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ホーンテッドな館(3)
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翌日、上野は午前八時に目を覚ました。
ルーティンであるラジオ体操を終え、今はいなり寿司を食べている。昨日、入来が働いているコンビニで、ビールやつまみと共に購入したものだ。
「おいなーりさぁん、おいなーりさぁん」
奇怪な歌を楽しそうに唄いながら食べる上野の周りは、例によって不健康そうな連中が取り囲んでいた。金髪の女、顔が半分の若者、四つん這いの老婆、唸り声を発する子供。
だが、上野は食べ続けている。いなり寿司を平らげると、今度はみたらし団子に取り掛かる。まず串を手に取り、じっと眺めた。
「そういや昔、団子ブラザーズって曲があったな。歌のお兄さんは、元気でやっているだろうか。人生いろいろだが、頑張って欲しいものだ」
わけのわからないことを言いながら、団子を食べ終えた。
次の瞬間、キリッとした顔で子供の霊を見る。
「では、行くとするか。今日は、ラガーボールのデイゲームが開催されているのだ。一緒に観に行こう」
そう言うと、子供の手を握る。子供は面くらいながらも、迫力に押され頷いた。
数分後、着替えた上野は子供の霊と共に外に出た。当然ながら、不健康そうな霊トリオも一緒に外に出る。
だが、上野はまったく無視だ。後ろの大人霊には構わず、子供霊と共に歩いていく。駅まで歩き、電車に乗った。
不思議なことが起きていた。
前回、この三人の霊と電車に乗った時は、大勢の人間が原因不明の体調不良になり病院へと担ぎ込まれた。ところが、今回は乗客に何の影響もない。上野の周囲の乗客たちは、何事もないかのようにふるまっている。
もっとも、中には「見える」人もいる。そういう人は、車両にに乗り込もうとした途端に霊トリオを見て、慌てて降りていくのであった。
一時間ほどして、目指す場所に到着した。ミスター神宮寺球場という変わった名前の球場である。今日の昼、ここでラガーボールのデイゲームが開催されるのだ。
上野は球場に入っていき、席に座った。さすがに、観客はあまり来ていない。暇そうな学生や、仕事をサボっている営業マンのような者たちがちらほら居るだけだ。
当然ながら、子供霊ならびに大人霊トリオも上野について来ている。
そんな中、上野は隣に座っている子供霊に向かい、得意気に語り出した。
「今日はデイゲームだ。昨日のような有名な選手はいないが、それでも観ていると面白いぞ」
やがて試合が始まる。グラウンドでは、ヘルメットやプロテクターを着けた選手たちが、ボールを投げバットを振りド突き合い……と、激しく動き回っている。かなり異様な光景であった。
そんな彼らを、上野は子供霊と共に夢中になって観ている。その後ろには、大人の霊トリオが立っている。心なしか、彼らの表情も和んでいるかのように見えた。もっとも、大半の人間に彼らの姿は見えていないのだが……。
試合は進み、上野の解説にも熱が入る。身ぶり手ぶりを交え、隣の子供に語っていた。子供霊はウンウン頷きながら、選手たちの動きを興味深そうに見ている。
その時だった。ガラガラの観客席を、こちらに向かい歩いて来る者がいたのだ。誰かと思えば山樫明世である。ブスッとした表情で、上野にビニール袋を手渡した。
「はい、お届けにまいりました。まったく、わざわざ球場に呼び出すなんて、どういうつもりですか。野球を見に来たんだったら、ここらのレストランで何か食べてけばいいじゃないッスか」
歯に衣着せぬ物言いに対し、上野はふんと鼻を鳴らす。
「相変わらず、ものを知らん奴だな。あれは野球ではない。ラガーボールだ。一目見れば、違いがわかるだろうが」
「そんなの知らないッスよ。興味もないです。だいたい、こっちは上野さんみたいに暇じゃないんですよ」
「お前は、本当に礼儀を知らん奴だな。俺は客だぞ。お客さまは神さまだと、有名な歌手も言っていたのを知らんのか」
上野の言葉に、今度は山樫が嘲るような顔つきで迎え討つ。
