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暗闇の中の出会いと再会(2)
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それから、二十年が経った。
夜中、裕太は妙な気配を感じて目覚めた。部屋の中は、暗闇に包まれている。窓からは、月の光が射していた。
そして、部屋の隅から自分を見つめる二つの瞳。
驚愕の表情を浮かべ、裕太は起き上がった。この時間に部屋に入って来る者など、いるはずがないのだ。
だが、目はそこにあった。綺麗な緑色の光を放ちながら、真っ直ぐ裕太を見つめている。裕太は恐怖のあまり、動くことが出来なかった。
ひょっとして、幽霊か?
気がつくと、彼の体はガクガク震えていた。だが、不気味な目はお構い無しにどんどん近づいて来る。
と同時に、聞こえてきた声。
「お前、あたしの事を忘れたのかニャ?」
裕太は愕然となった。目の前にいるのは、尻尾が二本ある黒猫だったのだ。この部屋に、猫が入れるはずがないのだ。
いや、それ以前に猫が喋るなど有り得ない。
だが、その時……裕太の頭に昔の記憶が甦った。二十年前に、その有り得ないことが起きたではないか。
記憶の奥底に封じ込めていたもの。空き家の地下室で一晩中、妖怪と語り明かした思い出。
翌日になると、裕太はそのことを色んな人間に話した。が、誰も信じてくれなかった。そればかりか、みんなは裕太を嘘つき呼ばわりさえしたのだ。それでも、彼は自分の意見を曲げなかった。
やがて事態を重く見た両親は、裕太を病院に入院させる。彼は、少年時代を閉鎖病棟で過ごす羽目になってしまった。
退院した後、裕太は十八歳になっていた。その人格は完璧に歪み、全てのものを信じない少年になっていた。
「ミーコ? 本当にミーコなのか?」
呆然とした表情で呟く裕太。だが、ミーコは素知らぬ顔だ。悠然とした態度で、毛繕いを始める。
ややあって、ミーコは裕太を睨み付けた。
「お前、あの時はまだ可愛げがあったニャ。でも今は、本物のクズになってしまったようだニャ。あたしの言ったことを、全く守らなかったようだニャ」
ミーコの言葉に、裕太は下を向いた。
「何だよ、その言い方。あの時、助けなきゃ良かった……とでも言いたいのか?」
「別に、そんなこと言う気は無いニャ。お前が人間の世界で何をしようが、あたしには関係ないニャ。けど、もう少し上手くやっていく事は出来なかったのかニャ?」
その言葉は、刃物のように心に突き刺さる。裕太は、思わず唇を噛み締めた。
「だってよお、医者がミーコの事を幻覚だとか言いやがったんだ。それだけじゃねえ、みんなは俺を嘘つきだって言った。俺は嘘なんかついてねえ。本当のことを言ったのに……」
「幻覚でも嘘つきでも、言いたい奴には言わせておけばいいニャ。肝心なのは、お前とあたしが出会えた思い出だニャ。それを、お前がどう感じたのか……そこが、大切なんじゃないのかニャ? あたしとの出会いは、お前にとってそんなに薄っぺらなものだったのかニャ?」
「いや、違う。大切な思い出だよ」
確かに、そうなのだ。他人がどう言おうが、関係なかった。自分にとって、ミーコとの思い出は宝物にも等しいものだったはず。
それなのに、自分は……。
うつむいている裕太に対し、ミーコは語り続ける。
「他人がどう思おうが、関係なかったニャ。他人に信じさせる必要もなかったニャ。お前は、大人になってもアホのままだったニャ。まあ、今さら言っても遅いけどニャ」
素っ気ない態度で言い放つと、ミーコは再び毛繕いを続ける。裕太は、そのあまりにマイペースな態度を前にして、思わず笑ってしまった。この化け猫は、二十年前とまるで変わっていない。
それが、嬉しい──
「お前は、相変わらずだな」
「お前とは何だニャ! あたしは五百年も生きてる偉大な化け猫さまだニャ! 相も変わらず、失礼な小僧だニャ!」
言葉と同時に、尻尾で床を叩くミーコ。ビシャリという音が、静かな室内に響く。
しかし、裕太はお構い無しだ。今さら、恐れても無意味なのだから。
「なあミーコ、頼みがあるんだ。あの時みたいに話相手になってくれよ。一晩くらい、いいだろ? なあ、頼むよ」
「まったく、しょうがない奴だニャ。お前は本当に、世話のやける小僧だニャ」
ブツブツ言いながらも、ミーコは裕太に寄り添う。
二人は時間を忘れ、夢中になって語り明かした。二十年前と、全く同じように。
コツ、コツ、コツ──
数時間後、廊下を通る足音が聞こえてきた。既に陽は昇り、朝になっている。
裕太は、覚悟を決めていた。夜中にミーコが、彼の部屋を訪れた理由……それは今日が、裕太の番だからだ。ミーコははっきりとは言っていなかったが、あの態度からして間違いないであろう。
だが、彼には不安も恐れもない。ここに来て以来、初めて清々しい気分で朝を迎えられた。
ミーコ、本当にありがとう。
お前に会えて良かった。
お前は、俺のたったひとりの……そして、最高の友だちだ。
裕太は、心の中で呟いた。澄みきった気持ちで、足音を待つ。
予想通り、足音は裕太の部屋の前で立ち止まった。直後、ガチャリという音が鳴る。ついで、金属製の扉が軋みながら開かれた。
目の前には、紺色の制服を着た屈強な男が数人立っている。
「称呼番号二〇八七七一番、守山裕太」
扉を開けた者は、重々しい口調で言葉を続けた。
「本日、死刑を執行する」
夜中、裕太は妙な気配を感じて目覚めた。部屋の中は、暗闇に包まれている。窓からは、月の光が射していた。
そして、部屋の隅から自分を見つめる二つの瞳。
驚愕の表情を浮かべ、裕太は起き上がった。この時間に部屋に入って来る者など、いるはずがないのだ。
だが、目はそこにあった。綺麗な緑色の光を放ちながら、真っ直ぐ裕太を見つめている。裕太は恐怖のあまり、動くことが出来なかった。
ひょっとして、幽霊か?
