貴方なんて冗談じゃありません! 婚約破棄から始まる入れ替わり物語

立風花

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もう頭がいっぱいです!

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 あまりに突然の事が多すぎて、返す言葉が思いつかない。
 とりあえず、少しずつ探る事を選ぶ。

「次を考える前に、グレイがどうしていたかを教えて頂きたいです」

 癖のある眼差しを、ほんの少し見開いてグレイが頷く。

「あぁ、僕ですね! お姫様を待ちぼうけになった私は、頂いた旅券とお金で一人逃亡しようか迷いました。しかし、それでは少々後味が悪い。なので、王都の安宿に隠れていたんです」

 中庭での『戯曲が書けなかったら故郷に帰る』という言葉と『逃亡』では重みが違う。
 ストラーダ枢機卿とアベッリ公爵が探しているなら解ると言ったから、逃げている相手は「教会派』。
 では、『頂いた旅券とお金』という言葉は? 同じ『教会派』のレナート王子が支援する理由が見つからない。
 
 じっと黙っていると、先を促されているのと勘違いしたグレイが更に言葉を続ける。

「そのうち、私を探す人達に気付きましてね。それがデュリオ王子の手の者だったんです。リーリア様の無実の件のようだったので、捕まるのも安全策として悪くないと思いました。ですが、義理堅い私は、レナート殿下には相談した方がいいと考えました。それで、ひっそり城に戻る機会を伺っていた訳です。お会いできてよかった」

 グレイが役者めいた動作で、木の上から大袈裟に一礼する。

「そうだったんですね。わざわざありがとうございます」

 笑顔で何とか答えたものの、頭の中は大混乱だ。
 レナート王子がグレイが繋がっている。それは、もう間違いない。 
 グレイが『教会派』から逃亡してるのは、私の件が原因であっていると思う。
 でも、レナート王子が支援して、どこかのお姫様が関わって……。
 綺麗な白金の髪を、掻き回したいぐらい意味が分からない。

 ぱたぱたと雨が葉を叩く音がし始める。ずっと怪しかった空が、漸く雨に変わろうとしていた。
 グレゴーリ公爵との約束の時間も近い。だけど、グレイからも色々聞きだしたいから、ここで別れる訳には行かない。

「グレイ。場所を変えましょう」

 木からグレイが身軽に飛び降りると、後ろからジャンの驚く声が聞こえた。ジャンに向かって、唇の前でひとさし指を立てて静かにと伝える。

「ジャン、今は内密にして下さい。グレイを匿いたいのですが、私の部屋に連れて行けますか?」
「王子様のお部屋! いいですね! 僕は一度入って見たかったんです!」

 私の隣で小躍りするグレイを見て、ジャンが顔を顰める。

「ご希望であればお連れします。ただ、お連れした後はどうしますか? 私はレナート王子の元に戻りたいです。でも、怪しげな部外者を王子の部屋で野放しにはできません」

 確かに、グレイを放置するのはあまり良いとは思えない。苦笑いして少々酷い事を提案させてもらう。

「どっか閉じ込めちゃってください。開いている部屋に入れて外から家具で封鎖しておけばいいです」

 安堵した表情のジャンとは反対にグレイが抗議の声を上げる。

「それではつまらない! 安全だけど、僕の時間が可哀そうだ!」
「大丈夫です。紙とペンを差し上げますから、お仕事なさって待っていて下さい。程なく戻ったら、ちゃんと出します。例え軟禁状態でも、王子の部屋が見れるよい機会ですよ?」

 ほんの少し黙り込むと、グレイが諦めたように頷いた。

「では、私は馬車でグレゴーリ公爵の元へ参ります。ジャンとグレイは申し訳ないのですが、徒歩で城へ向かってください。宜しくお願いします」

 一斉にそれぞれの方向に向かって動き出す。
 一緒に連れて行く事も考えたけど、騎士団には『教会派』も少なくない。今は、これが最善である筈だ。

 騎士団の拠点で一人馬車を降りると、既に建物の前でグレゴーリ公爵が待っていた。

「レナート王子! ご足労頂き有難うございます」
「いいえ、お待たせしてしまいましたね。申し訳ありません」

 挨拶をし終えると、広い敷地に置かれた木材を積んだ馬車に目を止める。
 何の変哲もない筈なのに、妙に心が騒いで仕方なかった。

「グレゴーリ公爵、あれは……?」
「ディルーカ伯爵令嬢を処刑する為の建材です」

 処刑の建材。実物を見るのは初めてだけど、言われて見ればどう使われるか推測は容易だった。

「火炙りですか?」
「ええ。闘技場で観衆をいれて行うと、今朝連絡がありました。気分の悪い話です。どんな罪状がついても、相手は一貴族の令嬢です。その様な惨いやり方が許されるとは思えない」

