< 小話まとめ >悪役令嬢はやめて、侯爵子息になります

立風花

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四章

69話 ある男の残念なすれ違い / じいじ

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十一月には半日遅れましたが、無事に週二更新です。
久しぶりに、一気書きの時間がとれてました。
一気に書くのが一番楽しいくて、ストレス解消になります。
次回は週末更新予定です。金曜日に時間がとれると良いんですが……

< 小さな設定 >
本物のツゥールさんからジルはジュエリーケースを買いました。
ワンデリア産業の真の発案者です。

一章の早い段階からずーっと用意してました。このお話で一番ライトな小ネタです。
日の目を見えれて良かったです。

本物ツゥールさん → 屑石アクセサリーの最初の発案者・探求者
じいじ(偽ツゥール) → アングラード前公爵 
職人さん以外の村人は入れ替わりの共犯者です。
やたらとじいじがノエルを抱っこするのも、孫ラブの所為です。
ちなみにじいじは頭を剃ってます。ツゥールの外見の特徴をレオナールがノエルに聞いた時の為の準備です。親子の小さな仁義なき戦いです。


< 小話 >

――ある男の残念なすれ違い 

 何が悪かったのだろうか。
 私の最善の選択はいつも何かを懸け違えていた。

 この国でも屈指の侯爵の家に生まれ、能力も高く評価された。望めば大概のものは叶って、順風満帆と周囲から羨望を受け続けた。
 美しい妻に、優秀な一人息子、この国の有能な文官。私を飾った華々しい言葉。

「だが、今は一人旅か……」

 街道を馬でゆっくりと歩きながら馬上で独り言ちる。遠くで小さな村の教会の鐘の音が聞こえて、若き日の妻の事を想う。

 社交界でも評判の伯爵令嬢だった。気の強い眼差しに怜悧な美貌。でも、細い体で少し澄ました顔には、手を伸ばせば簡単に崩れてしまうような危うさがあった。
 一目で恋におちて欲しいと思った。

「君なら侯爵夫人に相応しい」

 目を閉じてあの日、妻になる前の伯爵令嬢に告げた言葉を呟く。

 結婚を申し込んで、一日を共にした私は彼女の美貌と教養に心から酔っていた。自分の生涯の伴侶にこれ以上の女性はいないと確信してその言葉を告げた。
 でも、伯爵令嬢は表情を変えずに頷いただけだった。
 あの時、何故笑ってくれなかったのだろうか。もっと時間を掛けれて心を解きほぐして結ばれるべきだったのか。
 侯爵家からの申し出に断る家はなく。縁談は波風もなくまとまって、伯爵令嬢は侯爵夫人になった。

 人並の夫婦としての生活はあった。でも、思い描いたような生活はなかった。
 愛していたのに何故なのか。

 街道を進むと、道の端で露店を開く男がいた。人の少ない街道で露店を開くとは、商売気がなさすぎる。一体どんな品を売るのか興味がを持って近づく。

「あっ、当主様」

「おっ、ツゥール」

 近寄って互いの顔に声を上げる。薄い頭頂部に茶色い目の痩せぎすの男は、私がおさめた領地の小さな村の村長の息子だった。変わり者の男は石を愛していつもどこかを放浪している。

「ご当主様お一人ですか? 従者なしなんですか?」

「ああ。あれにも随分、苦労を掛けた。私が引退なら、あれも引退だ。どうやら娘夫婦に子が出来たらしい。時折私の所に挨拶に来るが、私の従者をしていた時には考えられないような甘い顔をしておる」

