< 小話まとめ >悪役令嬢はやめて、侯爵子息になります

立風花

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四章

55話 小鳥が夢を買う / 花街のお姐さん

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更新がぎりぎりで当日で、すみません。

< 小さな設定 >
休日の使用人の服装
ジル → 花街にいたので色っぽいお兄さん風の服装です
クレイ → 絡まれたら怖いお兄さん風になります
↑ この二人は従者の時とかなり違います。下町で飲んでたらアングラードの従者だなんて気づかれません!
マリーゼ →、自分は綺麗なお姉さん風 とてもセンスが良いです。可愛いが過剰になるのはノエルとお部屋だけです。


< 小話 >

――小鳥が夢を買う時間

 籠の中の小鳥。この町の女はそう呼ばれる。
 昼は暗い籠と呼ばれる部屋の中で眠り、夕闇と共に街が動き出すと起きて啼く。
 嬌声と歓楽が街を彩り、籠の中の小鳥を買う為に金という名の男が訪れる街。

「ユラ、客だ」

 呼ばれて籠を出れば、身なりの良い貴族の男がいる。私の馴染みの伯爵様だ。
 この街の小鳥になってもう五年。一番の小鳥と私を求める客は多い。

 艶やかな微笑みを浮かべて、求めた伯爵の腕にしな垂れかかる。
 鳥かごを出て、男の用意した宿で一夜の嬌声を響かせる。それが小鳥の仕事。

「ねぇ、今日は贈り物をちょうだい」

 宿に行く前に男は小鳥の為に買い物をするのがこの街のマナー。
 ここ一年このマナーに密かな楽しみがある。小さな旅人くん、小鳥たちがそう呼ぶ少年。
 男の頬にキスをして、その少年がいる宝石商の店を訪れる。

「いらっしゃいませ、ユラ姐さん」

 琥珀の髪を揺らしてオリーブ色の切れ長の目を細める少年は、小鳥の名をすべて覚えていた。

「いい夜ね。私の大好きな旦那さまに、私に似合う宝石をお勧めして」

 手際よくセンスのよい品をトレーに少年が並べていく。本当の年は十四歳に満たないと聞いている。
 初めから年齢よりも大人びた子だったけど、街の空気に染まるように年齢にそぐわない色香をどんどん醸し出すようになってきた。

「こちらは如何ですか? フランチェル産の陶器でできたネックレスです。取り扱いが少ないので話題性があるんです」

 母親が踊り子だったらしく、宝飾の目利きもある程度できる。
 賢くて、魅力的な少年に小鳥たちは魅せられていて、皆がこの店を訪れるから店主はほくほく顔だ。

 私の伯爵様がチェーンの素材を聞けば、店主のモノクルを片目にあてがう。

「あら、可愛い!」

 私の一言に少年が鋭い眼差しを向ける。子供とは思えないきつい眼差しに、この子の魅力はアンバランスさなのだと思う。年齢にそぐわない秀麗さも、優秀さも、大人びた性格も一つ転げれば滅茶苦茶になりそうな不安定さの上に立っていて、女に何とも言えない感覚を呼び起こす。

「ユラ。男に可愛いなんて言うものではないよ」

 とりなすように伯爵が笑うと、少年が穏やかな笑顔になって頷く。

「姐さん、やめて下さいね。子ども扱いは困るんです。わかってくださいね」

 上目づかいで見つめる瞳の重い影に思わずぞくりとする。
 子ども扱いをこの子はとても嫌う。それは、働くのが許されない年齢なのに働かざる得ない境遇にあるからだろう。

「ごめんなさいね。今日はモノクルを買ってあげる。とても似合って良いと思うの」

 新しい小鳥のルール。少年に贈り物をすると、店が始まる前に店先の掃除をする少年とおしゃべりができる。
 困ったような素振りを見せる男の腕に腕を絡ませうっとりと見上げると、男は機嫌を良くして少年に店で一番高いモノクルを買い与えてくれた。
 店を出る時に少年に小さく手をふる。明日の夕刻前に小さな楽しみが一つ出来た。

