなんて変な感じだけど、端から見ればレナートが私を抱き上げているだけでしかない。
「なんだか変なの……」
ため息交じりにぼやくと、腕の中の私が暖を求めて胸に体を預ける。安らいだ顔に、何だか無性に泣きたくなる。
「貴方の為なんかじゃない! 全ては、私の為! 私……レナート王子である事を徹底的に利用してやるから!」
誰かが聞いてくれている訳じゃないけど、大きな声で私はそう宣言する。
くよくよと落ち込んだり、立ち止るのは嫌いだ。どんな時だって、楽しみながら出来る事を精一杯する。それが私の取り柄。
遠くに見えるお城の灯りの方角に、私は一歩足を踏み出す。
これから、私はレナート王子としてお城に戻る。そこで、私に着せられた汚名を晴らし、処刑を止めてみせる。
レナート王子にはたくさん迷惑が掛かかる事になるだろうけど、それは婚約破棄の代償として我慢してもらうしかない。
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