「あー。孫って、凄い可愛いといいますね」

 ツゥールの言葉に頷いて、馬を降りて売り物に目を落とす。
 並ぶのは石を使ったアクセサリーだ。そのうち一つに領地特産の懐かしい石を見つけて手に取る。

「屑石か。面白い細工をしたな」

「そうなんです。案外削りやすくて加工向きなんです。売れ筋ですよ。庶民だけじゃなくて騎士が買っていった事もあるんです!」
 
 手に取っていろいろな角度から観察する。職人には及ばないが、花ビラを模して掘ったジュエリーケースは悪くない出来栄えだ。
 
 宝飾の細工を見る目には自信があった。ずっと一生懸命選んできたからだ。

 美しい妻を得た頃、私は文官の若手のトップと言われる国政管理室の書記官の地位に着いた。
 誰もが羨んだ私の生活の裏側は、阿保みたいに忙しい職場の所為で家に帰る事も出来ず、何をしているかを妻に告げる事も許されない毎日だった。
 寂しい思いをさせていたからか、妻は私にいつまでたっても余所余所しかった。
 もっと寛いだ顔を見たい。もっと甘えるようなしぐさを見たい。
 そう思っているのに、帰れば何かを語るより、むさぼる様に私は眠りに落ちてしまう。

 せめて身を飾る贅沢をさせてあげたい。宝石やドレスを毎月1日に妻に送る事にした。
 1日にしたのはたまたま最初に送ったのが1日だからだ。始まりの日なら絶対に忘れない。
 文官仲間には、特別な日にすればいいのにと笑われた。だが、続けることに価値があるのだ。永遠の愛を妻に捧げる気持ちで私はいた。

 贈り物を社交界に必ずつけて妻は出席してくれていた。理想の夫婦という賞賛の言葉が増えた。
 だが、普段の屋敷でこそ本当は身に付けて欲しかった。

「日頃からつけろ。もっと飾っていい」

 何度も勧めたが、ついぞ見る事は叶わなかった。
 そういえば、贈り物の礼は言っても、妻は笑った事もない。国で一番のものを心を込めて選んでいたのだが、好みが合わなかったのだろうか。

 腕を組んで考え込んだ私をツゥールが呼んで、我に返る。
 
「当主様、買って下さい。旅費がないんです。食事代もありません。すっからかんです」

 相変わらずの行き当たりばったりな奔放さに呆れる。
 
「一つ買おう。過去の品とは違うが、我が領地の新しい可能性だ。妻に送るには向かないが、何かの折に一緒に贈るなら面白いだろう。趣向を変えたら、あれも微笑むかもしれん」

 あの習慣は今も続いている。
 一人になった今、改めて思う。私の愛は結局、無意味だったのだろうか。
 
 少ない夫婦の時間の中で、早くはなかったが私は子を二人授かった。
 一人は、剣は得意ではなかったが抜群の勘と知恵と魔力に恵まれた。もう一人は剣の才と知恵に恵まれたが視野が狭かった。この子は魔力の量を知る前にこの世を去ってしまった。
 
 子供は不思議の塊だ。言葉も発想も異次元。見ているだけで新鮮で、家にいる時は観察するのが私の趣味になった。小さい頃は見られることを喜んだ子供は、大人になったらとても嫌がるようになってしまった。

「観察するのは楽しいのだがなぁ」

 呟いた言葉にツゥールが頷く。

「当主様も観察は好きですか?」

「ああ。何が出来て何が出来ないか。知っておけば、次に見た時に何ができるようになったか分かる。変化を見るのは楽しくて、胸が弾む」

 誰でも愛しい者を見るのは好きだろう。
 私がアングラード侯爵家の当主だから、我が子を観察をする訳ではない。子が愛しくて、愛しくて、見ているのが幸せだから見てしまう。

