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道が見えました!
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自分の決断を後押しする様に一度大きく頷く。
分からない事が多すぎる上に、時間が圧倒的に足りない。確実に答えが見つかっている方を、優先していくしかない。
「ジャン、グレイの事は調整できましたか?」
「はい。グレイ様には、シストの部屋にお移り頂くのが宜しいかと存じます。今は主が不在ですし、奥にあって鍵もかかります。念のため、見習いを一人お側に置かせて頂ければ安心かと」
良さそうな提案に頷こうとしたら、グレイが抗議の声を上げる。
「嫌だね! 僕はここでいい。従者の部屋は見た事があるが、実に味気ない!」
「我儘はお止め下さい。いつまでも、レナート王子の部屋に置いておくわけにはまいりません」
ぴしゃりとジャンが跳ね除けても、クレイは全力で首を振って頑なに譲らない。
「見張りをつけるなら、レナート王子の部屋でも構わないだろ? この部屋は見るべきものが、まだたくさんある。僕は暇には耐えられないんだ。従者の部屋なんて、我慢できずにふらふらしてしまう」
暇に堪え切れずに部屋を出たグレイが、ストラーダ枢機卿に遭遇する姿が頭に浮かぶ。あり得そうだから怖い。
グレイをここに残す事と、部屋を移す事を秤にかけて方針を変える。
「わかりました。では、日中は見張りをつけて、この部屋で過ごして頂きましょう。ジャン、見習いは信頼できる者ですか?」
「はい。アベッリ公爵から睨まれている私の代わりに、レナート王子のお側におけたらと手塩にかけて育てました。口は堅く、決して意に背く事は致しません」
ジャンが育てた見習い従者ならば、きっと信頼できるだろう。
「では、その者に指示をしてから馬車寄せに来て下さい。私もすぐに向かいます」
ジャンが再び飛び出して行ったのを見送って、殆ど手を付けていなかった朝食のスープを一気に飲み干す。さらに、立ち上がりながらパンを口にする。
「王子様でもそんな風に慌てて食べることがあるんだね! 意外な一面だ」
ティーカップのお茶をスプーンでかき混ぜて、グレイが興味津々の眼差しを向けてきた。王子らしさを崩すな、と指を突きつけたレナート王子を思い出す。
「レナート王子だって、こんな事もあります。では、グレイ。戻ったら続きを」
らしくない感じで、口を拭いながら軽く手を振って部屋を出る。
レナート王子なら間違いなくしない。でも、私ならする。小さな復讐に口元が思わず綻んだ。
騎士団に着くと、真っ直ぐにグレゴーリ公爵の部屋を目指す。部屋に入ると、連絡を受けていたグレゴーリ公爵が人払いを済ませて待っていた。
「おはようございます、レナート王子。お疲れではありませんか?」
「大丈夫です。早々で申し訳ありませんが、条件に合う騎士のリストを見せてください」
手渡された書類に目を通す。条件にあう人は、まだ二十人以上いた。
「ソフィアが襲われてからリーリアが捕まるまでの短い間に、警備や捜索で存在が確認できた人を消せますか?」
グレゴーリ公爵が頷いて、外に出していた付きの騎士に指示を出す。戻ると私に真意を尋ねる。
「さて、貴方は今度は何をなさるのでしょう?」
グレイとレナート王子の取引など、まだ分からない事も多い。だから、話せる事だけをまずは伝える。
「始めに一つご報告します。グレイ・ローランドを保護しました。昨日、城の周囲で様子をうかがうグレイを見つけたんです」
グレゴーリ公爵が開きかけた口を手で制して、ここに同行させていない理由を口にする。
