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四章

60話 通達 / 国政管理室 新人くん

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すみません。翌日投稿になりました。ごめんなさい。
次が半分ぐらい書き終えてます。順調なら週中に一話投稿して、久しぶりに週二回投稿したいです。
次回はアレックス王子も帰ってきます。後半戦のさわりぐらいには行けたらいいんですが……

< 小さな設定 >

お気づきとは思いますが、国政管理室はブラックな職場です。
今回出てきた通達作成のお話です。

< 小話 >

――国政管理室の仕事

 基礎文章を元に『熱々』文章を製作する為に手を動かす。一文一文にこの国の未来が懸かっているつもりで書くように憧れの室長に言われた。だから、決して手を抜いてはいけない。

「ねぇー。新人くんは、どうしてうちになんか来ちゃったの?」

 向かいでお菓子を片手に手を動かすのは『金策』作成中の先輩だった。

「あー。それ僕も思ってたわ」

「数計院とか民事院とか、君なら他からも勧誘があったでしょ?」

「あえて、うちみたいな所を選ばなくてもねー」

 先輩たちの言葉に思わず頬が引き攣る。もの凄く悪い場所のように先輩たちは言っているが、ここは天下の国政管理室でこの国の政治の中核だ。

「来た時から気になっていたんですけど、どうして先輩たちはそんなに卑屈なんですか?」

「卑屈? いやいや、現実ね」

「そうそう。現実。現実は甘くないの」

 思わずムッとしてしまう。数々の政策を打ち立てて、冷静に実行していく優秀な人材が集まる場所と国中の者が知っている。彼らの仕事ぶりを示す閲覧可能な資料や書面は全て目を通して、何度も感銘を受けた。

「室長がまだ副室長だった頃に学園にお会いして憧れました。先輩たちが作った文章も見てきたんです。何度も真似して書きました。いつか一緒にこの国の未来を創る仕事が出来るようになりたかったんです」

「国政管理室マニアだね!」

「ばか! そんな言い方するな! 見ろ、純粋な子犬のような眼差しを!」

「可愛い! 真っ白だよー。 どうする? どうする?」

「ノエル君に続く天使か?」

「いや、いや。ノエル君は外側天使だけど中身は室長の子だよ」

 室長の息子のノエルくんとは、一度しか会っていない。お菓子を抱えて遊びに来て、お構いなくと言いながら資料を読みふけって帰っていった。とても綺麗で礼儀正しく、そして驚くほど厳しい指摘をする。

「あー。ノエル君は、可愛いけど真黒だわ」

「お菓子持ってくるけど、それ以上の情報収集して帰るし」

「天使の裏側を暴くな! 来てくれるだけで癒し」

「でも、現実はやっぱり酷いわ! 全然甘さがない!」

 高いテンションで喋り続ける先輩たちには漸く慣れた。想像していた厳格で緻密な雰囲気はここに一切ない。自由で無茶苦茶で陽気。正直、やや引きそうになることもある。
 でも、機関銃のように喋っても、手が止まる事もスピードが落ちる事もない。ミスも一つもしない。どんなに変わり者でも恐ろしく優秀な人達だった。

「新人くん! 現実は甘くないよ。理想は綺麗だけど、現実はいつでも仄暗い!」

 その言葉に顔を引きつらせて頷いて、慌てて書きかけの文章に目を落として読み返す。自分にはまだ技量が足りないから、会話に飲み込まれるとミスが出る。

 大きな音がして、ドアが開く。ふらふら入ってきたのは書記官のギスランさんだ。

「ちょ、みんなヤバイ。要求が上がった……」

 書類束を投げると、自分の机に突っ伏してお菓子を口に投げ入れる。ここの人達はお菓子の摂取量も酷い。そして、食べ方のマナーも貴族として些かどうかと思う。

「うわ! 何だこれ、やるの?」

 先輩の一人が書類に目を通して顔を顰める。回せ、回せと声が響いて、次々と机の下で書類が回されるのは書記官の技術だ。

 今日は大崩落の通達を出すかを決める為の会議が行われている。混乱を心配し出さない意見と、前に進む為に出す意見で割れているらしい。

「これ、キツイな」

「でも、室長はやる気だ。徹底的にやるから、全てを一任しろって国王に言い出したよ」

 国王様を相手に言い切れる室長は凄い。確固たる信念と計算があるからこそだと思う。まだ、出た事のない会議の様子を想像すると胸が熱くなる。

「どうして、あの人は無茶するかな! これ何日帰れなくなるパターンだよ!!」

「やばい、お菓子の在庫足りるかな……」

「僕、デートが流れるの確定だわ。どうやって謝ろう……」

 帰れなくなる。無茶。デートが流れる。些事にとらわれる先輩の言葉に思わず目を瞬く。
 国の為に大切な仕事なのに、皆は何故そんな事を言うのか。身を粉にして働く決意は私は決めている。