 寝返り。はいはい。あんよ。絵本の朗読。社交のマナー。学校の課題。女性のリード。文官のイロハ。
 赤子が幼児に、少年が青年に、最後は可愛げなしの跡取りになった。

 どうして息子は私を遠ざけたのだろうか。

 やはり、私と息子。私と妻の間に大きな溝ができたのは、あの子を失った所為なのか。

 明るい子だった。無茶や我儘をいう事も多いが、天真爛漫な笑顔と好奇心が愛らしかった。
 でも、好奇心が息子を失わせた。

 公になる前の子が決まりを破った末に、出てはいけない町中で殺された。
 叫びたいほどの苦しさの中で、とてつもない悪意が我が家を襲おうとしている気配にきづいた。

 あの頃も妻には、簡単に崩れてしまう危うさがあった。それが、子を失って酷くなる。
 きっとバルバラは剥き出しの悪意には耐えられない。

 そして、上の子は社交界で大きな注目を浴びている最中だった。伸びていく大きな可能性の芽。
 だが、嫉妬に悪意が混ざれば燃え盛る。レオナールを潰させるわけにはいかない。

 守る為に私に出来る事は、公になる前の愛しい子の存在を完全に消す事だった。
 関わったすべてを消す。それはとても難しい。でも、大切な者の為になら時にどんな無茶もこなせる。考える限りの手を寝る間も惜しんで打った。
 3年、5年、10年、15年、長い年月秘密はいつもくすぶり続ける。守り切る為に打ち続けた手は、いつも綱渡りで、話せない事が増えて、口を閉じる事が増えた。

 握られた弱みを消す為に、弱みを握る。でも握られた弱みは完全には消えない。私に着く傷はどんどん増えていく。
 国政管理室室長。そこまで辿り着いたが、これ以上を望むのは絶望的だった。
 最も睨みが効くその地位を退けば、私を引きずり降ろそうとする火は簡単につく。家族を守る為に打った手の所為で、あちらこちらに私に関わる火の粉は撒き散らかされていた。

 上りたかったかと聞かれたら、上りたかったと思う。文官の仕事は嫌いじゃない。もっと好きなように、純粋な文官の仕事がしてみたかった。

 目の前の自由な男を見る。羨ましいと思う。どこまでも自由に行けば良い。

「ツゥール、いくつ買ったら旅費に余裕が出る?」

「買って下さるんですか! 旅費を貸して下さってもいいですけど?」

「だめだ。正当な報酬以外は認めない。好きな事をする為に手は抜くな。ほら、売りたいものを選べ。この後、お前の村に行くから、近況と一緒に皆に配ってやる」

 ツゥールが抜け目なく品物を選んで袋に入れていく。

 自由と正しい評価。それは、とても大事な事だ。
 秘密に縛られ続けた文官時代。同じ境遇は絶対に息子には残したくなかった。
 早い引退と引き換えに大きな博打をうつ。幾つかの家を一緒に追い落とし、まいた火の粉をすべて消した。
 長かった家族を守る為の戦いが終わって、私は当主を息子に譲った。

 今、自由になった私の手には何もない。
 妻は私との間には距離があった。息子は私を疎み。失った子はこの国にいない子になっていた。

「当主様、どうぞ」

「いくらだ」

 ツゥールが指を立てて金額を示す。やや高い気がするが、まぁいい。もう私を囲む敵はいない。抜け目なく綱渡りする必要もない。金を出しながら、一つ訂正する。

「私はもう当主じゃない。今はレオナールが当主だ」

「あぁ、坊ちゃんですね! そう言えば、面白い事を始めてますよ」

「面白い事?」

 ツゥールが語る村の大改革の計画に胸が弾む。
 とても面白い。やはり息子は正当に評価されるべき人材だ。初めて自分のやってきたことに快哉を叫べる気がした。

「それにしても、ツゥールもちゃんと村に帰っているのだな」

 私の言葉に胸元のポケットから1枚の紙を取り出して誇らしげに見せる。
 『素材探求者石担当に任ずる イアサント・シュレッサー』
 癖の強い汚い字は探求者をまとめるシュレッサー伯爵の文字に間違いない。

