貴方なんて冗談じゃありません! 婚約破棄から始まる入れ替わり物語

立風花

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二人の王子で忙しい!

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 深碧の眼差しから、目を逸らせずに見つめ合う。
 デュリオ王子はこんな眼差しで、冗談を言う人じゃない。ここで頷けば、囚われの私を無理矢理でも攫ってくれる。

 でも、それは糾弾される間違った行動だ。第二王子の立場にあるデュリオ王子に、絶対にさせてはいけない。
 唇を引き結んだ私の頬を、撫でていたデュリオ王子の指が弾く。

「いたっ!」

 得意げな顔で見下ろしたデュリオ王子を、頬を抑えて睨む。
 真面目に考えている人の頬を、指で弾くなんて酷い。しかも、軽くじゃなくて、結構思いっきりだ!

「やめた。今夜は連れて帰らない」

 そう言って、デュリオ王子が大きな手を私から遠のけると、心臓の鼓動も遠のいていく。

「今夜じゃなくても、脱獄はしません。私は無実なんですから、堂々とここを出ます」
「だろうな。必要なら勝手に連れ出す事にする」

 唇の端をあげてデュリオ王子が微笑む、私も胸を撫で下ろして微笑み返す。
 デュリオ王子がいつも通りなら、私もいつも通りでいられる。ずっとそうしてきたのだから、私達の関係はこれでいい。

「私を連れて帰ったら、正妃様に叱られますよ?」

 揶揄うように、お父様と折り合いの悪い正妃様の事を口にする。レナート王子との婚約がまとまって以来、お父様どろこか私まで睨まれるようになっていた。
 私を連れて帰ったら、気性の激しい正妃様が烈火のごどく怒りだすのが目に見える。
 
「母はお前を嫌っている訳じゃない」
「そうなんですか? では、お父様が……」

 言葉の途中で今度は額を弾かれる。こんども勢いよくだ!

「無駄口はいい。何を俺に頼みたいんだ」

 額を抑える私を見て、デュリオ王子が楽し気に笑う。
 どうしてだろう? 今は笑っているけど、私のおでこを弾く前に一瞬デュリオ王子は寂し気な顔をした。訳を聞きたいけど、話題を変えたと事を想うと問い質すのが躊躇われる。
 ひとしきりデュリオが笑い終えると、私は気持ちを切り替えてお願い事を口にする。

「グレイ・ローランドの事を探して下さい。新鋭芸術家で最近名が売れている人物です。できれば保護してもらえると助かります」
「中庭に一緒にいた人物だな」

 私は頷く。中庭の事がもみ消された今、彼が味方なるのか敵なのか分からない。ただ、どちらにしても彼の存在は無実を晴らすのに重要だ。
 無事だと良いけど……。私にとって重要なら、敵にとっては邪魔になる。
 
「それから、ラニエル子爵に相談して『旧国派』の方と私の面会の機会を作って下さい。『旧国派』での調査をその場で依頼するつもりです」
 
 他には……。他には……。もっと何かしなくてはいけないと思うけど、まだ考えがまとまらずにそれ以上の言葉が出てこない。

「終わりか?」
 
 デュリオ王子の言葉に慌てて頭を振る。

「まだ! もう少し……でも……。ごめんなさい。これ以上は今は浮かびません」
 
 素直に現時点で考えがまとまらない事を伝えると、今度はまだ弾かれてない方の頬を弾かれる。

「次までに考えておけ」
「次……」
 
 驚いて目を瞬いた私を、面白がるような表情で見つめてデュリオ王子が頷く。

「『旧国派』の面会の時に立ち会う。それとも、また夜に忍んできてほしいか?」

 その言葉に慌てて首を振る。こんな所を誰かに見つかって、デュリオ王子が糾弾されては困る。
 階段を降りてくる慌ただしい足音がして、黒いフードを被ったデュリオ王子の従者が顔を出す。

「デュリオ様、誰かが西棟の敷地に入りました。お戻りください」
「わかった。すぐ行く」
 
 西棟には資料を収めた倉庫と図書塔とこの地下牢しかない。ここに入る者の行き先は三つのどれかに限られる。

「早く戻って下さい。今日はありがとうございます」

 別れを告げると、デュリオが自分の首筋に手を回す。一瞬何をしているのかと思っていたら、格子の間から差し入れた大きな手で私の手をとって包む。
 
「俺はお前を信じる。お前も俺を信じていい」

 鋭い眼差しを細めて笑う。一瞬、あの日の様に小さく胸が高鳴る。
 私はこの笑顔に弱い。この笑顔を好きになった。

 絡めた指の隙間から、何かが私の手の平に握らされる。

「保険だ。まさか獄吏がそれを取り上げる事はないと思うが、見つからない様にしておけ」

 言うが早いか身を翻すと、あっという間にその背が階段の上へと消えていく。
 嵐みたいだ。突然来て突然去って、私の胸を波打たせて。相変わらず狡い。

 ため息をついてから、手に握らせられたものを見る。また砂糖菓子かなとおもっていたら、チェーンを通した指輪が出てきた。
 私は一度よーーーく目をこすって指輪を見る。それから、強く目を閉じてもう一度見る。
 
