< 小話まとめ >悪役令嬢はやめて、侯爵子息になります

立風花

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四章

63話 父の自覚 / レオナール

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次回はちゃんと王を諦める理由とノエル新しい役職が判明します。
今回更新が遅れましたが、次回更新はちゃんと週中にします。

< 小さな設定 >
 
 聖女はカミュ様が好きです。
 臆病な聖女は、人と喋れません。
 帰郷の季節の間、アレックス王子が話しかけても聖女は口を聞けませんでした。


<小話>

 命は不思議だ。どうして親の何かを引き継いでいくのだろうか。
 生まれたばかりの子は銀の髪がソレーヌによく似ている。ソレーヌの子だと思うと可愛い。

「ただいま、キャロル」

 眠る子の頬を指でくすぐる。他の何かと違う柔らかさをとても心地よい。
 瞳を開けば自分と同じ瞳の色をしているらしい娘。
 瞳を見たら我が子だから可愛いという実感が湧くだろうか。
 だとすれば、子供は親の愛を手に入れるために何かを引き継いでいくのだろう。世界の仕組みは狡猾だと考える捻くれた自分を笑う。
 可愛いが、未だ父になった自覚は薄かった。


 半年たっても紫の瞳を見せた娘に対して、父親という実感が湧ききらない。可愛いとは思う。ソレーヌと同じ髪色に私と同じ紫の瞳。ソレーヌと私を混ぜた存在は、愛の証と言われば特別な気がする。だが、この子の父としての感情かと問われれば首を捻らざるえない。

「レオナール。キャロルが寝返りをするの」

 私の頬に口づけてソレーヌが報告をする。その腰を引いて唇にキスを落とす。娘の頬よりも愛する彼女に触れる方がまだ愛という感情が分かる気がする。

「たまには私がいる時間に起きていて欲しいね。いちも寝顔ばかりで面白くないよ」

「だって赤ちゃんだもの。たくさん寝て、たくさん大きくなっていくのよ」

 いつまでも寝顔ばかりだから、私は父親の自覚のないままなのか。だったらいい。
 起きた子を見る事がふえれば、父として当たり前の愛情が生まれる筈だ。

 もう一度口づけてそのままソレーヌをベッドに連れて行ってしまおうかと考えれば、細い指が私の唇を押しとどめる。

「キャロルが泣いてる!」

「そう? 何も聞こえない」

 そのまま強引に唇を合わせようとすれば、指を捩じり上げられた。相変わらず一筋縄ではいかない私の女神は愛らしい。
 私の腕をすり抜けてキャロルのいる部屋に走り出す。ソレーヌは母だ。私に聞こえないキャロルの泣き声にも良く気づく。どうして簡単に親になれるのだろう。
 一人寂しくベットに腰を下ろす。
 娘より妻が愛しくて、娘に妻を取られて落胆する私はやはり父親になりきれない。

 愛に対してどこか懐疑的な人間である自覚はある。
 ソレーヌに会うまではいつも女を試して、下心を図る真似を繰り返した。侯爵の名にみせる欲が嫌で、欲をみつけた途端どんな令嬢の美貌もガラクタに見えた。
 当たり前のように誰かが恋に堕ちる話は、私に興味がないソレーヌに会うまで理解が出来なかった。

 私は何か欠落しているのか? ソレーヌ以外である子供を愛せるのか?

「努力だけはしておくか……娘の父親になりきれないなんてソレーヌは怒るだろうからな」

 呟いてベッドから立ち上がると、小さな子供の為に用意した部屋に向かう。部屋からソレーヌの侍女であるアリアとその小さな娘のマリーゼが飛び出してくる。

「あぁ、旦那様。今なら、キャロル様もお乳を飲み終わってご機嫌です。たまには遊んであげて下さい」

 赤子に何をして遊べというのだろうか? 抱いて高い高いと上げればよいのか。

「旦那様、キャロル様は狸のぬいぐるみがお気に入りです!」

 少し胸を張って得意げに少女が教えてくれる。マリーゼはまだ幼いがアリアを手伝ってキャロルの世話を一心にしていると聞く。小さな子供の方が私より愛を知っているのかもしれない。

 二人に礼を言って部屋に入ると、最初に目についたのは胸元を開いた妻だった。
 銀の髪が落ちる姿は相変わらず女神の様に美しくて、吸い寄せられるように近寄って頬を撫でる。そんな私にソレーヌが頬を膨らませて睨む。