「直ぐにお伝えしなかったのは、騎士団に連れて来る事が最善だと思えなかったからです。リーリアは、舞踏会の日に黒ずくめの男と対峙しました。特徴から、彼らは騎士であったと私は考えています」
中庭で対峙した黒ずくめの男は、荒々しい言葉の端々に綺麗な言葉遣いが混ざった。咄嗟に綺麗な言葉遣いが出るのは日常的に使っている証拠で、相応の身分を持っているか、それに近しい場所にいるという事だ。だから、黒ずくめの者たちは、一般的な金品を狙う賊ではない。
更に、キレはジュリアに負けていたけど、薙ぎ払いからの回し蹴りなんて、訓練していなくては出来ない。三人の統制も良くとれていた。
理由を告げると、グレゴーリ公爵が顔を顰める。
「今回の件では、ディルーカ伯爵令嬢の証言を握りつぶした者も出ている。職務は公平であれと叩き込んでおりますが、派閥の影響が強い者も確かに存在します」
深々と頭を下げたグレゴーリ公爵に慌てて首を振る。
レナート王子は、騎士団を最も派閥の色がない組織だと、まだ仲睦まじかった頃に教えてくれた。
今の状況でも『教会派』と一定の距離を置いて、組織は良く動いている。
「頭を下げる必要はありません。騎士団程の大きな組織で、派閥の対立を全て抑えるのは不可能です。むしろ、不心得者が僅か済んでいる事を私は高く評価したい」
更に深く頭を下げてから顔を上げたグレゴーリ公爵が、穴が開くのではないかと思う程に私の顔をじっとみつめる。
「レナート王子……。以前から、貴方はそう考えていたのでしょうか?」
昔からレナート王子は、物事を冷静に見ていた。悪い事を叱るよりも良い事を探すような人だった。
「そう考えている部分は、ずっとあったと思います。表には出せていなかったのでしょうが」
グレゴーリ公爵が苦笑いを浮かべる。
「時折、貴方の言葉は曖昧ですな。でも、誤魔化している感じはないのが不思議です」
鋭い人は、やっぱり鋭い。早く『私』を処刑から救って、元の『私』に戻る事を考えたい。でないと、いつかは取り返しのつかない襤褸が出てしまいそうだ。
「グレゴーリ公爵。話を先に進めましょう。リーリアが黒ずくめの男に襲われた。その際にグレイが一緒にいた。それは、偶然ではありませんでした。ストラーダ枢機卿から、グレイは足止めを依頼されてたそうです」
「襲撃の方も、知っていたという事ですか?」
「いいえ。そちらは知らなかったようです。だから、身の危険を感じて逃げ出した」
腕を組んだグレゴーリ公爵が一度目を閉じて、少しの間考え込む。
「では、残っていたらディルーカ伯爵令嬢と共に捕縛……いや、それだと証言がなかった事にならない。この場合は、一度は泳がせて口封じが正解でしょうね」
「私もそう考えています。リーリアを捕縛した者達は、証言を覆してないのですよね?」
苦虫を噛み潰したような顔でグレゴーリ公爵が頷く。
例え『私』がどんな主張をしても、残りの全員が口裏を合わせてしまえば覆すのは難しい。黒ずくめの者たちの事も、グレイがいなくなれば私だけしか主張する者はいない。
例え、グレゴーリ公爵が協力してくれても、黒ずくめの者が捕まらず、グレイがいない状況になれば、私の主張はきっと何処かで葬られる。
「私はあと一日だけ、グレイの身を秘密にしたいです」
グレゴーリ公爵が首を振る。
「ご不安は分かります。騎士団には『教会派』の意を汲む者も確かにおります。しかし、そうでない者も多くおります。きちんと人員を配置し、ローランド男爵の身柄を守る方が私はやはり良いと思います」
私の意見とグレゴーリ公爵がの意見がぶつかる。
グレイを誰かの手に渡す危険性と、手元に置く危険性。これからの布石をもう一度、しっかりと頭の中で確認してから、ゆっくりと口を開く。
