< 小話まとめ >悪役令嬢はやめて、侯爵子息になります

立風花

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四章

70話 朽ちる大樹 / ベッケル宰相

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次回、金曜日あたりが目標です。
月曜に上げたかったんです。でも、眠すぎて一文直したら、直すたびに別の所を消したり、何かを失敗して三分以上かかる惨状でした。それで火曜になりました。

ジルの想い、多分次回は彼の秘密と共に表に出ます。

< 小さな設定 >
今出てる文官の部署はこんな感じでしょうか?
 術管院  学園や城に張られた大規模な結界、術式の管理を行います
 民事院  貴族や庶民など戸籍の管理をします
 数計院  予算の管理の専門家です。
 式典院  行事や来賓のもてなしなどを担当します
 国政管理室 少数ですが、国政のプロです。

 他にもいろいろぼんやりとした部署の設定はあります。とり、こんな感じです。

 以下、ベッケルさんが堕ちるきっかけです。↓は本編ではさらりと触れるだけになると思います。

< 小話 > 

――朽ちる大樹 (ベッケル)

 大きく手を打ち鳴らすと、この国の頂点に立つ男が立ち上がった。
 紺碧の瞳が居並ぶ文官を、力強い眼差しで見渡す。

「よくぞここまで道筋を立てた。私は自分の治世の中で、惜しいと感じる事を一つでも減らしたい。望む事の全てが正しいとは自惚れぬ。だが、惜しいと感じる事に手を伸ばす事は、決して間違っていない」

 各部署の優秀な文官たちの目に、燃えるような熱意が浮かび始める。王の言葉を聞きながら、居並ぶ者達の顔を観察する私にその熱はない。

 才とは一体何なのだろうか。
 言葉一つで人を熱狂させる力、不可能と言われた事に切り込む力、新しい何かを作り上げる力。

 ここに立つ者の多くは、何かの才を持ち自信に満ち溢れていた。

「より力ある者を身分に関わらず引き上げる。それは反発も大きいだろう。だが、この国をよりよくする為に必ず必要な事だ。私は君たちの力を信じ求める。遺憾なく力を発揮せよ」

 この場に立った全ての文官が、深く王に一礼した。一拍遅れて礼をした私の瞳と、紫の瞳が交わる。
 
 施策を最も牽引しながら、あの男は王の言葉に酔うことなく冷静にこの場を見ていた。王に右腕と望まれた傑物アングラード侯爵の目に、熱意なく周囲を窺う私はどう映ったのだろうか。

 大きな進展があった若手の施策会議が終わると、王が直々に私を手招いて呼んだ。

「ベッケルよ。現行の制度の中で最上位の君が、私に付いてきてくれている事に感謝する」

「ベッケル公爵家は、陛下の考えと共にございます。驕りは国を傾けるでしょう。常に善きものを求めるのは、素晴らしい事です」

 虚飾の言葉に、王家の証である青い瞳が柔らかい弧を描く。まっすぐで曇りがない眼差しに引き込まれて息を飲む。
 今、胸に湧き上がったのは確かに尊崇だった。でも、心の奥底で何かが淀みを濃くする。
 
 一礼して退席すると、逃げるように人気のないバルコニーにでた。何処までも続く空の下で大きく息を吸って、私だけが異質である世界から解放される。

 素晴らしい王と素晴らしい施策。眩しくて共にある自分を確かに誇らしいと感じる。なのに、一つ進むたびに私は取り残されていく気持ちになる。

 伝達魔法を発動して、細く美しい鳥を呼ぶ。年に数回しか顔を合わせない息子に、勧奨の言葉を贈る。

「ファビオ、元気にしているか? 今この国は大きな岐路に立っている。正しい才は求められ評価される。受難の地を支えるお前は、以前よりずっと才を深めた。王都に来て文官になってみないか?」

 お前はもっとできる。新しい仕組なら、きっと高い評価を得られる。これまでは運がなかっただけなんだ。
  
 必死で重ねる言葉は虚しい。
 熟成の時期の公爵子息が、王都の文官ではなく自領の領主でいる。それが息子の評価の全てで、もはや覆すのが難しい事は最高位の役職に就く己が一番よく分かっていた。


