世にも異様な物語

板倉恭司

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俺のふたつの秘密

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 目覚めた時、俺は病院のベッドの上にいた──


 医者や両親の話によれば、俺は十年もの間、昏睡状態だったらしい。自転車で移動中、道端の空き缶に車輪が引っ掛かり、すっ転んで頭打って意識不明の重体。そのまま、十年間寝てたんだとさ。なんともふざけた話だよ。
 しかもだ、医者の話によれば、俺は奇跡の産物なんだとよ。普通、十年も昏睡状態にあった人間は、体の機能がとんでもないレベルにまで落ちる。全身の筋力が低下し、歩くことすらできない……それが、当たり前らしいんだ。
 ところが俺は、目が覚めると同時にパッと起き上がることが出来た。歩くどころか、走ることも簡単に出来る。身体能力も筋肉の量も、十年前と比べて全く落ちてない。医者は「こんなことは信じられない! 君の体を調べさせてくれ!」などと目の色変えて頼んできたが、丁重にお断りした。マスコミの取材も、全部シャットアウト。あんな連中に、何も話すことはないし、話したくもないね。
 まあ、俺の身に起きたことを、正直に言ったところで誰も信じないだろうしな。こいつを打ち明けるのは、今日が初めてだよ。
 この十年間、俺は……いや、俺の意識は異世界にいたんだ。



 事故の直後、気がついたら俺は森の中にいた。本気でビビったね。頭がどうかしちまったのかと思ったよ。
 ひたすら歩き回って、運よく町に出られたが……いやあ、ぶったまげたね。ゲームやアニメでよくある、中世ヨーロッパ風の異世界そのまんまなんだよ。幸いなことに言葉は通じたが、これまでの常識は全く通じない。飯を手づかみで食ったり、ガキが道端でクソしてたり……あれはな、カルチャーショックなんてもんじゃねえよ。異世界もののアニメが、どんだけ甘ちゃんな世界なのか思い知らされたよ。
 そんな世界で、俺はどうやって生きてきたか……最初の頃は、追いはぎをやってたよ。町の近辺に潜み、弱そうな旅人を後ろからぶん殴る。倒れたところをボコッて金や持ち物を奪うんだ。
 やがて、俺は町に出入りするようになった。そこで裏通りをうろうろする悪党連中と仲良くなった。で、そいつらから情報を得て、空き巣や強盗なんかをやってたな。そんなことでもしなきゃ、食っていけなかったよ。
 俺は、町の悪党連中とは上手くやってた。だが、必要以上に深い仲にはならなかった。ゲームで有りがちな、パーティーなんてものは組んだことがねえ。ま、当然だけどな。戦士と魔法使いなんて、価値観も考え方もまるで違うんだよ。例えるなら、昭和生まれの元ヤン低脳オヤジと、平成生まれの引きこもりのアニオタが一緒に旅行したらどうなると思う? 確実にモメるよ。ましてや、戦利品の分配なんて上手く出来るわけないっての。分け前巡って殺し合いになるのは確実さ。こんなの、俺のいた世界じゃ当たり前だけどな。
 パーティーの代わりに、広く浅く……大勢の連中と、浅い付き合いをしてた。おかげで、仕事は途切れなかった。どうにか、そこそこの暮らしは維持できてたのさ。
 ちなみに、冒険者ギルドなんてものはなかったぜ。当たり前だけどな。あんな組織が存在するには、大元となる文明がきちんとしていなきゃならねえ。中世ヨーロッパ風異世界程度の文明で、そんな高度な情報網を備えた人材派遣みたいなものが成立するわけねえだろうが。