「デュ、デュリオ王子ーーーー!!」

 今日の私は、いつも少しだけ遅い。手の中のものに驚いて、届かない筈のデュリオ王子の背中にむかって叫ぶ。

 チェーンはいい。王子様の品だから素材は良いけど、簡単に手に入るものだ。でも、この指輪は違う。
 細かい細工で王家を示す模様が施され、『剣と氷』を意味するデュリオ王子の紋が記されている。世界でたった一つだけの、デュリオ王子が第二皇子である事を証明する品だ。

「保険って……。こんなの渡されたら、怖くて夜も寝れない!」

 青くなって何処に隠すか、何処にしまうかを考えて、そわそわと部屋中を歩き回る。そして、結局はデュリオと同じ様に首からぶら下げる事にした。
 私には少し長いチェーンは、丁度胸の間に落ちるように治まる。
 王子は妻を迎える時に、同じ指輪を作って相手の指にはめる。これは作ったものじゃなくてデュリオ自身のものだし、本人も保険って言ってたからそういう意味じゃない

 指輪の感触を肌で感じながら、長い髪をくるりと指で遊ぶ。
 いつか受け取ると思っていたレナート王子からは、婚約発表前に破棄されて渡される事が無かった。同じ意味を持つ指輪を、先に初恋の相手だったデュリオ王子から渡される事になるなんて……。

 服の上から指輪のある場所を押さえる。
 少しだけ痺れるように、ここが甘く疼くのは何故だろう。私はまだデュリオ王子への恋心を忘れていないのだろうか。

 自分の考えに首を振る。
 私は初めて会った時からずっと恋をしていたけれど、デュリオ王子は私を女性として見てくれたことはない。どんなにドキドキする様な場面でも、どんなにドキドキする様な言葉でも、彼の言葉は私を大事な友達としてみたものだった。だから……。

 再び足音が近づくのが聞こえた。
 デュリオ王子が戻ってきたのかと思って、急いで鉄格子の前に駆け寄る。

 長い影が揺れて、デュリオとは反対の白いフードの人物が二人浮かび上がる。一人のフードから零れた長い白金の髪に目を疑う。

 何があっても、ここには来る訳ないと思っていた。来れる訳がないと思っていた。
 白金の髪が零れたフードを下ろすと、紫色の瞳が露になって冷たく私を見つめる。

「こんばんは、リーリア。ご機嫌いかがかな?」

 首を傾げると優美な動作で私に尋ねる。

「こんばんは、レナート王子。残念だけど、あれからずっと気持ちのいい日々ではないわ」

 皮肉のような挨拶に挑むように答えを返す。
 一度肩を竦めてからゆっくりとレナートが私の側に近づいてくる。

「黒いドレスもよく似合うね。君の紺青の髪と紺青の瞳と合わさると『魔女』の名前も良く嵌る」
「なっ……何それ」

 嫌味なのか、それとも罪の告白なのか。計りかねて二の句を告げない私を、レナート王子が形の良い薄い唇を歪めるようにして微笑む。
 ふと唇に滲む血に気付く。
 
「その唇どうしたんですか?」

 さっきまでは遠くてきづかなかったけど、心なしか頬も少し赤い気がする。
 私の指摘にレナート王子が左の頬に軽く手を当てる。

「不思議な事にね。西棟の中でデュリオにあったよ。図書棟に来たって言ってたけど本当かな? 何処も明かりが点いていなかった気がするんだけどね」

 試す様な眼差しに私はそっぽを向く。
 レナート王子は嘘が苦手な私がしどろもどろになったり、本当の事を話してしまったりするのが面白いとよく言っていた。
 私の反応でデュリオ王子がここに来ていたと確信される訳には行かない。

「全部の窓を見れる訳ではないのに、疑うなんて酷い人ですね」
「そう? 私よりデュリオの方が酷いと思うけどね。出会いがしらに殴られる身にもなって欲しいよ。何をあんなに怒っていたのだと思う?」

 全てを知っているような顔でレナート王子が質問を重ねる。
 こういう遠回しな意地悪が、彼は以前から好きだった。少し前までは、私も嫌いじゃなかった。小さな可愛い事ばかりだったからだ。
 だんまりを決め込んだ私を、レナート王子がまじまじと見つめて手を叩く。

「リーリアでも口を閉じていられるんだね。新しい発見だよ。君が口にする嘘は、私なら見抜ける自信があったから残念だけど」

 私を知るような親し気な言葉に、苛立ちを覚えて拳を握りしめる。

「何を言ってるのか意味が分かりません。だって、私とレナート王子には、何の関係もなかった筈でしょう? そう明言されたのは貴方なのに、私の事で知った様な事は言わないで!」

 綺麗な形の瞳をすっと細めて、レナートが小さく息を吐く。

「そうだね。君の言う通りだよ。私と君には何の関係もなかったんだね。そう言ったのは私自身だ」

 レナート王子が片手を振ると、傍らに控えていたフードの男が格子に近づく。突然の行動に身を引くと、自嘲する様にレナートが笑う。

「危害を加えるつもりはないよ」

 その言葉に応えずに、いつでも枕を取りに行ける心構えをしてフードの男の挙動を見つめる。ちらりと見えた横顔は、レナートの付き従者のシストだ。
 シストが、袖口から取り出したものに目を見張る。