「まて! これ、やばい! 今、嫌な事が過ぎった」

「何だ?」

「もっと出来るよな……。」

「あっ、そういう事ね。やれるな。ってか、やったら寿命が縮むな」

 管理室が静まり返る。先輩たちは既に全員が室長の意図に気づいているようで顔色が悪い。

「室長は全てを一任しろって言い出したんだよな?」

 『嫉妬』文章担当の先輩がギスランさんに尋ねる。ギスランさんがお菓子で口を一杯にして大きく頷く。

「ヤバイぞ! 最悪だ! あの人、また暴走するぞ」

「キレるんじゃないか?」

「どうして、裏技ばっかり考えるかなあの人」

 室長はいつも思わぬところから凄い事を言い出す。要求をこなすのは大変だというのは、私でもよく分かる。でも、先を読んだその提案に間違えはない。

「ギスラン、行ってこい! そして程々で止めてこい! 最悪ソレーヌ様の名前を使え!」

「それは下手したら逆効果になるぞ! 更に徹底的にやりかねない」

「大丈夫だ! ソレーヌ様が寂しがってるから、帰れなくなったら困りませんか? で行け!」

 ギスランさんが席を立って、何かを背負うような顔をしてふらふらと戻っていく。

 私の所まで回ってきた書類に目を通す。ギスランさんの綺麗な字が伝える国の最前線でのやり取りに胸が高鳴る。

 通達は国政管理室が文章を作成する。議事録に書かれた内容は、最も基本的な文章で、きちんと承認されていた。
 会議の前に室長が考え出した内容は更に先に進んでいるが、その事にはまだ触れられていない。

「基礎文章は通ってますね」

 私の言葉に帰ってくる返事はない。先ほどから先輩達はとても静かになっている。

「着替え持ってくるように、今のうちに連絡しておこ」

「あ、僕もそうしとこ」

「ギスランとこにもしといてやれ」

 新しい部分を読み進める隣で、先輩たちがくるくると手を回し始める。真似をして私も先輩たちと同じ量の着替えを持たせるように屋敷に伝達魔法を入れる。

 議事録では、学園の専科に在籍する年齢以上の男性貴族のみに通達する事を室長が提言している。
 制限方法は、国王からの命令で文章秘匿を命じる事と返却させる事が最初の予定だった。だが、会議の途中から読み終わった通達が燃える為の魔法を施すに変わっていた。

「凄いですね。室長。全部こちらに任せてくれれば、必ず良い方向に導いて見せます! こんな啖呵を切ってみたいですね」

「新人くんは天使だな」

「うん。心が擦り切れていない」

「時間が経つとね。室長の心が読めるようになるんだよ」

「黙ってやらせろ、ボケ! こっちの書いた絵図に手を出されると迷惑なんだよ! これ要約ね……」

 室長は絶対にそんな事は言わないと思う。穏やかに笑いながら、理路整然と話す姿に全く重ならない。

「室長がそんな発言するなんて想像がつきません。とても紳士的じゃないですか……」

「その先、読んでみろ」

「もうちょっとしたら、本性出て来るぞ」

「副宰相が医務室に逃げたら、そこからが本領発揮だ」

 目を落として確認する。もう少し読み進めると、副宰相は胃痛の為に退出の文字が出てきた。ついでに、議事録の隅にギスランさんの兎の絵が出てきて、助けてーと叫んでいる。

 そこからのやり取りはかなり激しい。国政管理室に対して疑義の声が多く上がる。書記官の情報戦も激しくなった事を、粗くなったギスランさんの文字が伝える。
 
「どうせ国王命令なんて役に立たない……。命令より現実的な手段をとらせろ (バカって言いかけた)」

 衝撃的な室長の発言を目にして読み上げると、一斉に先輩たちがため息を吐く。
 国王は「君は相変わらず失礼だ」と顔を引き攣らせたと書かれている。

「こうなってくると、多分エスカレートしていくんだよね」

「通達の処分が魔法に変わっただろ? これからもっと大変になるからね」

 そこから、また猛攻の様子が書かれていて、首が飛びそうな目を疑うような発言もしばしば混じる。そして、室長は見事に魔法使用の許可を勝ち取っていた。ここで休憩だったようで、議事録が終わっている。