「ふふっ、石を愛し続けて遂に私も探求者です。シュレッサーの研究所に戻るついでに、村にも前より寄るんですよ」

「ほぅ。好きな事を仕事にする良い人生だな。精一杯励め。私には出来なかった事だ」

 一目見た時から愛した妻バルバラ、才に溢れた自慢の息子、失われた愛しい息子。
 大事な者を守ったのに、愛しい彼らの為の時間は余りにも短かった。思わず肩を落とした私をツゥールが励ます。

「前当主様! 大丈夫です。今は余生を満喫する時代です。今からか貴方様の第二の人生です! 引退されてから随分と明るく丸くなられた! 以前は殆ど喋らないし、強面で近寄り難かったのに、今はとても話しやすいです!」

「そ、そうか……。うむ、何か見つけて老後こそ好きなものを追ってすごそう!」

 ツゥールと別れてワンデリアの崖の村に向かう。
 私はそこで私の第二の人生に好きで好きで、追うべきものと出会う。

 村に逗留した晩、月夜の散歩に出た。ある筈のない、人の気配に闇に溶け込んで近づいた。
 
 滑らかな白い石でできた山肌は月明かりに照らされて美しく輝く。夜の闇と影を抱いた地下渓谷は漆黒の闇。ワンデリアの美しい白と黒の世界の中で、息子が天使を抱いていた。
 
 月を零したような髪の天使が、息子の首に抱き着く。
 思わず乗り出して、隠れていた魔力が動く。息子に付き従った琥珀の髪の男が訝しげに振り返る。慌てて闇に隠れてやり過ごす。

 こっそり見た天使は、面白いぐらいカールした銀の髪を肩で揺らして輝く様な笑顔を浮かべる。愛らしい赤い小さな唇に、我が家特有の私と同じ紫の瞳。柔らかそうなほっぺに秀でた鼻筋。

 思わずバカ息子と心の中で罵る。
 レオナールと私は決して仲が良くない。だからと言って、あんな可愛い天使がいる事を教えないなんて!
 孫について問う手紙を出しても、返事は公になってないから言わないだった。
 待っていてはあの天使と、第二の人生を過ごす事はできないだろう。

 天使と出会う為の計画を練ろう。レオナールに邪魔されない様にこっそりとやる。

 天使の可愛い鈴のなるような声が、暗闇に響いた。

「今年のプレゼントはおじい様には内緒ですが、お父様が一番素敵でした。お父様、世界で一番大好きです」

 天使がレオナールの頬に口づけを落とす。
 羨ましくて地団駄を踏みそうになると、また琥珀の男が私の方を振り返った。

 ぐっと耐えて、去っていく天使の様な孫娘を見つめる。
 絶対に私もあれを望む! 可愛い孫娘を抱っこしたい! 可愛い孫にぎゅうっとされたい! じいじなどと可愛く呼ばれたい!

 私の第二の人生の幕が今開いた。


―――――

じいじこと前当主はとても勘違いされた人です。

「君なら侯爵夫人に相応しい」 → バルバラは自分ではなく侯爵夫人として望まれたと勘違いします。一目ぼれとか、自分に心酔してたなんて全然知りません。

一日に送られるプレゼント → 定期購入と一緒です。何の記念日でもなく毎月決まった日に届く高級品。侯爵夫人としての体裁を保つために送られていると思ってます。まさか時間をかけて選んでるなんて知りません。


子供観察 → 小さい頃は良かったんですが、物心ついた辺りには完全に査定されてると思ってます。レオナールがひねくれた性格に見事に育ちました。

 好きで好きで仕方なく家族の為に戦っていたのに、大事な事を言わなずに掛け違えた人です。
 リオネルがなくなった後は、特に失言を抑えるために家でも外でも口数が減ります。それが余計に家庭内の行き違いを増幅させます。
 外では非常に優秀な文官でした。家族の為にありとあらゆる事を駆使してきた為、非常に敵の多い人でもありました。
 第二の人生からは随分と自分のしたい事に自由になれました。
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