 異世界じゃ、こっちの世界の知識なんてほとんど役に立たなかった。はっきり言うがな、直面してる問題に応用できないような知識なんて、全くの無駄でしかない。異世界じゃ、あらゆる状況に応じて臨機応変に動けること……それこそが、もっとも大切だよ。いざという時に思い出せない知識なんか、何の役にも立たないからな。
 俺がこっちの世界でやってきたことで、異世界でも役立ったことがひとつだけある。それは野球だ。
 俺は小学校の頃から、野球をやってた。特に高校の野球部では、さんざんシゴかれたね。うちの監督は時代錯誤なオヤジで、昭和のスポ根マンガそのまんまな練習をさせるんだよ。とにかく長い時間走ったり、延々と素振りさせたり……軍隊みたいな練習ばかりやらされたね。その練習は、野球の上達には繋がらなかった。だが、走るための力は付いたよ。特に持久力は鍛えられた。その持久力があったからこそ、俺は異世界で生き延びられたのさ。
 本物の殺し合いじゃあ、連戦連勝とはいかない。まして、敵に背は向けない……なんてアホな考えは、早死にするだけだ。ヤバいと判断したら、すぐに走って逃げる。必要とあらば、一キロでも二キロでも走る。これは大事だよ。逃げ足こそ、生き延びるのにもっとも重要な要素だよ。
 それだけじゃないぜ。俺が、異世界で得意としていた戦法は石投げだ。落ちている石を拾って投げる……はっきり言って、格好はよくない。けど、効果は抜群だ。頭に当たれば、殺せるくらいの威力はある。俺は野球部では野手だったけど、状況に応じて素早く反応し、投げる練習を延々とやって来たからな。コントロールも抜群だ。野球で鍛えた石投げで、百人以上は仕留めたよ。
 あとな、バッティング練習も役立ったよ。目の前の敵の頭を、棒でフルスイング……これで、何人もの敵を殺してきた。腰を回転させ体重をバットに乗せてフルスイングってのは、見た目ほど簡単じゃない。それなりに術が必要だ。
 このバッティング技術を最大限に活かすため、俺が使っていた武器は鉄の棒だ。重さもバットくらいだな。その棒で、相手を滅多打ちにして仕留める。言うまでもなく、剣なんか使わない。剣で切るより、棒で殴った方が早いし簡単だからな。
 てなわけで、俺の基本的な戦い方はというと……まずは、遠くから石を投げる。石投げで相手を弱らせてから、棒で滅多打ち。これが必勝パターンだったね。
 この戦法を最大限に活かしたのが、三十人斬りのバランシャとの決闘だ。
 こいつは、身長が二メートル以上ある。計ってないけど、それくらいはあると思うぜ。体もゴツい。熊みたいなガタイしてやがる。しかも、バカでかいバトルアックスを片手で振り回すんだ。とんでもない化け物さ。噂じゃ、オーガーをひとりで殺したらしい。
 そんな男に、俺は一対一の決闘を挑んだ。まともにやり合ったら、勝てるわけがねえ。バランシャも、そう思っただろうさ。
 ところがだ、物事はそう簡単にはいかない。俺が決闘の場として選んだのは、石ころがごろごろ落ちてる河原さ。当然、あいつは早く動けない。一方、俺の方はやりたい放題だ。石を拾っては投げ、拾っては投げ……最初は、バランシャもどうにか接近しようとしてきた。だが、俺の方が動きは早い。しかも、俺のコントロールは正確だ。顔面に何発も石を浴び、バランシャはうずくまった。助けてくれ、と命ごいをしたが、俺がそんなもん聞くはずがない。鉄の棒で滅多打ちにして殺し、首を切り取って町に持ち帰ったよ。そしたら、一夜にして俺は有名人……とまではいかなかったが、名前が売れたのは確かだ。
 ちなみに、こっちに帰ってきてから「人を殺せる実戦的な技を学べる」がうたい文句の古武術の道場に見学に行ったけど、もう笑うしかなかったね。あんな技、実際の殺し合いで使えるわけない。まあ、それも当たり前なんだけどな。実際に人を殺したことのない奴が、人殺しの技を教える……童貞が、セックスのやり方をレクチャーするようなもんだ。あんな道場の連中なんざ、異世界にいた時の俺だったら簡単に皆殺しにしてたね。
 これから異世界に行きたい、などと考えているバカ野郎がいたら言っておきたいね。大事なのは足だ。走れなくなった時点で、命は終わり。アホな古武術道場に通ってる暇があったら、ランニングした方が遥かに有効だよ。
 とにかく、空手バカが異世界で活躍とか、古武術の達人が無双とか、あんなの全部ウソっぱちだからな。一般人が空手やっても、ゴブリンやコボルトにも勝てねえよ。
 さっきも言ったが、異世界に行くなら走っとけ。そっちの方が、下手な武術より遥かに役立つ。これは断言できるね、