 西の空に向かう鳥を見送って、バルコニーの扉に手を掛ける。私の耳に廊下で立ち話をする文官の声が耳に入った。

「流石、アングラード侯爵だ。見事にまとめて来たな。最初はどんなものかと思ったが、うちの上司も見事に丸め込まれた。きっと上手く行くぞ」

「ああ。僕たち若手文官は、爵位で越えられない壁をずっと感じてた。もうすぐ、上位貴族を超えられなかった時代は終わる」

 鼻息荒い言葉に、揶揄うような笑い声が上がる。

「おいおい。お前の口ぶりだと、上に上がるつもりみたいに聞こえるぞ?」

「上がるさ。のらりくらりと胡坐をかく奴より必ず上に行く。傑物と呼ばれるアングラード侯爵が宰相になった時には、数計院で一目置かれるような文官になってやる。お前はそこで止まるのか?」

「まさか! 数計院に負けるつもりはない。頭の固い民事院も、必ず優秀な者が台頭するようになる。私も名を連ねるぞ」

 希望に満ちた笑い声を響かせて、息子よりもずっと若くて才ある文官たちが歩み去っていく。
 爵位の壁から時代は、才の壁に移り変わるのだろう。そう思うと膝が震えた。武者震いなら、どんなに良かっただろう。私が感じるのは、忍び寄る未来に対する恐怖と怒りだった。

 人の気配がない事を確認して、ゆっくりとバルコニーのドアを開ける。重い足を引きずって、廊下を進んでいく。

「あと数年で私も退官か……」

 溜息と共に独り言ちる。 その時は、この国の中央からベッケルの直系は消えてしまうだろう。
 アングラード侯爵家、ヴァセラン侯爵家は、優秀であるが故に嫉妬も大きく、公爵への取り立ては据え置かれてきた。今度こそ彼らは公爵に名を連ねる。現当主は陛下の片腕として名高く、その息子たちも後継者である王子の評価が高い。

 現侯爵のベッケルとバスティアはどうなるのか。
 既に盆暗当主が治めるバスティア公爵家は、中央から名を消していた。数年前の御前試合で、アングラード、ヴァセランの子息は父親の名声に叶う見事な勝利を収めたのに、バスティアの子息は負けた。

 落ちるならバスティアが先だ。うちじゃない。私情と欲に塗れた男に比べれば、私は現役の宰相として良くやっている。でも、それもあと数年だけの話だ。

 御前試合で、アングラード子息の活躍を褒めたたえる声の後に続いた賛辞を思い出す。

――あのバスティア公爵の子とは思えぬほど、子息の才能は素晴らしい

 現公爵をこき下ろした後、誰もが次代の公爵を高く評価した。
 次代のベッケルの名は誰の口にも上らない。

 新しい施策の流れが本流になれば、息子の代でベッケルは公爵から落ちる事もありえる。
 でも、王の施策に反対する事はできない。従順である事を評価されて私は宰相になった。従順じゃない私は中央に不要だ。バランス感覚に優れた副宰相のボルローが私に代わるのは、簡単でだれも反対しない。

 才がある事、才がない事。未来に希望が見えている者、見えていない者。前者ばかりのこの光ある場所で、私だけが闇を見る。

 中央棟の階段の踊り場に一人の男が佇んでいた。私を仰ぎ見て如才ない笑顔を浮かべる。

「ごきげんよう。ベッケル宰相」

「やあ、ジルベール・ラヴェル。今は、ラヴェル伯爵と呼ぶべきか……」

 このラヴェル伯爵の長男は、かつて偽造書類を乱発して廃嫡された。数年前に突如王都に戻ってきて、先ごろ冤罪を証明して伯爵に返り咲いた。

「ええ。ついに伯爵の名を手に入れました。正統性というのは必ず認められる。そう思われませんか?」

 その言葉に首を竦めて、曖昧に対応する。彼の冤罪の証明には怪しげな部分が多いと聞いている。それでも、跳ねのけた彼は才に恵まれた者の一人だろう。

「正統性ではなく、君の才に私には見える。真相は知らぬ。だが、正統性も、名が持つ地位も、これからは関係なくなる。恵まれた力はこの国の為に大事に使うとよい」

 一礼したジルベールの横を、精一杯離れて過ぎようとする。彼は反旗派の一人で、疑惑の多い人物だ。あまり近づくべきではない。

 目の前でジルベールが私の行く手を阻む。楽し気な口元とは裏腹の暗い眼差しに、慌てて顔を伏せる。

「不公平な社会の不公平な正統性。正しい評価と埋もれる才能。ベッケル宰相様、王の施策はまやかしだと思いませんか? この国に王になれる人間は本当に、王族にしかいないのでしょうか?」

