外道猟姫・釣り独楽お京

板倉恭司

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それぞれの……

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 縁は異なもの味なもの、って言葉がある。人間って奴は不思議なもんで、どう頑張っても上手くいかない組み合わせはある。かと思うと、犬と猿並の悪い組み合わせに見える男と女が上手くいっていたりもする。まあ、恋仲になるのは男と女とは限らない。男と男、女と女って組み合わせもあるけどな。
 ちなみに、俺はどうかというと……悪いが、惚れた腫れたは御免だね。うちのかかあで懲りたよ。もう、誰とも恋仲にはなりたかねえな。

 ・・・

 お京は、目を開けた。
 いつのまにか眠っていたらしい。まだ日は高く、壁の穴から差し込む光が心地好い。
 その時、隣で寝ていたお花が体を起こした。

「おばさん、まだ帰って来ないのかい?」

 お京の問いに、お花はこくんと頷いた。

「あの人なりに、気を遣っているんでしょうね」

 そう言って、くすりと笑う。お京は口元を歪め、上体を起こした。薄明かりの中で、お花の裸体を見つめる。
 色黒のお京と対照的に、彼女は色が白い。女性らしい体型で、しなやかな肢体の持ち主であった。しかし、最近は目に見えて体つきが変わって来ている。もともと杖術の使い手であり、普通の女と比べれば筋肉質ではあった。だが最近では、ごつごつした肉体へと変わりつつある。手足も節くれだち、たこが目立つようにもなった。
 当然の話だった。お京を乗せた車を押し、ずっと歩き続けているのだ。戦いになれば、激しく動き回らなくてはならない。
 その日々が、お花の体を変えてしまった──

「さっき、うなされていましたよ。大丈夫ですか?」

 ぼんやりしていたお京だったが、その問いにはっと我に返る。

「えっ?」

 首を捻り、記憶をたどってみた。悪夢でも見ていたのだろうか。しかし、全く覚えていない。嫌な夢を見ていたのかもしれないが、忘れてしまった。

「わからない。ひょっとしたら、ろくでもない夢を見ていたのかもしれないね。殺し屋やろうってのに、夢にうなされるなんざ、みっともない話だよ」

 言いながら、自嘲気味に笑った。せっかく仇を討ったというのに、悪夢を見てうなされるとは。本当に情けない。
 死んでしまった村人たちは、もう夢を見られない。苦しむことすら出来ないのだ。
 その時、お花の手が伸びる。お京の頬に、そっと触れた。

「私も、夢を見るんです。夢の中では、あなたの顔が見えるんですよ。だけど、目が覚める度がっかりします」

 くすりと笑う。だが、その表情が一変した。

「一度だけでいい、あなたの顔が見たい……」

 光を失った瞳から、一筋の涙が流れる。
 その瞬間、お京は彼女を抱きしめていた。唇を吸い、体をまさぐる。何もかも忘れたかったし、また忘れさせてあげたかった。
 お花もまた、お京を求める。二人は、獣のように激しく愛し合っていた──

 ・・・・

 無人街の昼は、夜に比べると幾分おとなしい。たまに阿片中毒が呆けた表情でうろつき、仕事を終えた泥棒が疲れた顔で帰途を急ぐ……そんな者たちばかりである。
 そんな中、お七はというと河原にて座り込んでいた。何をするでもなく、水面をぼんやりと眺めている。
 ふと、人が近づいて来る気配を感じた。ぱっと振り向くと、そこには若い男が立っている。締まりのない表情で、にこにこしながら隣に座った。誰なのかは、考えるまでもない。藤村左門の手下・捨丸だ。恐らくは、仕事の依頼であろう。
 あの二人は、また人を殺すのか……そう思うと、何ともやりきれない気分に襲われた。

「あんたかい。何しに来たの?」

 面倒くさそうに尋ねると、捨丸は悲しそうな顔で口を開く。

「あんたかい、って失礼だなあ。もうちょい歓迎してくれてもいいじゃん」

「そりゃあ悪かったね」

 つっけんどんな態度で答えるが、捨丸は気を悪くした様子もなく、にこにこしながら隣に座った。

「ねえ、こんなとこで何してんの?」

「ちょっと、ね。あの娘たちに気を利かせてあげてるのさ」
 
 そう、お七なりに気を利かせている。あの二人が、どういう関係かは知っていた。知った上で、あえて口を出さないようにしている。だが、目の前の青年はその事実を知らない。

「へっ? 何それ?」

「あんたは知らなくていい。ただ、あたしはしばらく暇を潰さなきゃなんないってことさ」

「ふーん。何か知らんけど、大変だね」

 捨丸も、それ以上は聞こうとしなかった。何も考えていないように見えて、実は人の心の動きに敏感なのかもしれない。
 しばらくの間、両者とも無言だった。だが、沈黙に耐えられなくなったらしい。捨丸が口を開く。