「鍵……。な、何を――」

 差し込まれた鍵が回されると、小さく開錠の音がした。軋むような嫌な音を立てて、ゆっくりと格子の扉が開く。

 私の罪が晴れたなんて事はないだろう。牢を別の所に移す? そんな事でレナート王子がここに来るとも思えない。

「一体、何のおつもりですか?」

 迷った末に、当の本人に理由を尋ねる。
 白金の髪を揺らしてレナート王子が小首を傾げ、外向きの優美な笑顔を浮かべる。
 
「うん。君と罪滅ぼしの散歩をしようと思って」
「罪滅ぼしの散歩?!」

 まったく考えがついていかない。牢に捕まっている棄てた元婚約者と散歩?
 しかも、罪滅ぼし? 意味が分からない!!! 
 唖然とする私に向かって、レナートが手を差し出す。

「懐かしい外苑に行こう。私が君をエスコートするよ」

 思い出と重なる姿に目を閉じる。初めて出会った時も、レナート王子は外苑に向かう時に、こうやって私に手を差し出した。
 あの頃には、こんな未来があるなんて思ってなかった。

「来ないの?」

 不思議そうに尋ねるレナート王子を睨みつける。

「嫌。拒否します。貴方と外苑で夜の散歩なんて悪い冗談にしか思えない」

 わざとらしい深いため息のあと、つまらなそうな顔でレナート王子が私に命じる。

「出ておいで、リーリア。これを逃すと機会はもうないからね。王子命令で外に出ろと命ずる」

 何故連れ出すのか、何をするつもりなのか。それが分からなければ、命令と言われたって出るわけにはいかない。
 
「私を外に出したい本当の理由は? それが分からなければ、私はここから動かない」

 罪滅ぼしの夜の散歩なんて、どう考えてもあり得ない。私を連れ出したい本当の理由はきっと何かある筈だった。
 真正面から挑むように睨み続けると、レナートが作り者みたいに綺麗な笑顔を見せる。

「強情だな……。これが君にとって最後の散歩になるかもしれないんだよ?」
「最後?」

 レナート王子が私に向かってもう一度手を差し出す。

「そう、最期。この意味が知りたいなら出ておいで」

 微笑んでいるけど、レナート王子の紫の瞳にはただならない色があった。
 頭に最悪の答えが過ぎる。その答えが正しいかを、知りたい気持ちが勝って私は頷く。

「わかりました。では、罪滅ぼしのお散歩に連れて行ってください」

 牢の外へと足を踏み出して、差し出された手を無視し隣に並ぶ。肩を竦めて差し出した手を引くと、レナートが外へと向かう階段を先に歩き出す。

 本来なら牢番がいる筈の扉は無人だった。見咎められることなく私達は外に出る。

 昼間と違う冷たい風が肌を撫でて、地下牢とは違う清々しい夜気を運んでくる。胸いっぱいに吸い込むと、数日なのに外がとても懐かしい気がした。

 ふわりと柔らかな布の感触が触れて、白いフードが私に掛けられる。同時によく知っているレナート王子の香りが私を包む。

「レナート王子?」

 フードを脱いだレナート王子の姿に、これが彼のものだと気づいて戸惑う。
 
「念の為、被っていて。見咎められるのは、私も少し面倒なんだ」 

 私の首筋に手を伸ばして手早くボタンを留めると、レナート王子は外苑に繋がる扉へと歩き出す。

 外苑と呼ばれる場所は、北棟と西棟の外壁と、激しい川が下にある崖に囲まれていてる。城の外なのに、城を通らなくては辿り着く事が出来ない安全な場所で、私とレナート王子とデュリオ王子の小さい頃の秘密の遊び場だった。

 外苑の入り口のドアに辿り着くと、レナート王子がシストに命じる。

「シスト、中に誰も入ってこないように見張りを」

 シストが一礼して答えるのを確認すると、レナート王子が私を呼ぶ。

「懐かしい事を思い出したんだ。一緒にドアを開けてみない?」
「ご遠慮します」

 レナート王子のいう懐かしい事が何か分かった上で、私はそれを拒否する。思い出だけはまだ綺麗だと思うから、それを今で汚したくない。

「すっかり嫌われているね」

 そう呟いてレナート王子がシストにドアを開けさせる。
 はっきり言わせてほしい。嫌われるも何も嫌われるような事をしたのはレナート王子自身だ。

 扉をくぐると直ぐに、外苑のドアが閉じられる。

「流石に暗いね」

 壁に駆けられた簡易のランプを手に取ると、レナート王子が火をつける。

「足元に気を付けてね、リーリア」

 以前と変わらない優し気な面差しでそう言って、曲がりくねった未舗装の道を歩き出すレナート王子の背中を見つめる。
 なぜだろう? どうしてだろう? 
 私とレナート王子の二人きりの今、言いたい事も聞きたい事もたくさんあった。
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