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九月十四日 伽耶と譲治、会談する
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喫茶店・怪奇屋。
店内は暗く狭い。マスターには愛想がなく、店内も殺風景だ。音楽もかかっていない。
そんな店に、珍しく客が来ていた。昨日、不意に現れた伊達恭介という男だ。前回と同じく、地味なスーツ姿である。いきなり入ってきたかと思うと、伽耶と譲治に挨拶した。直後、どっかと席に座る。
対する伽耶と譲治は、その客人と向かい合う形となった。
「あたしは、あなたを知らないのですが……どこのどなたでしたかね?」
言葉そのものは丁寧だが、伽倻の表情は堅い。横にいる譲治は、危険を察知した野良猫のごとき体勢だ。何か事が起きれば、一瞬で飛びかかっていく……そんな空気を漂わせていた。
「そんなに怖い顔しなくても大丈夫だよ。俺は、君らの敵じゃない。伊達恭介だ、よろしく」
言った後、軽く会釈する。
伽耶も、仕方なくぺこりと頭を下げる。ふと横を見ると、あの不気味な雰囲気のマスターがじっと伊達を見つめている。もし、ここで彼らが妙な動きをしたとしたら、マスターはどうするのだろうか。
「敵じゃない。となると、いったい何なのでしょうね?」
「同業者、といったところかな」
そう言うと、伊達は笑みを浮かべた。
「同業者? どういう意味です?」
「この件はねえ……もう、どうしようもないんだよ。我々としては、無かったことにするしかないんだ」
そこで言葉を止めた。大げさな溜息を吐いた後、ふたたび語り出す。
「ひとつ話をさせてくれ。俺はね、三日月村事件の現場調査をした人間に話を聞いた。あれは、実にひどかったらしい。あっちこっちで、手足をバラバラにちぎられた死体が何十体も転がっていた。そんな中、あの市松勇次は平然と佇んでいたんだよ。そして、こう言ったそうだ……やったのは自分です、とね」
「その言葉を、あなたは信じるんですか?」
伽耶の問いに、伊達は笑いながら首を振った。
「そんなバカな話、信じる者はいないよ。UFOがビームを発射したとか妖怪が暴れたとかいう話の方が、まだ信憑性がある。しかも、市松くんは正気を失っていた。彼がなぜ生き延びたかは不明だが、精神がまともでないのは誰の目にも明らかだったよ。その上、何を聞いても会話にならないんだ。自分がやった、としか言わなかったそうだ」
「なぜ、そんな奴を犯人にしたんです?」
「まあまあ、黙って俺の話を最後まで聞いてくれ。当時の現場は、混乱していたそうなんだ。原発事故の方がマシなんじゃないか、ってくらいにね。だから、あの市松くんに犯人になってもらうしかなかったんだ……そう言っていたよ」
「それなら仕方ないですね」
伽耶は、皮肉を込めた口調で頷いた。有り得る話だ。ここまで極端ではないにしろ、裏社会に生きていれば似たような話は嫌でも耳に入ってくる。
この世で一番怖いのは、ヤクザでもエイリアンでも幽霊でもない。国家権力なのだ。伽耶とて、そのことはわかっている。
一方、伊達は話を続ける。
「さらに、あの場所を詳しく調べたら……日本、いや世界のどこにも存在しないはずの生物のDNAが検出された。宇宙から飛来したか、あるいは今まで発見されていなかった新種の生物か……後はもう、言わなくてもわかるよね?」
「ええ。なんとなく、ですが」
曖昧な返事で、その場を誤魔化す。これ以上は聞きたくなかったし、聞く必要もなかった。真実は闇に葬られる……これも、よくある話だ。
「この地域のバランスを保つのが、俺たちの仕事だ。はっきり言うとね、上の人間は全てを無かったことにしたんだよ。あそこで、本当は何があったか……なんてことはどうでもいいんだ。大切なのは、白土市の平和を保つことだよ。たとえ偽りであったとしても、平和に見えてさえいればいい。ほつれた部分は、俺のような人間が修繕していく訳だからね。だから、市松くんには全てを被って死んでもらったわけだ」