気がつくと、彼の体はガクガク震えていた。だが、不気味な目はお構い無しにどんどん近づいて来る。
と同時に、聞こえてきた声。
「お前、あたしの事を忘れたのかニャ?」
裕太は愕然となった。目の前にいるのは、尻尾が二本ある黒猫だったのだ。この部屋に、猫が入れるはずがないのだ。
いや、それ以前に猫が喋るなど有り得ない。
だが、その時……裕太の頭に昔の記憶が甦った。二十年前に、その有り得ないことが起きたではないか。
記憶の奥底に封じ込めていたもの。空き家の地下室で一晩中、妖怪と語り明かした思い出。
翌日になると、裕太はそのことを色んな人間に話した。が、誰も信じてくれなかった。そればかりか、みんなは裕太を嘘つき呼ばわりさえしたのだ。それでも、彼は自分の意見を曲げなかった。
やがて事態を重く見た両親は、裕太を病院に入院させる。彼は、少年時代を閉鎖病棟で過ごす羽目になってしまった。
退院した後、裕太は十八歳になっていた。その人格は完璧に歪み、全てのものを信じない少年になっていた。
「ミーコ? 本当にミーコなのか?」
呆然とした表情で呟く裕太。だが、ミーコは素知らぬ顔だ。悠然とした態度で、毛繕いを始める。
ややあって、ミーコは裕太を睨み付けた。
「お前、あの時はまだ可愛げがあったニャ。でも今は、本物のクズになってしまったようだニャ。あたしの言ったことを、全く守らなかったようだニャ」
ミーコの言葉に、裕太は下を向いた。
「何だよ、その言い方。あの時、助けなきゃ良かった……とでも言いたいのか?」
「別に、そんなこと言う気は無いニャ。お前が人間の世界で何をしようが、あたしには関係ないニャ。けど、もう少し上手くやっていく事は出来なかったのかニャ?」
その言葉は、刃物のように心に突き刺さる。裕太は、思わず唇を噛み締めた。
「だってよお、医者がミーコの事を幻覚だとか言いやがったんだ。それだけじゃねえ、みんなは俺を嘘つきだって言った。俺は嘘なんかついてねえ。本当のことを言ったのに……」
「幻覚でも嘘つきでも、言いたい奴には言わせておけばいいニャ。肝心なのは、お前とあたしが出会えた思い出だニャ。それを、お前がどう感じたのか……そこが、大切なんじゃないのかニャ? あたしとの出会いは、お前にとってそんなに薄っぺらなものだったのかニャ?」
「いや、違う。大切な思い出だよ」
確かに、そうなのだ。他人がどう言おうが、関係なかった。自分にとって、ミーコとの思い出は宝物にも等しいものだったはず。
それなのに、自分は……。
うつむいている裕太に対し、ミーコは語り続ける。
「他人がどう思おうが、関係なかったニャ。他人に信じさせる必要もなかったニャ。お前は、大人になってもアホのままだったニャ。まあ、今さら言っても遅いけどニャ」
素っ気ない態度で言い放つと、ミーコは再び毛繕いを続ける。裕太は、そのあまりにマイペースな態度を前にして、思わず笑ってしまった。この化け猫は、二十年前とまるで変わっていない。
それが、嬉しい──
「お前は、相変わらずだな」
「お前とは何だニャ! あたしは五百年も生きてる偉大な化け猫さまだニャ! 相も変わらず、失礼な小僧だニャ!」
言葉と同時に、尻尾で床を叩くミーコ。ビシャリという音が、静かな室内に響く。
しかし、裕太はお構い無しだ。今さら、恐れても無意味なのだから。
「なあミーコ、頼みがあるんだ。あの時みたいに話相手になってくれよ。一晩くらい、いいだろ? なあ、頼むよ」
「まったく、しょうがない奴だニャ。お前は本当に、世話のやける小僧だニャ」
ブツブツ言いながらも、ミーコは裕太に寄り添う。
二人は時間を忘れ、夢中になって語り明かした。二十年前と、全く同じように。
コツ、コツ、コツ──
数時間後、廊下を通る足音が聞こえてきた。既に陽は昇り、朝になっている。
裕太は、覚悟を決めていた。夜中にミーコが、彼の部屋を訪れた理由……それは今日が、裕太の番だからだ。ミーコははっきりとは言っていなかったが、あの態度からして間違いないであろう。
だが、彼には不安も恐れもない。ここに来て以来、初めて清々しい気分で朝を迎えられた。
ミーコ、本当にありがとう。
お前に会えて良かった。
お前は、俺のたったひとりの……そして、最高の友だちだ。
裕太は、心の中で呟いた。澄みきった気持ちで、足音を待つ。
予想通り、足音は裕太の部屋の前で立ち止まった。直後、ガチャリという音が鳴る。ついで、金属製の扉が軋みながら開かれた。
目の前には、紺色の制服を着た屈強な男が数人立っている。
「称呼番号二〇八七七一番、守山裕太」
扉を開けた者は、重々しい口調で言葉を続けた。
「本日、死刑を執行する」
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