「騎士団は、目が多すぎます。どんなに隠しても、ストラーダ枢機の耳に入ってしまう。グレイはリーリアの証言者であると同時に、ストラーダ枢機卿を抑える手掛かりだと思っています」
「ローランド男爵の証言だけでは、厳しい追及は難しいです」
レナート王子が突然動いたあの日……ストラーダ枢機卿は日を改めずに、私を『魔女』にする事を決行した。
婚約破棄された令嬢が、いつまでも城に留まるわけがない。時間との勝負になる。
ストラーダ枢機卿はグレイを追い払う意味も兼ねて、彼に足止めを頼んだのだろう。それから、黒ずくめの男を新たに用意したのか、元々頼んでいた者達に急な決行を命じたのか。どちらにせよ、綿密に策を張る暇などなかった筈だ。
今回だけは、かなり近い線でストラーダ枢機卿は痕跡を残してしまっている可能性が高い。
「グレイの証言。黒ずくめの男の存在と証言。この二つが重なれば、追及は可能ではありませんか?」
グレゴーリ公爵の稲穂色の瞳と私のレナート王子の紫の瞳が交わる。
「二つ揃えば、ある程度まで踏み込めると思います。あのリストの中に、黒ずくめの男がいる。そして、レナート王子は見つけ出す手掛かりをお持ちだと?」
やや疑うようなグレゴーリ公爵の眼差しを押し切る為に、自信を浮かべた表情ではっきりと頷き返す。
「はい。必ず探し出して見せます。そして、ストラーダ枢機卿を捕らえるまではいかなくとも、聴取と称してまず身柄を抑えます。その後、アベッリ公爵を捕縛する。二人の大物が一時とはいえ、同時に舞台から姿を消せば、必ず流れを止める事が出来るでしょう!」
グレゴーリ公爵の不正の証拠。ストラーダ枢機卿の騎士悪用の証拠。
『私』を救う道が、遂にはっきり見えた。
貰ったリストを手にグレゴーリ公爵の部屋を出る。早速、ジャンを連れて、最初の一人の所へ向かう。
リストに載った名前は六名。ソフィアが襲われてから『私』が捕まるまでの時間は短かったが、かなりの人数の騎士が動いていて随分と絞り込めた。
馬術訓練場に向かいながら、人気がない事を確認してジャンが尋ねる。
「レナート王子、一カ所に纏めてではダメなのですか?」
時間を節約する為に、最初は私も検討していた。でも、何らかの意図で選ばれた事が、集まった者に察せられる恐れがある。
「属性や階級の一致ぐらいなら怪しまれないのですが、全員が同じ瞳の色だと少し不審がられてしまいますから。一人一人は大変ですが、最後の頑張りどころです」
馬術訓練場につくと、ジャンが対象の男を呼び出す。最初の人物は、強硬な『教会派』子爵の三男だ。明るい赤い髪に茶色い目の男が近づいてきて私の前に跪く。
「およびに従い参上いたしました」
瞳の色はあの晩よりも濃い。夜だったから日中よりも薄い色が濃く見える事はあるけれど、濃い者が薄くなることはあり得ない。
最初の男に、用意していた口上の一つを告げる。
「訓練中に、ご足労頂感謝します。貴方の働きを褒めいた者がおりましたので、一度顔を見ておきたかったのです。これからも励んでください。戻って結構ですよ」
深々ともう一度頭を下げると、嬉しそうに男が去っていく。王子様に褒められるのは騎士にとっては名誉だから、これなら誰も嫌な顔はしない。
男の背が見えなくなると、ジャンがリストに目を落とす。
「外れのようですね」
「ええ。流石に一人目で当たりにはなりませんね。ジャン、次の方は何処に行けば良いでしょうか?」
首を傾げて尋ねると、次の場所は剣技場と返事が返ってきた。
黒ずくめの男は、少し濃い目の茶色の目。声は布で隠していたから正確ではないけれど、どちらかというと低い部類だった。言葉は乱暴な部分もあるが、基礎の部分はとても丁寧。早口ではないが、少し急く様な話し方だ。
剣技場で会った二人目の男は、見た目は近かったのに声が明らかに高くて違った。