伊達は、淀みなく喋り続ける。
聞いている伽耶は、目の前にいる男の意図が理解できず戸惑っていた。自分のような人間に、そんな話を聞かせてどうしようというのだろう。そもそも、伊達がこの店に来た目的は? ひょっとして、ペドロに話をつけ、手を引かせるのが目的なのだろうか。
だとしたら、目の前にいる男は恐ろしい度胸の持ち主であるか、とんでもない大バカだ。ペドロの怖さを理解していないのだろうか。
そんな伽耶の思いをよそに、伊達は語り続けた。
「俺たちは今から、ある人間に会う。そして、ここ数日の間に起きた一連の出来事を、無かったことにしてもらう。全てを丸く収めるためにね。だから、君らとペドロ氏にはひっそりと事件を解決してもらいたい。ただし、明日一日はおとなしくしておいてもらいたいんだ。お偉方を説得しヤクザたちを引かせるのには、少し時間が必要でね。その間に、君らと連中がカチ合うといけない」
「では、明後日に解決しろと言うのですか?」
予想もしていなかった言葉だ。訝しげな表情を浮かべる伽倻に、伊達は頷く。
「そう。どうやら、あれは目覚めてしまったらしい。本来の力を取り戻した姿を目撃されている。実験では、どうやっても変化しなかった恐ろしい姿にね。あの形態になったものが、三日月村の住民を全滅させたのだろうと言われている。もう、ヤクザやチンピラの手に負える代物じゃない。かといって、警察や自衛隊を介入させるわけにもいかないんだ。君らとペドロ氏に、秘密裏に始末してもらう。それが一番だという結論に達したんだ」
その時、譲治が口を開いた。
「で、あんたらはそれを言いに来ただけなん?」
「そう、これを言いに来ただけだよ」
「で? その後は? 俺と伽倻ちゃんは、普通に帰れんのかい?」
ヘラヘラした表情で語る譲治だったが、彼の目は笑っていない。冷酷な光を湛え、伊達をじっと見つめているのだ。
さらに、店の中の空気もどんどん変化している。平和そのものだった店内の雰囲気が、重苦しく濃密なものへと変わっているのだ。
「もちろんだ。用がなければ、帰ってもらって構わない。観光がしたければ、それも自由だよ」
伊達の方は、怯むことなく答えた。直後、片手をあげマスターの方を向く。
「マスター、コーヒーを──」
そう言ったのとほぼ同時に、譲治は動いていた。瞬時に飛び上がり、音もなくテーブルの上に着地する。同時に、鼻と鼻が触れ合わんばかりの位置まで顔を近づけていた。伽倻が止める暇もない。
譲治は、そのまま低い声で囁いた。
「本当に、無事に帰れるのんな? 知りすぎた奴の口を塞ぐというパターンはないのかにゃ?」
喋り方はいつもと同じくふざけたものだが、表情は違う。敵意を剥き出しにして、伊達を睨みつけているのだ。
しかし、伊達も怯んでいない。目を逸らすことなく、平静な表情で言葉を返していく。
「その点は安心して欲しい。あなた方も、我々と同業だと聞いている。ならば、下手なことを言えば命取りだということは承知しているだろう。何より、我々もペドロ氏を敵に回したくないからね」
「そうかい。ひとつ言っとくのん。俺はさ、めちゃくちゃ頭悪いんよ。明日になりゃ、あんたの名前も忘れちまうのんな。でも、顔はきっちり覚えたよ。もし今後、あんたらが伽倻ちゃんに何かしたら、俺はブチ切れるかんね。あんたの頭の皮を、果物ナイフで桂剥きにしてやるのんな」
・・・
「このクソガキが。手こずらせやがって……」
龍造寺は、低い声で毒づいた。
彼の視線の先には、藤村正人がいる。縛られ、床に転がされていた。来ているスーツは血まみれで、顔は誰だか判別できぬほど変形していた──
ここは、銀星会の二次団体・共同興業の事務所である。
藤村正人は、共同興業のリーダー格である佐野に呼び出され、真幌市までやってきた。無論、情報を売るためだ。三千万という破格の額を提示されたのである。