「レオナール。私じゃなくキャロルを最初に見て!」

 頬を掻いてから、ベッドの上に転がる娘に目を落とす。半年前に比べれば大きくなってふっくらした。
 普通に、いや普通以上に綺麗な目鼻立ちをしている。年頃になればきっと社交界を騒がせるだろう。
 同じ年頃に子供を生しそうなところは何処があるだろう。エドガーのヴァセラン侯爵家、シュレッサー伯爵、ラヴェル伯爵。バスティアは遠慮しよう。一番の大物は王族か。

 枕もとの狸の人形を手にする。狸が好きってアングラードの血筋らしいのか。それとも、そう思わせる赤子の打算か。そんな事を冗談に思う自分は何処までも捻くれている。

「ほら。キャロル、狸さんだよー。お父様と遊ぼう」

 赤子の前で狸のぬいぐるみをふれば、小さな手が必死に伸びる。狸じゃなくて父親の顔を見ればいいのに赤子は狸に夢中だ。

 ソレーヌと私の間にはまだ子は一人。侯爵の直系はまだいない。いづれきっと親族が騒ぐ。
 それを封じるにはまだ力不足だ。力があれば守れる者がある。
 打算と欲が嫌いと言いながら、頭の中で打算と欲にまみれる。

「あー、あー、うー」

「ほら! キャロルが喜んでる! 父上と遊べて嬉しいのね、キャロル」

 ソレーヌが隣で笑顔を輝かせる。この笑顔の為ならたまには赤子と遊ぶのも悪くはない。
 伸びたキャロルの手が狸の尻尾を捉える。慌てて引けば想いのほか強い力で離さない。
 右に左に。私がば振れば掴んだ手ごとキャロルの体が揺れる。

 こんな風に私の意志がこの子の人生を簡単に動かすのだろう。幸せにするのも不幸にするのも私の決断でどうにでもなる。
 
 ソレーヌに代わる者がない私は、この子にどんな未来を与えるのだろう。
 考えると背筋がぞくりと粟立った。

 今すぐ、ここを立ち去ってソレーヌと二人になりたい。そんな衝動に狸の尻尾をキャロルの手から無理やり離して、ソレーヌを引き寄せる。あがらう事を封じるように深く口づける。

「レオナール!」

「ソレーヌ、君が何よりも誰よりも愛しい。愛してるよ。君以外が私にはないんだ」

 赤子の前で求めるのも、口走るのもどうかしてる。ソレーヌが胸を叩いて私から離れる。頬を膨らませて真っ赤になって怒る顔に苦笑いをして息を吐く。どうかしてる。

「レオナール! もう!! キャロルの前ではやめて! でも……何かあったの?」

 不安げに私の一番愛しい女神さまが私を見つめる。悪い事をしたなと素直に思う。
 
「ちょっとだけ、息が苦しい気持ちになった。君に癒してほしいと思うんだけど」

 断られるのは分かっていたけれど、手を伸ばして頬に触れる。キャロルと私。ソレーヌはきっとキャロルを選ぶ。それを怒る気持ちにはならない。愛すべきものを愛せる事が少しだけ羨ましい。

「あとで」

「今」

「あとで」

「キャロルが寝たら?」

「……なら」

 娘が眠りに落ちるまで仕事でもしようと、狸のぬいぐるみをベッドサイドに移動する。事態を知らぬキャロルが狸のぬいぐるみを目で追って、その場で必死に手を伸ばす。
 足を大きく上げて腰をよじる。

「あ! 寝返りする! 見てて、レオナール!」

 小さな体が力を精一杯込めて、求めるようにての伸ばしてお尻をあげる。

 あと少し。

 あと少し。

 できるのかな?

 くるりと体が回転すれば重みで顔からベッドに沈む。その何とも言えない滑稽さに思わず頬を緩めた瞬間、キャロルが力強くうつぶせた顔を上げた。

――できたよ、お父様

 満点を上げたくなるような、欲も下心もない笑顔を私に向ける。
 小さな天使の羽が一枚心の中にゆっくりと落ちた。

 この笑顔が私の中に天使の羽を時間をかけて降り積もらせる。いつから父になったのか。本当に記憶も自覚もない。ただ、私が君を心から愛しいと思えた最初の瞬間はこの日だった。
 それから長い月日をかけてたくさんの天使の羽が私の心に舞い落ちた。


 馬車の中で短い髪をした息子になった娘の髪に口づけを落とす。私の天使が頬に口づけを返す。
 
 ねぇ、キャロル。
 私の心は天使の羽で一杯だ。溢れるぐらい君から愛を教えてもらった。
 君がとても大切だよ。ソレーヌと『君』。もしかしたら、今なら私は君を選べるのかもしれない。
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