< 小話まとめ >悪役令嬢はやめて、侯爵子息になります

立風花

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四章

62話 営みを見つめる旅 / アレックスの護衛騎士

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< 小さい設定 >
生まれた季節 
春 アレックス、ドニ
夏 カミュ ユーグ
秋 ノエル、クロード
冬 ディエリ
公になる時に考えた設定です。
ドニはイリタシスにいたので同じ年の公の儀には出ていません。
ユーグはお披露目だけ済ませたら帰ったので舞踏会には不在です。
なので同じ季節でもそれぞれ出会っていません。 

< 小話 >

――営みを見つめる旅

 馬を渡すと、殿下がマントの下から笑顔を向けてくれる。
 堂々としたおもねる事のない笑顔は、この王子の美徳の一つだと思う。

 騎士専科にいるだけあって颯爽と騎乗して、その場で馬をよく馴らす。
 やはりマントで身を隠したカミュ様がやってきて同じ様に騎乗する。大人しい方だけどちゃんと馬に乗れるのだなと感心していたら、顔に出ていたのかカミュ様の護衛騎士の一人に蹴られた。

「それにしても、馬で行きたいと聞いて驚きました」
 
 カミュ様の問いかけに心の中で頷く。今日から一週間かけ馬車での移動の予定だったが、殿下の希望で騎士団の移動演習の体をとって馬でコーエンに向かう事になった。
 目的は、この国にとって大事な方で殿下の婚約者になる可能性がある女性に会う為らしい。

「馬車より馬の方が楽しいだろう? 早いし」

「楽しくて、早いですが、私はそこまで早駆けは得意ではありませんよ?」

 殿下が笑って、私も心の中で笑う。カミュ様は断然、馬の上より馬車が似合う。
 今回はカミュ様の護衛騎士も同じ意見なのか蹴られる事はなかった。

「それに一日でも早く付きたい。時間が足りない」

 殿下もやはり婚約者に会いに行くのは楽しみなのだろうか?

 正直、少し残念に思う。
 見ていて心配になる程、一途で一生懸命に誰かを好きでいる殿下が我々は好きだ。

 春の香りがする舞踏会の晩、殿下は念願かなって初恋の人に出会えた。
 扉の前で殿下を待ちながら護衛騎士三人と従者で喜び合ったのだが、たった一夜の恋物語に終わってしまった。
 あの恋が実って欲しかったと心から思う。 

 コーエンの女性も素晴らしい人なのかもしれない。だが、この国にとって大切な方。その言葉がずっと引っかかっている。
 
「……覚悟を決めたのですか?」

「すまないな、カミュ」

 覚悟という言葉を聞いてやはりと思う。
 この方は早く会いに行きたいわけではないのだ。ただ、誰かを好きだった気持ちを変えるのに時間が必要で焦っている。
 でも、なぜカミュ様に謝るのだろうか。心配を掛けたからだろうか。
 お二人の間柄なら、その程度の事は気になさるとは思えない。

 上司のギデオン様が来たので、私も慌てて騎乗する。

「では、殿下参りましょうか? いつも通り護衛騎士と従者がお側にお付きします。それに加え騎士団より精鋭を10名揃えさせていただきました」

 殿下に報告を終えると同時に、裏門で開門の声が上がる。

「ギデオン、町中はゆっくりと進みたい」
 
「構いませんが、何かございましたか?」

「いや。ただ人の営みがみたいんだ」

 殿下の言葉にギデオン様が頷いて、同行騎士に伝えるために後方に下がる。
 門を抜けて町中をゆっくりした速度で走ると、殿下の馬にカミュ様が馬を並べる。
 早駆けは苦手と言っていたが馬の扱いは中々のものだ。

「新鮮ですね。こうやって街並みを駆けるのは私は初めてです。でも一体どうしたんですか?」

 カミュ様の問いかけに、殿下の張りのある声が答える。

「いつもバルコニーの屋根から見下ろしているんだ。人が動いて街が動くさまが見える。でも、そこから見る景色には人の顔がない」

「人の顔ですか?」

「生きる人の顔が見たい。泣いてても良い。怒っていても良い。笑っていてくれたら一番良い」

 その言葉を受けたカミュ様が、殿下と同じ様に周囲を見渡す。
 風に揺れるマントがはためいてその横顔が柔らかく綻んだのが見えた。

「ああ。そこで小さい子供が泣いておりました。母親が駆け寄っていった」

「そうか。私は子供が喧嘩をしているのをみたぞ。取っ組み合いのケンカだ!」

 今度はアレックス王子の横顔が見えた。目を輝かせ頬を上気させて笑う。

「こちらでは泣いている男が居ました。酔って座り込んで悲しげでした」

「生きていたら、いつかその男も笑顔を浮かべるだろう。こちらには男の頬を殴った女がいた」

「ふふっ、生きていたらその手が誰かを抱きしめる事もあるでしょう」

 何故だろう。
 二人が街で生きる人の事を語る度に胸が締め付けられて、段々泣きたいような気持ちになる。

「カミュ、この旅で一緒にたくさんの人を見よう」

「ええ、アレックス。馬での移動に誘ってくださって、ありがとうございます」

 互いに顔を合わせて何かを共有する二人は、小さい少年のようだった。
 殿下とカミュ様が互いに見つけた人々の表情を伝え合う。

 胸が痛い理由が分かった。声だ。
 ずっと側でお仕えしているからわかる。殿下の声にも、カミュ様の声にも、普段にはない切実な思いが溢れている。揺れて、絞り出して、自分を鼓舞する。そんな響きを帯びた声が何度も行き交う。

 一つ何かを見つける度に、二人は大切に何かを抱えようとしているように見えた。

「もう少ししたら、この辺りで一番大きな畑がある。今なら一面が緑の穂に覆われて揺れる」

「秋になったら……収穫、です……ね。楽しみです!」

 カミュ様の声が震えて、泣きだしそうな声に聞こえた。
 横顔を窺うように見つめると、カミュ様の従者が私の隣に来て何かを投げつける。
 それから自分の方が泣きそうな顔で頭を振る。見るなと言う事なのだと理解して、俯いて視線を下げる。

「農村の朝は早い。もう、働いている人がたくさんいるだろう」

「はい……。皆さま、生きるために……働いていらっしゃる」

 お二方に何があったのか。
 この旅の目的と殿下とカミュ様の胸に去来する想いを知るのはコーエンについてからになる。

 でも、二人の言葉は一語一句覚えていた。
 切実な思いを含んだ声には、民に向ける優しさがあったからだ。

 我々の殿下は誰よりも一途で一生懸命だ。恋をする事も、生きる事も、自分の役目を果たす事も。

「カミュ、私たちが守らなければいけないものをしっかりと胸に刻もう。残していく思いも、小さな希望も私には捨てられない。けれど、この国の王族である私たちが一番に考えるべきものが何であるかは、決して忘れてはいけない」

 俯いていて良かったと思う。気が付くと馬上で殿下の背を追いかけながら私は泣いていた。
 この日、私はまだ若い殿下が背負おうとしたものを確かに見た。
 この方がいつも私たちに見せる姿そのままに全てを背負うと言うのなら、私は最後まで必ずお守りしなくてはいけない。
 馬上で涙が渇く頃には、私は生涯護衛騎士としてこの方の側に居る事を決めていた。
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