 日の高い時間のこの街は張りぼての姿を晒す。汚れた壁、淀んだ空気、ゴミだらけの道、これが本当の姿だ。
 箒を手に店先のゴミの片づけをする少年を見かけて駆け寄る。
 日の当たるの場所で、額に汗をかく少年の姿は年相応に見えた。
 白い透明感のある頬に幼さを感じる赤みが指して、少し疲れたようにため息を吐くとまだ細い方が揺れた。張りぼての街とは違って、太陽の下の姿こそ本物だから、少年はきらきらした宝石に見えた。

「こんにちは、ユラ姐さん。昨日はモノクルをありがとう」

 こちらを向いて微笑めば、また何とも言えないアンバランスな仮初の色気を見せる。
 
 誰が最初にはじめた事かは分からない。店先の椅子に腰かけて、掃除をする少年と話すだけの時間。
 以前はルールがなかったが、小鳥がたくさん集まり過ぎたから、店主がルールを作った。
 お金が必要な子だから店の品を買って少年に贈り物をする。少年からお喋りの時間を私たちは買うのだ。

「今日は私以外に何人?」

「あと二人。リナ姐さんとセラ姐さんが来ます」

「今日は何の話をしてくれる?」

 少年は元旅芸人で鳥かごの私たちより余程外を知っていた。
 砂漠の国の熱い日差しの話。雪に埋もれて夜のない国の話。海の美しい白亜の街の話。街を出る事のない私たちには手の届かない見知らぬ世界。それを綺麗な声で語ってくれる。

「そうですね。趣向を変えて遠い亡国のお話は如何ですか?」

「あら、それはどんな話」

「国を亡くした王族が旅芸人に姿を変えるまでの昔のお話です」

 その言葉だけで胸が躍った。
 小鳥は夜に一夜の歓楽の夢を売り、昼は少年から憧れの夢を買う。
 小鳥が見る真昼の夢は少年の語る見知らぬ国の旅物語。
 
「楽しみだわ。貴方が来てからこの街の小鳥は少しだけ楽しい事が増えた」

「それは良かった。僕もお陰で何とか生活が出来てます」

 言葉に感情の乗らぬ声で少年は答える。私は一番この子から夢を買っている。
 だから気づいている。
 私たちに異国の旅を語る時、ときどき顔が苦しそうに歪むのを。私たちを見送った後、苦しそうに胸を抑え泣きそうになる事があるのを。
 それでも私は自分が、現実を忘れる夢を見たくて少年から夢を買い続ける。

 楽しく明るい旅の夢を売る度に、少年は暗い穴に落ちていってるのかもしれない。
 小鳥たちが少年をより深くに堕としながらも語る物語に夢を見て救われる様に、この子を救ってくれる夢はあるのだろうか?

「ねぇ、貴方も楽しい夢をみることはある?」

「夢はみません。この世界は奪われる事ばかりだから、今の望みは生きる事だけです」

 影を帯びた瞳にようやく知る。この子が抱えるアンバランスさの本当の正体を。
 縋りつくような生への切迫感。何もないのに奪われて続ける真黒な喪失感。

「こんな街の小鳥にも夢があるの。貴方も子……若いのだから夢を見なきゃだめ」

 子供と言いかけて、暗い色の瞳に睨まれて言い換える。
 
 焦る様に大人になって、ただ一人で戦う子。
 ごめんね。私たちも貴方から奪う側で。

 謝る様にその頬に口づければ、何の表情も湛えずに大人のように頬に口づけを返す。
 アンバランスなこの子はどこかで、いつか壊れてしまうかもしれない。
 少年から夢を買い続ける自分勝手な私は、この子の為に祈る。

 暗い穴に堕ちた、その穴の奥でもいい。
 ジルがたくさんの宝物をどこかで見つけられますように。
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