「はあ? 上野さん、いつの時代の人ですか? 今どきね、お客さまは神さまですなんて、クロマニヨン人でも言わないですよ。だいたいね、そういうのカスハラって言うんですよ。知らないんですか?」
「カスハラ? なんだそりゃ。なんか嫌な感じのネーミングだな」
「カスハラも知らないんスか。カスタマーハラスメントっていって、店員にお客さんが嫌がらせすることですよ。上野さん、カスハラなんて今どきネアンデルタール人でも知ってますよ」
「ネアンデルタールだと? 人を原始人扱いするとは、どこまで失礼な奴なんだ。それもハラスメントだろうが」
「はいはいわかりました。私の負けですよ。じゃあ、忙しいので帰ります。飛んできたボールに頭ぶち当てられないよう気をつけてくださいね」
面倒くさそうに言うと、山樫は背中を向け去って行った。大人霊トリオの前を通り過ぎて行ったが、彼女もまた何のダメージもないらしい。
「本当に失礼で、気の強い女だ。だが、あれくらいの方が入来の相手としては相応しいのかもしれんな」
ひとりでブツブツ言いながら、上野はビニール袋
開けた。中に入っているものを取り出す。タッパーの中には、コッペパンがふたつ入っていた。
上野は、そのパンを子供霊に見せる。
「俺が君くらいの歳にはな、給食に毎回こんな感じのパンが出てたんだ。君の給食には出てたか?」
聞かれた子供霊は、首を横に振る。
「そうか。今は、違うメニューが出ているのだな。俺は、生まれ変わったらまた給食を食べてみたい」
上野の言葉に、子供霊はウンウンと頷いた。直後、再び試合に目を向ける。
そんな子供霊に、上野はそっと尋ねる。
「なあ、あのラガーボール、やってみたくないか?」
子供霊は、こくんと頷く。
「そうか。君は、これから生まれ変われるんだ。そして、再び現世に生を受ける。その時、君には無限の可能性があるんだ。ラガーボールだって出来るし、あのコブラマスクみたいに二刀流の人生だって歩める。勇気を出して、前に進むんだ。いつまでも、ここにとどまってちゃいけない」
上野が熱く語っていた時だった。カキンという音が響き渡る。
直後、ホームランボールが飛んできた──
「おい、こっちに飛んできたぞ。少年、あれをキャッチしろ。ホームランボールだ」
上野が言うのと同時に、ボールはまっすぐこちらへと飛んでくる。子供霊は、さっと立ち上がった。
次の瞬間、ボールをキャッチしたのだ──
「おおお! 少年、やったぞ!」
上野が、興奮した様子で叫ぶ。子供霊は満面の笑みを浮かべ、ボールを上野に見せつけた。
だが、ボールはぽとりと地面に落ちる。子供霊の体は、消えてしまったのだ。
上野は驚きもせず、後ろを振り返る。
そこには、三人の霊がいた。金髪の女と、顔が半分の男と、四つん這いの老婆である。彼らの顔には、今までとは違う表情が浮かんでいた。
「アリガトウ」
そんな声が、聞こえたような気がした。
やがて、三人の体を白い光が包んでいった。彼らの体は、少しずつ薄れていく。
ややあって、三人の霊は完全に消えてしまった──
「くそう、このボールを土産にしてあげたかったのだがな。残念だ」
ブツブツ言いながら、上野はコッペパンを食べつつ試合を観戦した。
二日後、家を訪れたのは石川だ。
「なあ先生、どうなんだ? 霊とやらは、消えてくれたのか?」
相変わらず、上野を見下したような顔つきで聞いてきた。
「はい。除霊は完了しました。これで大丈夫です。お疑いでしたら、ここでしばらく暮らしてみてはどうですか」
対する上野もまた、慇懃無礼を絵に描いたような態度である。
「わかった。ありがとう」
石川は、偉そうな態度で礼を言った……が、直後に神妙な顔つきになる。
「なあ、君にひとつ聞きたい。もし、俺が直接君に頼んでいたら、この仕事を引き受けたか?」
「いいえ、引き受けていません」
「だが、君は引き受けてくれた。なぜだ?」
「黒崎師範の紹介だからです」
妙な空気に困惑しつつも、上野は正直に答えた。と、石川はふうと息を吐く。
「そうか。黒崎、黒崎、黒崎……どいつもこいつも黒崎だよ。奴を認めるが、この俺を認めんというわけか」
そのセリフは、上野に言っているわけではなさそうだ。自分自身に言っているように聞こえる……上野は、そっと尋ねてみた。