 もっとも、異世界なんざ行かない方がいいぜ。あそこは、はっきり言ってひどかった。俺は、頼まれても行きたくねえな。
 まず、飯がまずい。死ぬほどまずいんだよ。よく「自然の味」「素材の味が~」なんてほざく連中がいるけど、いっぺん異世界に連れて行ってやりたいね。異世界なんて、塩すら簡単には手に入らないんだぜ。肉にしろ魚にしろ、焼いて食うだけ。しかもだ、下手に時間かけて調理していようものなら、その隙を襲われる可能性だってある。煙を目印に襲ってくる連中もいる。長生きしたかったら、出来るだけ手早く調理して早く食べることだ。それが当たり前だったのさ。
 こっちの世界で、十年ぶりに米の飯を食ったら、本気で泣いちまったよ。こんなに美味いものが、世の中にあったのか……という感じだったね。そんな俺を見た両親も、感激して泣いてたけどな。あん時ほど、帰って来て嬉しいと感じたことはないね。
 コンビニで買える菓子なんか凄いぜ。異世界の連中が食ったら、美味すぎてショック死しちまうかもな。こっちの世界じゃあ、異世界の王ですら味わったことがないような美味いものを、庶民が普通に食ってるんだぜ。
 あとな、異世界では男も女もみんなブサイクだ。それも半端じゃないぜ。異世界じゃ、二十代なのにこっちの基準だと六十過ぎた爺さん婆さんみたいな面してんのが大勢いたよ。まあ、それも当然なんだけどな。こっちと異世界じゃ、栄養状態が段違いだ。美容に関する知識もまるで違う。しかも、生活のストレスも段違いだ。ストレスは、人間の老化を格段に早める。結果、二十代なのに五十代くらいに見えちまうんだよ。これ、本当だぜ。
 実際、こっちに帰ってきた直後は、道行く女がみんな絶世の美女に見えたな。天国かと思ったぜ。
 ついでに、異世界じゃ前歯が揃ってる奴なんかいないぜ。特に男は、みんな前歯がなくなってる。まあ当然だよ。歯医者なんてシャレたものはないし、野良仕事の最中の事故やら戦いやらで前歯は折れやすい。王侯貴族でもない限り、前歯がないのが当たり前だったね。かく言う俺も、異世界じゃ前歯はほとんどなくなってたよ。こっちに帰って来たら、全部元通りになってたんでビビったけどな。
 さらに言うと、男も女も鼻毛は伸び放題だ。もちろん、脇毛なんか剃らない。それに毎食後に歯を磨くという習慣がないし、そもそも入浴という習慣がない奴も少なくない。一ヶ月以上、体を洗わない奴なんて普通にいたよ。髪の毛が汚れで固まり、ドレッドヘアみたいになってる奴も珍しくない。
 だから、酒場みたいな人の集まる場所は本当に凄い。一ヶ月以上、体を洗ってないオヤジがうろうろしてんだぜ。俺は体育会系だから、汗くささには慣れてるつもりだったが、最初のうちはきつかった。体臭だの口臭だの、いろんなものが混じった匂いでゲロ吐きそうだったよ。現代の無菌状態で育った日本人が異世界に行ったら、匂いだけで卒倒しちまうだろうな。まして潔癖症の奴だったら、こんな世界にはいられない……ってんで自殺しちまうだろうよ。
 ファンタジーアニメに出てくるような綺麗な女の子なんざ、俺の行った異世界にはひとりもいなかった。これも断言できるぜ。女は、こっちの世界の方が百倍は可愛い。