三人目の男は、かなり近いと感じたから、時間を掛けて話をした。でも、何処か違和感がぬぐえなくて保留にした。
四人目の男は、目じりが大きく下がっていて眼差しが違った。
五人目は、見た目は近いがとても早口で、黒ずくめの者と喋り方が重ならなかった。
あと一人。僅かな焦りが心に生じ始める。
五人目の男と、魔術訓練場であう。
近づいた男の髪の色は、柔らかなオレンジ。名乗ると同時に見上げた瞳は、少し濃い目の茶色。三人目の男と同様に、よく似ている。
男に向かって、用意していた言葉をかける。
「実は私の護衛を増やそうと思っています。兄のような年齢の優秀な方を探していて、貴方の紹介をうけました」
男が綺麗に一礼して、嬉しそうに顔を綻ばせる。
「大変うれしく存じます。騎士は王の盾であり剣。未来の国王であるレナート殿下にお仕えできれば、これ以上の幸福はありません」
問題はこれだ。三人目の男もそうだったのだが、皆レナート王子の前で猫を被り過ぎる。
丁寧で細心の注意を払った最高の態度を見せられると、あの日の『私』に見せた態度とはあまりに違い過ぎて判断ができない。
その後も幾つか言葉を重ねて様子を見たけれど、やはりどうしても確信を得る事が出来なかった。
迷った挙句に三人目と同様、保留にして別れを告げる。
男と別れると、ジャンと相談して食堂の裏手でもう一度書類を見直す。
可能性が高いのは三人目か六人目の男。どちらも、強硬な『教会派』の家系で所属する隊も『教会派』の色が濃い。
「お水をお持ちしました」
食堂から持ってきた水のグラスをジャンが差し出す。冷たい水を一口飲んで空を仰ぐ。
今日は昨日と違って、とても天気が良い。でも、時間で場所を変える太陽に、見上げる度にせかされている気がして落ち着かない
「どうしたら、猫を被るのをやめてもらえるでしょうか?」
「猫を被る? 自然な姿が見たいのですか?」
私が頷くと、ジャンが心得たというように頷く。
「では、少しお時間を下さい。私に良い案があります」
分からない事が多すぎる上に、時間が圧倒的に足りない。確実に答えが見つかっている方を、優先していくしかない。
「ジャン、グレイの事は調整できましたか?」
「はい。グレイ様には、シストの部屋にお移り頂くのが宜しいかと存じます。今は主が不在ですし、奥にあって鍵もかかります。念のため、見習いを一人お側に置かせて頂ければ安心かと」
良さそうな提案に頷こうとしたら、グレイが抗議の声を上げる。
「嫌だね! 僕はここでいい。従者の部屋は見た事があるが、実に味気ない!」
「我儘はお止め下さい。いつまでも、レナート王子の部屋に置いておくわけにはまいりません」
ぴしゃりとジャンが跳ね除けても、クレイは全力で首を振って頑なに譲らない。
「見張りをつけるなら、レナート王子の部屋でも構わないだろ? この部屋は見るべきものが、まだたくさんある。僕は暇には耐えられないんだ。従者の部屋なんて、我慢できずにふらふらしてしまう」
暇に堪え切れずに部屋を出たグレイが、ストラーダ枢機卿に遭遇する姿が頭に浮かぶ。あり得そうだから怖い。
グレイをここに残す事と、部屋を移す事を秤にかけて方針を変える。
「わかりました。では、日中は見張りをつけて、この部屋で過ごして頂きましょう。ジャン、見習いは信頼できる者ですか?」
「はい。アベッリ公爵から睨まれている私の代わりに、レナート王子のお側におけたらと手塩にかけて育てました。口は堅く、決して意に背く事は致しません」
ジャンが育てた見習い従者ならば、きっと信頼できるだろう。
「では、その者に指示をしてから馬車寄せに来て下さい。私もすぐに向かいます」