「あの……失礼ですが、あなたと師範の間に何があったのです?」
「いや、今はやめとく。また今度、仕事を引き受けてくれたら……そん時に話すよ」
ルーティンであるラジオ体操を終え、今はいなり寿司を食べている。昨日、入来が働いているコンビニで、ビールやつまみと共に購入したものだ。
「おいなーりさぁん、おいなーりさぁん」
奇怪な歌を楽しそうに唄いながら食べる上野の周りは、例によって不健康そうな連中が取り囲んでいた。金髪の女、顔が半分の若者、四つん這いの老婆、唸り声を発する子供。
だが、上野は食べ続けている。いなり寿司を平らげると、今度はみたらし団子に取り掛かる。まず串を手に取り、じっと眺めた。
「そういや昔、団子ブラザーズって曲があったな。歌のお兄さんは、元気でやっているだろうか。人生いろいろだが、頑張って欲しいものだ」
わけのわからないことを言いながら、団子を食べ終えた。
次の瞬間、キリッとした顔で子供の霊を見る。
「では、行くとするか。今日は、ラガーボールのデイゲームが開催されているのだ。一緒に観に行こう」
そう言うと、子供の手を握る。子供は面くらいながらも、迫力に押され頷いた。
数分後、着替えた上野は子供の霊と共に外に出た。当然ながら、不健康そうな霊トリオも一緒に外に出る。
だが、上野はまったく無視だ。後ろの大人霊には構わず、子供霊と共に歩いていく。駅まで歩き、電車に乗った。
不思議なことが起きていた。
前回、この三人の霊と電車に乗った時は、大勢の人間が原因不明の体調不良になり病院へと担ぎ込まれた。ところが、今回は乗客に何の影響もない。上野の周囲の乗客たちは、何事もないかのようにふるまっている。
もっとも、中には「見える」人もいる。そういう人は、車両にに乗り込もうとした途端に霊トリオを見て、慌てて降りていくのであった。
一時間ほどして、目指す場所に到着した。ミスター神宮寺球場という変わった名前の球場である。今日の昼、ここでラガーボールのデイゲームが開催されるのだ。
上野は球場に入っていき、席に座った。さすがに、観客はあまり来ていない。暇そうな学生や、仕事をサボっている営業マンのような者たちがちらほら居るだけだ。
当然ながら、子供霊ならびに大人霊トリオも上野について来ている。
そんな中、上野は隣に座っている子供霊に向かい、得意気に語り出した。
「今日はデイゲームだ。昨日のような有名な選手はいないが、それでも観ていると面白いぞ」
やがて試合が始まる。グラウンドでは、ヘルメットやプロテクターを着けた選手たちが、ボールを投げバットを振りド突き合い……と、激しく動き回っている。かなり異様な光景であった。
そんな彼らを、上野は子供霊と共に夢中になって観ている。その後ろには、大人の霊トリオが立っている。心なしか、彼らの表情も和んでいるかのように見えた。もっとも、大半の人間に彼らの姿は見えていないのだが……。
試合は進み、上野の解説にも熱が入る。身ぶり手ぶりを交え、隣の子供に語っていた。子供霊はウンウン頷きながら、選手たちの動きを興味深そうに見ている。
その時だった。ガラガラの観客席を、こちらに向かい歩いて来る者がいたのだ。誰かと思えば山樫明世である。ブスッとした表情で、上野にビニール袋を手渡した。
「はい、お届けにまいりました。まったく、わざわざ球場に呼び出すなんて、どういうつもりですか。野球を見に来たんだったら、ここらのレストランで何か食べてけばいいじゃないッスか」
歯に衣着せぬ物言いに対し、上野はふんと鼻を鳴らす。
「相変わらず、ものを知らん奴だな。あれは野球ではない。ラガーボールだ。一目見れば、違いがわかるだろうが」
「そんなの知らないッスよ。興味もないです。だいたい、こっちは上野さんみたいに暇じゃないんですよ」
「お前は、本当に礼儀を知らん奴だな。俺は客だぞ。お客さまは神さまだと、有名な歌手も言っていたのを知らんのか」
上野の言葉に、今度は山樫が嘲るような顔つきで迎え討つ。
「はあ? 上野さん、いつの時代の人ですか? 今どきね、お客さまは神さまですなんて、クロマニヨン人でも言わないですよ。だいたいね、そういうのカスハラって言うんですよ。知らないんですか?」