 苦々し気にグレゴーリ公爵が吐き捨てる。
 『魔女に火炙り』。まるで、物語の筋書きみたいな組み合わせだ。着々と進む『私』の終わりに悪寒が走る。

「少し見て来ても宜しいですか? 待っていてください」

 そう告げて一人で近づく。積まれた材木で目を引くのは、大きな一本の木材と山のように積まれた薪。
 小さな薪を一つ手にして、御者の騎士に尋ねる。

「何処に使うんですか?」
「これは、レナート王子。そちらは火種です。一番大きな材木が魔女を縛り付ける本体。小さい材木は足場になります。良く燃えるように――」

 尚も語ろうとする騎士を手で制する。

「結構です。前を向いて、仕事に戻って下さい」

 騎士が正面を向くのを確認して、幾つかの薪と材木に触れていく。
 明後日の処刑で、この材木で建てた処刑台に『私』が立つ。そこで失われるのは、『私』なのか『レナート王子』なのか。 
 
 一番大きな材木を軽く叩いてから、グレゴーリ公爵の元に戻る。

「お待たせしました。参りましょう」

 グレゴーリ公爵の先導で、騎士団の中を歩く。
 華美なものは一つもなく、全てが実用を優先して作られている。ここに来るのは初めてだから、見るものすべてが新鮮だった。
 最上階の部屋の前まで来ると、先導していたグレゴーリ公爵の決まりの悪そうな表情になる。

「どうかなさったのですか?」
「まず、二人でお話したい事があります」

 促されて部屋に入る。
 品物は良いが、華美ではない机と棚。必要なものだけしか置かれていない部屋は綺麗に整理整頓されていて、グレゴーリ公爵の性格をよく表している。
 感想を述べようと振り返った瞬間に、グレゴーリ公爵が跪く。

「大変申し訳ございません! 屋敷より連絡がありました。当家の愚女がレナート王子に対し大変な失礼したと」

 ジュリアの啖呵を思い出して微笑む。

「気になさらないで下さい。ジュリアの言葉は間違いではないので、処分は致しません」

 複雑な表情でグレゴーリ公爵が顔をあげる。

「しかし、処分がないのは……示しがつきません。どのような理由であれ、レナート王子に足払いを掛けて倒すなど……」

 困惑するグレゴーリ公爵の表情に、爽快な足さばきを決めて胸を張ったジュリアの表情が重なる。その落差に、思わず私は吹きだす。

「ふふっ。ジュリアは凄いですね。剣を使う所も見てみたい」
「親バカですが、才はあるんです。女の子にしておくのが惜しいと何度も思った」

 その言葉に頷く。

「勿体ないですね。自身の生かせる道を望んだジュリアは間違っていないです。見る者もいなかったので、処分は一切不要です」

 グレゴーリ公爵が息を吐く。そこにあったのは父親の顔だった。

「情けないですが、親として心から私は安堵しております。外では猫を被っておりますが、実はとんでもないお転婆で手が付けられない。それでも、私にとっては本当に可愛い娘なのです。アレッシオ・グレゴーリは、必ずレナート王子のご恩に報いさせて頂くと誓いましょう」

 もう一度、深々とグレゴーリ公爵が一礼した。その肩にそっと手を乗せる。

「大変心強く思っています。宜しくお願いします」

 顔を上げたグレゴーリ公爵が微笑んで、ゆっくりと立ち上がる。
 
「早速ですが、シストがここに連れて来る前に一つご相談をさせてください。祭祀をレナート王子に執り行って頂きたいのです」
「祭祀……ですか?」

 平静を装って微笑んでみたが、『祭祀』の意味が分からない。執り行えと言われも、絶対に無理だ。
 
「インテンソ河、タルヴォルタ川の決壊。こんな事はこれまでセラフィン王国の騎士の進軍に一度として無かった。我が国が周辺国を一つに出来たのは、『奇跡』である事はアレックス王子もご存知でしょう?」

 とりあえず頷いておく。
 正しく何があったのかは知らないが、国力があったとは言えないセラフィン王国が、強大な周辺国を制したのは『奇跡』と呼べる。
 グレゴーリ公爵が何とも得言えない微妙な表情で再び口を開く。

「『祭祀』による『奇跡』など、私は信じていませんでした。『偶然』にも天地の恩恵に恵まれたと思っていたんです。しかし、国王陛下が『祭祀』を行わなかった今回は、天災続きとなりました。時期を考えれば氾濫は致し方ない。そう理解していても、気持ちが悪さばかりが残ります」

 『祭祀』。それを国王陛下が行う事で、天地の恩恵を受ける『奇跡』が起きる。それがセラフィン王国の躍進につながった。
 私が知らない『祭祀』の存在を、グレゴーリ公爵は知っている。
 これは知る者が限られた秘密。多分、そういう事なのだと思う。