ジャンが再び飛び出して行ったのを見送って、殆ど手を付けていなかった朝食のスープを一気に飲み干す。さらに、立ち上がりながらパンを口にする。
「王子様でもそんな風に慌てて食べることがあるんだね! 意外な一面だ」
ティーカップのお茶をスプーンでかき混ぜて、グレイが興味津々の眼差しを向けてきた。王子らしさを崩すな、と指を突きつけたレナート王子を思い出す。
「レナート王子だって、こんな事もあります。では、グレイ。戻ったら続きを」
らしくない感じで、口を拭いながら軽く手を振って部屋を出る。
レナート王子なら間違いなくしない。でも、私ならする。小さな復讐に口元が思わず綻んだ。
騎士団に着くと、真っ直ぐにグレゴーリ公爵の部屋を目指す。部屋に入ると、連絡を受けていたグレゴーリ公爵が人払いを済ませて待っていた。
「おはようございます、レナート王子。お疲れではありませんか?」
「大丈夫です。早々で申し訳ありませんが、条件に合う騎士のリストを見せてください」
手渡された書類に目を通す。条件にあう人は、まだ二十人以上いた。
「ソフィアが襲われてからリーリアが捕まるまでの短い間に、警備や捜索で存在が確認できた人を消せますか?」
グレゴーリ公爵が頷いて、外に出していた付きの騎士に指示を出す。戻ると私に真意を尋ねる。
「さて、貴方は今度は何をなさるのでしょう?」
グレイとレナート王子の取引など、まだ分からない事も多い。だから、話せる事だけをまずは伝える。
「始めに一つご報告します。グレイ・ローランドを保護しました。昨日、城の周囲で様子をうかがうグレイを見つけたんです」
グレゴーリ公爵が開きかけた口を手で制して、ここに同行させていない理由を口にする。
「直ぐにお伝えしなかったのは、騎士団に連れて来る事が最善だと思えなかったからです。リーリアは、舞踏会の日に黒ずくめの男と対峙しました。特徴から、彼らは騎士であったと私は考えています」
中庭で対峙した黒ずくめの男は、荒々しい言葉の端々に綺麗な言葉遣いが混ざった。咄嗟に綺麗な言葉遣いが出るのは日常的に使っている証拠で、相応の身分を持っているか、それに近しい場所にいるという事だ。だから、黒ずくめの者たちは、一般的な金品を狙う賊ではない。
更に、キレはジュリアに負けていたけど、薙ぎ払いからの回し蹴りなんて、訓練していなくては出来ない。三人の統制も良くとれていた。
理由を告げると、グレゴーリ公爵が顔を顰める。
「今回の件では、ディルーカ伯爵令嬢の証言を握りつぶした者も出ている。職務は公平であれと叩き込んでおりますが、派閥の影響が強い者も確かに存在します」
深々と頭を下げたグレゴーリ公爵に慌てて首を振る。
レナート王子は、騎士団を最も派閥の色がない組織だと、まだ仲睦まじかった頃に教えてくれた。
今の状況でも『教会派』と一定の距離を置いて、組織は良く動いている。
「頭を下げる必要はありません。騎士団程の大きな組織で、派閥の対立を全て抑えるのは不可能です。むしろ、不心得者が僅か済んでいる事を私は高く評価したい」
更に深く頭を下げてから顔を上げたグレゴーリ公爵が、穴が開くのではないかと思う程に私の顔をじっとみつめる。
「レナート王子……。以前から、貴方はそう考えていたのでしょうか?」
昔からレナート王子は、物事を冷静に見ていた。悪い事を叱るよりも良い事を探すような人だった。
「そう考えている部分は、ずっとあったと思います。表には出せていなかったのでしょうが」
グレゴーリ公爵が苦笑いを浮かべる。
「時折、貴方の言葉は曖昧ですな。でも、誤魔化している感じはないのが不思議です」
鋭い人は、やっぱり鋭い。早く『私』を処刑から救って、元の『私』に戻る事を考えたい。でないと、いつかは取り返しのつかない襤褸が出てしまいそうだ。