しかし、共同興業の面々には、情報を金で買う気はなかった。車で正人を拉致し、事務所に監禁した。そこからは、龍造寺が凄まじい暴力を振るい続ける。そうやって、知りたかったことを全て吐かせたのだ。
「こいつ、死んでるんじゃないですか?」
床の正人を指差し、恐る恐る声をかけたのは花沢だ。彼の顔には包帯が巻かれており、前歯ほなくなっている。事実、先日まで病院にいたのだ。
そんな花沢の着ているシャツには、飛び散った血が点々と付いていた。言うまでもなく、正人の血である。
「こんな奴、死んだっていいんだよ。さっさと言っちまえばいいのによ」
龍造寺は、吐き捨てるような口調で答える。彼の顔にも包帯が巻かれ、前歯は欠けていた。体には返り血を浴びており、そばには折れた木刀が転がっている。正人の体を何度も殴打したため、途中でへし折れてしまったのだ。
彼ら三人は、二週間ほど前に伽倻と譲治によって病院送りにされた。いずれも、整形手術が必要なほどの重傷だ。しかも、監禁していた指名手配犯を奪われてしまう。
以来、佐野たちは復讐に憑かれていた。まずは、白土市にて賞金首となっているサンという少女を探し出して士想会に引き渡す。次に、白土市に潜んでいる伽倻と譲治を殺す……それが、彼らの目的だった。
「あっちゃあ、これマジ死んでるな」
しゃがみ込んで正人の体をチェックしていた佐野が、面倒くさそうに言った。すると、花沢の顔が青くなる。
「えっ……ど、どうします?」
「死体は始末すりゃいい。それよりも、今から白土市に行くぞ。まずは、サンとかいう女をさらって引き渡す。その後は、あのバカふたりを殺す」
佐野が言ったが、花沢は不安そうだ。
「でも、大丈夫っスかね……あいつら、相当ヤバいらしいっスよ」
その言葉を聞いた龍造寺は、彼の襟首を掴んだ。低い声で凄む。
「何ビビッてんだよ。ここまでやられて、引っ込んでられるか。あいつらには、きっちりと落とし前つけねえとな」
「それによ、明日は助っ人と合流することになってる。心配ねえ」
言ったのは佐野だ。彼は、歪んだ笑みを浮かべる。
「あの伽倻とかいう女、ただじゃ殺さねえ。生まれてきたことを後悔させてやるよ」
店内は暗く狭い。マスターには愛想がなく、店内も殺風景だ。音楽もかかっていない。
そんな店に、珍しく客が来ていた。昨日、不意に現れた伊達恭介という男だ。前回と同じく、地味なスーツ姿である。いきなり入ってきたかと思うと、伽耶と譲治に挨拶した。直後、どっかと席に座る。
対する伽耶と譲治は、その客人と向かい合う形となった。
「あたしは、あなたを知らないのですが……どこのどなたでしたかね?」
言葉そのものは丁寧だが、伽倻の表情は堅い。横にいる譲治は、危険を察知した野良猫のごとき体勢だ。何か事が起きれば、一瞬で飛びかかっていく……そんな空気を漂わせていた。
「そんなに怖い顔しなくても大丈夫だよ。俺は、君らの敵じゃない。伊達恭介だ、よろしく」
言った後、軽く会釈する。
伽耶も、仕方なくぺこりと頭を下げる。ふと横を見ると、あの不気味な雰囲気のマスターがじっと伊達を見つめている。もし、ここで彼らが妙な動きをしたとしたら、マスターはどうするのだろうか。
「敵じゃない。となると、いったい何なのでしょうね?」
「同業者、といったところかな」
そう言うと、伊達は笑みを浮かべた。
「同業者? どういう意味です?」
「この件はねえ……もう、どうしようもないんだよ。我々としては、無かったことにするしかないんだ」
そこで言葉を止めた。大げさな溜息を吐いた後、ふたたび語り出す。
「ひとつ話をさせてくれ。俺はね、三日月村事件の現場調査をした人間に話を聞いた。あれは、実にひどかったらしい。あっちこっちで、手足をバラバラにちぎられた死体が何十体も転がっていた。そんな中、あの市松勇次は平然と佇んでいたんだよ。そして、こう言ったそうだ……やったのは自分です、とね」
「その言葉を、あなたは信じるんですか?」
伽耶の問いに、伊達は笑いながら首を振った。