 その言葉に胸が揺すられる。かつて陛下の教育の為に立ち入った居住区で見た一枚の絵を、私は忘れる事ができずにいる。

「何を当たり前のことを……。その発言は不敬になる。言葉には気を付けよ、ラヴェル伯爵」

「当たり前? 力を秘めたまま埋もれた者を、惜しいと思っているだけです。いつも一部の者だけが世界を決める。才は一部の誰かの目に映る評価でしかない。王家の血を僅かに引き、高い魔力を持っていても、一握りの血筋に名を連ねなければ王とは認められない」

 祖父の弟は珍しい黒の瞳を持っていた。高い教養と人を惹き付ける魅力で、ベッケルの歴史の中でも俊才の人だった。幼い私に剣を教えて教師を務めた人は、地方の文官で生涯を終えた。

 何代も前に、我が家に降嫁してきた傍流の王家の女性がいる。その血が誰の流れを受けているか、一枚の絵画を見て私は知った。

「……」

「宰相様は、同じであるのに、同じでないのはおかしいと思いませんか? 運なのか、境遇なのか、地位なのか。誰かを見て羨む事を諦めてしまってませんか?」

 息子の瞳を思い出す。グレーの瞳は覗けば、奥底に小さく黒が揺らぐ。愛想のなさが嫌われて、文官として選ばれることはなかったが、魔力は学年でも一番高い上位だった。

 黒い髪で黒い瞳。傍流であるには関わらず、注目を浴びた一人の王位継承者を私は知っている。彼のような色濃さはないが、彼と同じ可能性を息子に見る私は馬鹿なのだろうか。

「ラヴェル伯爵。地位には地位に見合う責任が伴う。誰もが生きていれば同じというのは、君の意見でしかない。私はこの国の最上位の臣下として、それを間近に知っている。不敬と断罪されたくなければ去りなさい」

 ジルベールが私に向かって、道化の様な大げさな礼をとる。

「寛大な対処に感謝いたします。私は反旗派と言われておりますが、正確には中立派です。ただ、惜しいと悔やむ世界をきらっているだけ。今後、言葉には気を付けましょう」

 ジルベールの横をすり抜けて階段を一歩一歩降りていく。
 息子の瞳を見た時、珍しい色を神の贈り物だと思った。
 今は、素晴らしい血を引いている事も知ってしまった。
 何時だって、息子は少しだけ損をしていただけだ。傑物と呼ばれる目立つ者達の陰で、彼の本当の才は追いやられてしまっただけ。

 ベッケルの名を守ろうとする私は、ベッケルの名を卑下している。ファビオにつく名が違ったのなら、瞳の奥に僅かに黒を持つ息子は、彼らと同じ位置に立ったかもしれない。
 
 だから、金の髪に紺碧の瞳を持つ陛下の評価に、暗い嫉妬を淀ませてきた。

「ベッケル宰相様。恥ずかしながら我が家は私と弟が争っており、天使の歌声と有名なラヴェルの楽団は私の手元にはございません。ですが、私も一つ楽団を作りました。気が向きましたら、是非お声掛け下さいませ。素晴らしい演奏を聞きながら、未来を語りたく存じます」

 底冷えするような男の声が、甘美な誘惑に聞こえた。でも、振り返ったら戻れない奈落が待っているような予感がはっきりとあった。
 背を向けたまま、ゆっくりと階段を下りきる。まっすぐ進むべき足が止まる。

 朽ちていくだけの大樹が、再び花を咲かす。それに何が必要なのか。
 
―――――

このあとベッケルさんはジルベールを招いてしまいます。
ちなみに上はあくまでもベッケルさんの視点です。真実と異なる部分が色々含まれます。
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