「グレゴーリ公爵。話を先に進めましょう。リーリアが黒ずくめの男に襲われた。その際にグレイが一緒にいた。それは、偶然ではありませんでした。ストラーダ枢機卿から、グレイは足止めを依頼されてたそうです」
「襲撃の方も、知っていたという事ですか?」
「いいえ。そちらは知らなかったようです。だから、身の危険を感じて逃げ出した」
腕を組んだグレゴーリ公爵が一度目を閉じて、少しの間考え込む。
「では、残っていたらディルーカ伯爵令嬢と共に捕縛……いや、それだと証言がなかった事にならない。この場合は、一度は泳がせて口封じが正解でしょうね」
「私もそう考えています。リーリアを捕縛した者達は、証言を覆してないのですよね?」
苦虫を噛み潰したような顔でグレゴーリ公爵が頷く。
例え『私』がどんな主張をしても、残りの全員が口裏を合わせてしまえば覆すのは難しい。黒ずくめの者たちの事も、グレイがいなくなれば私だけしか主張する者はいない。
例え、グレゴーリ公爵が協力してくれても、黒ずくめの者が捕まらず、グレイがいない状況になれば、私の主張はきっと何処かで葬られる。
「私はあと一日だけ、グレイの身を秘密にしたいです」
グレゴーリ公爵が首を振る。
「ご不安は分かります。騎士団には『教会派』の意を汲む者も確かにおります。しかし、そうでない者も多くおります。きちんと人員を配置し、ローランド男爵の身柄を守る方が私はやはり良いと思います」
私の意見とグレゴーリ公爵がの意見がぶつかる。
グレイを誰かの手に渡す危険性と、手元に置く危険性。これからの布石をもう一度、しっかりと頭の中で確認してから、ゆっくりと口を開く。
「騎士団は、目が多すぎます。どんなに隠しても、ストラーダ枢機の耳に入ってしまう。グレイはリーリアの証言者であると同時に、ストラーダ枢機卿を抑える手掛かりだと思っています」
「ローランド男爵の証言だけでは、厳しい追及は難しいです」
レナート王子が突然動いたあの日……ストラーダ枢機卿は日を改めずに、私を『魔女』にする事を決行した。
婚約破棄された令嬢が、いつまでも城に留まるわけがない。時間との勝負になる。
ストラーダ枢機卿はグレイを追い払う意味も兼ねて、彼に足止めを頼んだのだろう。それから、黒ずくめの男を新たに用意したのか、元々頼んでいた者達に急な決行を命じたのか。どちらにせよ、綿密に策を張る暇などなかった筈だ。
今回だけは、かなり近い線でストラーダ枢機卿は痕跡を残してしまっている可能性が高い。
「グレイの証言。黒ずくめの男の存在と証言。この二つが重なれば、追及は可能ではありませんか?」
グレゴーリ公爵の稲穂色の瞳と私のレナート王子の紫の瞳が交わる。
「二つ揃えば、ある程度まで踏み込めると思います。あのリストの中に、黒ずくめの男がいる。そして、レナート王子は見つけ出す手掛かりをお持ちだと?」
やや疑うようなグレゴーリ公爵の眼差しを押し切る為に、自信を浮かべた表情ではっきりと頷き返す。
「はい。必ず探し出して見せます。そして、ストラーダ枢機卿を捕らえるまではいかなくとも、聴取と称してまず身柄を抑えます。その後、アベッリ公爵を捕縛する。二人の大物が一時とはいえ、同時に舞台から姿を消せば、必ず流れを止める事が出来るでしょう!」
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馬術訓練場に向かいながら、人気がない事を確認してジャンが尋ねる。
「レナート王子、一カ所に纏めてではダメなのですか?」
時間を節約する為に、最初は私も検討していた。でも、何らかの意図で選ばれた事が、集まった者に察せられる恐れがある。