「カスハラ? なんだそりゃ。なんか嫌な感じのネーミングだな」
「カスハラも知らないんスか。カスタマーハラスメントっていって、店員にお客さんが嫌がらせすることですよ。上野さん、カスハラなんて今どきネアンデルタール人でも知ってますよ」
「ネアンデルタールだと? 人を原始人扱いするとは、どこまで失礼な奴なんだ。それもハラスメントだろうが」
「はいはいわかりました。私の負けですよ。じゃあ、忙しいので帰ります。飛んできたボールに頭ぶち当てられないよう気をつけてくださいね」
面倒くさそうに言うと、山樫は背中を向け去って行った。大人霊トリオの前を通り過ぎて行ったが、彼女もまた何のダメージもないらしい。
「本当に失礼で、気の強い女だ。だが、あれくらいの方が入来の相手としては相応しいのかもしれんな」
ひとりでブツブツ言いながら、上野はビニール袋
開けた。中に入っているものを取り出す。タッパーの中には、コッペパンがふたつ入っていた。
上野は、そのパンを子供霊に見せる。
「俺が君くらいの歳にはな、給食に毎回こんな感じのパンが出てたんだ。君の給食には出てたか?」
聞かれた子供霊は、首を横に振る。
「そうか。今は、違うメニューが出ているのだな。俺は、生まれ変わったらまた給食を食べてみたい」
上野の言葉に、子供霊はウンウンと頷いた。直後、再び試合に目を向ける。
そんな子供霊に、上野はそっと尋ねる。
「なあ、あのラガーボール、やってみたくないか?」
子供霊は、こくんと頷く。
「そうか。君は、これから生まれ変われるんだ。そして、再び現世に生を受ける。その時、君には無限の可能性があるんだ。ラガーボールだって出来るし、あのコブラマスクみたいに二刀流の人生だって歩める。勇気を出して、前に進むんだ。いつまでも、ここにとどまってちゃいけない」
上野が熱く語っていた時だった。カキンという音が響き渡る。
直後、ホームランボールが飛んできた──
「おい、こっちに飛んできたぞ。少年、あれをキャッチしろ。ホームランボールだ」
上野が言うのと同時に、ボールはまっすぐこちらへと飛んでくる。子供霊は、さっと立ち上がった。
次の瞬間、ボールをキャッチしたのだ──
「おおお! 少年、やったぞ!」
上野が、興奮した様子で叫ぶ。子供霊は満面の笑みを浮かべ、ボールを上野に見せつけた。
だが、ボールはぽとりと地面に落ちる。子供霊の体は、消えてしまったのだ。
上野は驚きもせず、後ろを振り返る。
そこには、三人の霊がいた。金髪の女と、顔が半分の男と、四つん這いの老婆である。彼らの顔には、今までとは違う表情が浮かんでいた。
「アリガトウ」
そんな声が、聞こえたような気がした。
やがて、三人の体を白い光が包んでいった。彼らの体は、少しずつ薄れていく。
ややあって、三人の霊は完全に消えてしまった──
「くそう、このボールを土産にしてあげたかったのだがな。残念だ」
ブツブツ言いながら、上野はコッペパンを食べつつ試合を観戦した。
二日後、家を訪れたのは石川だ。
「なあ先生、どうなんだ? 霊とやらは、消えてくれたのか?」
相変わらず、上野を見下したような顔つきで聞いてきた。
「はい。除霊は完了しました。これで大丈夫です。お疑いでしたら、ここでしばらく暮らしてみてはどうですか」
対する上野もまた、慇懃無礼を絵に描いたような態度である。
「わかった。ありがとう」
石川は、偉そうな態度で礼を言った……が、直後に神妙な顔つきになる。
「なあ、君にひとつ聞きたい。もし、俺が直接君に頼んでいたら、この仕事を引き受けたか?」
「いいえ、引き受けていません」
「だが、君は引き受けてくれた。なぜだ?」
「黒崎師範の紹介だからです」
妙な空気に困惑しつつも、上野は正直に答えた。と、石川はふうと息を吐く。
「そうか。黒崎、黒崎、黒崎……どいつもこいつも黒崎だよ。奴を認めるが、この俺を認めんというわけか」
そのセリフは、上野に言っているわけではなさそうだ。自分自身に言っているように聞こえる……上野は、そっと尋ねてみた。
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