「そんなバカな話、信じる者はいないよ。UFOがビームを発射したとか妖怪が暴れたとかいう話の方が、まだ信憑性がある。しかも、市松くんは正気を失っていた。彼がなぜ生き延びたかは不明だが、精神がまともでないのは誰の目にも明らかだったよ。その上、何を聞いても会話にならないんだ。自分がやった、としか言わなかったそうだ」
「なぜ、そんな奴を犯人にしたんです?」
「まあまあ、黙って俺の話を最後まで聞いてくれ。当時の現場は、混乱していたそうなんだ。原発事故の方がマシなんじゃないか、ってくらいにね。だから、あの市松くんに犯人になってもらうしかなかったんだ……そう言っていたよ」
「それなら仕方ないですね」
伽耶は、皮肉を込めた口調で頷いた。有り得る話だ。ここまで極端ではないにしろ、裏社会に生きていれば似たような話は嫌でも耳に入ってくる。
この世で一番怖いのは、ヤクザでもエイリアンでも幽霊でもない。国家権力なのだ。伽耶とて、そのことはわかっている。
一方、伊達は話を続ける。
「さらに、あの場所を詳しく調べたら……日本、いや世界のどこにも存在しないはずの生物のDNAが検出された。宇宙から飛来したか、あるいは今まで発見されていなかった新種の生物か……後はもう、言わなくてもわかるよね?」
「ええ。なんとなく、ですが」
曖昧な返事で、その場を誤魔化す。これ以上は聞きたくなかったし、聞く必要もなかった。真実は闇に葬られる……これも、よくある話だ。
「この地域のバランスを保つのが、俺たちの仕事だ。はっきり言うとね、上の人間は全てを無かったことにしたんだよ。あそこで、本当は何があったか……なんてことはどうでもいいんだ。大切なのは、白土市の平和を保つことだよ。たとえ偽りであったとしても、平和に見えてさえいればいい。ほつれた部分は、俺のような人間が修繕していく訳だからね。だから、市松くんには全てを被って死んでもらったわけだ」
伊達は、淀みなく喋り続ける。
聞いている伽耶は、目の前にいる男の意図が理解できず戸惑っていた。自分のような人間に、そんな話を聞かせてどうしようというのだろう。そもそも、伊達がこの店に来た目的は? ひょっとして、ペドロに話をつけ、手を引かせるのが目的なのだろうか。
だとしたら、目の前にいる男は恐ろしい度胸の持ち主であるか、とんでもない大バカだ。ペドロの怖さを理解していないのだろうか。
そんな伽耶の思いをよそに、伊達は語り続けた。
「俺たちは今から、ある人間に会う。そして、ここ数日の間に起きた一連の出来事を、無かったことにしてもらう。全てを丸く収めるためにね。だから、君らとペドロ氏にはひっそりと事件を解決してもらいたい。ただし、明日一日はおとなしくしておいてもらいたいんだ。お偉方を説得しヤクザたちを引かせるのには、少し時間が必要でね。その間に、君らと連中がカチ合うといけない」
「では、明後日に解決しろと言うのですか?」
予想もしていなかった言葉だ。訝しげな表情を浮かべる伽倻に、伊達は頷く。
「そう。どうやら、あれは目覚めてしまったらしい。本来の力を取り戻した姿を目撃されている。実験では、どうやっても変化しなかった恐ろしい姿にね。あの形態になったものが、三日月村の住民を全滅させたのだろうと言われている。もう、ヤクザやチンピラの手に負える代物じゃない。かといって、警察や自衛隊を介入させるわけにもいかないんだ。君らとペドロ氏に、秘密裏に始末してもらう。それが一番だという結論に達したんだ」
その時、譲治が口を開いた。
「で、あんたらはそれを言いに来ただけなん?」
「そう、これを言いに来ただけだよ」
「で? その後は? 俺と伽倻ちゃんは、普通に帰れんのかい?」
ヘラヘラした表情で語る譲治だったが、彼の目は笑っていない。冷酷な光を湛え、伊達をじっと見つめているのだ。
さらに、店の中の空気もどんどん変化している。平和そのものだった店内の雰囲気が、重苦しく濃密なものへと変わっているのだ。