「新人くん。室長は紳士でも何でもないからね。あれ外面のいい狸だから」

「基本、怖い者ないから国王でも暴言吐くよ。ついでに、今の国王も相当ぶっ飛んでるから」

「室長と国王が休憩中に意気投合してなきゃいいんだけどね……」

「あー。そのパターンね。あの二人ある意味相性いいからねぇ」

「私たちの予想が当たらないといいんだけどねぇ」

 ぼやく先輩たちの言葉に思考停止になりながら『熱々』文章の続きを書き始める。書き上げたら、先輩に確認をお願いする。

「うん。悪くない。やっぱり素直な人が素直な文面を書くと心に響くね!」

 一読した先輩が笑顔で褒めてくれる。いくつか言い回しに指摘が入って、訂正はあるが安堵する。

「なに、なに? 見せて、見せて!」
 
「うわー。これ、煽られる人は煽られるね! 熱い! この国の為にって熱意が眩しい」

「絶対、僕らには出てこないわー」

 あっという間に私の書面が机の下で回された。最も簡単な相手に向けた文章だから、出来て当然だ。高評価を得るのはむしろ恥ずかしい。

 ちらりと書きかけの先輩の文章『裏切り』に目を落とす。一読すれば変哲のない普通の文章だけど、目的を理解して読めば狡猾な内容にぞっとする。

「先輩。凄いですね……えげつないです。これ身動き取れないですよ」

「え! 褒められた! まだ、物足りないかなって思ってたんだけど! いいかな? いいかな?」

 えげつないは褒め言葉ではない。先輩の文章に横から手が伸びる。

「回せ! 見てやるぞー」

 今度は先輩の『裏切り』文章が回される。罠だらけの緻密に追い込むような文章が回る。これだけの事を考える頭の中は一体どうなっているのだろうと思う。笑う顔の裏側がみている深すぎる闇は恐ろしい。

「なんだ、意外と普通。もう一捻りだろ?」

「まだニ、三個逃げ道を許しちゃうなだろー」

「新人くんはまだ甘い。これじゃあ、潰せない。徹底的にやっとかないと」

 あれで足りないのかと愕然とする。他の先輩たちは一体どんな文章を用意しているのだろう。

 一つの文章では、それぞれの性格や状況でとらえ方が変わる。だから、複数のパターンを用意してそれぞれに合わせた通達を出すのが今回の国政管理室の方針だ。

 標準的な人には、事実を伝えて、出来る道を示して鼓舞する。
 忠実な人には、国の危機に対する熱意を『熱々』と煽る。
 裏切りそうな人には、動きを封じてこちらに付かざる得なくする。 
 金回りがいい人には、金を出したくなるような脅しをかける。

 他にも色々な人や状況を出来る限り想定して用意するらしい。
 私が担当を任されたのは比較的書きやすい相手に向けた文章だ。先輩たちが任されているのは、人の裏側を警戒する内容。皆は笑いながら、暗い淵を覗かなくてはいけない。

 ドアが開いて、再びギスランさんが戻ってきた。無言で書類を渡すと、崩れる様に自分の机に座る。そして、無言でお菓子を口に入れ始める。先ほどより目の下のクマが色濃い。

「なんだ、これ! ギスラン、どうなってる?」

「もう、僕に聞かないで……。室長に火が付いた。ついでに国王にも火が付いた。だから、止められない」

「だからって、魔法だけじゃなく誓約まで付けるってなんだ!」

 通達に魔法だけじゃなく誓約もつけるなんて初めて聞いた。ここにいるのは皆上位クラスの魔力をもっている優秀な人材だから出来ない訳ではないが、時間と魔力の消費は凄い事になるだろう。