 俺は、こっちの世界に帰ってこられて、本当によかったと思っている。飯は美味いし、安全に生活できる。生きるために戦う必要もないし、女はみんな美人。まさに、この世界こそが天国だったんだな。俺は、そう確信した。
 だが、時が経つにつれ……妙な思いを感じるようになっていた。  
 
 初めて人を殺した時、なんともいえない感覚が俺の体内を駆け巡ったんだよ。それが何なのか、当時はわからなかった。
 でも、今ならわかる。あれは、生き物の本能の叫びだったんだよ。
 人間がまだ、獣だった頃……当然ながら、人は殺し合い、奪い合っていた。せっかく得た肉や魚も、外敵に奪われる可能性だってある。
 だから、獣だった時代の人間にとって、敵を打ち倒すことは安心を得られる行為だった。安心、すなわち快楽だ。当時の人間にとって、安心は何よりの快楽だからな。
 つまり、昔の人間にとって、敵を殺すことは快楽を得られる行為だったんじゃないかな。その記憶が、今も人間の本能に刻み込まれているんだよ。
 そう、現代人にとって人殺しはタブーだ。しかし、人殺しによって快感を覚える部分も、人間の奥底にはあるんじゃないかと俺は思う。
 実際、俺は人を殺したくてたまらない。異世界にいた時は、何やかんやで否応なしに戦いになる。戦いになれば、殺るか殺られるかだ。殺さなくちゃ仕方ねえ。
 ところがだ、こっちの世界じゃあ人殺しは罪だ。当然ながら、人を殺せば警察に捕まる。
 でもな、体に染み付いた記憶ってのは消えないんだよ。前にテレビで薬物依存症の人が「薬物をやって得た快感は体に記憶されている。その記憶は、生涯消えない」って言ってたけど、俺にはその気持ちがよくわかる。
 さっきも言ったけど、こっちの世界に帰ってきた時、俺の体に付いていた傷は綺麗さっぱり消えていた。でも、記憶は消えやしない。特に、体に染み付いた記憶って奴は絶対に消えないんだよ。俺は、異世界で動いていた通りに動ける。異世界で覚えたことは、今も完璧にこなせる。石の投げ方、人の殴り方、そして、獲物の解体なんかもな。



 実はさ、一週間くらい前に久しぶりに人を殺したんだよ。どうしても我慢できなくてさ。いやあ、気分壮快だったね。バットで頭をフルスイングしたら、呆気なく倒れた。そのまま滅多打ちにしてとどめを刺した後、近くの廃墟に死体を運んだ。
 そこで死体を解体した後、きちんと食べてやったよ。
 おいおい、なんつー顔してんだよ。あのな、動物の中で一番殺しやすいのは、人間なんだよ。野生のウサギなんか、仕留めるのに苦労する。ところが、人間だったら簡単に殺せる。嘘をついて丸めこみ、人気《ひとけ》のない場所に連れ込んだら、後ろからボカンだ。飢えたら、背に腹は替えられないからな。食い物がない時は、人肉を食ったよ。人間なんざ、しょせん獣なのさ。獣は飢えれば、同類だって食う。異世界で、極限の飢えって奴を体験してみなよ、人間らしさなんて言ってられねえぜ。

 あとな、もうひとつ知っといた方がいいぜ。
 一般的に、人肉はまずいとか言われてるらしい。だがな、そうでもないんだよ。くせになる味だぜ。一度食べてみりゃわかるよ。実際の話、連続殺人犯の中には、殺した相手の肉を食ってた奴もいたらしい。聞いた時は、なんて気持ち悪い話なんだ……と思っていた。でも、今ならそいつの気持ちがよくわかる。まあ好き嫌いはあるだろうが、俺は好きな味だね。
 ん、どうしたんだ? 変な顔して?
 えっ、これ? これはバットだよ。見りゃわかるだろ。
 何のために持ってるかって? 
 そりゃもちろん、あんたを殴り殺すためだよ。悪いね、こんな人気ひとけのない場所にまで来てもらってさ。でもさ、仕方ないんだよ。俺の秘密を知られた以上、死んでもらうしかないからさ。
 安心しな。あんたの死体は、俺が美味しくいただくからさ。







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