「あのさ、俺で良けりゃ話し相手になるよ。話しようよ。ねえ、どんな男が好みなの?」

「男の好みだぁ? 何を馬鹿なこと言ってんだか。あたしみたいな年増女を口説こうってのかい? からかうんじゃない。あたしゃ貧乏だし、だまくらかしても一文も得しないよ」

 顔をしかめて答えるお七だったが、直後に表情が一変する。

「んなこと思ってないよ。そりゃまあ、姐さんは俺好みの別嬪さんだから、口説けるもんなら口説きたいけどさ」

 その途端、彼女の頬が真っ赤に染まった。

「は、はあ!? だ、誰が別嬪さんだって!? つまらない御世辞いうんじゃないよ!」

 怒鳴りつけるが、捨丸は怯まない。

「御世辞じゃないってば。姐さんは綺麗だよ」

 言った途端、お七は捨丸の胸倉を掴んでいた。ただし、顔は赤い。耳まで真っ赤に染まっている。

「ちょっと! そ、それ以上言ったら、ほ、本当に怒るからね!」

「ご、ごめんよ。もう言わないから怒らないでよう」

 ペこりと頭を下げる捨丸を見て、お七は舌打ちし手を離した。

「おかしな奴だね、あんたは」

「よく言われるよ」

 飄々ひょうひょうとした態度の捨丸に、お七はもう一度舌打ちした。どうにも調子が狂う。
 それにしても、この男は裏稼業の人間にしては、すれた所がない。どういう経緯で、この仕事を始めたのだろう。

「いつから、この仕事してんだい?」

 気がつくと、そんなことを聞いていた。

「三年くらい前かな。それまでは、泥棒をやってたんだよ」

「泥棒かい。ろくでもない仕事だとは思うけど、それでも殺し屋よりはましだね」

 途端に、捨丸の表情が変わる。

「あのね、俺たちはただの殺し屋じゃないのよ。依頼人の晴らせぬ恨みを背負い、許せぬ人でなしを消す。そういう稼業なんだよ。俺、この仕事に誇りを持ってやってんだからね」

「誇り?」

「そ。俺は、この仕事は世の中に必要だと思ってる。俺だけじゃないよ、左門ちゃんだって、そう思ってるはずさ」

 先ほどまでのへらへらした態度とは、明らかに違っている。真剣そのものだ。こちらを見る目にも、純粋な思いがある。
 お七は、すっと目を逸らした。捨丸の、若さゆえの純粋さが眩しい。お京たちと同種のものを感じる。
 うつむきながら、口を開いた。

「なるほどね。まあ、人にはそれぞれ考え方がある。生き方だって、ひとつじゃない。あんたらの生き方が正しいか間違っているか、今のあたしにゃ何も言えないよ」

 そこで言葉を切り、顔を上げた。捨丸の視線を、真っすぐ受け止める。
 
「でもね、これだけは忘れないどくれ。あんたらが殺した連中にだって、親がいる。兄弟姉妹だっていたかもしれない。恋人だっていたかもしれないんだ」

「だから何?」

「あんたらが誰かを殺す度、今度は殺された奴の周囲にいた者の恨みを背負うことになるんだよ。そのことだけは、肝に銘じておくんだね」

 今度は、捨丸が目を逸らす番だった。ふて腐れた子供のような表情になっている。お七の言葉の正しさを、頭では理解しているが、全面的に認めるのは嫌なのだろう。
 認めてしまえば、この稼業を続けられなくなるから──

「ま、俺もろくな死に方しないだろうね。その覚悟は出来てるよ」

 呟くような言葉だった。お七は苦笑する。この青年、根っからの悪党ではない。頼りない男ではあるが、放っておけないものを感じる。
 もう少し、捨丸と語り合いたい。

「ところでさ、あたしらの前に仲間が二人いたんだろ。その二人は、どんな死に方したんだい?」

「ああ、あの二人か」

 捨丸は、空を見上げる。微笑みながら語り出した。

「片方は、政之助まさのすけって名の若い男だったよ。俺と同じくらいの歳だったかな。もうひとりは、仁厳じんげんっていう生臭坊主。どっちも腕の立つ殺し屋だったけど、あっさり死んじゃった」