「もちろんだ。用がなければ、帰ってもらって構わない。観光がしたければ、それも自由だよ」
伊達の方は、怯むことなく答えた。直後、片手をあげマスターの方を向く。
「マスター、コーヒーを──」
そう言ったのとほぼ同時に、譲治は動いていた。瞬時に飛び上がり、音もなくテーブルの上に着地する。同時に、鼻と鼻が触れ合わんばかりの位置まで顔を近づけていた。伽倻が止める暇もない。
譲治は、そのまま低い声で囁いた。
「本当に、無事に帰れるのんな? 知りすぎた奴の口を塞ぐというパターンはないのかにゃ?」
喋り方はいつもと同じくふざけたものだが、表情は違う。敵意を剥き出しにして、伊達を睨みつけているのだ。
しかし、伊達も怯んでいない。目を逸らすことなく、平静な表情で言葉を返していく。
「その点は安心して欲しい。あなた方も、我々と同業だと聞いている。ならば、下手なことを言えば命取りだということは承知しているだろう。何より、我々もペドロ氏を敵に回したくないからね」
「そうかい。ひとつ言っとくのん。俺はさ、めちゃくちゃ頭悪いんよ。明日になりゃ、あんたの名前も忘れちまうのんな。でも、顔はきっちり覚えたよ。もし今後、あんたらが伽倻ちゃんに何かしたら、俺はブチ切れるかんね。あんたの頭の皮を、果物ナイフで桂剥きにしてやるのんな」
・・・
「このクソガキが。手こずらせやがって……」
龍造寺は、低い声で毒づいた。
彼の視線の先には、藤村正人がいる。縛られ、床に転がされていた。来ているスーツは血まみれで、顔は誰だか判別できぬほど変形していた──
ここは、銀星会の二次団体・共同興業の事務所である。
藤村正人は、共同興業のリーダー格である佐野に呼び出され、真幌市までやってきた。無論、情報を売るためだ。三千万という破格の額を提示されたのである。
しかし、共同興業の面々には、情報を金で買う気はなかった。車で正人を拉致し、事務所に監禁した。そこからは、龍造寺が凄まじい暴力を振るい続ける。そうやって、知りたかったことを全て吐かせたのだ。
「こいつ、死んでるんじゃないですか?」
床の正人を指差し、恐る恐る声をかけたのは花沢だ。彼の顔には包帯が巻かれており、前歯ほなくなっている。事実、先日まで病院にいたのだ。
そんな花沢の着ているシャツには、飛び散った血が点々と付いていた。言うまでもなく、正人の血である。
「こんな奴、死んだっていいんだよ。さっさと言っちまえばいいのによ」
龍造寺は、吐き捨てるような口調で答える。彼の顔にも包帯が巻かれ、前歯は欠けていた。体には返り血を浴びており、そばには折れた木刀が転がっている。正人の体を何度も殴打したため、途中でへし折れてしまったのだ。
彼ら三人は、二週間ほど前に伽倻と譲治によって病院送りにされた。いずれも、整形手術が必要なほどの重傷だ。しかも、監禁していた指名手配犯を奪われてしまう。
以来、佐野たちは復讐に憑かれていた。まずは、白土市にて賞金首となっているサンという少女を探し出して士想会に引き渡す。次に、白土市に潜んでいる伽倻と譲治を殺す……それが、彼らの目的だった。
「あっちゃあ、これマジ死んでるな」
しゃがみ込んで正人の体をチェックしていた佐野が、面倒くさそうに言った。すると、花沢の顔が青くなる。
「えっ……ど、どうします?」
「死体は始末すりゃいい。それよりも、今から白土市に行くぞ。まずは、サンとかいう女をさらって引き渡す。その後は、あのバカふたりを殺す」
佐野が言ったが、花沢は不安そうだ。
「でも、大丈夫っスかね……あいつら、相当ヤバいらしいっスよ」
その言葉を聞いた龍造寺は、彼の襟首を掴んだ。低い声で凄む。
「何ビビッてんだよ。ここまでやられて、引っ込んでられるか。あいつらには、きっちりと落とし前つけねえとな」
「それによ、明日は助っ人と合流することになってる。心配ねえ」
言ったのは佐野だ。彼は、歪んだ笑みを浮かべる。
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