「燃やすのは証拠隠滅と心理的に高揚感を高める為の演出だって。誓約は、僕たちの力を遺憾なく発揮する為。この意味、分かるよね?」

 全員がいつもと違う沈黙に包まれる。
 書類では室長が通達に関する全権を勝ち取った。通達は一家に一枚で他家へ内容を漏らさぬように誓約によって他言無用の上で開封される。読み終わればその場で文章は燃えて処分される。何処にどんな文章が送られたかは当事者しか分からない仕組みだ。

「文章を使った密室での国政管理室 対 貴族の落としあいだね?」

「誰に何を送るかは私たちに任されて、その内容は絶対にバレない」

「室長はできるだけ巻き込んで、本気で勝ちに行くつもりだな」

 ギスランさんが小さく咳払いをして、顎に手を当てる。これは室長の真似をするポーズだ。

「皆への伝言。貴族の全てが戦力だ。一人も残さず刈り取れ。戦いは始まってる。お前らならできるだろ? 期待してる! ……あ、お菓子は追加発注を十日分しておいたからね……」

 全員がため息を吐く。ただ、その顔はさっきとは違っていた。何かを噛み締めて、見据える目をしていた。
 火がついたのは、室長と国王だけじゃない。
 ギスランさんが室長の引き出しの一番上からお菓子を出して皆の机にまき散らす。

「全部終わればこの国も平和ボケだってさ! ソレーヌ様の派閥の女の子を全員に紹介してくれるって約束を取り付けた。無事に勝って全員で幸せになろう!」

 聞いた事のない歓声が響いて、意気揚々と先輩たちが席を立って動き始める。

「まぁ、やってやりましょう」

「僕らにしかできないからね」

「これも、僕らの未来の為の仕事ー」

「さあ、新人くん! ここの本気の仕事を教えてやる! 泣くなよ!」

 国政管理室に来て初めての大仕事になった。そして、私の人生でもっとも記憶に残る仕事。
 寝れない。生活のリズムは滅茶苦茶。魔力はぎりぎり。そして、綺麗ごとは通じない。
 仄暗い現実と眠気で半泣きになって落ちかけると、頭を撫でて先輩達が声を掛けてくれる。

「頑張れ! 終わったらいい日がくる」

「国管が頭脳なら休むな。考える事を止めたら人は動けない、国を動かすのは私たちだ」

「人は人、自分は自分。僕たちの狡さが、誰かを救う。だから、未来だけ見て笑え」

「これから出会う恋人を守ると思えばやれる! 見知らぬ人も未来の恋人だよね、多分」

「これも愛! それも愛! 僕らの愛と鞭はみんなの為に!」

 憧れのままの仕事はない。現実は厳しい。この仕事を境に私は大きな成長を遂げた。

 室長は理想の上司ではない。あれは鬼上司という生き物で、国を動かす悪魔と心得た。
 それから、機関銃の様に喋りながら手を動かせるようになった。同時に幾つもこなせば、仕事は早く終われる。じゃなきゃ、この職場はヤバい!
 一番大事なのは、糖分は脳のエネルギー。机の一番上の引き出しには必ず常備だ。

 通達を出し終えると、徹夜明けの休暇がもらえた。久しぶりに太陽の光の下を歩く。
 えげつない文章も恫喝のような文章も書いた。自分がこの国に思う気持ちを素直につづった文章も書いた。一枚一枚が文章の向うの誰かとの真剣勝負で、誰かの心を操る為の文字を書く感触がまだ手に残る。

 貴族に解放された庭園で、剣を振るう老騎士を見た。真剣な眼差しは覚悟を決めている。
 彼に届いた通達は、一体どの一枚なのか。見つめた老人と目が合って、一礼する。

「精が出ますね……通達をお読みになったのですか?」

「ええ。剣を握るのは何年振りでしょうかね」

 細い皺だらけの手は、その時に剣を握ってどこに立つのか。その日の後にまたここで彼を見る事があるだろうか。現実は厳しい。

「剣を取って、表に立つ事に後悔はしませんか?」

「老骨にも守りたいものがあります。燃える通達が私にそれを教えてくれました」

 老騎士の元に一人の青年貴族が駆け寄る。相対して剣を二人は振るう。

 誰かが動き始める。私の手が動かしたもの。私の職場が動かした人々。一人が、二人、二人が三人。
 いつか、胸を張って言える筈だ。あの時の仕事はこの国の未来を確かに牽引したと。 

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