 困った時は、相手に任せる返事が有効である事を思い出す。

「『祭祀』ですか……。どのようにお考えですか?」

 後のやり方を答えてくれるか、より詳細な祭祀の内容を答えてくれるか。期待を込めて返事を待つ。

「正式な方法は、殿下もご存知ない事は分かっております。世話役の巫女がおりますので、城内の祠で形だけでもと考えているのですが……」

 世話役の巫女がいるのなら、なんとかなるのかもしれない。

「わかりました。では、シストの件が終わったら対応します。手配をお願いします」

 答えると同時に、扉をノックする音が聞こえた。

「シストを連れてまいりました。入室してもよろしいでしょうか?」
「入れ」
 
 外から告げた騎士の声にグレゴーリ公爵が返答するのを聞いて、一本の糸になったかのように私は背中を上へと伸ばす。

 扉が開くと憔悴した様子のシストが中に入ってきた。驚いた様に私を見る眼差しには、縋るような色と同時にまだ優越の色がある。

 騎士に無理矢理跪かせられたシストが、許可なく口を開いて話し出す。

「あぁ、レナート王子。いらっしゃったという事は、私を助けに来てくださったのですね! 『旧国派』の騎士の者達が、私に酷い真似をするのです! どうか罰を与えて下さいませ。きっとアベッリ公爵も喜ぶはずです」

 アベッリ公爵の所を強調したシストには、まだアベッリ公爵に頼る気持ちが大きい。できるだけ冷たく眼差しを細めてシストを見る。

「誰が口を聞いてよいと言った?」
「はっ?」

 素っ頓狂な声を出した後に、みるみるシストの表情が青くなる。

「も、申し訳ありません。レナート王子のお顔を拝見したら、安堵してしまって……」

 シストが慌てて額が床に着くほど深く頭を下げる。その様子を見ながら、馬車の中で何度も練習した言葉を口にする。

「シスト、顔を上げろ。お前の主は誰だ?」

 恐る恐る顔を上げたシストが視線を迷わせる。
 レナート王子と言うべきだけど、彼を送り込んだのはアベッリ公爵。そして、アベッリ公爵の方が今は絶対に強い。そう考えているのが手に取るようにわかる。

「……レナート王子です」

 そう答えたけど、言葉の前半に『一応』とつくのは見え見えだ。思いっきり呆れたようにため息をつく。

「お前の主はアベッリ公爵みたいだな」
「……」

 黙り込んだシストの顔を見下ろして鼻で笑うと、シストが凍り付いた様に表情を硬くする。
 レナート王子は綺麗な顔をしているから、冷たい態度をとるとすごく酷薄に見える筈だ。

「私はこれから王になる。まだ若いから長い治世になるだろう。アベッリ公爵はどうだ? 今はお元気だが、年齢を考えれば退官の時はそう遠くない。君がアベッリ公爵と共に従者を退く時は、私が華々しく送り出してやろう」

 口を開けたり閉じたりを繰り返したシストが、遅まきながら意味に気づいて震えだす。
 アベッリ公爵と共に退官すれば、周囲はその意味を厄介払いと受け取る。時の王に忌み嫌われた従者を受け容れる者はきっとない。
 
「アベッリ公爵……退官……。そ、そう……レナート王子は……これから……」
「機会がほしいか?」

 色を失ったシストにそう告げると、必死の顔で何度も首を振る。
 
「機会が欲しいなら、私の為になる事を何かして見せると良い。君には何ができる?」

 私的に艶のある表情で今度は微笑んで見せる。一瞬見惚れるような顔をシストがしたから、上手にできたはずだ。
 混乱するシストに間者をどう命じようか考えていたら、シストが膝でにじり寄ってきた。

「では、貴方を抑え続けたアベッリ公爵の秘密を差し上げます! それで貴方と私は一蓮托生になる」

 一瞬グレゴーリ公爵を見る。はっきりとした頷きが返ってきた。

「アベッリ公爵の秘密とは?」
 
 激しく首を上下に振って、先を急ぐようにシストが口を開く。

「レナート王子の前に、私はアベッリ公爵が囲う女性のお世話をしておりました。その中に貴族ではない方がお一人おりまして、大変賢い方でアベッリ公爵は信頼を寄せておりました。王都を離れてひっそりと居を構えていた為、都合の悪いものは全てそちらに隠しております」
「都合の悪いものとは何ですか?」

 言い淀んだシストに、私は無言で目を細める。一度息を飲んだシストが震える声で決定的な事を口にした。

「レナート王子もご存知の通り。アベッリ公爵は現国王陛下の失脚を以前よりお望みです。その為にやり取りした書簡や使った金銭の帳簿。そう言ったものは全て、女性の屋敷に保管されているかと存じます」
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