 そこで、捨丸は言葉を切った。水面に視線を移し、再び語り出す。

「仁厳は、とぼけた親父だったよ。坊主のくせに女が大好きだった。女に誘われ、ふらふら付いていったのが運の尽きさ。蜘蛛介くもすけってやくざ者に捕まり、さんざん拷問された挙げ句に自害したんだって」

 捨丸の口調が変わっていた。声だけでなく、体も震えている。それでも、語ることをやめなかった。

「政之助はさ、侍くずれだったんだよ。堅苦しい奴でさ、初めのうちは殺し屋稼業にも乗り気じゃなかった。食うためにやってた。けど最期は、仁厳の仇討ちのために蜘蛛介の根城にひとりで乗り込んだ。挙げ句、全員を叩き斬ったってさ。けど、本人も死んじまった」

 そこまでが限界だった。捨丸の目から、涙がこぼれ落ちる。全身を震わせながら、水面を睨んでいた。

「二人とも、いい奴だったよ。俺、あの二人が好きだった」

 その時、お七の手が伸びた。捨丸の頬の涙を、そっと拭う。

「よっぽどいい奴だったんだね。けどね、ひとつ忘れちゃいけないことがあるよ。あんたらの殺してきた人の周りにも、そうやって泣いた人がいたかもしれないんだ」

 ・・・・・

 その頃。 
 江戸の片隅にある寂れた茶屋の前で、奇妙な男が掃除をしていた。歳の頃は四十代から五十代、やや太り気味だが立ち姿はしっかりしている。だが、何より特徴的なのは片目を覆う黒い眼帯だ。どすの利いた面構えと相まって、得体の知れぬ凄みを醸し出している。 
 どう見ても堅気でない人相の男が、真面目な顔で溜まった落ち葉を丁寧に掃いている。ある意味、滑稽であった。 
 だが、その手が止まる。  

「よう辰治たつじ、元気そうだな」 

 にやにや笑いながら近づいてきたのは、藤村左門であった。辰治は、残る片目で彼をじっと見つめる。 

「おや、藤村さんじゃありませんか。今日は、こちらを見回りしなさるんですか?」 

「いやいや、見回りなんてまだるっこしいことを俺がするわけねえだろ。実はな、お前に用があって来たんだ」 

「えっ、あっしにですか? いったい何用で?」 

「おかしな情報を耳にしたんだよ。巳之会とかいう連中が、近ごろ幅を利かせてるってな」 

 辰治の口元が歪む。だが、それは一瞬であった。にこやかな表情で、左門の話に耳を傾ける。

「こいつらは、どうしようもない連中なんだよ。江戸の悪党には、悪党なりの仁義ってものがある。お互いの領分を守り、そこから先は関知しないって暗黙の了解があった」 

 そこで、左門の顔つきが変わる。普段の、やる気が感じられない手抜き同心の仮面が剥がれ落ちた。

「ところがだ、この巳之会はどうしようもねえ。他の連中の縄張りなんざ、屁とも思ってないんだな。しかも、やるこたぁ外道ときてやがる。ついこの前も、堅気の商店に押し入りやがった。しかも、金を奪っただけじゃ飽きたらず女房と娘を無理やり犯した挙げ句、一家全員を皆殺しときた」 

 そこで、辰治は口を開いた。

「何が言いてえんですか?」 

「その巳之会だが、頭目は片目の男で鉄砲を使うらしいな。手下のひとりは、鎖鎌を使うとか。その鎖鎌で、殺した相手をさらに切り刻む趣味があるらしいんだよ」 

「お前……誰から聞いたんだ?」 

 辰治の顔つきも変わっていた。寂れた茶屋の主人ではなく、裏稼業の面が剥きだしになっている。
 だが左門は、へらへら笑いながら一歩下がった。

「おいおい、そんな怖い目で見るなよ。いいか、俺は巳之会みたいなおっかない連中とやり合う気はねえ。仮にだ、巳之会をお縄にしたところで、俺の身分は変わらねえよ。出世も無理だしな」 

 訳知り顔でうんうん頷きながら、左門は話を続ける。

「それよりもだ、お互い持ちつ持たれつで、上手いことやってく方が、お互いに得だってことだよ」 

「くそ野郎が。長生きできると思うなよ」 

「まあ、そう言うな。さしあたっては、十両だ。それで口をつぐんでやる」 

 辰治は、ちらりと店の方を見た。少しの間を置き、ゆっくりと口を開く。

「三日だ。三日だけ待ってくれ」 

「三日か。なら、十三両だ」

 途端に、辰治の表情が凄みを増した。今にも殴りかかって行きそうな雰囲気だ。

「ふざけやがって……まあ、いい。十三両払ってやる。用意するから、三日待て」 





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