「属性や階級の一致ぐらいなら怪しまれないのですが、全員が同じ瞳の色だと少し不審がられてしまいますから。一人一人は大変ですが、最後の頑張りどころです」
馬術訓練場につくと、ジャンが対象の男を呼び出す。最初の人物は、強硬な『教会派』子爵の三男だ。明るい赤い髪に茶色い目の男が近づいてきて私の前に跪く。
「およびに従い参上いたしました」
瞳の色はあの晩よりも濃い。夜だったから日中よりも薄い色が濃く見える事はあるけれど、濃い者が薄くなることはあり得ない。
最初の男に、用意していた口上の一つを告げる。
「訓練中に、ご足労頂感謝します。貴方の働きを褒めいた者がおりましたので、一度顔を見ておきたかったのです。これからも励んでください。戻って結構ですよ」
深々ともう一度頭を下げると、嬉しそうに男が去っていく。王子様に褒められるのは騎士にとっては名誉だから、これなら誰も嫌な顔はしない。
男の背が見えなくなると、ジャンがリストに目を落とす。
「外れのようですね」
「ええ。流石に一人目で当たりにはなりませんね。ジャン、次の方は何処に行けば良いでしょうか?」
首を傾げて尋ねると、次の場所は剣技場と返事が返ってきた。
黒ずくめの男は、少し濃い目の茶色の目。声は布で隠していたから正確ではないけれど、どちらかというと低い部類だった。言葉は乱暴な部分もあるが、基礎の部分はとても丁寧。早口ではないが、少し急く様な話し方だ。
剣技場で会った二人目の男は、見た目は近かったのに声が明らかに高くて違った。
三人目の男は、かなり近いと感じたから、時間を掛けて話をした。でも、何処か違和感がぬぐえなくて保留にした。
四人目の男は、目じりが大きく下がっていて眼差しが違った。
五人目は、見た目は近いがとても早口で、黒ずくめの者と喋り方が重ならなかった。
あと一人。僅かな焦りが心に生じ始める。
五人目の男と、魔術訓練場であう。
近づいた男の髪の色は、柔らかなオレンジ。名乗ると同時に見上げた瞳は、少し濃い目の茶色。三人目の男と同様に、よく似ている。
男に向かって、用意していた言葉をかける。
「実は私の護衛を増やそうと思っています。兄のような年齢の優秀な方を探していて、貴方の紹介をうけました」
男が綺麗に一礼して、嬉しそうに顔を綻ばせる。
「大変うれしく存じます。騎士は王の盾であり剣。未来の国王であるレナート殿下にお仕えできれば、これ以上の幸福はありません」
問題はこれだ。三人目の男もそうだったのだが、皆レナート王子の前で猫を被り過ぎる。
丁寧で細心の注意を払った最高の態度を見せられると、あの日の『私』に見せた態度とはあまりに違い過ぎて判断ができない。
その後も幾つか言葉を重ねて様子を見たけれど、やはりどうしても確信を得る事が出来なかった。
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男と別れると、ジャンと相談して食堂の裏手でもう一度書類を見直す。
可能性が高いのは三人目か六人目の男。どちらも、強硬な『教会派』の家系で所属する隊も『教会派』の色が濃い。
「お水をお持ちしました」
食堂から持ってきた水のグラスをジャンが差し出す。冷たい水を一口飲んで空を仰ぐ。
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「どうしたら、猫を被るのをやめてもらえるでしょうか?」
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私が頷くと、ジャンが心得たというように頷く。
「では、少しお時間を下さい。私に良い案があります」
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